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20 悪役令嬢は薔薇のように

 

 朝露に濡れた薔薇のような真紅の髪は束ねられ、一本の螺旋を描く。イヤリングやネックレスの宝石よりも輝く黄金色の瞳は力強く、鏡を通して己を見つめていた。

 ドレスは以前よりも落ち着いた色であるものの、上品さは格段に上がったものを選んでいる。

 悪役令嬢らしさは半減されていた。



「完璧よ、ネネ。新カトリーナに相応しい姿だわ」

「新しい女神の誕生をお手伝いできたこと、この上なく幸せにございます!天使が神になる瞬間を独り占めさせて頂けるなんて、私は一生をカトリーナお嬢様に捧――」

「お黙り。行くわよ」

「賛美を受け取らない謙虚さ……さすがカトリーナお嬢様です。でも最近殴ってくれないのは少し寂しいです。もしかしてこれは放置系とい――――」

「だからお黙り。悪役令嬢は卒業したのよ」



 相変わらず……いや、悪化しているネネを伴いながらエントランスに行くと、最近家族になった美少女が満面の笑顔を見せた。


「ミア、待たせたわね」

「大丈夫よ。今日のカティお姉様は悪役らしさが無くて少し寂しいけれど、とっても素敵よ」


 ミアの希望で養子の手続きをした翌日にはクレマ家に引っ越してきた。付いてきた侍女いわく、以前いたボーテン家より明るく過ごしているらしい。


「ありがとう。それより呼び捨てのままでいいのよ?」

「姉妹に憧れてたの!クレマ家にいる間は呼ばせてよ」

「可愛い妹のお願いなら仕方ないわね。お兄様の気持ちが今なら分かるわ」

「私も分かるわよ。カティお姉様がそばにいるだけで楽しいんですもの」



 ミアはそう言うとカトリーナの腕にくっつき、そのまま外に待たせている馬車に乗り込んだ。



 向かった先は王城。到着すればよく足を運んだ庭園に案内される。途中、他の貴族とすれ違うがもう軽蔑や侮蔑の視線は飛んでこない。

 庭園に着けば見慣れた組み合わせのカインとアルトが待っていた。


 簡単に挨拶を済ませ着席する。すぐにアルトがお茶を用意してくれた。カトリーナの好きな銘柄の香りが鼻腔をくすぐり、自然と顔が綻ぶ。

 次期国王カインや次期王妃ミアではなく、カトリーナのために選んでくれたことが嬉しい。


「アルト様、今日もとても美味しいですわ」

「カティ様に喜んでもらえて嬉しいです」



 婚約してから呼ばれるようになった愛称がくすぐったい。照れを誤魔化すように扇子で口元を隠す。

 そんなカトリーナを見て、カインは瞬いた。



「知っているつもりだったが、本当に別人だな」

「絶対にカイン殿下にはお戻ししませんよ。僕がいただいたのですから」

「そう睨むな。こちらも返却されても困る」


 断罪イベントの翌日、公表された内容からカトリーナの罪は一切消されていた。

 代わりに公表されたのは――――敵国と繋がっていた貴族の摘発にアルトが貢献。計画されていた内紛や大規模テロを未然に防いだとして、国は特別褒賞を与えることになった。

 しばらく褒賞内容は保留となっていたが、カトリーナがアルトの気持ちに気付き、自らを褒賞にするよう進言。そうして色々あってカインとカトリーナは円満婚約解消――――という話だ。




 王太子妃という目の前の権力よりも、婚約破棄覚悟のカインへの献身に国王がえらく感動したらしい。「方法はともかく、最高の忠誠心を見た」と王家のクレマ公爵家の株は上がり、風当たりが強くならないよう配慮してくれた結果だ。


 ちなみにミアへの嫌がらせは「婚約者の適正試験」として正当化されていた。都合が良すぎる展開に、今後の運の残量が心配になる。



「カイン殿下としては、アルト様の申し出はさっさとわたくしと婚約解消するには最高のチャンスでしたのに、なぜ先延ばしにしておりましたの?」

「とある名女優のせいで悪女だと思っていたのだ。最も頼りにしている側近アルトを不幸にさせるわけにはいかなかった」



 婚約したことでカトリーナも知ったことだったのだが、アルトの実家ラティエ家は王家の影の長だった。諜報に工作員に暗殺などの何でもありで、ごく僅かなひとしか知らぬこと。

 先ほど話題に出た特別褒賞を与える理由になった反逆グループをアルトが摘発したのは事実だ。



 黒目が嘘や不正を見抜く――――という迷信は、こういった裏家業から生まれたのかもしれない。黒髪も闇に紛れて暗殺向きだ。

 そんな一族の長に悪女が妻になってはいけないと、カインが警戒していたのなら仕方ない。


「僕は悪女のままでも構わないと進言していたんですけれどね」

「アルト様、当主としてそれはどうかと思いますけれど」

「皆にとって悪女でも、僕にとってはカティ様が素晴らしいことは変わりませんでしたから。結果、僕の目は正しかった。それに一族の力や情報を悪用しようとしたら、外部と接触できないよう監禁すれば良いだけですしね」


 言っていることは物騒だが、残念ながらネネのせいで狂言に耳が慣れてしまっていた。



「アルト様こそ皆の前では本来は冷淡な方だったとは露にも思いませんでしたわ。いつもニコニコと虫も殺せぬほど優しいと思ってましたのに」

「何をしたって他者は黒というだけで僕を勝手に恐れてるのですから、むしろしっかり恐れてもらって、不正への抑止力になれば御の字かと。今となってはカティ様以外に微笑む気も起こりませんし」

「人間不信もここまで極めていらっしゃったとは。まぁ境遇を思えば当たり前なのでしょうね」



 このように怖い要素満載のアルトの婚約者になることを了承したため、「婚約を受け入るなんてさすがカトリーナ」という敬意と「アルトに嫁ぐなんて可哀相なカトリーナ」という同情という2種の視線を向けられるようになっていた。

 カトリーナはひとり納得しながらアルトに「頑張ってきたのね」と労りの微笑みを向けた。

 するとアルトは眉間にシワを寄せて、カインを見た。



「カティ様が素晴らし過ぎて辛いです。カイン殿下、心配なのでやはり例の話は無しにしましょう」

「断る。カトリーナの力が不可欠なのだ」

「そうですよ!」



 キリッとした表情でカインが答え、ミアが激しく首を縦に振った。

 カトリーナは話が見えず、訝しげに目を細めた。


「何かございまして?」

「実は頼みたいことがある」


 カインは背筋を伸ばし、ひと呼吸おいてから神妙な顔つきで口を開いた。



「再び悪役として活躍して欲しい」



 脱悪役をしたその日に、悪役のカムバックを求められたのだった。



本日17時に最終話を投稿予定です

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