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ダンジョンの主


 それからはステラ様とシア様の協力のもと、ダンジョン探索はスムーズに進んだ。

 体が冷えきったときには氷魔法でシェルターを作り、炎魔法で一時的に暖を取ることができるようになったのは大きい。

 体を覆っていた氷雪が溶けると体中がびしょ濡れになって更に体温が冷えることになるので、あくまで休憩ポイントを作れるという程度の恩恵だけど。

 あるとないとではやっぱり違う。


 敵もそれなりに出てきたが、基本的にお二人が何とかした。

 魔力を湯水のように使ってもなお余裕のあるステラ様と、側に控えてサポートに徹しているシア様のコンビはかなり安定感がある。少なくとも、このダンジョンの通常の敵ならまったく危なげなく対応できる程度の実力はある。


 ……ただ、一度崩れたらちょっと危うい印象もあるなぁ。

 奇襲への反応が遅いし、罠への警戒も甘い。あとは僕が言えた義理じゃないけど地形の影響を受けやすいのも冒険者としてはマイナスだ。

 なんでダンジョンなんかに来たのかは知らないけど、もう入らない方がいいと思う。


 ──そんなこんなでたどり着いたダンジョン最奥部は、薄暗い洞窟だった。


「……空気が変わりました。ようやくこれが取れますね」


「そうね。先ほどはありがとう。後ほど代わりのものを贈りますね」


「安物ですので気にしないでください。冒険者のマントなんて、だいたいは布団の代わりですから」


「寝具ならよいものを使わなくてはいけないわね。囁き山羊の黒マントなんてどうかしら? お父様もお召しになっている物よ」


「……姉さま。この安物とは明らかに釣り合いがとれません。首がちくちくしました」


「寛大と慈悲を示すのも貴族の務めよ。品質は関係ありません。恩義に対して十分な釣り合いと言えるでしょう」


「……姉さまは財政には関与すべきではありませんね。将来の当家の財産管理は私にお任せください」


「私に金勘定が向いていないのはわかっているわ。でも、シアが反対だというなら私費で出すだけね」


「……それをやっていつも私に泣きついてくるではないですか」


「あの! この扉が目印です。ここから先がボスですね」


 銀色の扉の前で、僕はお二人の注意を引いた。

 ダンジョン・コアを守るボスの目印だ。不注意で開けられたら大変なことになる。

 贈り物とかを有耶無耶にしたいという意図もある。


「このまま待っていただいてもいいと思います。ボス部屋の前は比較的安全ですし、ボスの強さは結構バラつきがあるので」


「いいえ、ここまで来たら私たちも参加します。足手まといにはならないでしょう?」


 ……うーん。確かに、戦闘能力自体は僕より遙かに上なんだけど……。


「……どうする? メリー」


「どでも」


 本当にこのひとたちに一切興味ないねメリー?

 それどころかちょっとかなり機嫌悪くない? どうしたの?


「べつに」


 ……メリーの『べつに』は別にじゃないんだよなぁ。この子がこういう態度の時は、何か不満があるときだ。

 ああもう、なんでここで新しい爆弾抱えなきゃいけないんだろう。こうなればどうにかして二人には休んでもらおう……。

 僕は笑顔を作りながら、命知らずな貴族のひとのうち、比較的慎重そうなシア様の方に話しかけた。


「シア様はどうします? 氷菓子とか作ってお待ちいただいても僕らはぜんぜん構わないですよ」


「……話しかけないでください。あなたと私たちは、本来立場が違いま──」


「シア!」


「……私は、姉さまに判断を委ねます」


「ごめんなさい。妹の非礼をお詫びします」


「いえいえ。確かにシア様の言うことは正しいですよ。むしろ僕の方が無礼でした」


 貴族の人に自分から話しかけることの愚かさは最初からわかってるつもりだ。

 ただ、今回は止めてほしいから聞いたんだけどなあ……。

 うーん、どうにか言いくるめて止め……あっちょっとメリー!


「いく」


 メリーはドアを無造作にこじ開けた。銀の扉は蝶番から破壊され、メリーはそれをぽいと雑に投げ捨てる。

 ダンジョンの壁に叩きつけた銀の扉は、そのまま砕け散る。更に衝撃で、ずしん、とダンジョン全体を揺らすような巨大な地響きが起きた。メリーを除いた僕ら三人は思わず倒れそうになる。

 あのーーーーやめてくれませんかメリーさん。そういうの突然するの。


「じかんだいじ。はやくかえる。さんばいする」


「あのねえメリっ……!」


 ──ドアの先に、黒色の巨大な竜頭が佇んでいた。

 僕は咄嗟に身を伏せる。


「ド、ドラっ……!?」


「静かにっ……。相手の出方を見ましょう。扉の先のあれは、まだ僕らに気づいていないようです」


 心臓の鼓動がうるさい。どくんどくんと早鐘を打つ。静まれ。……静まれ。

 僕は冷静に相手を観察する。全身を黒い鱗が覆い、鱗のない腹部はつるりと光っている。

 胴体には何ヶ所か腐り落ちたような傷痕があり、蛇のように這って移動をしている。

 あれが弱点と見たが、どうかな。

 それにしてもさあ……。


「……《鑑定》。…………姉さま、これは……」


「《怪虫の巣穴》の主、ね……」


 ──これのどこが安全なダンジョンだよ!

 これ、何をどう見たって亜竜(ワーム)じゃないか!!







 ああ、もう、ほんっと災難だなあ……。でも、一度ドアを開けてしまった以上はもう戻れない。()()()()()()()になっている。

 僕らは観念して扉の向こうに入ったのだが──先は紫色の霧が辺りを覆う荒野だった。


 紫色のぬかるんだ泥が、手入れをしてる僕のブーツにこびり付いた。だが、今は落としている暇はない。

 吹き抜ける風は人間の体温のように生ぬるい。ツンと鼻を刺すような腐臭も混じっている。

 この荒れ果てた地に、生物の気配はたったひとつだけ。この地の《主》しかいない。


「お二人とも、呼吸は最小限に。吸い続けると危険かもしれません」


「そうね。もっとも、こんな臭いなのだし。元々あまり吸いたくはないけれどね」


 紫色の毒々しい霧の先で、巨躯がその体を横たえている。

 僕らがこの地に足を踏み入れても、まったく動こうとしない。巨体故にまだこちらに気づいていないのか、それとも僕らを脅威だと感じていないのか。

 どっちにしても好都合だ。


「メリー。おねが──」


「だめ」


 えっ? なんで?


「きふぃのちからでも殺せる。けいこ。さっき、ずるした」


 ズルはしてません。というかメリーは僕の力を過大評価しすぎでは? あとさっきからなんか機嫌悪いよね? なんで?

 だいたい僕が持ってるのちょっと長いだけの木の棒なんだけど。参考までに聞くけど、これ何回当てれば倒せるのかな?


「はっせんにひゃくさんかい」


 はっ──あははは。あっははははは。

 はい無理です。無理でーーす。


「できる」


 できませーーーーん。あー詰んだ詰んだ。

 体格は力だ。僕の背丈の10倍以上の巨体が迫ってくるってことは僕は単純に相手の速度の10倍以上速く動かなきゃいけないんですよ。

 遠くから見ると一見緩慢な動作に見えるけど、それでも巨体がそう動いてるって時点で錯覚なの。先端部分の速度はすごくて、当たると本当に痛い。というか死ぬ。死にますね?

 わーもう詰みだ詰み、メリー!あとよろしくね!!


「いいの」


 いいって何がさ。僕は痛いのも怖いのも嫌なので君に任せ……、任せ……、

 ──あの二人がいるんだよなあ。

 ……ああもう! 僕一人ならメリーに全部任せて棒立ちしてるんだけどなーほんっと!


「一応聞くけど。あの二人も戦うの、今回はいいんだよね?」


「ゆるす。うまくつかうことも、けいこ」


 やった許されたぞ! 状況が改善した! ……してない! というか貴族のひとを相手に『使う』とかナチュラルに失礼だな君。

 僕はお二人にメリーは魔力切れなので戦闘に参加できないとかいう適当な嘘をつきながら、アレを倒すための手だてを考える。


「あの、お二人とも。一応聞きますが、亜竜を一撃で倒せる手段とかありますか」


「体内を焼き切るのはどうかしら?」


「有効打にはなるでしょうけど、あの体格を一瞬で燃やし切れますかね?」


「それは……難しいですね。ある程度の時間は欲しいわ。シアはどう?」


「……私ではダメージを与えることも難しいかと。サポートに徹します」


 シア様はそう言うと、瞳から魔力を放出し、辺り一面の沼から、沢山の氷の柱を生やした。こちらも、ステラ様と同じく無詠唱だ。

 魔術って本来発動までに工程とか必要で時間かかるものだったと思うんですけど……やっぱ貴族の血ってすごいなぁ。


 僕が感心していると、氷の柱は次第に人の形を取り、最終的に、大量のシア様とステラ様の姿になった。髪の色や服の色なんかもしっかり再現されており、近くからですら注意深く見ないと見分けがつかない。


「……私の《雪華傀儡繰り(アイス・デコイ)》で注意を惹きます」


「……光の屈折で色をつけている? 関節部を溶かしたり凍らせたりすることで人間みたいに動かすと。なるほどなぁ」


「……おまえは、他人の手の内をすぐに暴こうとしますね」


「あ、すみません。その、わざとじゃないんですけど。あはは。つい癖で。気分を害したらすみません」


「……」


 ……気まずい。気まずいけど、戦闘に集中しないと。

 今回の作戦は『ステラ様に体内を焼き切ってもらうまでどうにかして時間を稼ぐ』だ。

 よーし。ステラ様、シア様、よろしくお願いしますね。

 僕の出る幕がないといいなあ!


「相手は、まだこちらには気づいていないみたいね」


「……準備ができて、よいことです」


「そうですね、まだ動かないみたいで──」


 僕は、瞳を厭らしく歪める亜竜と目が合った。

 その瞬間に理解した。


 ──動かなかったんじゃない。動けなかったんだ。

 こいつは今までずっと、ブレスを溜めていた。

 それは多分、メリーが扉を開いた時点から。


「相手が《息吹(ブレス)》を撃ちそうです! 全力でワームの側まで走って!!」


「ブレっ……!? 近づくの!?」


「はい! 近づいた方が安全です!」


「シアのデコイは!?」


「じっとしてたら僕らまとめてなぎ払われますよ!」


 《竜の息吹(ドラゴン・ブレス)》は、多くの竜種に共通する攻撃だ。

 口内から光線を出し、相手をなぎ払う。当たったら死ぬやつの中では避けるのは簡単な方で、とりあえず相手の懐に近づけば当たらない。

 エネルギーの塊で自分ごと焼こうとするバカはいないし、発射されるのは口からだ。首筋辺りにしがみつけば角度的に当たることはない。


「……なるほど。おまえはともかく、その判断だけは信用します。姉さまっ」


「そうね!」


 シア様の合図で氷人形が破裂した。

 炸裂した氷の結晶が地面へと降り注ぐと、そのまま地表が凍り付く。どうやら、氷の人形は破裂するとその周囲を凍らせるらしい。

 攻防一体の技なんだなあと感心していると、薄く張った氷の上を這うように、一筋の小さな炎が走った。

 氷と炎が描く一本のラインは、亜竜の首筋まで繋がっている。


「首筋まで一直線に行くわっ! あなたは大丈夫!?」


「大丈夫ですよー、っと!」


 氷上を素早く滑っていくステラ様の言葉に答えて、僕は《首絞めカズラの蔓縄》を取り出した。

 目指すは亜竜の首元だ。まだ意志が残っている緑色のロープは、投げると標的に対してぐるりと巻きつく。

 もちろん相手は大型生物だ。人間と違ってこれで首を絞められるわけじゃないけど、握っていれば対象までひとっ飛びできる。とても便利な道具である。

 僕が首までたどり着くと、すぐ隣のステラ様が僕に小声で尋ねる。


「ねえ。……隙だらけだけど、ここで攻撃を加えてはいけないの?」


「確かに致命傷を与えられるチャンスですけど、蓄えられたエネルギーの行き場がどこになるかがわかりません。危ないですよ」


「……姉さまの安全が最優先ということですね」


「僕ら全員の安全です。だからこうして皆でブレスを打てない角度に──」


 ……あれ? そういえば、メリーどこ?

 僕が今回やる気ゼロのひとを思い出した次の瞬間、亜竜の首は狙いを定めるようにぐるりと動き、その視線の先には──。


「……あのー。メリーさん? 今からあなたに向けて攻撃来るみたいなんですけどー……」


「ん」


 メリーが、ぼうっと立っていた。

 微動だにしない。ずっと棒立ちのままだ。多分戦闘開始時点からそう。完全にナメてる。

 やめてくれないかなぁ心臓に悪いから……!


「ちょっと! 大丈夫なの、あの子っ!」


「えーと……、そ、それよりも! こいつのはらわたを焼き尽くして内側からバーベキューに変える準備は大丈夫ですか!?」


「もう《着火》してるわ! 妙な表現は慎みなさい! そんなことよりあの子、さっき魔力が切れたって──」


 ──ステラ様が声を張り上げた瞬間、がぱりとおぞましく裂けた口から、メリーに向かって紫色の奔流が放たれた。

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