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15 断罪の日

 

 学園には祈りを捧げる生徒のために礼拝堂が併設されている。

 礼拝堂の白い石壁には金刺繍の入った赤いスクロールが飾られ、床は鏡のように磨かれた大理石が敷き詰められている。

 いつもは開放されている場だが、今日は扉が重たく閉ざされていた。



「カトリーナ・クレマ!これまでミア・ボーテンに対しそなたは制服の切り裂き、教科書の破り捨てなど度を越した嫌がらせを行なってきた。直接カトリーナが行なった証拠は揃っている。弁明はないか?」



 祭壇の上からカインがカトリーナを見下ろしながら告発する声が響く。彼のすぐ後ろに立つミアは不安げに瞳を揺らし同じようにカトリーナを見ていた。



「全ては敬愛するカイン殿下のため。何一つやましい気持ちはございませんわ!」



 カトリーナは臆することなく、堂々と言い切った。

 するとカトリーナの背後に並ぶ取り巻き3人の息を呑む音が聞こえる。

 カインは取り巻きたちへと視線を移す。


「さてカトリーナはこう言っているが、そなたたちは何故ミアに危害を加えたのか答えよ」


 彼女たちもミアに嫌がらせをした者として呼ばれていた。

 そして彼女たちの婚約者でカインの側近たちは、その様子を冷たい眼差しで見ていた。これで婚約破棄ができるという期待もわずかに込めて。



「本当はしたくなかったのですが、私はカトリーナ様が……」



 取り巻きの一人が口を開いた。恐る恐るカトリーナの反応を窺うが、彼女は口は閉ざしたままだ。


「わ、私も同じですわ!カトリーナ様があまりにもお辛そうで、ご意思を継いだまでですわ」

「私もです。ミア様には悪いとは思いましたが、カトリーナ様の望みを無視することはできなかったのです」


 まるで指示されたかのような発言が続く。権力のあるカトリーナに逆らえなかった。本意ではなかったから自分たちには罪は無いと言わんばかりだ。


「友人たちの証言は誠か?」

「そういう事に致しましょう」

「全責任はカトリーナ・クレマにあるとし、それを踏まえて処遇を言い渡すことにしよう」



 カインの問いかけに、またもカトリーナは反論することはない。背筋は伸ばされ、視線はカインへと真っ直ぐに伸びたまま。

 それ故に取り巻きたちは責任転嫁ができたはずだというのに、得体のしれない状況に冷や汗が止まらない。



「殿下、彼女たちはカトリーナ嬢に指示されたとは言え嫌がらせをしたのは事実。何もしないのは秩序に問題が――――」



 自分の婚約破棄の口実を失うわけにはいかない――――と側近たちが異論をあげていく。


「意見は後で聞こう。まずはカトリーナだ。遮るな」

「――――っ、申し訳ありません」



 カインは詰め寄る側近たちの言葉を流し、カトリーナを見据えた。



「アッシーナ王国の王太子カインが告げる。本日にてカトリーナ・クレマ、そなたと私の婚約は解消とする。そして新たな婚約者としてミア・ボーテンを迎えることとなった。これは既に国王陛下並びにクレマ公爵の承諾を得ており、決定事項である!」

「カイン様っ」

「ミア、待たせたな」


 カインは処遇を宣告すると、感極まるミアの肩を抱き寄せた。

 祝福するかのようにステンドグラスの木漏れ日が二人を照らす。


「あ……あぁ……っ」


 カトリーナは、耐えきれなくなったかのように声を漏らしてその場で崩れ落ちた。顔を手で覆い、肩を震わせた。

 まさに明と暗、天と地が分かれ、礼拝堂は静寂に包まれた。




 カシャリ――――聞き慣れぬ機械音を合図に再び時間が動き出す。



「アルト、撮れたか?」

「はい、カイン殿下。きちんと撮影機にてこの場の記録ができました」

「だそうだ。これでいいのだろうな?カトリーナよ」



 冷たい眼差しを消し、苦笑しながらカインが床に座ったままのカトリーナに問う。



「ええ完璧ですわ!この日を迎えることをどれだけ待ちわびたでしょうか。ふふふ、こんなにも嬉しい気持ちになったことはございませんわ」

「――――!?」


 断罪され、次期王妃の座から落とされたというのにカトリーナは光悦の表情で笑った。

 唖然としたまま動けない取り巻きや側近たちの側を抜けて、アルトが手を差し出した。



「カトリーナ嬢、見事な負け役でした。人気の舞台女優よりも輝いておいででしたよ。さぁお手を」

「ありがとうございますわ。新聞を通して記録した絵を見れば婚約破棄と新たな婚約が事実であると皆様も信じ、次の段取りもスムーズにいくでしょう。わたくしにも複製をきちんと用意してくださいませ。ふふふ、出来上がりを見るのが待ち遠しいわ」

「そうですね。僕もです」



 微笑むアルトの手を借りて立ち上がれば、次は祭壇からミアが駆け寄りカトリーナに抱きついた。


「ありがとう!カティ、本当にありがとう」

「きちんとカイン殿下をお支えするのよ。そして幸せにおなりなさい」

「うん!」


 前世も含めて母にはなったことはないが、娘を嫁に出す気持ちが分かった。

 カインがミアに遅れて、カトリーナの側に寄る。


「カトリーナ、一連の計画に感謝する」

「いいえ。わたくしの勝手で何度もカイン殿下には余計な心労をかけたことを謝罪しなければなりません」

「いや、私が未熟だったのだ。そなたは自慢の臣下だ」

「恐悦至極にございますわ。今後ともクレマ公爵家をよしなに」



 数年ぶりに笑顔を向けるカインから握手を求められ、平静を努めそれに応える。

 恋愛感情は無くとも最推しキャラの笑顔は格別だ。数年頑張ってきた甲斐があったと、再び感動で胸がいっぱいになった。

 それに水を指すようにカインの側近たちが、騒ぎ出す。



「カイン殿下、どういうことなのですか?ミア……嬢に酷い仕打ちをしていたというのに婚約破棄だけとは軽すぎではないでしょうか」

「それにカトリーナ嬢との婚約破棄と同時にミアさんと婚約とは……身分の差から生まれる反発をお考えておられないのでは?」

「軽い処分では甘く見られ、また身分の低いミア嬢が他の誰かに嫌がらせを受けるやもしれません。新たな婚約も含めて、我々の婚約者にも厳正な処分を与えるようお考え直しくださいませ」



 カトリーナの取り巻きたちは再び自分たちに罪の矛先が向き、顔を青褪めさせた。


「おやめなさい!恥ずかしい」

「――――なっ」


 カトリーナが側近たちを睨みあげた。


「これは国王陛下とクレマ公爵公認だとカイン殿下も仰っていたのをお忘れになって?カイン殿下、わたくしより説明しても宜しいでしょうか?」


 カインが信頼を寄せる視線を寄越し頷いた。ミアも応援してくれているのか、小さく拳を作ってエールを送ってくれる。そしてアルトはカトリーナが好きな優しい微笑みを。


 さぁ、大団円にむけて仕上げよ――――と、カトリーナは薔薇が咲いたような自信に満ちた笑みを側近たちに向けて、正面から対峙した。


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