第17章
「今度の依頼は難しいぞ」
「何ですか?」
「純度の高い氷探しだ」
「見つけるのも、持ち運びも大変
ですね」
「純度の高い氷は遠くへ行かない
とないし、持ち帰っても溶けない
か心配だが……、一応話は付いてる」
「行きは歩いてもいいですが帰りは
ゆっくりしてられませんね」
「氷の持ち運びはどうするんだ?」
「それについてはもう話してある。
向こうで用意してくれるはずだ」
そういうとギルドの職員はゴソゴ
ソと机の下を漁り、籠を取り出した。
「依頼の物はこれに入れるといい」
「それだと氷が解けるじゃないか」
職員が籠を開けると、布が敷き詰め
られ、その上に羊皮紙が布に縫い付
けられていた。羊皮紙は底一面だけ
ではなく籠の内側全面に縫い付けら
れているようだ。
「何だこれ」
「えっと、魔法の刻印の紙?」
「まぁ、そうだな」
「おいおい、魔法の紙は高いんだろ?
たかが氷にいくらかかるんだ?」
「お前たち実際に氷は見たことない
だろ? 魔法の紙はいくらでも売っ
ているが、氷はほとんどの奴が見た
ことない上に噂話で知ってる人が時
々いる程度だぞ。……しかも純度の
高い氷は貴重品なんだ」
「しかし、純度の高い氷か。物好き
な奴がいるんだな」
「氷菓でも作るんじゃないですか?」
「なら、結構高くつきそうだな」
「行くのか? 行かないのか?」
「行きます」
「……おーい、まだ歩くのか?」
「うん、もうちょっと頑張る」
「行きは歩き。帰りは杖に乗ってさ
っと帰る予定じゃなかったか?」
「頑張る……けど足が痛い」
「皆さん、足を出してください」
「え、何かしら?」
エリュニスが全員の足に湿布を
貼っていく。
「これは魔法で治せないんですよ」
「……あー、貼ったとこがひんや
りしてる」
「足が気持ちいい……」
「でも匂いが……」
確かに湿布独特の妙な匂いがする。
しかし匂いよりも足が楽になるこ
とのほうが嬉しかった。
ハンドタオルで額の汗を拭きなが
ら足をのばす。ひんやりとした風
が汗を乾かしてくるのと同時に足
も少しだけ楽になったようだ。
「よし、休憩終わり」
「今どの辺だ?」
「えーっと、4分の3まで来てる
わね。あと少しよ」
「湿布のおかげで足取りが少し楽
ですね」
「……はぁ……」
皆足はまだ良いとしても息が上が
っている。
「深呼吸したらまた出発するから
な」
「ま、待って……私もう息が苦し
くて……」
か細い声でリリアンが言うと、セ
ヴェルは困った顔をした。
「……ったく、仕方ねぇな」
「だって、疲れたんだもの」
「そうじゃねぇよ。 ……ほら、
リリアン。おぶってやるよ」
「あ、ありがと……」
「着いた……」
着いた場所は雪景色だった。辺り
にちらほらと民家がある。
リリアンを背中からおろしてセヴ
ェルが提案した。
「ここらで一泊してそれから氷を
探そうぜ」
「ちょっと待って。先に純度の高
い氷の情報を探すんじゃないの?」
「おっと、そうだった。そうだっ
たな」
近場に食堂兼宿屋があったのでさ
っと夕飯を済ませることにした。
ついでに依頼の物の情報も聞く。
「……なぁ、ここら辺に純度の高
い氷があるって聞いたけどどこに
あるんだ?」
「あぁ、それならこの先に氷の洞
窟があってそこにあるんだが寒い
ぞ。できれば防寒具があるといい」
「しかしなぁ……氷のためだけに
防寒具を買ってもな……」
「確かにそうよね。報酬をもらっ
ても防寒具代で何割か持ってかれ
るのは困るわ」
「まぁ、すぐ戻るならなくてもい
いぞ」
「それなら大丈夫ですね」
「そうだな。明日に向けてさっさ
と寝るか」
そう言い、セヴェルは寝床に向か
った。
翌朝。肩が寒い気がして目を開け
、着替えてから下に向かうと朝ご
飯が用意されていた。
「お、起きたなルシェット」
「あ、あれ? 朝食なんて頼んで
ないけど」
「宿屋の看板ちゃんと見てないだ
ろ。1泊2食付きって書いてあっ
たぞ」
「あ……そうか」
朝食はスティックパンとヨーグル
ト、ココアだった。
両手で持ったマグカップからぬく
もりが伝わってくる。少しだけ冷
ましながら一口飲むと体が温かく
なるのを感じた。
スティックパンを口に運ぶとほの
かに甘い香りがした。パンの中に
は何も入っておらず素材の味で勝
負なんだろう。
食べ終わるころには体がぽかぽか
している。きっと、ココアのせい
だ。
「やたら体が熱いな」
「ココアはショウガ入りだよ」
「えっ、そうなの?」
「体が冷えないうちに洞窟へ行っ
てきな」
「少し寒いな」
「時間がかかればかかるほど寒く
なってきますよ、早く氷を見つけ
ないと」
寒さにやられないように引っ付い
て歩く。やはり防寒具があったほ
うがいいのかと思ったが、それは
杞憂で、すぐに見つけることがで
きた。
「うわ、そこら中に氷がゴロゴロ
転がってる」
「希少価値の高い純度の高い氷で
も地元の人間にとっては少しレア
なくらいなんですね」
「わざわざこんな籠まで用意する
とは……そうとう氷がほしいんだ
な」
籠を開け、純度の高い氷を置く。
エリュニスが羊皮紙に手をかざす
と籠の中の全部の羊皮紙から強烈
な青白い光を放ち、籠の中はひん
やりとした空気に包まれた。
急いで氷の入った籠の蓋を閉め、
鍵をかける。
「よし……すぐに依頼所に届ける
ぞ」
杖にルシェット、エリュニス、セ
ヴェル、リリアンの順番で乗る。
杖は魔力のあるものにしか反応し
ない。ルシェットは杖の動力源と
大まかな道すじ。エリュニスはル
シェットの補助。あとのセヴェル
とリリアンは、籠を持つ係だ。
杖は最初こそ勢いがあるものの、
一定の速度を保ちながら山を下り、
来た道もこえて依頼所まで進んで
ゆく。
「おかえり。大変だったな」
「そうでもなかったぜ。……行き
だけは苦しかったがな」
「洞窟の中は色々と楽だったわよ」
「そうだな。てっきり洞窟の奥に
あるものとばかり考えてたから」
「ともかく、ごくろうさん。これ
は報酬だ」
「ありがとうございます。……え
っ、9万ルクスもですか!?」
「お前たちには色々と世話になっ
ているからな。 ……これで装備
を整えるなり、休んだり、しばら
く好きにすればいい」
「……ではお言葉に甘えさせても
らいますね」