01 カトリーナの覚醒
豪華な屋敷の一室――鏡には美しい少女が写っていた。
薔薇のようなしっとりした赤い髪は柔らかく波打ち、大きな黄金の瞳は宝石のように煌めいている。
その少女は十歳という歳に似つかわしくない渋面を作り、やがてだらしなく顔を緩ませた。
「この顔って公爵令嬢カトリーナ・クレマに間違いないわよね? 私ったら転生したんだわ! しかもプリラブの世界に!」
カトリーナは部屋にひとりしかいないことを良いことに、華奢な両腕を思い切り突き上げた。
数日前から、経験のない記憶が突然脳裏に浮かぶなど違和感があったが、自分が転生者だとは。
こういう転生は、大抵バッドエンド回避のために死闘を尽くしなければいけない。気づいた瞬間は焦った。
しかし転生先が前世でどハマリしたアプリゲーム「プリンセスラブストーリー」の世界なら別だ。
捻りのないネーミングからから分かるだろう。
プリンセスラブストーリーは、王道でド定番なシンデレララブストーリー。
ヒロイン「ミア・ボーテン」が、王子をはじめとする攻略者他四名と障害を乗り越え、次第に恋仲になる王道の物語。
商家の娘として生まれたミアが、美しさと頭の良さから遠縁の子爵家の養子に入るところから始まる。
そして学園の入学式でハンカチを落とし、どの攻略者に拾ってもらうかでその時のルートが選択されるのだ。
途中でルート変更は出来ないが、順番に全員攻略の制覇したあかつきには、特別ルート「逆ハーレム」が出現する。
選択肢は二個と簡単お手軽で、結末は婚約ハッピーエンドか友情ノーマルエンドのふたつ。
バッドエンドも無く、つまらないように思えるが単純だからこそ初心者も手が出しやすく、神絵師による神スチルが美しく人気を博した。
カトリーナも前世ではその美しいスチルに魅了され、全攻略者のハッピーエンドとノーマルエンドのダブルコンプリートに精を出したものだ。
ちなみに前世は独り身のOLアラサーで、死因はおそらく過労。これまた物語のような、テンプレートみたいな人生だった。
そんな色褪せた人生に折れそうな心を支えていたのが、プリラブのスチルだった。
スチルを見ているときだけは夢の世界に浸れ、目も潤い、仕事を忘れられた。
「こうしちゃいられないわ」
カトリーナは記憶が鮮明なうちに覚えていることをメモに記していく。
「特に王子がイケメンで最高だったのよね~それが生で見られるなんて夢みたい。しかも特等席でカイン本人もスチルも見れるポジションだなんて最高だわ」
一番人気の攻略対象、王子カイン・アッシーナこそ悪役令嬢カトリーナの婚約者だ。麗しい見た目に、正義感あふれる好青年。
ミアをいじめ抜いたカトリーナを、堂々と断罪する姿には惚れ惚れした。
「ミアが王子カインルートに入れば、特に尊いと思ったその断罪スチルが目の前で拝めるのよね? あぁ、興奮が抑えられない♡」
何がなんでもミアには王子ルートに入ってもらい、自身を断罪して欲しい。
断罪内容もカトリーナは王都と社交界から追放されるだけで、領地で静かに過ごせばいいという、ゆるーい世界。
優雅な永久休暇。なんたるご褒美。
カトリーナに断罪回避の選択はなかった。
「そうと決まったら、主人公ミアと王子カインを引き立たせるためにも、最高の悪役令嬢にならなくては」
神スチルのカトリーナは完璧な姿だった。
強気に見える瞳に、ドリルのような見事な縦ロール、ドレスのように改造をした派手な制服姿で思わず「踏んでください」と言いたくなるような、THE美しい悪役。
そんな悪役が醜く床に崩れ落ちる姿があってこそ、主人公ミアと王子カインの断罪スチルが輝いて見えた。
素晴らしい転落を表現していたと記憶している。
だというのに鏡に映っているカトリーナは、非常に愛らしい。どの角度から見ても天使。
最高のキャラデザに感謝したいところだが、悪役感が一切ない。
ただでさえカトリーナが転生者というバグ発生中で、シナリオから外れそうになっているのに……。
「このままでは再現性が低くなってしまうわ」
本来は長年思いを寄せている王子に冷たくされて性格が歪み、悪役としての素質を磨いていくのだろう。
しかし新生カトリーナは王子に恋なんてしていない。王子はあくまでも観賞用だ。
悪役が輝かなければ、断罪スチルが映えないどころか、発生しない可能性もある。
これは由々しき事態だ。
「ネネ! ネネ! 早く来なさい!」
「は、はい!」
呼び鈴を激しく鳴らし大きな声で名前を呼べば、すぐに侍女のネネがやってきた。
教会の孤児院でカトリーナ自ら選んできた十四歳の少女で、どんな命令でも従順なところが気に入っている。
「わたくし、今日からハイスペックで美しい悪役を目指すの。協力してくれないかしら」
「あ、悪役ですか? カトリーナお嬢様はむしろ天使の方が似合うのでは」
「分かっているけれど、それでは駄目なのよ。私には達成したい願いがあるの。ネネにしか協力を頼めないの。助けて?」
カトリーナが上目使いで頼めば、ネネはイチコロだった。
「喜んで! あぁ、神よ敬愛なるカトリーナ様の信頼を得られる機会を下さり感謝いたします」
ネネは数多くいる使用人の中から、唯一のカトリーナの秘密の共有者に選ばれたことに感動し、膝をつき神に祈りを捧げ始めた。
さすが教会出身。お祈りスタイルが板についている。
カトリーナは感心しながら鏡の前に座り直し、早速、悪役令嬢になるべく命令を下した。
「ネネ、まずは髪型を鋭いドリルにするのよ! 巻数は増し増しで」
全21話の予定で、毎日更新します。
軽い読み物としてお付き合い下さいませ。
感想欄は完結後に開放予定でございます。