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桜花 砂上の城  作者: 西一
10/26

今出川の政変

 間もなく、九州から四つの贈り物が届いた。

「俺達の力を恐れて、やっと降伏したか」

 吉田は、足利尊氏が朝廷に屈したと思った。

「何度も窮地に追い込まれた宿敵であったが、戦わないに越したことはない」

 そう呟き、四人を偵察に送ったことが取り越し苦労だったと、笑みを浮かべながら四つの箱を開けた。

 こ、これは――。

 吉田の顔が見る見る変わる。

 彼は驚愕し「ウォー!」と思わず叫んだ。

 箱の中には、塩漬けにされた大平、竹下、宮沢、橋本の四人の生首が。それは、足利尊氏からの宣戦布告状であった。


「おのれぇー! 尊氏 よくも、よくも俺の大事な同胞を殺したな!」

 吉田は涙を流して悔しがり、込み上げる怒りを押さえ切れなかった。

 こんな無残な姿にされ、さぞ無念であったろう。夢を果たせず、悔しい思いであっただろう。

 

 荼毘だびに付す炎を見詰めながら、吉田は必ずそれぞれの故郷に遺骨を埋葬すると約束した。

 四人を九州に向かわせなかったら、こんな惨事にはならなかったのに、と。同時に憎しみが込み上げ、その怒りが爆発した。

 隊員達の諌めも聞かず、怒りに任せて行動を起こす。

 吉田は暴走し、怒りの赴くまま、朝廷の許しも得ず、勝手に関東全域の諸侯に足利討伐の出兵を要請した。


『吉田軍動く』の報は瞬く間に全国を駆け巡り、本拠地・鎌倉府の館の前に続々と諸侯の軍が集結した。その数、十五万。

 精鋭一万の吉田軍を中心とした関東軍は、文字通り日本最強の軍であり、吉田は天下人に最も近い存在であった。

 

 大軍を南下させ、自らは帆船『大和』に乗り、竣工したばかりの姉妹船『武蔵』と共に京を目指した。

 二隻の帆船に追従する軍船には、軍馬に武器、さらに奉公衆(親衛隊)二千人が乗る。吉田自慢の水軍である。


 思えば、亡き彼らもこの航路を通って行ったんだな……俺のため、夢や希望に満ちて通って行ったのだろう……。

 吉田は船上から見える絶景など視界に無く、何も見えていなかった。

 彼には『復讐』の二文字しか見えていなかったのである。

「敵に情けは無用。これからが本当の俺達の戦いだ。戦意喪失するぐらいの恐怖を与えてやる。きっと、四人を殺害したことを後悔するだろう」


 

 大阪湾に吉田水軍の船団が姿を現した。

 ひと際大きい大和と武蔵の巨大な帆船に、民衆は驚いた。

 大阪に上陸した吉田は、日章旗をひるがえしながら奉公衆二千人を率い、馬揃い(軍事パレード)を行いながら京を目指す。

 十二神将と称される吉田隊の姿を一目見ようと、沿道には多くの人が集まっていた。


 吉田を守る奉公衆は、それまでの重装備な鎧とは違って、実戦向きの身軽な鎧をまとっている。それらはどれも赤く派手な装飾を施し、自らを誇示するような姿だった。

 訓練された赤備えの親衛隊は、東北産の名馬を集めた騎馬隊を先頭に、長い槍をそろえ槍隊に弓隊、量産された新兵器・鉄砲を装備した部隊が二列縦隊になって整然と洛中に向かって進軍を続けている。

 これまでに無かった兵士の異様な姿に民衆は釘付けになった。それに加え、関東から大軍が押し寄せて来るとの知らせを受け、京都に激震が走った。


 間もなく、京に着く。

 京の七口と呼ばれる関所の一つで、

「ここから先は、何人たりとも通すわけにはいきません」

 入京を拒否された。

「その方、無礼であろう! 我らが主、公方様(鎌倉公方)は、大納言・鎮守府将軍だぞ」

 そばに付き添う親衛隊長が言い放つ。

「いや、門番の言うことは、もっともだ」

 さすがに、二千人もの軍勢で御所に押し掛けるのは無理がある。

「我らは朝廷を攻めに来たわけではない、話をしに来ただけだ」

 そう吉田は門番に説明すると、軍勢を待機させ、僅かな近習きんじゅうを引き連れて関所を通った。


 上洛を果した吉田一行は、七重の塔がそびえ立つ屋敷に入った。

 そこには留守を預かっていた楠木正行、正時らが出迎えていた。

「留守番、ご苦労だったな。我が邸宅の住み心地はいかがだったか?」

「いいえ、黄金の館は兄上だけが相応しい。私は近くの寺に泊まり、そこから邸宅と御所を警護していました」

「なんと、律儀な男よ」

「いよいよですね、父の仇、足利尊氏を討つ時がきたのですね。朝敵、足利尊氏は病のため、家督を息子の義詮に譲ったと聞きます。病ながら大御所として戦略を練っているのでしょう」

「あの尊氏が……病?」

 この時吉田は、尊氏は病ではなく、亡き四人の隊員によって負わされた怪我だと気付き、敵将を仕留められなかった四人の無念を感じ取っていた。

「俺も大事な仲間を、同胞を奴らによって無惨に殺された。仇を討たねばならん。九州を制圧したら四人の故郷に遺骨を埋葬し、立派な墓を建ててやりたい……もうじき我が軍勢が京に到着する、もう直ぐだ」

「私の領国でも、末弟の正儀が出兵の準備をしています。領国で兄上の出兵要請を待っているのです」


 吉田は直ちに、足利尊氏討伐の許可と太政大臣への任命を朝廷に迫った。

 しかし、朝廷は即答しなかった。

 上洛を果たして三日が過ぎた。

「帝は何故、俺と会おうとしない。こんな近くに居るというのに……」

 不思議に思うも、吉田はジッと我慢し、吉報を待つ。


 苛立つ吉田に、朝廷からの使者が来た。

 それは、彼が待ち望んでいた太政大臣就任を伝えるものだった。

 正平十年(1355年)六月、天皇の勅許を得た吉田秀樹は、喜びをかみしめていた。

 太政大臣就任を明日に控え、念願の政治に参加出来、思い思いの改革が出来る。夢への第一歩を確実に歩めたのだと。

 その夜、太政大臣就任の祝いを兼ねて、七重の塔の最上階で酒宴を開いた。

 折しも、彼が頼んでいた大文字焼きが始まった。


 大、妙法、舟形、左大文字、鳥居形と各山々に火が灯る。

 膨大な量の赤松の割木を積み上げ、勢い良く燃え盛る炎。京都盆地の周囲の山々に炎で描かれた大、妙法の文字や鳥居、船をかたどった炎が次々に浮かび上がった。

 大文字焼きは、お盆に迎えた精霊を再び冥府に返す精霊送りの意味を持つ、あくまで宗教行事である。        


 都内の川沿いや御所など、開けた所から眺望することが出来き、漆黒の闇に浮き上がる炎の造形は、大燈籠のように人々を魅了した。

 京の夜空を染め上げる、揺らめく焔の演出が、隊員達に懐かしい思いを湧き上がらせてくれる。

 赤々と燃え上がる炎の文字は、今後、自分達の存在を後世の人々によって確実に伝えていくような気がした。


「今の時期に、何故? 五山送り火は、お盆の日の行事にと言っていた筈なのに……」

 鈴木は不思議に思いながら、片山副隊長の方を見ると、

「きっと、祝いのために行っているのでしょう。皆、隊長に期待をしているんですよ」

 満足そうに片山は言う。

 そうだと良いのだが……、何故か、胸騒ぎがする。

 吉田は不安を募らせるが、誰も気に止めていなかった。

「きっと、大平、竹下、宮沢、橋本の魂が、あの炎に導かれて天国とやらに、いや、令和の時代に行っているのかもしれないですね」

 真っ赤に燃え上がる五つの炎を見詰めながら、静かに手を合わせ、死んで行った四人の冥福を祈った。

 

「いよいよだな、明日、俺は太政大臣となり、政権のトップとして、また武家の棟梁として、晴れて全国に足利氏討伐の号令を掛けることが出来る。全国から集まるだろう二十万、いや三十万の大軍で九州の足利一党を攻め滅ぼす。明日、四人の仇が取れるんだ。九州の次は朝鮮、そして中国(元朝)へと攻め上る。これは無謀な戦いではない。また、征服するための戦いでもない。日本が中心となって世界政府創設という大業が、それが明日から始まるんだ。なんと待ち遠しいことよ。平和への戦い、文字通り聖戦への緒戦だ」

 吉田が力を込めて言った。

「待ち遠しいですね、世界政府の創設が。容姿や肌の色の違いだけで差別や迫害、果ては戦争まで起こる。全く違う姿の犬や猫などのペットは家族同様に愛せるというのに。本当の信頼は姿形で判断するのではなく、中身で判断するべきなんだ」

 片山が言うと、

「不満や対立を解決するのが、戦争という暴力ではなく、法という共通の決まりごとで悪い行いを裁く。これからは、世界共通の法律が必要ですね」

 福田が言った。

「そうだな。戦争が終わった後、平和になれば必ず犯罪が増える。軍隊の一部で国際警察の組織を作り、犯罪防止に努めたい。遊ぶ金欲しさに犯罪を繰り返す若者達。金儲けが成功の証で、社会保障も平気で削られる弱肉強食の社会になり、気が付けば不況。希望を持ちにくい時代だった。俺の使命は自殺の無い社会だ。人々が皆、生きていて良かったと言える社会の実現こそが、俺達の使命だと思う。死んで行った四人の分まで、俺達は働かなくてはならないんだ」

 吉田が言うと、

「そうなると、世界共通の金貨が必要になってくるな。是非、隊長の肖像を刻印した金貨や銀貨、銅貨を流通させたい。世界政府のリーダーである隊長の顔は当然ですよ」

 笑いながら片山が言った。

「俺は皇帝でもないし支配者でもない。そんなものは後世の人が決めることだろう。今はそうなるように努力することが大事ではないのか。俺の顔ではなく、地球をかたどったデザインではどうか? 地球が丸いことを知らせ、世界に国境など無いことを教えたいものだ」

 いつになく上機嫌の吉田。

「娯楽も欲しいですね。オリッピックを開催してはどうです? 野球やサッカーなんかを教えて」

「そうだな。固い話ばかりだから、娯楽も必要だ。なんたって、平和の祭典だからな。争いで競うのではなく、スポーツで競うべきだよな」

 皆が頷く。

 彼らの視線の先には、未来の世界が見えていた。


「俺は、女が欲しい」

 田中が思わず呟いた。 

「プッ、性欲が抑えられなくなったのか。食欲の次は性欲、相変わらず貪欲どんよくな奴だな」

 隊員達が田中をからかうと、

「いや、自分はこの時代で、か、か、家族を、新しい家族を持ちたいんです」

 赤い顔をしながら田中が答える。

 誰もが口にしなかった、家族と言う言葉が始めて出た。

 恐る恐る隊員達は吉田の顔を見やった。

「家族を持つのは、それが自然の流れ、当り前の行為だ。屈強なお前達が、女に目もくれず今まで良く我慢してきたものだ。もし輪廻が存在するならば、生まれて来る子供が、死んで行った四人の生まれ変わりだと良いんだが……」

 嬉しそうに吉田が言った。


 彼の言葉で、隊員達は長いしがらみから開放された。

「俺はもう少し我慢して、西洋の、ヨーロッパ人と国際結婚する。それが俺の夢だ」

「おいおい、俺達は大業に挑もうというのに、小さい夢だな」  

 どっと笑いが漏れた。

 四人の死を乗り越え、ようやく隊員達に笑いと希望が見えてきた。

 酒宴は、夜遅くまで続いた。


   

 夜明け前、騒がしい物音に目覚めた吉田は、

「何事だ!」

 近習の者に聞いた。

「館の前に、軍勢がひしめいております」

「我が軍勢は、まだ到着しない筈。では、どこの軍だ?」

 その時、

「御屋形様ぁ! 錦の御旗が、錦の御旗の軍勢が、我々を取り囲んでいます!」

 と執事(家老)が声を上げながら入って来た。 

 ――何故、官軍が我らを……。


 吉田達が表に出た時、無数の矢が飛んで来た。

「ウッ!」

 その矢に刺さり勢い良く後方に倒れた。

「御屋形様!」「隊長!」

 自らの力で矢を引き抜くと、同時に血が噴き出し激痛が走った。

「どうやら夢ではない、祝宴の続きではないようだな」

 傷口を手で押さえて溢れ出る血を止血するも、動脈が切れていて出血が止まらない。

 ――これでは……もう、長くはないな。

 ふら付く吉田を隊員達が支えられながら部屋の中に入った。


「逆賊、吉田、討ち取ったぁー!」「ウォー!」

 外から罵声が聞こえ、歓声が上がった。

「一体、どういうことだ? 逆賊とは一体……」

 一旦、攻撃が止む。

 その隙を縫うように、

「兄上!」

 楠木正行、正時兄弟が駆け付けて来た。

「早く逃げて下さい! 兄上は朝敵となったのです」

「何故、俺達が朝敵なんだ!」

 声を荒げて吉田が聞く。

 自分が何故、朝敵なのか分からなかった。

「公卿達は、再び武家政権の世になることを恐れたのです。兄上が太政大臣という、朝廷内の最高職を、公家や武家を支配出来る大権を手に入れる前に行動を起こしたのです。我々の軍勢のいない今日を狙って」

「俺が、反逆者……」

 状況が飲み込めた吉田。

「昨夜、行われた火祭りは、襲撃の合図だったのです。諸将に実行せよという合図。彼らが狙っているのは兄上の首級。兄上の首一つで兵を引くと言っています。彼らは、攻め上がって来る兄上の関東軍が脅威なのでしょう。穏便に済ませてことを納めたいと考えています」


 吉田を擁護する北畠親房はこの世になく、後ろ盾を失っていた。

 吉田が関東に左遷されている間、公約にあった有力大名の政治参加は反古され、貴族達の私利私欲による政治が行われていた。それは自身の保身を優先した政治あり、吉田の力が増大することに身の危険を感じた公卿の中には、足利氏に内通する者が居た。

 彼らの共通の敵が吉田だったのである。自慢の関東軍は都まで数日は掛る。奉公衆は御所から離れた宿舎で待機中。ましてや、寝込みを襲われ、反撃する術は無い。

 

 貴族達にとって、吉田が政権のトップでの役職である太政大臣の地位を要求したことは、彼が足利氏に変わって新たに武家政権樹立を宣言したに等しいものと判断した。

 吉田達を恐れた朝廷は、密かに諸国に吉田追討を呼び掛け、その軍が京に到着するのを待っていた。そのために、太政大臣就任の返事を引き伸ばしていたのだった。


 裏切られた――。

 怒りを覚えた吉田は、滴り落ちる血を止血するために、紐で縛り上げる。

 痛みが増した。その痛みが吉田の怒りを抑え、彼は冷静を取り戻した。

 一呼吸を措いて、

「俺の首一つで……か、ならば差し出せばいい。俺の首一つで済むなら容易いものだ。私利私欲に動いたために、天から見放されたのだろう」

 そう吉田が言うと、すかさず正行が言った。

「何を言っているのですか! 兄上は私達の夢、死ぬ時は一緒だと誓ったではありませんか」

「お前は俺の友、伊藤に似て組織に忠実な人間だと思っていたが、何故、主である朝廷に逆らう無謀なことをするんだ?」

「兄上によって私は生かされた。私にとって命の恩人なのです。人として正しい生き方を通したいだけ、人の人たる道を通したいのです」

「正しい、生き方、か……」

「痛快でした。父上の仇である足利氏を完膚なきまで叩き、そして、私は今まで生かされた。今度は私が、この命を捧げて恩返しがしたいのです。後のことは正儀に託しました。正儀は私と違って才智に長けた人物。大丈夫、私よりしっかりした三男・正儀が家督を継ぎ、私達の本懐を遂げてくれます」

「愚直なほど一本気な武人だ。それがお前の魅力でもあり俺は好きだった……俺達はこれから懐かしい故郷に帰る。仮の故郷ではなく、本当の故郷、黄泉の世界に帰る時がきたのかもしれん。皆の待つ故郷で、また会おう、正行、正時よ」

「あの時、死ななくて良かった。本当に貴方に会えて良かった。貴方に生かされて良かった。こんな素晴らしい生き方が出来て……本当にありがとうございました」

 吉田は二人の固い強い意志に、引き止めることが出来なかった。

 正行と正時の兄弟は大きく一礼すると、勢い良く官軍の中へと斬り込み、消えて行った。


 思いを断ち切り、振り返った吉田が、

「関東軍には、この先、足利尊氏に従うように命じよ」

 執事に命じて、京に向かっている関東軍を国元に引き返すように命じた。

 思い掛けない言葉に隊員達は驚く。

「何故、我らの敵に従えと。まさか」

 吉田は大きく首を振った。

「どうやら俺達には、歴史という途方もない力には勝てないようだ。それが宿命であり、運命なのかもしれん。俺達は時代の本流を変えた。だが、清き流れによって押し戻されているに過ぎない。その流れには、人間如き力では太刀打ち出来ないのかもな。俺達は目に見えない何かの力に敗北し、抹殺されようとしている。だが、このまま死んでは口惜しい。最後の抵抗、我らの生きた証を残したい……だが……俺の育てた関東軍は強い。近代戦術を身に付け、紛れもなく日本最強だ。足利軍と正面きって戦えば、必ず勝つだろう」

「じゃあ、何故、仲間を殺した足利の味方に?」

「それは、関東軍にはビジョンが無いからだ。俺達のような考えを、世界政府という途方もない構想を持った人間は、この時代の世界には居ない。俺達の頭脳が無ければ、俺達が居なくては一つにまとまらないんだ。もはや復習の信念で動いてはならない。愛する日本のことを考えると、南朝が消滅することが望ましい。このままだと、戦国時代が早まるだけではないか。織田信長と言う革命児の存在を待たなければ、この国は何百年も争い続けるだろう。俺達が身を引くことで争いは起きず、史実通り足利氏が一時の平和を保つ。そして、関東軍こそが足利の、次の時代の覇者とならん戦国大名、北条、武田、今川などのいしずえとなろう。俺達の意志は、次の世代へと引き継がれるんだ」

「……それでも、それでも俺達は隊長の屍だけは晒したくない。隊長は、俺達にとって全てなんです」

 隊員達の覚悟は決まった。

 吉田の首級を決死の覚悟で守り抜こうと隊員達は誓った。


「部下達に生きよと言い続けた俺だが、大事な部下だけを残して生きていたいとは思わない。俺達の運命をもてあそんだ天に、命の散り花を見せ付けようではないか」

 官軍の侵入を阻止するために、屋敷内にガソリンをまいて火を点けた。

 燃え盛る炎の中、隊員達は吉田に別れを告げると、機銃を構えて官軍に向かって行く。

 一丸となって応戦し、しばらく敵を食い止めるも、

「――弾が、弾が無い!」

 官軍の大軍の前に吉田は成す術は無く、次々に隊員達が倒れて行く。


 火の手が上がった屋敷内で、吉田は、さ迷っている片山を見付けた。

 彼の体には無数の矢が刺さっていた。

「た、隊長、無事だったんですね。さあ早く、急ぎましょう」

「何処へ?」

 そう聞いて片岡を見ると、止めどなく血が流れていて、彼は意識がもうろうとしていた。

「塔の上には、伊藤隊長が待っています。我等を救いに来ているんです」

 片山が幻覚を見ているのは明らかだった。

「……そうだな」

 彼に合わせて吉田は頷いた。

 吉田は片山を肩に抱え、大事な日章旗を巻き付けた銃を杖代わりにして頂上を目指してゆっくり登って行く。

「頂上にたどり着けば、そこにチヌークが待機しています。皆を救出出来るんですよ」

 片山は薄れ行く意識の中で、来る筈のない伊藤の乗るチヌークがホバリングしながら頂上で待っているのだと信じ切っていた。

 

 やっとの思いで頂上にたどり着く。

 外へ出る扉を開けると、後方から風が外に流れた。

 銃に巻き付けている日章旗が風によって飛ばされ、吉田の手から離れて行った。それはまるで、天下を手中に治め掛けていた吉田の手から天下が離れて行くように。

 直後、片山は崩れるように息絶えた。

「か、片山――」

 そこには片山が待ち望んでいた伊藤の乗るチヌークは無かった。

「……伊藤よ、お前は一体何処に居るんだ。生きているのか? 応えてくれ! 部下達を、救ってくれぇー!」

 吉田は天に向かって叫び、願った。

 次々に死んで行く部下達を助けて欲しいと。

 彼も力尽き、その場に座り込んだ。


 傷口からなおも血が溢れ出ている。

 人の血がこれほど多いものだと初めて知った。

「自衛隊に入隊した時から、この命は国のために捧げてきた。命が欲しいとは思わない。だが、家族のため、日本のために尽くしてきたことが、結果として何も残らなかった。それだけが無念でならない……。もう少しで、誰も成し得なかった世界平和を実現出来たものを。実に残念だ……。俺の人生はひと時の夢に過ぎない。この世は夢のように、目が覚めれば現在に戻っているに違いない、そう思いたい」

 

 懐に大事にしまってあった一枚の写真を取り出した。

 吉野の桜の前で隊員達と一緒に写した写真を見詰める。

「もう一度……皆と一緒に咲き誇る桜を見たかったな……」

 それまで一度も見せたことの無かった涙が吉田の頬を伝った。

「もう血は流れないのに、涙が溢れ出る。皮肉なものだ」

 吉田は運命をもてあそんだ天を睨み付けた。

 そして、機関銃を天に向けて撃った。

『ダッダダダダー』

 銃弾が尽きた。

 次第に意識が薄れて行く。


 近くて遠い異空間の旅は終わろうとしていた――。

 彼の瞳に最後まで焼き付いている京の街は、死の瞬間まで現代の町並みに戻ることはなかった。

 

 やがて、七重の芯柱が燃え尽きた。

 塔がゆっくり傾き、そして倒壊する。壁面に貼り付けた金箔が倒壊によって剥がれ落ち,宙に舞った。

 この光景は、争乱を見守る群衆の目に焼き付き、吉田が不死鳥となって天に帰って行ったと口々に語り合った。

 吉田は眠った。恨みも憎しみも無く、天災にも匹敵する時代の流れに精一杯逆らい、ただ力尽きたのである。


 この混乱の中、朝廷の内乱を見透かしたように九州で力を蓄えていた足利軍が動いた。

 足利尊氏の嫡男義詮が、負傷した尊氏に代わって足利軍を率いて京を目指すべく進軍を開始した。

 歴史という大きな力が逆流を押し戻し、清流となって動き始めたのだった。 


次週から二部になります。ゆっくりとした展開なので、飽きずに最後まで(残り十六話の予定)読んでくれると嬉しいです。

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