「とりあえず誰かに嫌疑をふっかける。すると相手は何らかの反応を返してくれますね。これぞ戦略的あてずっぽ(適当)」
それから、何人かに話を聞いて回った。
過去の事件の現場にも行った。
と言っても、人の記憶というのは雑なものなので、ちょっと古いと信用が置けなくなるので、参考程度という気持ちだ。
そこでも『赤い瞳が光っていた』という証言は得られた。
夜闇の中にあってもわかるほどに鮮やかな赤い瞳。
だいたいの動植物と同じく、僕も火に弱い。火の魔力への高い適性を示す赤はすなわち危険色なので、僕はある程度以上把握している。
というか原色系はもれなく危険だ。髪色もまずいけど、瞳が色づいてるのは魔眼持ちの可能性さえある。
だから、そんな目をしてる人がいたらまず警戒をしている。たとえ道行く見知らぬ人であっても、その人の素性を知るまで不安な気持ちになる。
「めり。まもるよ」
うん。ありがとね。
ただ、トラブルの芽は事前に存在を把握しておきたいってだけだ。
過剰な力というのは、大抵トラブルを引き起こすものだからね。
そして、僕の知る限り──そんな過剰な力を持った、犯人像に合致する人間が、この街には何人かいる。
赤色の目をした少女を、僕はよく知っている。
彼女が超人的な力を手にしたことも知っている。
証言に当てはまる外見、かつ犯行が可能であるとすれば、疑ってみないわけにはいかないだろう。
僕は彼女の人柄をそれなりに信用しているつもりだけれど、無根拠に盲信できるほど素直な生き方をしてきていない。
「……き、キフィナスくん? その、なんだ……。まさかとは思うんだが、きみは……」
「はい。僕は、たとえ誰だろうと疑いますよ」
──というわけで。
僕らは、仮設の領主館に来ていた。
・・・
・・
・
土魔法で急ごしらえに作られた建物は質素なもので、調度品なんかはほとんどない。
使用人もぜんぜん見ない。必要最低限だけで稼働してるって感じだ。
ここに住んでいるひとの人格をよく表しているようで、好ましいと思う。
ただ、まあ……部屋の隅の方に、なんか、よくわからないものが置かれているのは気になるかな。
ここに住んでいるひとの人格について、疑問を抱かざるを得ないと思う。
あのー、この巨大な頭蓋骨はなんですかね。錬金術の材料? ああそうですか。怪しいですね。まず錬金術ってのが怪しいんだもんな。知ってますよ。すりこぎ棒の底の部分に、溶けやすい素材でもって蓋を作って、その中に金を入れておいて沸騰した熱湯の中で混ぜたら次第に純金が中から漏れ出てくるって詐欺ですよね。僕もできます。
うわぁ、なんて怪しいんだろう。
僕は疑念を更に深め、その疑念の赴くまま、僕は調査した結果を相手に叩きつけた。
「──というわけなんです。申し開きはありますか、ステラ様」
「……あなたの、いわれのない疑念に晒されるのはこれで二度目なのだけれど。大した推理力ね。探偵よりも、冒険者の方が向いていると思うわよ?」
「……そうです。的外れですよ、おまえ。姉さまがそのようなこと、するはずがないでしょう。おまえには常識というものがないのですか」
「ないですー。だって、今まで常識とかいうのが僕の役に立ったことがないですし。多分、これからも役に立たないと思うので」
「相変わらずの物言いね。……ちょっと、安心したわ。あなたは、変わらないのね」
──僕も。ちょっと安心しました。
僕とステラ様は顔を見合わせ、お互いに小さく笑った。
シア様も苦笑している。メリーは無表情。
ちょっとむず痒さを感じるような、なごやかな空気が──、
「きっ……きみ!不敬っ!! キフィナスくん! ダメだって!!」
が、アネットさんはそんな空気を一撃で破壊する慌てようを見せた。
「いいのよアネット。ね、シア?」
「……はい。本意ではありませんが、多少の非礼は、許しても……よいです」
アネットさんはその反応に愕然とした。
(ちょ、ちょっとキフィナスくん……! キミってば代行様たちになにしたの……!?)
アネットさんはつま先をぷるぷる震わせながら背伸びをして、僕の耳元でこしょこしょ話をする。耳がくすぐったい。
その顔いっぱいに『釈然としない』と書いてある。
「よくわからないですけどー」
僕はすっとぼけた。
「あ。アネットさんも不敬のやつなのではーー? 目の前で内緒話とかー」
更に矛先をアネットさん自身に向けた。
「……あっ! あ、あのっ失礼しましたっ!! デロル憲兵隊所属アネット・マオーリア、代行様のいかなる罰も受ける所存で──」
「こーら。アネットをいじめないで頂戴」
「……マオーリアは、おまえの態度に見かねただけでしょう。問題にすることは、何もありません」
「わあ。迷宮都市のご領主様はご寛大でごあらせられてごよかったですね、ごアネットさん」
「よかぁないよ!! きみってば代行様に──」
「来月。私はこの地の領主になるわ。アネット」
ステラ様の声には、緊張と、悲しみと、決意がない混ざっている。
「へ……? で、ですがオーム様はまだご壮健で──」
「……父は、亡くなりました」
シア様の報告を聞いて、アネットさんの表情が沈む。
「……それは、失礼いたしました。お悔やみ申し上げます。わたしも、先代様にはよくしていただいておりました」
「……そう。あのひとは、アネットにとって、いい人だったのですね」
「もちろんです。きっと、迷宮都市の誰に聞いても──」
「そんなことより通り魔事件の話に戻りませんか? 申し訳ないんですが、あまり興味がなくって」
「君な。いくらなんでも、故人に対してそんな態度を取るのは──」
「……マオーリア。わたくしも、そちらの方が重要だと考えます。人は死ねば、灰になるのです。ですが、この街を騒がせる悪党は、いまだ野放しになっていますね」
「ですが、シア様っ……」
「ウチの襲撃に関わってる可能性っていうのも気になるわね。優先度の問題よ。控えてもらえないかしら。彼が、ええと……ユニーク?なのは。付き合いの長いアネットなら知っているでしょう?」
「ステラ様も、そうおっしゃるのであれば……しかしねキフィナスくん、故人のことを──」
僕はアネットさんの倫理性が高いお説教を申し訳ないなって気持ちで聞き流した。
いやー、大変申し訳ない。僕の身を案じた上で、こうやって叱責してくれてるので、本当に申し訳ないなーって気持ちでいっぱいなんですが、死んだ瞬間にクズがクズじゃなくなる徳政令とか免罪みたいな価値観を僕は持ち合わせていないんですよ。
クズは生きてても死んでてもクズです。死んでた方が周囲に迷惑を掛けない点でマシですが、クズという評価を引っ込める理由にはならない。
自分の娘を泣かせる男を形容する言葉として、クズ以上に適切な単語が僕には浮かばないのですよね。
というわけで、そんな高尚な価値観を持ち合わせる予定もないのでした。
「……ありがとうございます」
「シア様にお礼を言われるようなことしてないでーす」
「いいかい? キミは悪い子じゃないのに、そうやって配慮に欠ける言動をするから──ちょっと! 聞いているのかいキフィナスくん゛!」
「聞こえてますよー」
「よーし!ちゃんと聞くんだよ!! だいたいキミは──」
聞こえますけど、聞き入れるとは言っていない。
僕は、アネットさんのお説教を街角の吟遊詩人の歌と認識し、次期領主のお二人へ視線だけ向ける。
「ほんと、ここのところ毎日忙しいのよ。領主館も再建しないとだし、ダンジョン資源の管理もしなきゃいけないし。国への届け出なしに私物化する事案がすごく増えているのよね。迷宮都市は、ダンジョンの新規生成量が多いから」
「わたしはね。君がすごく、勿体ないことをしてると思うんだ。君は面倒見がいいし、結構まめなところがあるのに、その言動が反感を──」
「……福祉政策も、万人が納得するものを考えるのは難しいものです。……おまえも、手伝ってみませんか? おまえの知見は、都市運営の役に立つのではないかと考えています」
「都市を傾けたいのかな? いやー無理だと思います。というか無理です」
「……アドバイザーという形でも、よいのですよ」
「冒険者のろくでなしが助役として名前残してるとか嫌すぎません? 僕なら絶対そんな都市逃げ出しますけど」
「ここは迷宮都市なのだから、冒険者からの意見を聞くのはむしろ当然だと思うのだけれど。シアも喜ぶしね」
「姉さまっ」
「今日みたいに、顔を見せるだけでもいいから。定期的に来てくれないかしら? 役職だって、あなたが望むなら、適当なものを用意するから」
──ステラ様の表情は、領主様ではなく、年相応の少女のそれだった。
…………はあ。
いいかな。メリー。
「ん。よい。あかとあおは、いいこ」
その呼び方失礼だからやめた方がいいよ。
ええと……。じゃあ、気が向いたときに伺います。ただ、役職なんかはいらないです。税金の無駄は控えた方がいい。
公費使って僕を呼ぶとか、まあちょっとした汚職ですよね。
「そう? 無欲なのね」
「……おまえの、そういうところは。……こ、好ましい、と。おもいます……」
「別に、僕は無欲じゃないですけどね。おいしいご飯とか好きですし。色々と仕方なく──」
「むっ! キフィナスくん! 仕方ないとは何事だっ! 君には、きっと輝かしい未来が──」
あなたに言ってなかったんですけどー。
うわぁ、ヒートアップしちゃったぞ。困る。
・・・
・・
・
「ぜえ……、ぜえ……っ。わ、わかったか、キフィナスくんっ……!」
アネットさんは喉を枯らしてまで僕を諭していた。
熱血だ。その熱血さが噛み合ってない。僕は少し悲しい。
「はいわかりました。ありがとうございました。知悉しました」
「うむっ……か、かんしんだなっ……!」
僕は何をわかったんだろう?
「疲れているところ悪いけれど。アネット。今から戒厳令を出すから、執務室を出てもらえるかしら」
「か、戒厳令ですかっ?」
「……はい。憲兵隊庁舎にある《ティワナコンの大石》を起動します」
「殺されたのは夜よね。だから『夜に外に出ないこと』はしっかり伝えるわ。そして何より『ロールレア家の威信を以て、今、迷宮都市を騒がせる殺人鬼を捕まえる』と。伝える必要があるわね」
「……姉さま。わたくしが、いってまいります」
「いいえ。二人で行きましょう。というわけで、私たちは憲兵隊庁舎に行ってくるから。慌ただしくてごめんなさいね」
そう言って、ステラ様は掛けていた外套を羽織る。
伯爵としては、まるで飾り気のない──まるで冒険者のような格好のまま、姉妹は執務室を発とうとする。
それは僕に、お二人と旅をした数日間を思い起こさせた。
「──というわけで。捜査の全権をあなたに任せるわ。キフィナスさん」
え?
「ロールレア家の名代として。解決してくれるわよね?」
いや、え。は? あの、名代とかいきなり言われても、よくわかんないですし。全権任されても困ります。困る。ほんと。やることあまり変わらないですし。
僕は、僕のできることをやるだけですし、憲兵隊のひとたちと一緒に動くことはできない。逆もそうです。非効率的だと思います。
というか僕は余計な権力とかただのしがらみにしかならないから別にいらなくて──、
「ううん。私たちは、あなたを信じてますもの。これは、効率とかじゃないわ」
「……はい。姉さまの、言うとおりです。わたくしは、信じています。……引き受けて、いただけますか」
…………どうも、僕はこの二人に弱い。
僕は頭をがしがしと掻いて、こくり、と一回だけ頷いた。
メリーがそんな僕の仕草を真似した。こいつ、と思った。
……よーし! せっかくもらった権力だ! 切り替えてガンガン使うぞー!
合法的に、領主様の名代として、また、憲兵隊に所属してる人が同行してるという二重の権力構造をもとに、僕をやりこめてくれた金貸しに嫌疑を掛けよう!
「キミもわかっていると思うけれど。あえて明言するべきかな。ボクは、迷宮都市デロルを拠点にしている。そして僭越ながら、ボクの店には知名度がある。犯罪行為を重ねることのメリットがボクにはないよ」
「はい。ですが、憲兵さんがいますよ。憲兵さんの前でも薄汚い弁明を──」
「ああ、マオーリアさん。ご無沙汰だね」
「はい。久しぶりです、クロイシャさん」
「キミの生き方はボクの店とは縁が遠いからね。キミ自身との縁は、大切にしていきたいと思っているんだけど……おや。今日は四角張った喋り方ではないんだね」
「ええ。非番になりましたので」
「懐かしいね。《旧王都災禍》で震えていた小さな子が、もうこんなに大きくなって──」
……おかしいな。アネットさんをけしかけるつもりが、なんか和気あいあいと昔話に花を咲かせているぞ?
「ロールレアの姉妹も、少し見ないうちにすごく成長したね。あの堂々とした語り口は、為政者の風格を──」
…………なんてことだ。
金貸しによる汚染の根は、どうも、かなり深いらしい。
せっかく貰った権力だけど、あまり役に立たないな……。




