03 初登校
本日3話目です。明日より1日1話更新になります。
「カトリーナお嬢様、制服がとてもお似合いでございます」
「ネネ、当たり前じゃないの。だってわたくしは最高の悪役令嬢カトリーナ・クレマなんですもの! おーほほほほほほ」
時の流れは早いというもので、覚醒から六年が経っていた。
カトリーナは十六歳になり、ついに王立学園に入学する日を迎えた。
鏡に映るのは、悪役令嬢らしく育った傲慢な姿のカトリーナ。
薔薇のような赤髪は腰まで長く、全ての毛先にはドリルを完備。目はツリ目になるように濃い化粧が施され、黄金の瞳がギラギラと鋭く輝いていた。プロポーションは完璧で、校則違反ギリギリまで改造したドレス仕様の制服もスチル通り。
高笑いのクォリティも抜かりなし。
「わたくし、完璧♡」
「はい! お嬢様の仰るとおりです!」
「こんなに素晴らしく悪役らしくなれたのはネネの協力のおかげよ。見た目も、制服の改造もあなたに任せて正解だったわ」
「カトリーナお嬢様っ! 勿体なきお言葉。ネネは幸せにございます」
ネネはすっかりカトリーナの崇拝者だ。
原作では、とある侍女がカトリーナの際限ない我儘に疲れ果て、途中からカイン王子の密偵になっていた。そして屋敷でミアいじめの証拠を集め、カインに渡す。
だからカトリーナは、本来は複数人で行うはすの仕事の全てをネネに押し付けたり、終わりの見えない悪役令嬢になる特訓に巻き込んだりした。
これでカトリーナにうんざりしたネネは密偵に――と思っていたのに……むしろ喜々として主に尽くしている。
「おかしいわね。違う侍女だったのかしら……ネネ、いつでも裏切って良いのだからね」
「そ、そんな……私の信用はまだ足りなかったのですか? ネネはカトリーナお嬢様のためなら命すら惜しくありませんのに。証明いたします! いざ――」
「ストォォォップ!」
カトリーナは、三階の窓から飛び降りようとするネネの首根っこを掴んで引き止めた。
すかさずネネの頬に平手を打ち込む。
「ネネはわたくしのモノなの。勝手に傷つくことは許しませんわよ」
「カトリーナ様……はい♡」
やっぱり変だ。
平手打ちした上にモノ扱いしているというのには、ネネはうっとりと光悦の表情を浮かべた。そしてさっさと冷やせば良いのに赤く腫れた頬を大切そうに擦りながら、馬車を呼ぶために退室していった。
早く裏切って欲しいところだが、何度やってもネネは変わらないのはなぜだろうか。
カトリーナとしては人を叩く趣味もなく、自分の手も痛むため、できればやりたくないのだけれど。
「なんでこうなったのかしら?」
原作に書かれていないシナリオの調整は苦手なまま。
良からぬモノを生んでしまったような気がしたが、カトリーナは考えることを放棄してプリラブの舞台であるアカデミーへと出発した。
入学式は生徒だけで行われ、保護者の参加はない。学園は社交界の練習場所とも呼ばれており、親の力を借りずに己の判断で問題を解決ができるようにするためだ。
基本的に保護者が学園に介入することはご法度だ。
カトリーナは入学式を終えると、王族に与えられる専用の個室――特別サロンへと向かった。
廊下にいる護衛を顔パスで通り過ぎ、少し歩いて奥にある扉を開いた。
「お久しぶりでございます。先程の新入生代表挨拶は見事でしたわカイン殿下。まるで建国王の再来のごとく声は広く届き、その声は脳を揺するような甘い響きで、それはそれは」
「カトリーナ、それを言うためだけに来たのなら帰ってくれないか。こちらはまだ仕事が残っているのだ」
「まぁ、寂しいことを。久々にお会いしたのですから、お茶を一杯くらいご一緒したいですわ」
カトリーナは当たり前のように王太子カインの正面に座って、改めて彼をじっと見つめた。
丸みのあった輪郭はシャープになり、目元も涼やかになって幼さが随分と抜けた。声変わりも終わって良質の低音になり、聞くたびに耳が甘く痺れる。
原作通りの麗しい容姿の王子へと成長を遂げていた。
きちんとカトリーナに苦手意識を持ったままで、素晴らしい断罪スチルが見られると期待値が上がる。
(ネネが思惑通りいっていないから心配だったけど、大丈夫そうね。それに――)
カトリーナには嬉しいことがもうひとつあった。
「アルト様もご入学おめでとうございます。ご一緒に学ぶことができますこと、嬉しゅうございますわ」
「ありがとうございます。カトリーナ嬢もおめでとうございます」
アルトも、数年前から変わらずカインの後ろに控えていた。伸びた黒髪は後ろで結ばれ、少し色気が漂う青年へと成長中だ。
カトリーナを嫌うカインの側にずっといるというのに染まることなく、相変わらず優しく微笑んでくれる癒やし担当。
緩んでしまいそうな頬をきゅっとしめて、カトリーナはカインに向き直った。
「そういえば、今年は珍しく子爵家に引き取られた平民出身の令嬢がいるそうですわ。ご存知ですか? ミア・ボーデン様という方なのですが」
「彼女は養女だったのか」
カインの声色に、わずかにだが興味が混ざったのを、カトリーナは聞き逃さなかった。
「あら、ご存知でしたのね」
「彼女が落としたハンカチを拾って渡しただけだ」
「本当にカイン殿下はお優しいのですね。ふふふ」
カトリーナは扇子で口元を隠しながら微笑み、心の中で踊り乱れた。
攻略者は四人いるが、コントロールできるイベントではない。どのルートになるかは、完全にミア任せだった。
カトリーナはもちろんカインを選んで欲しいと願っていたのだが、神は叶えてくれたらしい。
嬉しさのあまりジュリアナクイーンのように扇子を振り回したくなる……が、そんなことはできない。衝動を抑えるために、ぐっと扇子を持つ手の力を強めた。
「一応言っておく。ここでは建前でも身分平等だということを忘れるな」
力が込められたカトリーナの手元を、嫉妬の現れと判断したのか。カインは冷たい視線を向けて忠告した。
「ふふ、もちろんですわよ。ではお邪魔なようですし、失礼いたしますわ」
「あぁ」
カトリーナはお茶を残したまま席を立った。
イベントが成功していることを確認したかっただけなので、もう用はない。カインも引き止めることはしないので、そのまま特別サロンをあとにした。