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「セツナ様と呼べ」



 ダンジョンが住居にあまり適してない理由は、大きく二つある。


 ひとつは、適応してない人間からするとダンジョンは息苦しさがあるということ。

 我慢できなくはないけれど……やっぱり、そこで暮らすとなったら快適な方がいい。炒めたナッツと蜂蜜を乗せたトーストとか作ってくれる人がいると尚いいね。


 そして、何よりの問題は。


「構えてください。この先に何かがいます」


 だいたいのダンジョンには、先に住んでる誰かがいるってことかな。


 そこの角の先から気配がする。

 僕は身震いを抑えて先行した。



 さて。こちらから彼らの家にお邪魔するという形式であるわけだけど。

 挨拶して、軒先をちょっと貸してもらうには、彼らはいささか歓迎できない悪癖を持っている。

 だって彼らは話をする素振りすら──?



「ꛥ醊苣芻귣莥ꫣ莆ꏣ芯ꫣ芢ꧣ莳매뢭跦鲪胣膮诣膡ꗣ芊鋧ꚁ飣膾」



 おっと?

 相手の側から話しかけてきたぞ?

 でも何言ってるのかわっかんない。


 その声は一辺倒で、男性でも女性でもないというか、生物のそれではないように感じさせた。

 声の主の見た目は、白い甲冑で全身を覆った巨躯のヒトガタ。僕の身長の二倍くらいの大きさで、威圧感がある。間接部から全身に広がる青い光のラインは、ゲーミング鎧のそれによく似ている。

 これだけなら、身長がバカみたいにでかい冒険者かな、とも思える。


 ただ、目の前の相手が人と決定的に違うのは、二本の足が存在せず、一本の丸太のように太い脚部が、宙に浮きつつ滑るように移動しているということだろう。

 長距離移動しても足が疲れなさそうでいいなと思った。



「ダンジョン内に知的存在が……! これは《生物資源》かもしれません。当方が──」


「いえ。僕とメリーが対応します。そこから動かないでください。セツナさんは特に。特にそこから動かないでくださいね」


 僕は胴を絞めながらひっついてくるメリーをそのままに、ウイーン、ウイーン、という音を立てて動く、推定知的存在に応対した。

 ……怖いけど、僕がやらないと危ないからな。



「ꛥ醊苨궦諣肂鏦ꦟꯣ膯鿥꾆鷨궷껣膟臥뮃ꓣ膙详ꢩ郣膌軣膈解芌ꛣ膄뻣膙苣膟ꃣ膡ꯩ肀믣膗ꛣ膏ꃣ膕蓣肂鏣芌꿥醽ꓣ膧」


「あー、はいーー。わかりますわかりますー。そうですねー。ですよねー」


 わかんないけど。はいこんにちはー。

 僕に攻撃の意図はありませんよー。棒、ぽーい。

 ほら、僕はもう武器持ってないですねー。両手あげてまーす。


 ──両手を上にあげるというポーズに『自分には敵意はありませんよ』という意味合いがあることは、多くの文化圏で共通している。

 二足歩行生物の敵対行動はつまり手で武器握って殴りつけることにあるので、向かい合って自分から両腕をあげるという行為には自分から不利な立場にいくという意味合いがある。

 文化が違えど、同じ形の生き物ならこれで意図は通じるはずだ。さあ握手を──。


「きふぃ」


 メリーが僕の首すじまで這い登ってきて、小さく囁く。ダメだ、ということだろう。

 現に相手は両腕を何やらぎらぎらと光らせている。空気に熱が混ざる。赤く赤熱した腕。高熱を帯びているのがわかる。


「えーと……とりあえず、握手はやめた方がよさそうですね?」


 どうも交渉は失敗したらしい。あるいは、先ほどのは僕らに語りかける声ではなく、ただの鳴き声にすぎなかったのかもしれない。

 現世人類はダンジョンで生活してる敵対的な存在を魔獣と呼び、比較的友好的な存在を《生物資源》と呼ぶみたいなところがあるので、僕もそれにならって相手を魔獣と認定する。

 実際、メリーと潜ったダンジョンでは似たような魔獣を見たことがあるし。


 あー、いやでも、腕をびかびか光らせることが友好とか長寿とか繁栄とかを示す可能性だってなくはないか。

 僕は一縷いちるの望みに賭けて、相手方の動向を──おっと。

 僕は相手の拳を横っ飛びに避けた。熱気が僕の頬をなぞった。

 メリーをひっつけたままなので、体がいつもより重い。


「あの、メリー。邪魔っけだからどいてくれないかな」


「やだ」


「じゃあ手伝ってくれてもいいよ」


「だめ」


「うわけっこう拗ねてる」


 拗ねた時のメリーは、僕にひっつきながらそっぽを向いてくるという器用なことをする。まあ、機嫌なおしてくれるまでこうしてよう。

 うーん……、それにしても。仮に交渉失敗だとして、僕のなにが悪かったのかなぁ?

 ……あっ、そうか。相手、二足歩行じゃないや。

 まあ、今更どっちだっていい。重要なのは、僕らに敵意を向けてくるということだ。


「ラスティさん。これは知的存在じゃないです。さっきのは語りかけてきたのではなく、ただの鳴き声です」


 僕はラスティさんに告げる。これは意志の疎通ができない魔獣だ。……ということにする。実際はどうだかしらない。


「いや、しかし規則性が──」


「鳴き声です」


 申し訳ないけど、僕は学術的な正しさよりも自分の身の安全を取りますので。

 というわけで下がってください。


「ですが──」


 別に動かなくなってから調査したって遅くないでしょう。

 僕はまだ何か言おうとしてるラスティさんをそこそこに、懐から《鉄食いアリの蟻酸》を取り出した。


 先ほど『武器は持ってない』と言いましたね。

 毒物はありました。お詫びして訂正します。

 僕は白い甲冑の顔とおぼしき部分めがけて、劇薬を投げつけた。そしてそのまま足下の木の棒を回収。したたかに顔を打ち付け──うわ堅っ!


「꣣莩볧馺鿣肂꣣莩볧馺鿣肂ꯣ莡ꧣ膮雧閌賧ꊺ跣膧跣膾鯣芓苧芹뛥鲧믦銃鋧蒡鳧芺ꯨꆌ蓣膾」


 僕は痺れた手をさすりながら、相手の様子を伺う。

 ……魔獣の鳴き声の調子は、変わらず一辺倒で感情を感じさせない。

 顔を灼かれて? 痛覚がない?


「きかい」


 うん。確かに奇怪だ。


「ちがう。きかい」


 あーうんうん。メリーの言うことは正しいね。違うけど奇怪だ。

 しかし困ったな……。打てる手がない。

 あと残ってるのは揮発性の毒とかだから他のひとのいる前では危なすぎてちょっと使えないし……。



「随分と手子摺てこずっているようだな女遣い。ん?」


 ……セツナさん?

 あっち行ってろって言ったじゃないですか。


「そこな化生の力を借りねば、ぬしはあれを打倒できない。しかしそやつにその気はない」


 現状の説明をありがとうございますー。

 わざわざ……おっと危ない!

 やっぱり目は見えてないのかな? ただ、あの巨大な体から繰り出されるパンチは、一撃でも貰ったらまあ死んじゃうなこれ。……怖い。麻痺させていた、抑え込んでいた恐怖の感覚が蘇るのを感じる。

 だけど足は止めない。止めたら死ぬ。


 ……どうしようか。仮に本気で頼み込めば、メリーはきっと何とかしてくれる。

 でも、メリーがこうしてひっついてるのは、この程度ならメリーに頼らなくても何とかなるという信頼の表れでもあるわけで。


 ──そうなると、僕の中から『メリーに頼る』という選択肢は存在しなくなる。

 僕にも一応、プライドとかそういうものがあるからね。


「セツナ様と呼べ。そうしたら手伝ってやらんことも──」


「セツナさま」


 僕は即答した。

 セツナさんに頼る分にはプライドとか別になかった。


「セツナさま。セツナさま。セツナさま」


 連呼した。


「く、くくっ。そうだったな。ぬしは、そういう輩だった。いいだろう」


 セツナさんはそう言うと、僕から棒を取り上げ……え、何するんですか。返してください。


「見ておけ女遣い。それに我が弟子よ。──木剣でもくろがねは斬れる」


 セツナさんはそう言うと、木の棒をくっと払うように動かした。

 巨躯の甲冑は、一瞬でバラバラになった。


「すげえ……」


「む? 血は出ぬのか」


 セツナさんが首を傾げたその時だった。

 バラバラになった腕の先から、青色の光線が、セツナさんめがけて一直線に──。



「避けられるが」



 ……セツナさんは何ら危なげなく、放たれた光線を避け、それから甲冑を微塵切りにした。



「避けられるが? なあ女遣い。避けられるが?」


 そうですねー。しっかり避けられましたね。すごいですね。

 すごいすご……ん? なんだいメリー。不満そうだね。


「べつに」


 誰かに任せることも立派な戦術だと僕は思うし。

 それがメリーじゃなかったってだけだし。だいたいメリーは誰かの力を借りるのセーフって以前言ったことあるし。

 僕は悪いとは思ってないです。


 思ってない……んだけど。

 背中にべったりくっつきながら、僕にそっぽを向く幼なじみに、僕はなぜか言い訳じみた弁明を繰り返していた。





「……師匠。今度オレに木剣で稽古するって言ったよな」


「うむ」


「それは……、師匠の方も打ち込んでくるのか?」


「異なことを。さにあらねば稽古にならぬだろう」


「マジか……」



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