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17 カトリーナの敗北

 

 断罪の二週間前、カトリーナはミアに鎌を向けて、この東屋にてカインとアルトと対峙していた。


「カトリーナ!貴様、何をしているのか分かっているのか」

「えぇ!もちろんですわ」



 カインから向けられたこともない怒りの刃を向けられる。アルトは目を見開き、固唾を呑んでいた。



「カイン殿下に要求がございますわ!」 

「ミアを離せ。話はそれから聞こう」

「できませんわ。ミアを離せば、カイン殿下は話を聞くより先にわたくしの口を塞ぐでしょう。それに日頃から殿下はわたくしの言葉に耳を傾けていただけてませんわ。殿下に聞いてもらうためには、こうする他ありませんでしたの!」


 カインは奥歯を噛み締めて、苦渋の面持ちになる。



「わたくしの要求は――――」

「黙れ!何故罪人の言葉に耳を貸さねばならない。叶うことはない。良いからミアを離すんだ」

「いえ、要求を聞いてもらうまでわたくしは。願いは唯一。それは――――」

「だから黙れと言っている」


 カインを煽りすぎたとカトリーナは内心舌打ちをした。ここまで頑なに拒絶されると、今までの自分の悪役っぷりを評価し辛い。


「カイン殿下、ここは話だけでも」

「アルトも戯言を言うか。お前がカトリーナを甘やかしすぎたせいではないか?」

「それは殿下が――――」   



 カインとアルトが衝突する。

 やはりアルトが優しかったのはカインが指示していたからと改めて分かり、心が重くなった。勝手に金の瞳が滲みそうになる。

 涙を耐えるように男二人の様子を窺っていると、スポッと手から鎌が消えた。

 代わりにカトリーナの首のそばに鎌の刃が添えられていた。


「二人ともカティの話を聞いてください!これが見えませんか?」

「ミア!?」


 なんでお前がカトリーナを人質にしてるんだ――――とミア以外の三人の気持ちがハモった瞬間だった。


「これで私もカティと同じく悪いわ。カティを国外追放するなら、私も一緒に付いていきますぅー!殺さないでー!」



 いや、カトリーナを今一番殺しそうなのはミアだろう、と誰もが思った。泣いているせいで鎌を持つ手がぷるぷると震え、カトリーナは首に触れそうでリアルに怖くなった。


「ミア、落ち着きましょう?」

「いや!カティを失いたくない。カイン様が話を聞くまでカティを離さないんだから」

「――――た、助けてください!」



 カトリーナがカインとアルトにそう言うやいなや、ミアの毛先が数本ハラリと落ちた。アルトがナイフを投げたのだ。

 次はアルト以外が揃って顔を青褪めさせた。


「きゃぁぁぁあ」


 カトリーナとミアが揃って絶叫する。

 カインが慌ててアルトの前に立ち塞がった。


「アルト、暗器をだすな!」

「人質の危機なんですよ。お救いしなければ。今のは警告です。次は当てます」

「待て!お前はどうしてミアが人質のときにしないんだ!」

「助けを求めておりませんでしたので」

「あーくそっ、分かったから!聞くから!カトリーナ、さっさと言え」

「はい!わたくしに婚約破棄をお申し付けくださいませ!」



 カインに促された勢いのまま、カトリーナは要求を告げた。



「…………それは私とカトリーナの婚約破棄と言うことか?」

「はい。そしてミアとさっさと婚約して外堀埋めてください」

「お前は本物のカトリーナか?大丈夫か?」

「初めて殿下に心配されましたわ。喜んでください。本物のカトリーナ・クレマですわ」



 そして数秒の沈黙のあと、カインは「説明してくれ」と疲れた様子で大きなため息をついた。



 カトリーナは数年前からカインに恋愛感情もなく、王妃への執着がないこと。カインとミアがお互いに惹かれているのを知って、応援したくなったこと。それ故の嫌がらせだったこと。正義感の強いカインが罪悪感なくカトリーナを断罪できるように、ミアの口を封じていたことを告白した。

 あとは側近や取り巻きたちに最大限の反省と恩を売りつけながら行なう断罪の段取りの提案だ。


 もちろん前世の記憶持ちで、この世界がゲームと酷似していることは内緒だ。


 カインは頭を抱えながらも状況を飲み込み、提案を受け入れてくれた。アルトはただ静かに話を聞いていた。



「まさか私がこれからなそうとしていたことがカトリーナの誘導だったとはな。素晴らしい令嬢だと周囲が言っていた意味がやっと分かった。そなたの器を見誤っていた自分が情けない。ミアの望みと同じく、ここまでしてくれたカトリーナに罰を与えたくはない」

「カイン様!ありがとうございます。カティは本当はとても優しいのです。大切な親友なの。それにカイン様に隠し事をしてごめんなさい。嫌いにならないで」

「ミア、もちろんだ。こちらこそ情けない私でも愛してくれるか?」

「当たり前です!大好きです」


 そうしてカインは国王陛下を説得するためにミアを伴い、すぐに王城へと帰っていった。

 東屋には二人に砂糖をぶっかけられたカトリーナとアルトが残った。



「えっと……アルト様はカイン殿下のお側についていなくても宜しいのですか?」

「今の二人と共に馬車にのったら、色々と耐えれなさそうなので」

「完全に同意だわ。あのような方々をバカップルというのでしょう?」

「よくご存じで」



 カトリーナとアルトは顔を見合せ、お互いにくすりと笑った。



「カトリーナ嬢のことはよく知っているつもりでしたが、僕までスッカリ騙されてしまいました。以前言っていた理解者というのはミア嬢のことだったのですね」 

「隠し事は人数が少ないほどよろしいですから。でも結局成し遂げる前に知られてしまいましたけれど」


 カインたちに信じてもらえなければ、殺人未遂や脅迫……いや、王子への不敬罪で国外追放まっしぐらだった。カインが溺愛するミアの暴走に運良く助けられた。

 ひとり納得していると、アルトの表情に陰りができた。



「恥ずかしながら、その中に僕が入っておらずミア嬢に嫉妬してしまいました。自分の狭量さが嫌になります」

「アルト様、そんな……」

「他にもあなた様の失恋の弱みにつけ込んで気持ちを揺さぶるような卑怯な行動までしてしまいました」



 それは懺悔のような、許しを乞うような声だった。

 僕にすればいい――――とカトリーナを愛しているような言葉を告げたその口で、それは間違いだったと言われているようだった。



「本当は僕は」

「お待ちになって!わたくし急ぎの用事があるのを忘れておりましたわ」



 カトリーナは慌ててベンチから立ち上がった。

 本当は僕はカトリーナのこと好きでもなんでもない――――そんな言葉はまだ受け入れられない。叶わなくても、もう少し片思いでいさせて欲しい。


「では今度僕にきちんと時間を下さい」

「分かりましたわ。では失礼しますわ」



 背中で「約束ですからね」というアルトの声を聞きながらカトリーナは立ち去った。





 二週間前にそんな事もあったなと、現実逃避気味にカトリーナは思い出した。

 それから根回しなど忙殺されて本当に忘れていたが、ツケを払うときが来てしまったようだ。



「思いだしてくれたようですね。逃げてしまわれるかと思いました」

「ご冗談を。今からでもよろしくて?」



 カトリーナはベンチに優雅に座り直して、アルトに正面に座るよう促した。





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