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不壊の黒鉄


 近づいてくる黒鉄の脚部には、震えるような威圧感があった。

 大きさというのは即ち力だ。あの蒸気を噴きながら地を踏む足に潰されれば、原型すら残らないだろう。

 それがめちゃくちゃに突っ込んでくる。僕はメリーに抱き上げ──そんな丁寧ではなかった──持ち上げられているので、逃げることは勿論、身構えることもできずに疾躯を眺めている。


「やる」


 メリーがそう囁くと、ふっと体が自由になる感覚がやってきた。

 それはまあ、つまりつまるところ? メリーが僕から手を離し、僕が地面に落っこちているということだ。

 僕は選択を、ひいては自由というものを基本的に信奉しているわけだけど。やはり与えられる自由ではなく、勝ち得た自由にこそ価値はあるのだなあ──って落ち着いてる場合じゃない! 危なっ!!

 僕は受け身を取りつつ反動で飛び起き──あれ、反動がないな。僕の体は横たわったままだ。


 ……ああ、そっか。ここは大平原だった。

 灰の地面の感触は、堅くも柔らかくもない。服も髪も汚れない。

 僕は横たわったまま、メリーの方を見た。



===メリーが、腕を横薙ぎに振るっていた===



 世界が

=======================

 指先から

=======================

 五つの

=======================

 破片へと

=======================

 分かたれる

=======================



 空間ごとすべてを

=======================

 引き裂く爪によって

=======================

 カルスオプトの脚は

=======================

 輪切りになって宙を舞い

=======================

 頭を垂れるように

=======================

 灰の大地へ崩れ落ちた


   | |   | |   | |   | |   | |

   | |   | |   | |   | |   | |

   | |メリー| |腕を縦| |に振り| |回すと| |

   | |カルス| |プトの| |中心部| |五つに| |

   | |分割す| |る爪の| |撃が炸| |し鉄の| |

   | |カルス| |プトは| |積を大| |く減ら| |

   | |鉄と煤| |周囲に| |き散ら| |ながら| |

   | |悲鳴の| |うな轟| |を立て| |崩れ落| |

   | |機械油| |血のよ| |に噴き| |してい| |

   | |   | |   | |   | |   | |

   | |   | |   | |   | |   | |


   | |   | |   | |   | |   | |

   | |   | |   | |   | |   | |

===| |===| |===| |===| |===| |===

   | |   | |   | |   | |   | |

===| |===| |===| |===| |===| |===

   | |   | |   | |   | |   | |

===| |メリー| |両手の| |で薙ぎ| |らった| |===

   | |   | |   | |   | |   | |

===| |===| |===| |===| |===| |===

   | |   | |   | |   | |   | |

===| |===| |===| |===| |===| |===

   | |   | |   | |   | |   | |

   | |   | |   | |   | |   | |



煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙

煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙煙

片煤片煤煤煤煤 煤煤煤 煤煤 煤 煤 煤 煤

片 煤片 片 片 片 煤  煤  煤 煤

 片 片 ト片 片 片 煤  煤  煤

鉄 片 プ  煤 片 鉄

煤片 オ片 片 片 鉄

カルス片片片 は

賽□の□目□の□ように

切り刻まれていく


■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■

■■■ ■■■ ■■■ ■■■ ■■■ ■■■

■■■■ ■■■■ ■■ ■■ ■■■■ ■■

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 ──しかし、壊れない。



 メリーの暴力的な攻撃を受けて、しかして、なおカルスオプトはその原型を残していた。


 メリーは表情を変えずに、両手をゆるゆると振って、次々に破壊を作り続けている。

 切断した鉄鋼はもちろん、黒煙も、煤のひとかけらさえも、指先から生じる波は捉え、黒を無に変えていく。

 それでも、カルスオプトは黒煙を吹き上げ、カタカタと残った胴体を動かし続けていた。


 ……どういうことだ?

 メリーに壊せないものなんて、今までひとつだって──。


「そうか……!」


 ……いや。ひとつだけ、メリーに壊せないものがあった。


 なぜ、ダンジョンを破壊することを目的にしてるメリーが、わざわざ探索なんかして、コアを潰す形式で壊しているのか。

 ダンジョンを探索するのは面倒だ。だいたい歩くし、魔獣とか出るし、なんか罠とかもある。

 そんなところにわざわざ付き合うのは、ほんとにめっっちゃくちゃ大変なので、当然、僕は何度も何度も何度もしつこく聞いていたのだ。

 ──『これ、外からじゃ壊せないの?』って。



「メリー。いったん止めて」


 鉄片はどんどんその数を増やしていく。煤と黒鉄の破片が地に堆積して砂のようになっている。

 僕はメリーに手を止めるように言った。


「なんで」


 なんでって。

 僕がわかるんだから、君だってわかってるだろ、メリー。



「機工都市カルスオプトが、ダンジョンになってるからだよ」



 ダンジョンの入り口をいくら傷つけても、壊すには至らない。

 どういう理屈でそうなったのかは知らないけど。君に壊せないってことは、そういうことだ。


「こわせる」


「あまり無茶しないで」


「……。とめたら。こうなる」


 メリーが手を止める。

 すると、砕け散ったはずの鉄片が、音も立てず、寸分違わず元の位置に戻る。歯車も、鉄も、砂のようになっていたものが形を取り戻す。


「まきもどし」


 その光景は、何とも奇妙だった。


 メリーは再び手をかざす。破壊。再生。破壊。再生。破壊。破壊。破壊。再生破壊。

 破壊の波濤に曝されながらも、この鉄塊はその形を取り戻そうとしている。

 確かに、これではメリーが攻撃の手を止めることはできない。その瞬間に王国に向かって突進を始めるだろう。


 ……かと言って、このままじゃ埒があかない。

 僕は自分の幼なじみを大平原の観光名所にするつもりはないし、善き人々の墓標(カルスオプト)が辱められ続けることも避けるべきだろう。



 ──勝利条件は、『カルスオプト内のダンジョンコアの破壊』だ。


 だけど、メリーは入れない。

 ダンジョンで流れている時間は一定ではない。入り口からちらっと覗いてすぐ帰るだけで数時間が経過することだってある。

 僕らが内部を探索しようとした間に王国が壊れてました、なんてことになったら笑い話にもならない。


 ならメリーが足止めしている間に、誰かに助けを求める、というのはどうだろう。無理だ。

 考えるまでもなく無理だった。

 食料の用意もなく、着の身着のまま、大平原のどこかに運ばれた。適当に言いくるめて壁の外まで来てもらうのはともかく、王国までたどり着くことが難しい。

 それに、関所通らずに壁外に来たから、最悪再入国禁止まであるし……。


 じゃあ、どうすればいいのか。


 僕にでもわかる、メリーならもっとわかっているであろう、ごく簡単な話だった。



「…………メリー。5秒でいい。手、止めて」



 ──メリーの返事を聞く前にカルスオプトに向かって僕は飛び込んだ。

 僕の足はメリーのそれよりもずっと遅くて、その上震えていたけれど、それでも目の前の目的地まで止まることはなかった。


 カルスオプトの動力部が、メリーによって破壊されて、ぼっかりと大口を開けている。

 僕はその裂け目に体をねじ込む。

 そしてダンジョン入り口の、体が捻れるような感覚が──。


「きふぃ!」


 あー。僕の出来る範囲で、なんとかするからさ。

 僕が戻るまで。ちょっとの間、足止め頼んだよ、メリー。

 すぐ戻ってくるよ。できるだけね。



* * *

* *

*



 灰の世界にひとり残されたメリスは考える。

 ──キフィは、いつもこうだ。

 自分にできそうなことをせいいっぱい探してしまう。


 そそっかしくて、怖がりで、痛がりなのに。

 不可逆な存在ス■ールの増加を、メリスが迷っていたうちに。自分にできることを見つけて動き出してしまった。

 だから連れてきたくなかった。


 確かにキフィナスの()()()正しい。

 メリスの見立てでは、目の前の鉄塊はカルスオプトの残骸を材料としたダンジョンだ。

 機能を停止させるためにはコアを破壊する必要があるが、外側からいくら分解してみてもコアは一向に露出しない。


 だけど、キフィナスはちょっと足をすべらせて、頭をぶつけただけでも死んでしまうかもしれない身だ。

 そのことを一番よく知っているのはキフィナス自身であり、いつも過剰なくらい怯えているくせに。

 こういう時になると、こういうことをする。

 メリスは幼なじみの気質をよく知っていた。

 だから連れてきたくなかった。


 万が一を考えて、メリスは足だけを切り刻むことにした。

 カルスオプトの動力部は既にその機能を復旧し、黒煙でその周囲を汚している。

 メリスの服もまた、機械油の返り血が付着し、そこに煤が積もってまだらの黒い層を作った。

 しかし、それに頓着する様子も見せない。

 ここにキフィナスがいたら、払うそぶりのひとつも見せていたが、肝心の相手がいないのだから。


 鉄のを引き裂きながらメリスは考える。

 メリスには、カルスオプトに入って、キフィを守るという選択肢もある。

 そうすれば絶対に安全だ。誰にも傷つけさせない。

 ──実のところ、メリスには王国の人間がどうなろうとどうでもよかった。

 どれだけたくさんの人間たちに、Sランク冒険者がどうなどと褒めそやされようと、キフィの『おつかれさま』という一言の方がメリスにとってはずっと価値のある言葉だった。


 命の価値は等価ではない。彼のように『手の届く範囲』なんてうそぶきながら、誰かに手を差し伸べることなどメリスは考えもしない。

 メリスの天秤では。世界ぜんぶを片側に置いても、キフィナスの方が遙かに重い。

 メリスの世界の中心にはいつもキフィナスがある。いかなる時も、灰の世界にキフィナスだけがある。

 その有り様は大平原に似ていた。


 ……だけど、それを選べば、キフィのだいじなものが壊れてしまうかもしれない。

 キフィナスの大切なものを守ることもまたメリスの使命であった。使命だと認識していた。

 そして、他ならぬ彼に、待つようにと頼まれてしまった。

 いつもより慌てつつ、軽薄な軽口を叩きながら、メリスにとって心地よいトーンで頼まれたのだ。

 聞かなかったふりをするわけにはいかない。


 メリスはキフィナスが好きだ。いろんな表情が好きだ。

 喜怒哀楽のどの表情も好きだ。横顔をずっと見てきた。

 中でも一番好きなのは、覚悟を決めた真剣な顔だった。

 ついさっき、メリスに頼みごとをしたときの顔だった。


 連れてきたために、その顔を見ることができたのは事実であるが──。

 やはり、メリスは最愛のひとを、ここに連れてきたくはなかった。



* * *

* *

*



 ダンジョンの空気はいつだって健康に悪い。

 その上にむわっとした熱気と煤埃までついてくるとなると、これはもう健康被害を引き起こす環境であり、冒険者ギルドは労災の保障をしっかりするべきだなって思った。

 紙の端っこで指一本ぴって切ったときとか、報告してもレベッカさん『唾つけときゃいーでしょ』とか言い放ったからな。


「さて……」


 ダンジョン内部にあったのは、あの日のまま。

 無秩序に張り巡らされた配管と、互いを噛み潰すように回る歯車と、それから煤のこびりついた鉄屑だった。



 勢いでここまで来てしまったけれど。

 ──思えば僕、たった一人でダンジョンに入ったことって……、ないな?


 ──あ、うわ、帰りたくなってきた。すごく帰りたくなってきたぞ! 帰りたい。

 いや、でも、メリーにあんなこと言った手前……。僕にもやっぱり見栄とかそういうのはあるわけで……。でもなぁ……。

 あー帰りたくなってきた。帰りたさが加速してきた。帰りたい……!!

 これ、外からじゃ壊せないの? ねえ。これ外からじゃ壊せない?壊せませんか?いや知ってるけど。知ってるしなんなら直接見たけど壊せないかなぁ?


 僕は入り口をたびたび、ちょくちょく、未練がましく振り返りながら。

 ついに諦めがついて、カルスオプト内部の探索を開始した。


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