エピローグ・王都は今日も晴れ模様
オーム元伯爵閣下は、本日付けで役職名:人型の炭へと就任したので、僕らにそのまま放置されるはこびとなった。
流石にこの炭使ってご飯を煮炊きできたりするほど図太い神経を僕ら三人はしていない。
「さあ。金目のものを持ちだしましょうねー」
あの穴蔵は、どうやら広いお屋敷の地下室だったらしい。
僕もメリーに伝えられてなかったので、実は連れてこられてもどこなのかわからなかった。
わからないまま戦ってた。……どういうことだいメリー?
「ん。すぐわかること。すぐわかった。しゃべらなかった」
「そっかーー。でもねーー、いつも言ってるけど情報共有って大事だよー」
「ねえシア! こんなところに笏杖があるわよ?」
「……元々計画されていたのですから、価値ある財は移していた、ということですね」
「ふふ。なくなったと思ってたのに。得したわね?」
二人の様子は、表面上はいつもと変わらないように見える。
……僕は、結局この二人を親殺しに荷担させてしまった。
もっといい選択を、彼女たちに選ばせることが僕にはでき──ぷえっ?
「シア様、ステラ様? 人の頬を突くのは、あまり行儀がよくないんじゃないかと思いますよね」
伯爵姉妹が両サイドから僕の頬をえいって指さしてきた。
「最近わかってきたのだけど。あなたがそういう表情をしているときは、何かめんどうくさいことを考えているのだわ」
「……暗殺者の処遇を考えるときにも、おまえは、そんな表情をしていました」
「僕が考えることなんて、ご飯のことと、メリーの服のことくらいですよ。今の王都には何かメリーに似合う服あるかなっーて考えてました」
「嘘おっしゃいな。…………わたしは、大丈夫ですから」
ステラ様の声は、少し小さい。
ただ、大丈夫だと──そう選ぶのなら、僕はその意志を、尊重するだけだ。
「さて、とっ……」
──今から、僕らの手によってロールレア伯爵邸は炎上・爆破解体される。
僕は、調理場に丹念に《火鼠の皮油》を刷り込む。そして柱には、《爆竹ガエルの腸液》を撒いておく。
これは、魔力由来の炎ではないと憲兵隊の現場検証に書いてもらうためだ。
この事件は『さる哀れな伯爵が、ギャング同士の抗争のあおりを受け、焼死した』という筋書きで書類の山の中に沈むことになる。根回しは既に済ませてる。
「メリー? 一応避難はさせてるよね。誰がクロで誰がシロかは知らないけど、一応、全員ね」
「しらべる?」
「……やめとこう。僕だったら、他人に心の中を見られるなんて屈辱に耐えられない。自分がやられて嫌なことはすべきじゃないよ」
「ん。だまらせて、うつした」
「僕は穏便にやってくれた信じてるし僕はメリーを信じてるしぼくは信じてるよ」
ステラ様は、僕らを指さしながら、シア様に耳打ちをしてくすくすと笑っている。
それは、とても楽しそうに見えた。
少なくとも、ステラ様は楽しそうに見てもらいたいように、僕には思えた。
「それじゃあ、火をつけましょうか。火打ち石火打ち石っと……」
「わたしに、やらせてもらえるかしら。この旅の中で、火の番は私の担当だったのだし」
「……じゃあ。お願いできますか、ステラ様」
「ええ。……でも、その前に……、一回だけ。一回だけでいいの。『よく頑張ったね、ステラ』って。……言ってくれないかしら」
「…………ねえさまっ……」
シア様が、ステラ様にひし、と抱きつく。
ステラ様は、妹の髪をぽんぽんと柔らかくはたいているが──僕には、ステラ様の方が甘えているように見えた。
「ねえ。…………シアは、いいの?」
「…………はい。私は、もう、おとなですので。……よいのです」
「そっか。……お姉ちゃん、ほんの少し、リードされちゃったかなぁ」
ステラ様の表情は、シア様の肩に隠れて僕には見えない。
「…………お願いします、キフィナス」
「ええ。お安いご用ですよ。『よく頑張ったね、ステラ』」
「あ──」
生涯たった一度きりになるだろう言葉に、ひねくれきった僕の、持てるだけのわずかな優しさを込めて。
傷痕が、ほんの少しでも早く癒えるようにと願いながら、
「──それから、シアも。二人とも、ほんとうに、よく頑張った」
──ほんのわずかなアドリブを添えて、僕はリクエストに応えた。
「……あっ……あ、あああ……!!」
小さな嗚咽。
姉のそばで気丈に振る舞っていたって、この子だって父親を害したことには変わりない。
「やっぱり……っ、わたしの方が、おねえちゃんだったかしら?」
「う、あっ……、はいっ、そうです、ねえさま……っ。はいっ……」
流した涙が、心の中でかさぶたになって。
いつか、きれいに癒える日がくるといいと思う。
「本当に助かったわ。あなたがいてくれて、本当によかった」
「大したことはしてないですがー。まあ、助かったのなら。それは良かったです」
「……ねえ、キフィナスさん? あなたの声。……やっぱり。ちょっとだけ、お父様に似ているわ」
それあんまり褒め言葉じゃないなぁ、って言葉を呑み込みながら、僕は曖昧に頷く。
その声が弱々しく震えていたことも。紅い魔力の燐光が、ゆらゆら揺れていたことも。ちらりと見えた瞳には、涙がにじんでいたことも。
僕はぜんぶ胸のうちへとしまい込んで、ただ、彼女の選択を待つ。
──そして音もなく、一片の火花が油の上に散る。
それだけで、油まみれの屋敷を燃やすのには十分だった。
僕らは、それから一言も交わさず。
ただ、ぼんやりと燃えゆく伯爵邸を眺めていた。
──ああ。すぐ遠くに、王都の喧噪が聞こえる。
今日の王都タイレリアは、腹立つくらい快晴だった。
「おっ、見てくださいみなさん! 館が空にふっ飛びましたよ! やってみたかったんですよねー。さすが爆竹ガエルの跳躍力はちがった」
「めりなら。もっと、とばせる」
「……なにをしているのですか。おまえなにをしているのですか。誰もが目撃するではないですか。ほんのすこし見直したのに、なにしてるのですかおまえ」
「はい。ですので急ぎましょう。このままじゃ犯人として、王都の優秀な憲兵さんに捕まっちゃうかも」
「ぷっ……あはは、あはははは! なんなの、それは! しんみりしていたのが、ばかみたいじゃないっ! ……じゃあ、帰りも関所を抜けないとねっ!」
第一章『迷宮都市動乱』/了
日が落ちた王都タイレリアの、灰と瓦礫にまみれた王都ロールレア伯爵邸。
地面に埋もれた人型の炭は、少しずつ肉の形を取り戻していた。
「……おのレ、許せぬ……!」
愛する娘たちも、オームを裏切った。
先ほど銀のナイフで切りかかってきたあの男も、オームが十年来の信頼を置いてきたものだった。
灰と瓦礫の山になった屋敷に戻ってくる使用人は一人だっていない。
誰も彼も、オームの元を去っていく。
……オームを置いて逝った、妻のように──!
「キフィナスの悪い癖だな。派手なことをやらかしながら、詰めが甘い」
「誰ダッ!」
「俺の名はレスター。Sランク冒険者とか言うものらしい」
国内に4名のみの実力者の登場に、異形は身構える。
目の前の男は、敵か、味方か。
抱え込むことができれば──、
「ああ、名乗る必要はないぞ。もう、名乗ることもできないだろうからな」
オームの最後の思考に、目の前の男への敵対はなかった。
レスターは慈悲なく、容赦なく、一切の無駄なく相手の命を奪った。
「まったく水くさい。せっかく近くに寄ったのだ。俺や姫君に、声のひとつでもかけてくれれば良かったのに」
王都の夜は、街中が灯りに照らされていていつも明るい。
煌びやかな装いのレスターは、その喧噪に溶けていった。
>> 続




