02 金の王子と黒の側近
本日2話目
本日のカトリーナは王城に足を運んでいた。
銀糸の刺繍が施されたテーブルクロスに、華やかなデザインのティーカップと種類豊富なスイーツ。
うっとりするような光景だ。
しかしながら、今のカトリーナの眼差しは別方向に釘付け。
この世の光を全て集めたような金髪に、宝石のようなエメラルド色の瞳を鋭く向ける少年が、彼女の正面に座っている。
カトリーナがガン見している彼こそ、婚約者カイン・アッシーナ――この国の王太子だ。
スチルには無かった少年期のカインの姿が見れたカトリーナの機嫌は、まさに最高潮。
どんなにカインに冷たい視線を送られても、口がへの字になっていても、嬉しさのあまりカトリーナの顔は勝手に微笑みが浮かぶ。
(婚約に納得がいかないカイン様の拗ねてる顔、とっても可愛いわ)
ゲーム開始の十六歳という成長したカインが最もタイプではあるけれど、ショタへの道を開いてしまいそう。
「そんなにニコニコして……勘違いするな。私がカトリーナとお茶をしているのは、婚約者としての義務だからだ」
「もちろん分かっております。それよりお勉強や剣術のお稽古の調子はいかがですか? 難しいところはございませんか?」
「何様だ? 心配するくらいならお茶に誘わず、そっとしておいてくれ。この時間を勉強にあてられるというのに」
「ふふふ、そうでしたわね。でもお会いしたかったんですもの」
カトリーナは、ドリルの毛先をファサっと華麗にかきあげる。
するとカインはうんざりしたように眉間にシワをよせた。十歳だというのに様になっている。
設定では、カトリーナがカインに一目惚れをして、娘を溺愛する公爵の権力をゴリ押しして結ばれたことになっている。
カインは、自分の気持ちを無視して遠慮なく踏み込んでくるカトリーナに苦手意識を持ち、やがて嫌悪していく。
もちろん前世を思い出す前に結ばれた婚約のため、現カトリーナにはどうすることもできない。
行動を変えてカインと仲良くなり、新規ルートの開拓も考えなくはなかったが……実行には移せなかった。
今のカインの性格はレディに対して最悪な対応ではあるが、ヒロインのミアと出会えば紳士な王子様へと成長するはずだ。
ルートを改変し、真実の愛に目覚める邪魔をして、カインの幸せを奪うことはファン失格。
カトリーナは喜んで悪役に徹する。
輝くカインの顔を鑑賞する目的も兼ねて、週に一度は呼び出している状態。
最初は王子らしく振る舞っていたカインも、今は猫を被るのをやめて、面倒くさそうな表情を露わにするようになった。
「ふふふ、計画通り」
「何か言ったか?」
「えっと、あまりにも素敵なお茶会だなと思いまして」
シナリオ通りに嫌われ始めていることが嬉しい。断罪の生スチルの確率が高まっていると実感できる、最高のお茶会である。
周りで咲き誇るロイヤルローズと呼ばれる国宝の薔薇も、断罪への道のりを彩ってくれているようだ。
「ふんっ、こんな頻繁に茶会を要求してきて、あなたの王妃教育は大丈夫なんだろうな?」
「もちろんですわ。もうすぐ終えるところでございますの」
「――お、終え!?」
「何を驚きになってますの? カイン殿下に負けないように頑張りましたの」
前世の知識チート万歳。
この世界よりも高度な教育を前世で受け、真面目な学生だったからか、基礎教科はしっかり覚えていた。
それにカトリーナは、ラスボスになるためなのかポテンシャルが高い。記憶力は抜群で、ダンスも楽々こなせるほど運動神経も良い。
前世の知識、最高の素質と肉体、そこに完璧な悪役を目指すための努力が加わったのだから当然の結果だ。
「まぁ、それでも優秀なカイン様には及ばないんでしょうけど」
ゲームの中でのカインも、文武両道の完璧な王子だった。
ラスボスカトリーナを倒してもらうためにも、シナリオ通り完璧になってもらいたい。笑みを浮かべてプレッシャーをかけておく。
するとカインは席を立ち、踵を返した。
「もう私は戻る。アルト、あとはお前が相手をしておけ」
「かしこまりました」
カインはカトリーナの許可を取らずに、庭から出ていってしまった。負けず嫌いの彼は、勉学や稽古に行ったと思われる。
だからカトリーナも笑顔で見送った。
代わりに残されたのは、申し訳なさそうな表情を浮かべる黒髪の少年アルト・ラティエ。
伯爵家の長男で、カイン王子の乳兄弟でもある彼は王太子の側近候補。執事見習いのようなことをしている。
親の教育が素晴らしいのだろう。カトリーナやカインと同じ十歳だというのに、自分に非がなくても、主のために頭を下げた。
「いつも申し訳ありません。僕が代わりにお詫び申し上げます。カトリーナ嬢はもうお帰りになりますか?」
「いいえ。アルト様が良ければ、カイン殿下の言うとおり、お相手くださいませんか?」
カトリーナがにっこりと微笑めば、アルトも顔を綻ばせ、カインがいた場所に座った。
「先日アルト様に教えていただいたように、ミッシェル産の紅茶とセキーナ産の薔薇ジャムを合わせてみたら、とても美味しかったですわ! 砂糖より香りが良くて、甘さも丸みが出て何杯でも飲めてしまいそうですの」
「庶民向けのブランドなので心配でしたが、お口に合って何よりです。本当に甘いものがお好きなのですね」
「甘いなら全部良いというわけではございませんわ。アルト様のセンスがとても私好みなのです!あ、申し訳ありません。はしゃぎすぎてしまいましたわ」
カトリーナは扇子を広げ、さっと口元を隠す。
アルトの容姿はカインほどきらびやかでは無いが、優しい目元と穏やかな口調もあって、どうも気が緩んでしまう。
「自然体でとても親しみを感じますよ。カイン様の前でも、そのようになさればよろしいのに」
「いいえ。きっとカイン殿下からは次期王妃らしくないと怒られますわ。だから内緒にしてくださいませ」
天真爛漫がで許されるのは、物語のヒロインのみ。
下手に素の性格がバレて、カインから興味を持たれてしまってはシナリオから外れてしまう。そういう悪役令嬢の逆転溺愛ルートも好きではあるけれど、この物語で望ましくない。待望の断罪スチルが見れなくなってしまう。
カトリーナは念を押すように、人差し指を口元に立てた。
「アルト様、頼みますよ?」
「ふふ、分かりました。秘密ですね」
アルトは優しい目元をさらに細めて、くしゃりと笑った。
カトリーナは、キュンキュンなる胸の音を必死に抑え込む。
ゲームではモブらしくスチルの背景として、顔もぼかされて描かれていたアルト。実際にモブだからか、カインほど美形ではない。
ただ、笑顔の癒やし効果が尋常ではない。癒やしを求め、カインが帰ってしまったあと、こうやって一緒にお茶することが恒例化しつつある。
「でも、カトリーナ嬢がこんなにも素晴らしい方なのに、知らぬカイン様は勿体ないですね」
「過分なお言葉ですわ。どこが素晴らしいのか……」
カトリーナは本気で分からなかった。スチルのために努力を費やす阿呆という自覚ならある。
国王、王妃、父と母など、カトリーナに期待を寄せる人を悲しませると知っていて、それでも悪道を選んでいる状態。
ふと、自分の行いに罪悪感を感じてしまった。
「残念ですが、そろそろ帰りますわ。カイン様がお認めになっているとはいえ、長時間ご一緒するのは良くないと、先日お父様がおっしゃっていましたの」
「僕も残念ですが、レディをひとり返すわけにはいきまけん。出口までエスコートさせて下さい。時間はわずかですが、お話ししながら行きましょう」
「ふふふ、ありがとうございます」
差し出されたアルトの手に、カトリーナの手が重なる。
早く極上のスチルが見たいという願いにブレはない。でもこんな平和な時間も長くあって欲しい。
そう思いながら、カトリーナは王宮をあとにした。