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迷宮都市デロル・戒厳令発令


 サービス業には、忙しさの波というものがある。

 人間というのは不思議なもので、どうも他人が並んでいるのを見るとその後ろに並びたがる習性があるらしい。


(さっきまであんたら、ずーっとくっちゃべってたでしょうに……)


 今日の冒険者ギルドもまた、そんな人間の悲しきさがの典型例を見せていた。

 ダンジョンから帰ってきて、顔なじみと談笑した後に、よっこらと立ち上がって受付に並び出す面々。空いている時に済ませればいいものを、どうしてか人が並んだのを見てから並んでいるように思われる。


「いつまで待たせンだよ!」


「申し訳ありません、少々~」


 その順番を逆にすれば、こんなに並んで待つことなどなかっただろう、という言葉を飲み込みながらレベッカは笑顔を作る。

 冒険者にはガラが悪い人間がそこそこ多い。少ないと思いたいが、純然たる事実である。

 日々の命を懸けた冒険でその神経をすり減らし、すり減った神経を酒で図太くするためだろう。それを悪いとは思わない。


 迷宮都市デロルの受付カウンターは4列あるが、男の冒険者はみなレベッカのところに並ぼうとする。冒険者がレベッカに近寄らないのは、厄介者のキフィナスが来ている時くらいだ。

 それでも同僚たちと給金がほとんど変わらないことに対して、思うところはなくもない。

 わざわざ口に出すほどじゃない、誰もが抱くような、職場へのほんの小さな負の感情を抱えながら、レベッカは今日も仕事をしている。



「はい。それでは報酬ですね。デニスさんは評判いいんですよ。持ってくる素材に傷がないって──」



「こちらが報酬です。初めての冒険でしたけど、全員無事で何よりです。これからも頑張ってくださいね──」



「お待ちしてました。今日は大変だったみたいですね。ゆっくり休んで、傷を癒してください──」



・・・

・・



 忙しさのピークを越えたところで、柱時計の小窓から小鳥の模型が顔を出した。


(もう2時か。もうすぐ今日のお仕事も終了ですね。ふう……。帰ったら、まだ途中だったティーセットのミニチュアを作る時間が──)


 ──レベッカが気を抜いたその時、ぴろろろろ、という奇妙な音が鳴った。



「なんだ!?」

「うおっ!」

「落ち着いてください!」



 魔道具《ティワナコンの大石》は、音を魔力へと変換し、周囲へと拡散させる機能がある。

 その魔力は、街中に備え付けられた受信用の《音石》へと伝播し、魔力を再度音へと変換する。音を魔力に変え蓄積、衝撃を加えることで再生する《録音石》と同様の原理だ。


 一方向ながら、通信を可能とする技術である。迷宮都市デロルの歴代当主たちは、専らこれを、緊急時の連絡など領民への情報通達に用いていた。

 それぞれの領主の裁量権が大きいタイレル王国の、豊かで広い面積を持つ領地には、統治するに当たってさまざまな有形無形の技術が存在する。

 これもまた、その技術のひとつであった。



『ごきげんよう。私はロールレア伯爵家長子、領主代行のステラです。今日はあなたたちに、伝えなければならないことがあります』



「領主様!?」

「生きてらしたのか?」

「先日お戻りになったと聞いたぞ」

「本物か?」

「あの声はきっと本物だ」


 突然の出来事に、聴衆はがやがやと騒ぎ立てる。

 ここの方が聞きやすいからと、冒険者ギルドまで入ってくる街の者まで出てきた。レベッカは係員として、カウンターから出て街の者たちに対応する。


 デロル出身の冒険者よりも元々冒険者として活動していた者が移住してくる方が多いため、冒険者と住民間の関係はあまり好ましいものではない。

 もちろん、冒険者の存在がこの地の産業を支えている側面もあるため、対立構造があるわけではない。

 だが、どの地域でも共通して、冒険者は社会から孤立しがちである。

 一般論として、力を持った者が、持たざる者と歩調を合わせるのは難しい。


 しかし、そんな冒険者にも日常生活がある。人は食べなければ生きていけないし、雨露をしのぐ住居を必要とし、安眠できない環境は心をすり減らしていく。

 彼らの日常を守ることもまた、冒険者ギルドの役割だった。


(どうか、面倒ごとであってくれるなよ……)


 レベッカは最近、予知能力じみた勘が働くことが増えた。

 その勘が磨かれたのは、不良冒険者キフィナスとやり合って以降だ。どんどんいやな予感が当たるようになる。それはだいたい避けようがないことで、勘が働くたびに未来を思って憂鬱になる。

 その勘が、警鐘を鳴らしていた。



『──迷宮都市デロルに、殺人鬼が潜んでいます』



 ──その一言で、人々はパニックを起こした。



(なにやってるんですかね……!?)


 人々に、日常生活を脅かされているという意識はなかったのだ。この放送によって、その意識が生まれてしまった。

 そして、街に潜んでいるという殺人鬼に対する恐れから、誰かがそれではないかと疑う。

 ……その疑いは、その誰かとは、日常的に命のやりとりをしている力を持った存在──すなわち冒険者たちへと向けられた。



「あ? なんだ、その目」

「……よ、余所モンが! お前らがやったんだろ!?」

「なんだとぉ……」


 今まさに対立が始まろうとしている中に、レベッカは割って入る。


「ちょ、ちょっと落ち着いてください! まずはこの放送を聞いてから──」



『……失礼しました。突然、このようなことを告げられて、驚いた者もいるでしょう。まず、落ち着きなさい。隣人を、いたずらに疑う必要はありません。疑わせるつもりも、ありません』


『シアの──妹の言うとおり、あなたたちは日々を善く生きているでしょう。ですが……、いいえ。だからこそ、そんな善良なあなたたちが傷つけられていることに。私は憤りを覚えたのです。私は、この怒りを共有したい。でも、いたずらに矛先を向けるべきじゃないわ』



 その言葉で、聴衆はいったんの落ち着きを取り戻した。

 レベッカは形のいい胸を撫で下ろす。

 ……しかし、その語り口に、どこかキフィナスのそれを思わせるところがあるのが気にかかった。気のせいかもしれない。不吉な予感が増した。



『……今から、犯人だと思われる人物の特徴を伝えます。繰り返しますが、隣人を疑う必要はありません。調査は、憲兵と、私の……、家人に。任せなさい』



『──夜闇でも光るような、赤い目の持ち主。これよ』



「赤い目……?」

「ワタシは赤目ではない!ほら、見ろ!」


 周囲がざわつく。

 人々は、お互いの目を覗き合ったり、自分が赤い目でないことを証明するためにかっと目を見開いたりしている。



『赤い瞳を持っているものは、全員。日没までに憲兵隊庁舎まで来て頂戴。これは命令よ。それから、事態の解決まで、憲兵隊の指示に従ってもらうわ』



「赤目だ! 領主様の言う、赤目がいたぞ!」


 一人の男が、『赤い目をしている』という理由で羽交い締めにされた。


(まずい……!)


 その男は冒険者で、羽交い締めにしている方も冒険者だ。

 興奮状態にある二人を、これまた興奮状態の人々が取り囲む。

 このままだと、刃傷沙汰になりかねない──!



『ただし。わかっているとは思うけれど、私も赤い目をしています。目が赤いからと言って、それだけを理由に、暴力を振るったり、不当な取り扱いをすることは絶対に許さないわ』



『……勿論、憲兵隊の調査を拒むのであれば、強制力のある執行手段を用いますが。今の時点では、あなたたちに罪はありません。罪のない相手を傷つけることは、領地法で禁じられています』



『ただ、赤い目をしている人は、憲兵隊の屯所に来てくれればいいの。一時的に拘束させてもらうけれど、これはあなたたちの身を守るためでもあるのよ。食事や寝具も用意させてもらうわ』



「りょ、領主代行様のおっしゃる通りですっ! 調査に協力すればいいんですよ!!」


 レベッカはその言葉に続けた。声は少し震えてた。


「さ、ほどいてあげてください!」


「い、いや、おれはただ、犯人が……」


「俺はそんなことしてねえって──」



『……あなたたちは、私たちの愛する領民なのです』



 シアの、透き通るような穏やかな言葉で、男たちは互いに顔を見合わせて拘束を解いた。

 これなら問題は起きないなと、レベッカは安心して放送の終了を待っていると──。



『それと、もうひとつお願いがあるの。今日から、犯人を捕まえるまで。夜の外出は控えてもらうわ。これまでの犯行は、夜間に行われていたことが多いの』



 追加オーダーが来た。

 レベッカは焦燥する。喉の乾きを感じる。

 この決定に、冒険者たちが再びざわめきだした。



『……あなたたちの、安全のためです。夜間、決して一人では出歩かないように。宿泊のできない飲食店は営業を停止してください』


 彼らは酒と夜遊びが好きだ。

 娯楽を制限されるとなれば、当然に反発がある……。


所長マスター。今日、終日ここ開けましょう」


「レベッカくん……」



 レベッカは定時退勤が好きだ。その言葉を聞くだけで胸が温かくなる。逆にいえば残業という言葉を聞くだけで胸の温度は極寒になる。

 しかし、事態がこうなってはそうも言っていられないだろう。

 待合いスペースを開放し、時宜に合わせて、所長が職場に持ち込んでいる酒を来場者に提供するべきだ。


「うん? なんだレベッカくん。僕の秘蔵の酒が気になるのか。残念だが、いくらかわいい部下にも分けないぞ」


「大丈夫ですよ。()()、飲みませんよ」


 そんなものを職場に持ってくるから悪いのだ。

 レベッカは特別休暇の申請様式を思い出しながら、夜になったら冒険者たちに酒を配ろうと考えた。



『今、ダンジョンに挑戦している冒険者たちも、ダンジョンから帰還次第この決定に従ってもらうわ。ギルドには冒険者の名簿を提出してもらいますから、そのつもりで。後で憲兵を向かわせます』



 こうなると、やはり今日はギルドを閉めることはできないだろう。ダンジョンから戻った冒険者は、だいたいその日のうちにギルドへと訪問する。そこで今回の決定を伝えれば、冒険者と憲兵隊間の無用な争いは防げるはずだ。


(防げると思いたい)


 願いに似ていた。


 もうひとつの、名簿の方は問題にはならない。

 元々、冒険者ギルドでは、髪と虹彩の色をきちんと記録している。冒険者の適性を示す情報であり、犯罪行為が発生した際には参照することは他領でも行われている。

 名簿から赤い目の冒険者をリストアップし、屯所に来た人々と、それぞれ照合していくのだろう。


(名簿、かぁ……)


 ただ、ダンジョンから帰還していない──生死が確認できていない冒険者も、名簿には多い。

 ……二ヶ月に一度、居所の変更などの届け出なしに、一定の期間冒険者ギルドに顔を見せていない冒険者を《生死不明者》の枠に入れて更新する作業がある。この作業の度に、レベッカの心は小さく軋む。

 レベッカは、厚い冊子を取り出して、いつでも引き渡せる状態に整えた。



『さて。お願いを聞いてくれてありがとう。ここまでは、私たちの愛する領民への告知。──ここからは、ちょっとだけ早い、わたしたちの勝利宣言よ』



 《ティワナコンの大石》は、音だけを魔力に変換して遠方へと運ぶ。この魔道具にそれ以上の機能はない。

 しかし、ステラが『勝利宣言』という言葉を口にしたとき、そこには感性に訴えかける熱があった。

 聴衆の心に、小さな火が点す魔力が、幼き領主の言葉には確かにあった。



『きっと、犯人はこの声を聞いているのでしょう。私は。ロールレア伯爵家は。迷宮都市デロルは、あなたを絶対に許さないわ』



 その静かな語り口には、確かな怒りが籠もっている。

 その熱に当てられて、聴衆たちの心も静かに燃え上がる。



『わたしが、一番信頼できるひとが。解決のために動いてくれているの。だから、きっとすぐに解決するわ。安心してね』



 その優しい声で、聴衆たちもまた安心する。

 可憐な少女領主の信頼する相手なら、信用してもいいのかもしれない。

 心で燃える火が、人々を暖めている。



『……わたくしたちの名代。灰髪の冒険者キフィナスが、犯人を追いつめます。不自由を強いることになりますが、以上の通達事項を必ず遵守し、適宜憲兵隊の指示に従うように』


 そして、氷のように、理性に訴えるシアの声を聴衆ははっきりと聞き──。



「──はああああああっ!?」



 思わず、レベッカは大声を上げてしまった。

 ……何を言ってるんだ、あのひとは。レベッカはそう思った。



 ……何を言ってるんだ、あのひとは。


「きみってば、あの子たちから本当に信頼されてるんだなぁ」


 アネットさんが感心したように言う。

 メリーは誇らしげな顔をしている。

 僕は頭を抱えた。

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