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宝箱


「せいぜい見ておけ。あれには大した力も技もない。だが、生き残っていられる。そこには理由がある」


 セツナは、弟子として可愛がっている──少なくともセツナの認識では──少年冒険者カナンに語りかける。

 その視線の先には、卑屈な笑みを顔に張りつけた灰髪の青年──キフィナスがいた。



「あれは狐だ。あれの狡猾さは見習うべきところがある」


 同行している眼鏡をかけた男に、調査しようとしてた魔獣をバラバラにしたことを咎められたところを、キフィナスは「非戦闘員のあなたが心配だった」だの「どうせ魔獣は複数いる」だのと言いくるめている。

 すごく適当な言動をしているはずなのに、その振る舞いが時々、本気で相手を心配しているように見える瞬間があって、カナンはうわ怖、と思った。


「冷静に考えてみましょうー。魔獣観察はこの探索における本義ではなかったはずだ。偶然にも魔獣が出てきたのでー命の危険があったからーそれを退治しただけですねーー? そしてどんな特性を持っているかわからない以上徹底的に叩くべきだ。なにせ命に関わる。現に手足らしき部位を斬られても反撃をすることができていましたよね。あの時の判断は──」


 べらべらべらべら。これだけ喋ってよく舌を噛まないな、というくらい口が回っている。

 なだめすかし、褒めそやし、無意味な冗句を挟み、そしてついに、相手は怪訝な顔をしつつも納得した。

 ──これ見習うの? 見習えるものなの? そもそも見習っていいの?

 カナンには、師匠のオーダーはいつも無茶ぶりに思える。


「くく。ほら、見ろ。前言を翻した上で、それを納得させている。難儀なものだな」


 難儀というが、そもそも、実際に魔獣をバラバラにしたのはセツナである。

 道理の上では、実行犯であるセツナが弁明すべき事由のはずだ。

 きっと男は、木の棒で切り捨ててのけたセツナに恐れをなしたのだろう、とカナンは思った。そしてその判断は正しいな、とも思った。

 このひとに文句を言ったら、いつ刃が出るかわからない。師匠と呼んでいるが、人格的な部分を尊敬したことはなかった。


「口さがない連中は、あれが化生を誑かしただけと言うが。それだけでは、我の剣は見切れぬからな」


 カナンとしても、アニキが──キフィナスが冒険者ギルドなんかで言われてるような人じゃない、ということに異論はない。

 ただ、なんというか──。


「うわっと!」


 キフィナスが、メリスを抱えたまま、足をつんのめらせて転んだ。


「見ろ弟子。あれは油断を誘っている。あの体勢は一見隙だらけに見えるが、罠を張っているのであろう。きっと今手を出したら落とされるのはこちらの手だぞ。流石だな」


 師匠の見立ての中のアニキは、ちょっと実物より超人入ってないかな、と思わざるを得なかった。

 それをどう見習えばいいのかもわからなかった。

 だが、黙っていた。文句をつけたら、今にも刃が出るかもしれないからだ。


* * *

* *

*



「あいたた……」


 僕が無防備に蹴つまずいたのは、一個の小さな箱だった。

 あっ……。これは…………。


「どうかしましたか」


 ラスティさんが近寄ってくる。

 マズいな……、僕はその箱を、メリーの体で隠そうと──。



「それは、《宝箱》ではないですか?」



「あーー、いやーー? ただの金にならない遺物ではー? 捨て置いた方がいいかとーー?」


「《宝箱》ではないか」


 くそっセツナさん……!

 現役冒険者が追認したら否定できないだろ……!!


「あ、あーー。見間違いでしたーー。宝箱だこれー」


 協力者として連れてきた学者先生に不信感を抱かれるのは困る。

 僕は調子を合わせつつ──、


「ですけど困ったなー解錠ツールの持ち合わせがーー」


「ぬしなら容易く開けられるだろう。我のを使うがいい」


 …………うわぁーありがとうセツナさ……なんですかこのゴミ。

 針金がぐちゃぐちゃなんですが。剛性が完全に失われている。

 こんなの自分のやつ使いますよ。僕はセツナさんから受け取ったゴミを投げ捨てた。


「む。何をする」


「こっちの台詞ですけど。僕を殺す気ですか。買い換えてください。それはゴミです。というかセツナさん箱開けたことないでしょ」


「そういうものか」


 セツナさんは飄々としている。

 ……そう、冒険者をやっていても、宝箱を開けないという層は一定数存在する。


 なぜなら、宝箱には罠が仕掛けられている『ことがある』からだ。

 もし発見される宝箱に必ず罠があったのなら、あるいは解錠を専門にする同行者を必ず連れて探索を行うことが一般化していただろう。

 しかし、宝箱を発見できる機会はそこまで多いわけでもなく、加えて罠が設置されていない宝箱も多い。あと、スキル《解錠》持ちは、場所によっては犯罪者予備軍という目を向けられたりもするので、自分から名乗りたがらない人も多い。

 なにせ、ダンジョン発の技術・資源から文明とは作られており、ダンジョンの鍵を開けられるなら、都市の鍵だって開けられるわけだからね。


 ゆえに。解錠を専門にする人は少なく。

 ゆえに。時折いたましい事故が発生する。


 セツナさんは人間を生きた宝箱だと認識しているフシがあるので、生きていない宝箱にはあまり興味がないんだろう。手に入るものも大体変わらないし。

 宝箱を開けるのは、ストイックに冒険者を専業にしてる意識の高いパーティか、あるいは命知らずのどちらかだ。



 ──つまり、僕も宝箱なんて普段開けない。




 ……困る。僕は今困っている。

 ここでラスティさんのご機嫌は取っておきたい。同行してくれてるカナンくんにも報酬を渡すべきだ。セツナさんはどうでもいい。

 宝箱の罠が、普段ダンジョンで見つける罠と勝手が違うということも聞かないし、別に解錠できないこともない。


 ……うわ、宝箱を開ける理由が揃っているぞ。


「きふぃ」


 ああ、メリー。……相変わらず目を合わせてくれないけど、僕が困ってると見て声をかけてくれたみたいだ。

 ここは君から……いや、ダメだな。メリーが宝箱を中身ごと一撃で粉砕してみんながどん引きする姿が見えた。

 メリーはちからもちなので物理攻撃の威力が高くて、何より色々と雑なのだ。


 僕がやるしかないだろう。

 ……うう、怖いな。


「……今から、開けます。みなさんは安全のため、下がっていてください。メリーも──」


「や」


「……じゃあ、メリーは一緒にいてくれてもいいよ」


「我も眺めよう」


「あセツナさんはやめてください。僕あなたの命には責任取れませんし取りたくもないです」


 カナンくん頼めますか。

 僕はアイコンタクトを送る。


「そ、そんなことより師匠! さっきの木の棒で鉄斬るの、すごかったなっ! お、オレ、もっとああいうの見てみたいなーっ!」


「ふん。困った弟子だな。あの程度は児戯に等しいというに。弟子と言うからには、我が秘奥を体得せねばならぬのだぞ?」


「え、そうなのか……? ま、まいいや師匠! とりあえず、アニキから離れようぜ!」


 助かる……!!



「さて……」


 宝箱の外観を一通り確認。外からでは毒ガス、警報装置の類は確認できない。基本的に命を奪える罠というのはサイズが大きくなる傾向にあるが、錠前の内部にスイッチがある場合もあるのでこれだけで油断はしない。


 続いて。《宝箱》の解錠には両手を使う。

 まず、錠前に細い針金を、裁縫針に糸を通すような慎重さで通す。

 そして、片側に倒して力を入れる。内側のピンに引っかけるのだが、ここでなんというか、妙な感触の引っかかりがあったら罠が仕掛けられている。ない。

 次いでもう片方の手で、一本の針金を入れる。こっちは、くるっと回転させる方だ。鍵の形式から、解錠の仕方はだいたいこうなる。僕は、王都のあれそれで慣れていた。

 もちろん、この行程でも油断しちゃいけない。罠が仕掛けられてる可能性はある。左手を動かして、回転させて……、あっ鼻がむずむずする。うわっむずむずする、くしゃみ出る、やばい、やばいやばい、やば──。


「ふぇっくし!」


 ──カチャン、という音。


 お、解錠できたかな?

 僕が顔を上げると──。



 天井から吊り下がっていた銃口が、僕にねらいを定めていた。


 ──世界が、スローモーションになる。



 体が動かない。意識だけがそれをそれと認識して、

 銃口からは青色の光線が僕の頭めがけてたんできて、

 迫りくる光線に対して僕はただ胸元にメリーをかき抱いて──。



「とどかない」



 メリーが指先を動かすと、光線は僕の目の前で止まる。

 それを、メリーは小さな手のひらで握りつぶした。

 ……これはすべて、ほんの一瞬の出来事だった。

 心臓がばくんばくんと跳ねていた。



「……ええと、宝箱。開きました。ラスティさん。中の物体の調査をお願いします」


 早鐘を打つ胸を抑えながら、僕はラスティさんを呼ぶ。

 中に入っていたのは、3mくらいある、金属製の長い棒だった。


 蹴つまずくくらい小さな宝箱。その内側は、僕が持ってる《魔法の巾着袋(マジック・ポーチ)》と同じく、大きさが曖昧な空間になっている。

 空間というのは、魔術で容易く操作できるもの……らしい。僕には使えないので、実際の原理はよくわからない。

 ただ『そういうもの』として受け入れている。用途がわかればいいのだ。用途がわかれば。


「はい。《鑑定》します。名称《制御棒》……。用途は……、これだけでは、判断が付けられないですね」


 しかし、この鉄の棒の用途はよくわからなかった。なんか強そうな名前ですね、それ。

 ただ使い道がわからないとなると、《資源》認定は厳しいかもなぁ。

 んー、鉄だし殴ったら痛そうだな、用途:殴打で申請してみてもいいかな。


「……。めり。さわる」


 あ、メリー。気になるの?でもそれ触っちゃダメだよ。君が触ると即座に壊れるからね。

 ダメです。ダメだってば。えーと、ラスティさんどうしましょう? 預かってもらえますか。


「はい。当方の知り合いに、資源考察を専門とする者がおりますので。そちらに諮ることにします」


 あ、そうですか? よくわからないですが、それじゃ。お任せします。

 となると、カナンくんへの報酬は後日払いかな……。



 ……いやぁ、それにしても酷い目にあった。

 もう二度と、宝箱なんて開けないぞ。


「ん。それがよい。きふぃのほしいものは。めりが、もてくる」


 ボロボロになったもの持ってこられても困るので遠慮しておきます。

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