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05 悪役令嬢の使命

 

 入学式から1か月。原作通り、カトリーナには三人の令嬢がすり寄ってきた。

 移動教室で廊下を歩いている間、彼女たちの言葉に耳を傾ける。



「あの平民あがりをご存知で? まったく貴族としての素養がなってませんのよ」

「彼女、この学園をどのような場所だと思っているのかしら」

「同性の私達よりも殿方とばかり過ごしておりましてよ。ほら、カトリーナ様、あの方ですわ」



 取り巻きが指差したほうを見ると、中庭を挟んだ向こう側に、この世界の主人公ミア・ボーテンがいた。

 甘さを集めたような蜂蜜色の髪はポニーテールでまとめられ、彼女が歩く動きに合わせてふんわり揺れている。大きな青い瞳は空のように澄み渡り、対照的に唇は熟れた桃のように薄紅色だ。



「まぁ、なんと可愛らしい」



 そう呟いたカトリーナの声色は硬い。

 ミアに対して悪印象を抱いたような様子に、取り巻きたちは扇子で隠しながら口元に弧を描いた。

 これから起こる、他人の不幸が随分と楽しみらしい。

 カトリーナは気付かないふりをして、自分も扇子で口元を隠した。



 ミアが駆けた先には、カトリーナの婚約者であるカインがいた。ミアは笑顔でカインに友達と交わすような軽い挨拶をし、肩が触れるギリギリの距離で隣を歩き始める。

 カインだけをうっとりとした目で見つめ、そばにいるアルトには遠慮がちな会釈のみ。

 すかさず取り巻きたちが騒ぐ。


「なんと不敬な。学園の平等という独自ルールがあったとしても、相手は王族。気安く話しかけ過ぎではなくて」

「しかもカトリーナ様という方がいるカイン殿下と近すぎではなくて? もしかして……」

「待って下さいまし。今の見まして? ミア様がカイン殿下の腕に触れましてよ。なんと馴れ馴れしい。カトリーナ様、よろしいのですか?」



 取り巻きたちの言うとおり、ミアはカインの腕を軽くポンと叩きながら、きゃぴきゃぴはしゃいでいる。

 カトリーナは開いていた扇子を、わざとらしくパチンと音を鳴らして閉じた。



「そうね。後程わたくしから忠告しなくてはなりませんわね」



 これ以上見ていられない。

 三人組を引き連れてその場を去った。





 その日のうちにカトリーナは、ミアを空き教室に呼び出した。

 取り巻き三人組は連れず、教室から離れたところで見張りするよう任せている。

 そして教室にやってきたミアはカトリーナの姿を見るなり、怯えたようにカバンを腕の中で抱きしめた。



「カトリーナ様……あの私、何か悪いことしたのでしょうか?」

「えぇ。それはもう重大な過ちを冒しておりますわ」


 カトリーナ怒りを滲ませた声色で咎めれば、その迫力にミアは肩をビクッと跳ねさせた。

 


「カイン殿下のことなら、いくら婚約者でも友人関係に干渉――」

「お黙り! このままだと、ノーマルエンドになりましてよ。分かってませんわね」



 カトリーナは大きなため息をついて、呆れたように首を横にふった。



「そんな! 私ハッピーエンド目指してるのに……へ? ちょっと、もしかして、え? なんでそれを」



 ミアは落ちそうなほど目を見開き、口をハクハクとさせた。



「ミア、あなた()転生者で間違いないのね。しかもこの世界がゲームのプリラブの物語だと知っている」

「う、うん」

「初めて言葉を交わすというのに最初から怯えるのは、カトリーナが悪役令嬢と知ってる人だけよ。原作の時間軸では、わたくしは()()嫉妬に狂っていない。行動が甘すぎるわ」

「そんな、私以外に転生者がいるなんて……しかも悪役令嬢!? どこの流行りよ。カイン攻略のスピードが遅いのは、ヒロインざまぁを狙ったあなたのせいね!?」



 ミアは絶望したように、ヘタリと床に座ってしまった。物語スタート前に手を出されたら勝ち目がないとかなんとか呟いている。

 


「お馬鹿。シナリオを変えてるのは貴女よ。ヒロインになったのなら、きちんと原作に忠実なヒロインになりなさい。わたくしは一生懸命にシナリオをなぞろうとしていますのに、あなたの半端さに呆れるわ」

「え? あなた婚約破棄されて田舎でスローライフしたいパターン?」

「最終的にはそうなるけど、本来の目的は断罪スチルを見たいパターンよ!」



 カトリーナは程よく育った胸を張って、自信満々に答えた。



「だからミア、お願いだからカイン殿下をきちんと攻略して。ヒロインは優等生タイプで貴族の習慣を学ぼうと健気に頑張り、その姿に皆は共感するのよ。作り笑いではない笑顔が魅力的で、可愛いけどぶりっ子ではないの。あなたは貴族の慣習を軽視している上に、ぶりぶりしすぎよ。敵が無駄に増えないように気をつけなさい。必要以上に、わたくしの取り巻きが目を光らせているわ」

「あ、はい」

「あとカイン殿下は、好意をぐいぐい押し付けるわたくしカトリーナが苦手なの。だから先程のように慣れたようにスキンシップでグイグイするのはNG。楽しくて触ってしまったら、すぐに距離をとって申し訳ありません……つい……って恥じらうように謝りなさいな。初恋なのよ。初々しさを心掛けること。無垢でいなさい」

「は、はい。カトリーナ様」



 異世界転生では、ヒロインに転生して調子に乗った結果、身を滅ぼす人が多すぎる。

 カトリーナは、ミアを本来あるべきヒロインにするために力説した。



「本当はもっと細かく指導したいけど、そろそろ時間ね。これ、カインルートのシナリオについてまとめたノートだからしっかり読むのよ。一応、日本語で書いてあるけど、誰にも見られないようにすることね」

「カトリーナ様……♡ ありがとう! 私、空回ってたのね。でも、これで推しのカイン様と仲良くなれる。本当に、前世からカイン様に憧れてたの」



 ミアはカトリーナから受け取ったノートを大事に抱きしめると、恋する乙女の顔を浮かべた。


(……?)


 カトリーナは、胸に引っかかりを感じたが、すぐに奥へと追いやり微笑みを浮かべた。



「ミアは天使で、妖精で、最高に可愛いキャラクターなのよ。落ちない男はいないわ。これからわたくしからの嫌がらせで、辛い思いをされるかもしれないけれど、シナリオ通りにすればカイン殿下に助けてもらえるわ。焦らず、頑張るのよ。良いわね?」

「もちろん。どんどん嫌がらせして! 乗り越えてみせるわ」



 気合を入れるように、両手に拳を作ったミアは本当に可愛らしい。

 素直な子がヒロインで良かったと、違和感が残る胸を撫で下ろした。



「さぁ教室からでるわよ。きちんと悲しい表情を浮かべて、数分後に来るのよ。わたくしを悪役令嬢として利用なさい」

「うん! 助かるわ」


 二人はかたい握手を交わした。

 こうして断罪にむけた同盟が結ばれたのだった。


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