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04 初登校ー2

 

「カトリーナ嬢」


 サロンから少し離れたところで、アルトに呼び止められた。

 振り向けば、彼は駆け足でカトリーナを追ってきたのが分かる。

 忘れ物をするようなものは持ってきていないし、今度の夜会のドレスの色については、先日カインと手紙で打合せ済みだ。

 アルトが追ってきた理由が分からず、カトリーナは頭を傾けた。



「何かございましたか?」

「えっと、お送りさせてください」 

「え?」



 すっと、アルトが手を差し出した。

 カトリーナは意図が汲めず、アルトを見つめ返す。


 王宮ではお茶の席で放置されたカトリーナが悪目立ちすると、カインの醜聞になるためアルトが相手役を引き継いでいた。

 しかし、ここは生徒の単独行動が当たり前の学園。カトリーナがひとり廊下を歩こうが何も問題はないはずなのだが。



「まさか、カイン殿下が気遣ってくださったのかしら?」

「い、いえ……」



 アルトが気まずそうに視線を落とす。

 一方でカトリーナは心の中で「ですよね」と笑った。今更あの王子が、苦手とするカトリーナに優しくするはずはない。

 きっとこれはアルトの優しさによるものだ。



「私を送るよう勧めたものの、カイン殿下はいつものようにアルト様にお役目を押し付けたのですね。お気遣いありがとうございます」

「そうではなくて……その、僕からカトリーナ嬢を送りたいと殿下にお許し願ったのです」

「へ?」



 悪役令嬢らしからぬ、庶民的な声が出た。


「なぜ?」

「最近は王宮でのお茶会もなく、カトリーナ嬢とはお話できなかったので、どのようなご様子かと気になってしまいましたが……ご迷惑でしたでしょうか?」



 アルトはバツが悪そうに苦笑した。


 確かにこの半年は入学準備で忙しく、王城でお茶会は取りやめていた。いや、カインに避けられていったほうが正しいだろうか。

 カインとは顔を合わせることなく、義務の手紙のやり取りに留まっていた。

 ちなみにカトリーナの手紙は、冒頭の挨拶から情熱的なポエムを添えたもの。一方カインの返事はまるで部下への報告書のようなものだった。


 つまり、アルトと半年ほど関わることはなかったのだ。


 だから久しぶりにサロンでアルトを見たとき、カトリーナは彼の成長ぶりに少し感動した。

 今も差し出されたアルトの手は大きくなり、節が目立って少年から青年の手になりつつある。


(すっかり男性の手だわ)


 カトリーナが思わず見つめていると、アルトは手のひらをぎゅっと握りこんだ。



「やはり殿下以外と歩くのは望まれませんよね? 勘違いが生まれても大変ですし――」



 

 カトリーナは、慌てて引っ込められそうになった彼の拳を両手で包み込む。



「大丈夫ですわ! 王宮ではアルト様が殿下の代わりに、わたくしをお送りするのは周知されておりました。学園でも、きっとアルト様は殿下の命でなされていると皆さま思ってくださるわ」

「カトリーナ嬢」



 カイン王子ルートが決定した今、悪役令嬢カトリーナは徐々に孤立していかなければならないというのに、どうしてか断れなかった。



(あと何回、このように並ぶことができるのかしら)



 アルトからの誘いも、物語が進んだら減っていくだろう。このひとときが、急に貴重に思えてしまった。



「友人のエスコートを迷惑だなんて思うはずがないでしょう?」

「本当にお優しい方ですね。何故、カイン殿下はカトリーナ嬢と向き合おうとしないのか」



 ため息とともに零したアルトの疑問に、カトリーナは黙って微笑みだけを返す。

 両手をゆっくり、アルトの拳から離した。



「ここは学園。お手をお借りするような丁寧なエスコート不要ですわ。ただ、馬車までご一緒してくださると嬉しいのだけれど」

「もちろんです。では、行きましょう」



 二人はゆったりとした歩調で歩き出した。

 以前と同じように、お茶の銘柄や流行りの菓子など、他愛もない話をしながら校門へと向かう。



「そういえば、アルト様はまだ婚約なされておりませんわよね? 特別な事情がございまして?」



 次男以降ならば婚約者不在の令息も多いが、アルトは伯爵家の跡継ぎで、王太子カインの信頼もめでたい。

 各方面からアプローチがあってもおかしくないのに、噂すら聞いたことがなかった。



「うーん、僕の相手に名乗り出てくれる人がいないのが事実です。両親も探しているようですが、なかなか……」

「不思議ですわね。有能で落ち着きがあって、お優しくて、どこから見ても優良株筆頭ですのに」


 カトリーナはむむっと唸る。


(カイン殿下がキラキラし過ぎて、皆様アルト様の魅力にお気づきになれないのかしら)



 カインが太陽であれば、アルトはまさに影だ。太陽が目立ちすぎて、みんなの目が潰れているに違いないとひとり考察する。

 すると隣からクスリと笑い声が聞こえた。


「アルト様?」

「こんなに褒めてくださるのはカトリーナ嬢だけですよ」

「御冗談を。まだ相手のいない年下令嬢の社交デビューはこれからですもの。アルト様にはきっと素敵なレディが見つかりますわ」

「そう……だとよろしいのですが」


 アルトの声は明るいトーンなのに少しだけ寂しげに聞こえた気がした。

 ふと隣を見上げるとパチリと彼と視線がぶつかるが、相手はいつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべていた。


 癒やし効果抜群。みんな見る目がないと本気でカトリーナは思った。


「アルト様は魅力ある男性だと、わたくしが保証いたしますわ。自信をお持ちになってくださいませ」

「ふふ、ありがとうございます」

「もちろん、ただレディが来るのを待っているだけではいけませんわ。気になる方がいましたら、積極的に動くのですわよ。恋愛は弱肉強食。譲れない想いを抱いたら、引いてはなりませんわ」



 控えめなアルトは、ライバルに遠慮して身を引きかけない。強めに発破をかけておく。



「それはカイン殿下に対するカトリーナ嬢のように、ということですか?」

「ま、まぁそうなるのかしら? とにかく、応援してますわ。わたくし、アルト様にも幸せを掴んでほしいと思ってましてよ」

「相変わらず、お優しい」

「本当に思ってるんですからね」



 カトリーナが怒ったふりをすれば、アルトは嬉しそうに笑った。


「分かってますよ」

「なら、よろしいのです」



 アルトの笑みが眩しく見える。

 彼に良い人が見つかりますようにと、心から願わずにはいられないカトリーナだった。



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