迷宮都市の天才姉妹1 エピローグ
外に出たと同時に、僕とメリーは即座にその場を離れた。
適応してない人のダンジョン酔いはかなり重い。僕はもう慣れてるけど、お二人が意識を取り戻すまでもう少し時間が必要だろう。
つまり姿を消す時間は確保できるということだ。
ダンジョン内ならともかく、屋外では貴族のひとに対して軽々しい口はきけない。というか、近づくこと自体憚られる。
誰に見られているかわからないし、第三者が僕をハメようとする可能性も考えられるわけで。
そういうのって当事者がどう思おうが関係ないものだし、今までの経験から、相手が好意的な方がこじれることも少なくない。
なので、そこで目を瞑ってふらふらしてる人たちには若干、若干申し訳ないけど、治安のいいこの都市で、貴族の人を介抱する必要も理由もないし、回復を待つ道理もない。
何より僕は報酬がどうとかそういう面倒な話に突入する前に帰りたかった。
──そういうわけで、僕らは貴族のひとを路上にほっぽって帰りました!
「ふう……今回は大変だったね。あの亜竜、結構大きかったし、何より同行する人たちがいたし」
「べつに」
「そりゃあ、メリーからすればそうなんだろうけど……。僕はすごい大変だと思ったよ」
何が大変って、あの二人予想以上に大物貴族の人でした。
逃げきれてよかった。本当に。
ダンジョンの時点で立ち振る舞いから貴族なのはわかってたけど、明るいとこで改めて二人の姿を見ると、貴族位でもかなり上等なやつなのがわかってしまった。
上着にせよ下着にせよ、普段着じゃなくてダンジョンに潜る用の、いくらでも替えのきく服を着ているんだろうなーって思うんですけど、それでも縫製の質が違うのが一目で分かるんですよね。
Sランク冒険者メリーの顔つなぎとして、貴族の人とやり取りすることは時々あるけど、服の素材ひとつで何かを察せるレベルのひとは流石にそこまで馴染みがない。
それこそ、直系の王家の血を引いてる公爵家とか、地方領主でも有力な都市の長を務めているとか──。
「あれ?」
そういえばステラさんとシアさん、確かロールレアって名乗ってなかったっけ?
ひょっとしてあのロールレア家の人? ……えっやばくない?
僕らが今現在活動拠点にしてる、《迷宮都市デロル》のトップ・ロールレア家の直系の血筋のひとだったりします?
──うわすごいゾッとした! 高ランクダンジョンとかよりよっぽど! ここ最近で一番ゾッとしてる!!
えっやばいやばいやばいどうすんのこれ。やばくない? やばくない?? やばくないですかこれ。僕どうせ今後関わらないだろーって気持ちで対応してたんだけどこれやばくないですかえっちょっと困る……。
言葉遣いも適当だったし、何より最後に逃げたし……、これ不興買ってたりとかしたら僕どうなってしまうんだ? 今戻る?戻るべきか? えっ王国の《壁》の外とかもう絶対出たくないんですけど。食べ物の安全度が違うから。うわ絶対やだ絶対やだ。
いやあの、僕の一連の動きは別にロールレア家のひとたち相手にやましい思いがあったからとかじゃないんですけどーーーー。仮に相手が乞食のひとだろうと同業のひとだろうと多分僕はまったく同じことしてるだろうし。……あ、なおさら不興買う可能性高いな?
うわぁ手が震えてきた。めっちゃガクガクいってるぞ。これ病院で見てもらえるやつでは。病名を付けられて、施薬院で薬とか貰えちゃうやつでは。ヤバい怖い。震える。
……いや。いやいや。いやいやいや違うんですって本当に! 僕の能力なんてメリーに比べたらゴミカスもいいところの雑魚人間なんで! そんな雑魚人間が何かしたところでそれは別にどうでもいいことなんですよ! どうでもいいってことになりませんか? なるべきでしょ! なって!?
……一旦冷静になれ僕。メリーがこんな調子だからその分僕はいつだって冷静でいるべきで僕は冷静に……なれるかこんなのっ!
貴族様の思考はよくわからない。暮らしてる環境が違うから。街の人の思考も文化が違うなーってわからなくなることあるけど輪をかけてわからない。いくら才能があるからって言ってもなんで素人二人でダンジョンに入ったのかとか意味不明すぎるもんね。僕の思考形態では絶対にたどり着かない。つまり僕の無難にこなそうと思ってた態度が宣戦布告と受け取られた可能性があるということだ! やばい。やばすぎる。
腕っぷしならメリーは絶対に負けないけど、社会的には僕らを100回は殺せるはずだぞロールレア家。
……こうなったら、時間を巻き戻して過去の僕を2発くらいぶん殴れば解決するんだけどメリーに試しに聞いてみるか?
あのさーメリー、ちょっと時間とか戻せたりしないー? ……いや何を考えてるんだ僕。そんなのできるわけないだろ。
うっわーやばいやばいやばいやばい……!!!!
「どしたの」
「メリー……。いや、ひょっとしたらね、僕らは大変なことをしちゃったんじゃないかなーって」
「だいじょぶ。めり、まもる」
抱きしめるメリーの力が、ぎゅっと強く、まるで僕を絶対に離さないように──って痛い痛い痛い痛い! メリー離して! 離さなくてもいいからとりあえず力ゆるめて!
「きふぃは。しんぱいしょう」
痛い痛い痛い痛い。痛い痛い痛い痛い。
「まもる。きふぃ、あんしんしてね。だいじょぶ。だいじょぶ」
「ぐっ……ふ、うう……、あ、ありがとうね、メリー……」
メリーのお陰でだいぶ落ち着いた……というか焦りが痛みに上書きされたんだけど、まあだいぶ落ち着いた。
……これ。守るってどんな手段で? って聞いちゃいけないやつなんだろうなぁ。
「なにがあっても。めりは、きふぃをまもる。まもるの」
「そっかぁ……僕の意識はどんどん薄らいでくけど、それなら安心だぁ……」
「ん。あんしん。だいじょぶ」
……メリーの気持ちはとても嬉しい。嬉しいんだけど……。
まあ、その。できれば。可能であればね。努力目標でいいから。
こう、なんというか、……できるだけ痛くないやり方で僕を守ってほしいな、と思いました。
「……ん……、う、うーん……。あーー……、太陽が眩しいわ。戻ってこれたみたいね」
「……どうやら、そのようですね」
「ダンジョン酔いというのはなかなか堪えるわね……って、あの二人はどこに行ったのかしら?」
「……既に街に戻ったのかもしれません。ダンジョンの外では貴族と辺境人ですから」
「それでもちょっと非道くないかしら? レディを二人、こんなところに置き去りにするなんて」
「……彼らはこれを生業にしているのですから、仕方ないのでは。それに、彼は我々にダンジョンコアの破壊権まで譲渡していますし」
「わかりやすい嘘までついてね。壊せないわけがないでしょうに。本当に大きな借りができてしまったわ。──それにしても意外ねぇシア。彼の肩を持つなんて」
「……わたしは、あくまでも一般論を述べただけです」
「ふうん?」
「……一般論です。一般論。それに、わたくしは、礼を言いそびれてしまいました」
「そうねぇ。礼節は大事ねぇ」
「……そうです。これは姉さまから言ったことです。だから、帰ったら贈答品を用意しましょう。彼らに相応しい贈答品を」
「もう、シアったら。ふふ……。そうね、じゃあ、帰ったら一緒に考えましょうね」