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桜花 砂上の城  作者: 西一
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南北朝時代

 京都を脱出した後醍醐天皇は吉野を皇居と定める。

 一方、京都では足利尊氏が室町幕府を開き光明天皇が即位する。

 こうして世に二人の天皇が並び立つ『一天両帝』の時代が始まった。

 やがて人々は、京都の朝廷を北朝、吉野の朝廷を南朝と呼ぶようになる。

 

 南朝を率いる後醍醐天皇と北朝を擁する尊氏の武家政権との対立抗争は、いつ果てるともしれず、血で血を洗う戦乱に明け暮れた。戦は子の代、孫の代へと引き継がれ六十年の長きに及ぶ……。


 延元三年・暦応元(1338年)足利尊氏は征夷大将軍に任じられ、室町幕府を開く。

 足利氏は源義家の孫、義康を祖として下野国足利庄を本拠地とした清和源氏の嫡流で、一族は諸国に拡がっていた。尊氏は武士層に絶大な人気があった。

 足利尊氏は弟の直義に政治を任せ、自身は軍事を担当して、二頭体制の下に幕府の地位を確固たるものにして行こうとした。戦に長けた長男・尊氏と、政務に優れた次男・直義、兄弟力を合わせて幕府の礎を築いて行く。 

 吉野の南朝方との戦いに勝利を重ねた尊氏は、武家の棟梁として全国の隅々にまで勢力を伸ばしつつあり、京都の北朝の正統性も世に認められていた。 

 そんな中、吉野に南朝政権を打ち立ててから三年後の延元四年・暦応二年(1339年)、後醍醐天皇は52歳で崩御、この世を去る。

 悲願であった京都への復帰は実現されることはなかった。


 足利幕府はしばらく安定期が続いたが、反撃の狼煙のろしは九州から上がった。

 正平二年・貞和三年(1347年)六月、懐良かねよし親王率いる南朝軍は、熊野水軍と力を合わせて陸・海から、北朝・島津貞久の薩摩東福寺城を攻撃。

 更に、八月には畿内の南朝軍も決起、幕府軍を撃破した。そのリーダーとなったのが楠木正成の遺児、正行であった。


 南朝軍の決起と、それに続く自軍の敗報に、京都の尊氏・直義は大いに慌てた。

 十二月十四日、幕府は急遽、高師直・師泰を大将・副将とした、六万の大軍を編成し、楠木正行の本拠地・河内に派遣することを決定した。

 高一族は代々足利家に仕える家臣で、師直は尊氏の執事を務めていた。戦上手で尊氏の信頼を一身に集める。


 十二月二十七日、楠木正行はこの大軍の南下を聞き、到底かなわぬ相手だと悟り、死を覚悟する。

 決戦を前にして一族郎党143人を引き連れ、吉野の後村上天皇に最後の別れを告げに伺候しこうした。

 正行は感激のあまり頭を地に付け、これが最後の参内であると自らに言い聞かせて退出し、次いで、如意綸寺の後ろの後醍醐天皇稜に参り、戦い及ばなければ討死することを固く誓う……。



 吉田達は、深く頭を下げ最後の別れを告げている楠木正行に近付いた。

「これが、ここに後醍醐帝が眠っているのか……」

「来ていたのですか……。はい」

 振り向いた正行が答える。

「先帝の無念を晴らすために、私は誓いました。これから如意輪堂の壁板を過去帳に見立て、名を記して、その奥に辞世を書き付けた後、自らの遺髪を奉納しょうと思っています」

 目の前の墓を見詰める吉田に、

「吉野の山並みにひっそりとたたずむ後醍醐天皇稜は、一般に南向きに造営される天皇稜対して、北向きに建てられているそうです。後醍醐天皇の遺言に従って京都を望んでいるんです。後醍醐天皇の執念を知った足利尊氏は、天皇の怨霊を終生、恐れ続けたそうです」

 福田が小声で耳打ちした。


「貴方が、私達を引き寄せたのですか?」

 吉田は天皇稜に語り掛けた。そして、声には出さずに言った。

死線をさ迷う異空間で、救ってくれたのは貴方なのですか? あのまま異空間にさ迷っていたのなら、生きていられなかっただろう。だとしたら、貴方は我々の命の恩人かもしれない……。


「もう一度、お願いします。私達の力になってくれませんか? 私達に力をお貸し下さい。貴方方の持つ強力な武器は、足利軍と対等に渡って行けると思うのです」

 すがるように正行が言った。

「……なら、一つだけ条件がある」

 吉田は少し考えて、答えた。

「条件? それはなんですか」

 正行が吉田を見詰める。

「旧態依然の政治を改め、議会を設けることだ。有力大名を政治に参加させる。この条件を呑めば、俺達は命懸けでお前の護る朝廷を助けよう」

「ギカイ?」

 聞きなれない言葉に、正行は首を傾げた。

「議会とは、一握りの人間による政治ではなく、皆が政治に参加し、良き道に国を導くもの」

 吉田は、現代の政治の仕組みを自慢するように言った。


「ぎ、議会って、そんなの無理ですよ。議会なんて、ずっと先の、近代にならなくては……。夢のまた夢です」

 吉田の言葉に驚いた福田が、慌てて彼に耳打ちする。

 が、吉田は意に介さず、更に続けた。

「俺達の住んでいた時代も同じだ。青春の大半を試験勉強に費やしてきた世間知らずの、学校で一番になることだけを教えられた者達が政治を行っていた。試験の成績だけで決められた官僚達が国権を牛耳る先見性の無い時代。それと同じ、南朝の弱さは、軍事力を掌握する武士達を見方に出来なかったことに尽きる。不満や願いを聞き入れる北朝に雪崩を打って見方に付いたのではないのか。もし、このまま戦いに勝ったとしても、同じことの繰り返しだ。俺は無駄な血だけは流したくない。南朝に属し、身を持って知っているお前なら分かるだろう。それが俺の条件だ」

「……分かりました。命懸けで説得してみます」

 正行はそう言って、決死の覚悟で貴族達を説得すると約束した。


「我々は、本当に戦うんですか? 敵は、足利の幕府軍は、我が方の何倍もの数。兵力においても、また、戦略・戦術においても差は歴然。到底、太刀打ち出来ません。死に行くようなものです」

 青い顔をした福田が助言する。

「敵が強大であるほど、かえって得るものは大きい。遣り甲斐があるっていうもんだろ。だが、戦うか戦わないかは、朝廷を牛耳る貴族の返事一つだ」

「なら、戦いは無いでしょう。頑固な貴族達が、議会など認めるは筈がありませんからね」

「そうか! そうだろうな」

 福田の言葉に隊員達は安堵した。

 素性の知れない者の、強引な要求に聞く耳を持たないと思ったからである。

「どっちにしろ、俺達の未来は見えていないし、決して楽な道のりではない筈。みんな、覚悟を決めるんだな」

 と吉田が言って、隊員達の背中を押した。


 楠木兄弟は、吉田達を行在所あんざいしょ(行宮)の中へと案内した。

「未だ居たのか! それほどまでに命が欲しいとは、情けない。さっさと戦場に赴き、死んでこい!」

 公卿の一人が正行を罵倒した。

「恐れながら、強力な味方を連れて参りました。どうか拝謁を御願いします。彼らが守るのなら我等一同は、安心して戦場に赴きます」

「ほう、それほどまでに言うのなら、会うだけは会ってみよう」   


 官位を持たない吉田達は天皇に拝謁を許されない。

 特例として仮の官位が与えられ内昇殿を許された。

「吉田殿、こちらに来て下さい」

 弟の正時に主殿を案内された吉田達は南庭に入った。

 主殿大広間の正面には御簾みすが下され、その前で公卿が左右に列をなしている。

 御簾の向こうの天皇は影だけしか見えず、吸い込まれるように見詰めていると、

「目を合わせてはなりません」

 正行に注意され、隊員達はひざまずいた。


 貴族達は、吉田達の奇抜で異様な服装に驚いた。と、同時に、

「なんだ、たった十二人ではないか! あの人数で、逆賊のをやからを倒せるというのか。期待させおって、全く。茶番に付き合っている暇はない。死ぬのがそんなに怖いのか? それで、そんな茶番を」

 小人数の兵に失望し、正行をののしった。

「何を!」

 貴族の暴言に耐えかねた片山が声を上げるが、

「よせ!」

 反論しょうとする片山を吉田は制した。

 彼もまた貴族の暴言にぐっと怒りを抑えていた。


 険悪な雰囲気を見兼ねて正行が割って入った。

「恐れながら、数ではなく、彼らの持つ武器です」

「武器、だと」

「はい、この世のものとは思えない、強力な武器です」

 そう言った正行は吉田の方を見て、目で合図した。

 中庭の地にひざまずく吉田がおもむろに立ち上がると、機銃を構え、その場から離れた塀に向かって撃った。

『ダダダダーダーダーー』

 もの凄い音と同時に、頑丈な塀が粉々に吹き飛んだ。

 二百年後の火縄銃より更に進化した機関銃。その威力をまざまざと見せ付けたのである。


「オーー! なんという破壊力。主上、これなら足利軍を打ち破れるかもしれません。是非、御見方に引き入れるべきかと」

 公卿の一人が直ぐさま奏上した。


「私が見方になるには、条件があります。それまでのまつりごとを一変させ、有力大名を参議として政治に参加させる合議制を行うことです。それを聞き入れれば我ら一同、命懸けで戦うことを誓います」

 その言葉に貴族達は憤った。

「なにぃー!」

「た、隊長!」

 こんな場面で要求するとは思わず、傍に居た隊員達も驚いた。

「主上に対して条件を付けるなど、無礼ではないか! お前達には無償の忠義の志がないのか」

「もう一つ、願いことが……」

 と言い掛けたが、即座に、

「まだ言うか! 図々しいにもほどがある、出て行け!」

 罵声を浴びせられた。

「待て」

 天皇のそば近くに居た北畠親房が手を上げ貴族の暴言を制止した。

 途端、貴族達は静まり返った。


 南朝の指導者である北畠親房は、幼帝・後村上天皇のため、吉野朝廷(南朝)の正統性を述べた歴史書「神皇正統記」を執筆する一方で、後醍醐天皇の専制政治に批判的であり、公家だけを優先する政治によって朝廷が衰退して行く様を身近に見ていた人物である。

 親房は、有力大名を政治に参加させるという吉田の考えと同じであった。

 その一方で、力を付けた大名が、第二の足利尊氏になることを恐れていた。


「お前の目的はなんだ? その力で逆賊足利尊氏のように天下をうかがうのか」

 親房が吉田に問うと、

「私の目的は、争いの無い世界の構築であり、そのためだけに、この吉野の地に来ました」

 自信を持って吉田は答える。

 親房は御簾の向こうに居る天皇に視線を向けた。

「……」

 少し戸惑った天皇は、簾を高く巻き上げさせると、吉田、楠木両名をそば近くに呼び寄せた。

 そして、重い口を開いた。

「分かった、約束しよう」

 そう言うと、それまで反対していた貴族達も一同に、

「御意」

 と言って賛同した。


「姓は?」

 天皇が問うと、

 身分のことだと思った吉田が、思わず「平民です」と答えた。

「おお、平氏か!」

 そばに仕える公卿の一人から声が漏れる。

「いえ、平氏では…」

 貴族達の見る目が変わるのを感じた吉田は、好都合とばかりに口籠くちごもる。

 吉田は主殿を見渡し、貴族達に取り囲まれている天皇に深々と頭を下げた。

 隊員達も彼に習って頭を下げた。

「謀反人、足利尊氏を討て」 

 そう天皇が両名に命じると、

「はい、必ず」「身命を賭して」

 吉田と正行は約束した。

 天皇は吉田の持つ軍事力に魅せられ、先帝が使わした使者だと信じた。

 吉田が窮地を救ってくれる救世主に見えたのだった。


 無事に行在所から出てホッとする隊員達。

「控えている時、聞いていたぞ。さっさと死んで来いとは、酷い言われようだな。何故、没落した朝廷に仕えるのだ」

 吉田が正行に聞いた。

「武士とは、これぞと思った主君には、どんなことがあっても、最後まで仕えるものです」

 そう答えた正行の瞳に、一点の迷いが見られない。

「忠臣は二君に仕えず、か、益々お前のことが気に入った」


「ところで、先程言い掛けた、もう一つの願いとはなんだったのですか? あの時、うやむやになってしまいましたが」

 今度は、正行が吉田に尋ねた。

「お前を引き止めたかった。このまま死なせてはならない、そう思ったんだ。強大な幕府軍と戦うのに、お前の力が必要だ。だが、お前の意志は固い。その意思を覆せるのは唯一、みかどの言葉だと俺は思ったんだ」

「私を、引き止めるために……危険を冒してお願いしょうとしたのですか……」

 正行は目頭を赤くしながら言った。

「それでも、私は行かなければなりません。故郷が侵されるのです、黙って見過ごす訳にはいきません」

「やはり、そう言うと思った。だが、お前達の守るべきものはなんだ。領地である河内か? 死んでしまえば、この吉野は誰が護るんだ。河内はいつか取り戻すことが出来るが、ぎょくを取られたならば再起不能ではないか。よく考えるんだ、何が一番大事なのかを。戦術は時間と場所の使い方次第、大切なのは時間だ。場所は取り戻せるが、時間は取り戻せない。何より、生きることが先帝の意思だとしたら、俺がこの時代に来た理由はそこにある」

「先帝の意思? だと言うのですか」

「生きよ、というのが先帝の意思だとしたら、それでもお前は死に行こうと言うのか」

 吉田は必死で正行を引き止めた。

「そこまで私のことを思って……分かりました」

 正行は頷いた。


 吉田は、涙を流しながらうつむいている正行、正時の肩を軽く叩きながら、

「俺が、俺達が歴史を変えるんだ、そうだろう」

「はい」「もちろんです」

 見上げて言った正行、正時に、吉田は笑みを見せた。

 固い決意を新たに、吉田、正行、正時の三人の絆は強まった。


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