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タイレリアの暗殺者/キフィナスの過去 2


 ごうごうと燃え上がる火は、建物の装いを剥いで、どんどん素組に変えていく。

 僕の視界の半分は、既に炎熱で赤く染まっていた。


 まあ、僕が使ってる道具はマグマ溜まりすら踏破を可能とする代物だし、相手もどうやら適応が進んでいるようで、お互いにまだまだ余裕がある。


「テメエ、なんで俺をッ……」


「ああ、やっぱりあなたがトライコムさんでしたよね。よかったーー。僕も、無実の誰かに痛い思いをさせるのは嫌ですから。メリーにお金出してってお願いしなきゃいけないし、何より人に謝るのは苦手なので」


 後ろ暗いことやってる連中が何組も集まった組織力。更に報復で焼き討ち、なんて大きなことをやらかすなら全力で調べ上げるだろう。

 情報の確度が高い現場に、見るからに善良な一般人然とした相手がいるのはどう考えたっておかしい。


 だから僕はカマをかけた。

 相手は見事に釣られてくれた。

 ……たかが一発二発殴られたくらいで動揺を見せるなよな。


「……あー。ごめんね、メリー。ちょっと離れてくれるかな。避難経路とか、安全確認とか。お願い」


「ん。でも、めりは。きふぃがあぶなくなったら。すぐにかけつけて。ぜんぶ、こわす」


「ああ、うん。多分過剰だね。ありがと」



 ……弱いものいじめしてるところなんて、幼なじみにはちょっと見せたくないからね。



「……はい。というわけで。あなた如きじゃ認識することもできなかった最強の冒険者メリスは、今この場を離れてくれました。よかったですね?」


「何を言ってやがる……?」


「わかんないならわかんなくてもいいですよーー。どっちでも一緒だ」


 ──燃えさかる建物の中で、僕らはたった二人で対峙する。

 ここなら、誰かを気遣ったりする必要もない。

 僕は助けてと言われたけど、助け方まできっちり指定されたわけじゃない。



 僕は《風の石笛》をぴーひょろりと調子外れに吹きながら、懐から《乾燥した水晶クラゲ》を取り出した。


「何をしてやがるッ!?」


 ぴょろー♪ 僕は石笛で答えた。この不思議な笛を吹くと、僕の周囲に新鮮な空気の膜ができるという優れものだ。説明してやる義理はないけど。

 相手が投げた短刀は、しっかり余裕を持ってかわす。


 ぴーひょろらー♪ ……音程がおかしい。僕は笛を叩いてみる。

 熱波を浴びた水晶クラゲは、すぐに元の姿を取り戻した。

 そして周囲をふよふよと漂い、隙間を埋めて次々に結晶化する。


 このクラゲは空気をよく好む。洞穴なんかで出すと、空気の通り穴を埋めようとする習性があるのだ。

 壁や天井が燃え、骨組みになった隙間が次々結晶で埋まり、密室が完成する。

 まだ空気中にふよふよと浮いている。そして、燃えて出来た隙間を競い合うように埋めていく。

 キラキラしていてとてもまぶしい。


「はい、これで邪魔は入りませんよ。ぴっぴー♪」


「さっきから、俺をバカにしてんのか!?」


「してますよー?」


 炎熱の中、光を乱反射する水晶の壁が、僕らの周りにできる。

 これで、この水晶の壁を破壊しない限りは誰からも干渉されない。

 強度はダンジョンの壁と同程度。つまり、メリーでもなきゃ貫けない。

 僕は笛をぴゅ~い♪と吹いた。音程がおかしい。


「やだなあ、してるに決まってるでしょ。そんなこともわからないほどバカなのかな? いやぁ困ったぞ?」


 あまりバカだと、僕としてはちょっと困ってしまう。

 できればほどほどのバカがいい。意志疎通はしっかりできるくらい。

 人並みにプライドもあるといいな。



 ──だって僕は、あんたの全てを否定するためにここにいるんだからさ。



「俺は、《タイレリアの暗殺者》の長、トライコムだッ!!」


「ぴょひー♪ いいセンスしたお名前ですね。もう燃えちゃいましたけど」


 飛びかかってくる。かわして、《噛みつき草の生きたツタ》をけしかける。


 ──あんたの作ったちゃちな組織を潰し。



「腐った王都には、俺らみたいなのが必要なんだよ!」


「ぴょふ、ぴーー♪ いらないですよー。近所迷惑です。物騒なだけだし、それに何より──」


 トライコムはツタを裂き、短刀を僕に向かって投げる。当たらない。短刀は炎の中に消えた。


 ──あんたの思想信条をすべて叩き伏せ。



「──あんたら、クソ雑魚じゃないか」


「がっ──」


 僕は極彩色に輝く結晶の壁を蹴り、三角跳びで背後を取って、背骨に衝撃を与えてダウンさせる。


 ──あんたの全存在を、粉々に粉砕する。



「だから、たかだか音程の外れた笛ひとつくらいでそんな声を荒げないでくださいよ。驚くだろ」


 僕は相手の軌道を読んで、棒をちょうど喉元の位置に置いておいた。


「げぶっ……」


「おお、足が遅いから刺さらないで済んだ。よかったですねーー」


 僕が木の長棒を使う理由は、これだ。

 喉を裂いて終わり、なんてのは勘弁願いたい。

 すべてを否定するんだから、こんなところで(にが)したりはしない。



「──僕らが王都にいた三年前。あんたの名前なんて聞いたこともなかったですし。暗殺を専門にする集団がいることも知りませんでした」


 おかしな話だ。

 僕らは三年前まで、王都の色んなところで()()()()()()()を起こしてたっていうのに。


 《二頭鬼》? 僕が知ってるのは《三頭竜》だ。全員叩きのめした上で頭のうちのひとつを執拗に殴りつけて、今では慈善事業と善行しか考えられなくしてやった。

 《アルバート・ファミリー》も《イーストエンド》も、《ピックマン・スケッチ》も《饗宴の集い》も《哲学者たち》も。全部潰してやった。

 今回の焼き討ちで集まってる顔触れで、その残りカスがいくつか目についたけど。

 三下にもならなかったような連中が今の裏社会で顔を張ってるとか、どんだけ人材足りてないのかな?ってなるよね。なった。


 ──は?なんですかその砂煙? 目潰しになるとでも? 僕は空気と水の層を張ってるんだから当たるわけないでしょ。


「ちっ……!」


「目潰しってのはこうやるんですよー」


 僕は《鉄食い蟻の蟻酸》をぶちまけた。

 相手は腕で顔を隠そうとして、その腕ごと焼け焦げる。


「があああああっ!!」


 はい、顔を隠したのが裏目に出ましたね。この液体は鉄すら溶かす。服はもちろん、腕の肉まで溶かしてケロイド状に変えた。

 まあでも、顔にかかったら目が潰れるのは同じか。だから嘘ついたわけじゃないですよ。対応が悪かっただけ。

 これで武器、持てなくなっちゃいましたね?


 僕は顔を隠したままの両手を棒で払って、右目を貫いた。


「ぎイッ!?」


「はい、目潰し」



 ──僕は、人との殺し合いには慣れている。



 痛いのは嫌だ。怖いのは嫌だ。

 それらを一番与えてくるのは、悪意を持った人間だ。

 隣の人に多少クセがあるくらいなら、まあ、仲良くするとはいかなくても、個性から目を背けながらやり過ごすくらいはできる。

 だが、それが悪意がある相手なら、はね退けないとならない。

 人間の悪意は陰湿で、執拗で、増悪(ぞうあく)していく性質がある。


「おっと」


 懐から《回復ポーション》を出そうとしたので、そこはしっかり刺突で割らせてもらう。砕けたガラスは宙を舞い、内容物は地面にだらりと広がる。

 あららー、落としちゃいましたねーー。

 僕はピィ~ ピィ~と間抜けな音で笛を吹きながら、《首絞めカズラの蔓縄(つるなわ)》を放り投げた。


 蔓は元気よく相手の首めがけて飛んでいく。さあさ、手元のナイフで頑張って切ってみてくださいねー。切らなきゃ死んじゃうぞ?


「あひゅっ……!」


 あら残念。彼は抵抗に失敗した。

 さあ、適応の進んだ人体はいったい何分間息を止めても平気なのか。

 もがき苦しむ彼は脱出できるのか? 世界で一番どうでもいい催しがどうでもよく始まったので、僕は笛をピーピー吹きながらご飯のことを考えた。

 今日の朝食、マズかったなぁ。


 相手は首を抑えて苦しみながら、僕をなにか恐ろしい化け物かのように見つめてくる。

 おかしいですね? 身体能力は、あなたの方が上なのにね。

 僕は化け物なんかじゃない。ただ慣れているだけです。

 一番慣れなきゃいけなかったのが、人間との殺し合いだったというだけの話ですよ。



 相手の身体を──あるいは心を、完全に殺さない限り。おちおち昼にも眠れない。

 そのための技術は、経験によって培われた。


 ……慣れというのは、なんというか、恐ろしいものだと思う。

 だから、王都に巣くう暗殺者ギルドの首魁と、サシで向き合ってる……なんて状態でも、僕の心臓はいつものペースを保っている。


 ……いや、いつものペースじゃないな。

 こいつらが、僕なんかを信じちゃう甘っちょろい人たちを傷つけて、その罪を僕とメリーに被せようとしたその瞬間から。



 ──僕はずっと、怒り続けている。



 床の上でゆらゆらと(くゆ)る火炎が、僕が纏っていた風を受け、一際大きく燃え上がった。


「あがっ……あ……! ひゅっ……」


 足払いで地面に転がし、頭を掴んで焼けた床に何度もキスをさせる。それから、ポーションを顔面に擦り込んでやった。

 割れたガラスと炎熱が顔を傷つけるが、その傷はポーションですぐに治る。つまり痛みが麻痺することはない。

 目も治った。うわーポーションってすごい。すごいグロい。僕絶対使えないな、こわくて。


 おっと唇の色が紫になってきたぞ? そろそろ喋らせてあげようかな。

 僕は唐突に彼の発言の権利を尊重したい気持ちになったので、いったん首締めカズラをしまってあげた。


「てめっ、がっ! ひゅっ……ひゅっ……。て、てめえはッ……、誰なんだよ!? いきなり出てきて、襲ってきやがって……」


「ははは。心当たりないんですか? 一体どれだけ三下なんだ」


「俺は、てめえみたいな濃緑の──」


 ……ほーら、やっぱり髪を見る。染髪くらい考慮に入れろよ。


「ぎっ!」


 僕は頭皮ごと相手の髪を引きちぎった。スキンヘッドって有利ですよね。自分の属性を隠蔽できる。弱い人はそういうところから工夫しないと駄目だと思う。これは善意と親切心から来る暴力だ。

 まあ、僕は髪剃ったりしないけどね。メリーに『にあわない。やだ。だめ』って言われたし。


「ええと……あんたのしょうもない壊滅した組織の名前。《タイレリアの暗殺者》でしたっけ。吟遊詩人の詩曲、王都に潜む殺人鬼。組織として自分から名乗るなんて、ずいぶんセンスありますよね」


 ……ああ、懐かしいなぁ。《タイレリアの暗殺者》とは、夏場に財布の中身が少し寂しくなった吟遊詩人がマーケティング努力によって生み出した詩曲だ。

 僕は吟遊詩人になりたいので、その歌詞をよく知っている。

 ぴょろるるりー♪ 僕は調子の外れた音が悪い笛をそれっぽく吹きつつ、吟遊詩人が謡っていたフレーズを脳内でリピートしていた。


 〽 輝く王都タイレリア 行ってはならぬ場所がある 言ってはならぬ闇がある


 〽 ずる賢い奴隷商 時計塔の針の下 宙づりの逆さ吊り

 こそこそと這い回る奴隷商を見つけては晒し上げ、これじゃあ採算が取れないという合理的な判断をさせた。


 〽 粗暴者の無法者 手足を逆さに 変えられて

 街のひとにも暴力を振るってた裏社会の悪党は、二度と悪いことができない体に取り替えてやった。


 〽 庶民泣かせた貴族さま なま皮剥いで コショウ漬け

 人を人とも思わないお貴族様には、人の尊厳とはどういうものかを体で理解させた。


  あの曲で謡われている行為は、全部、王都タイレリアで実際に起きたことだ。



「『僕が誰か』って? そうだなぁ、わかりやすく言うなら──僕が《タイレリアの暗殺者》ですよ」



 ──全部、僕がやったことだ。


 僕が耳元で囁くと、ひゅ、ひゅ……とやかましかった呼吸の音が止まった。


「おや。震えが止まらないですか? どうしてかな。こんなに炎が近くて、暖かいでしょうに? 暖炉の中にいる気分でしょ?」



・・・

・・



 ……どいつも、こいつも。

 メリーを貶めようとした輩には、僕は恐怖と痛みを与えてきた。

 彼女が、彼女らしく──人間らしく生きるために。僕はあらゆる努力を惜しまない。



 ──それが僕の定めた、僕の人生の『勝利条件』だ。



「ひ、ひ……」


 薄笑いを浮かべて、トライコムはまだ生きていた。

 《タイレリアの暗殺者》なーんて呼ばれてたけど。あの歌で語られてた相手は、その時点では全員ご存命だ。

 なんか物騒な異名が付けられたのは、多分セツナさんが悪いと思うんだよな……。あの頃、あのひと王都で暴れてたから。

 ──僕の手口は、あくまで心を殺す方なんだけどなぁ。



 あらゆる人には選択の権利がある。

 僕は、人生の中で悪を為すことも否定はしない。それもまた、選択の権利だからだ。

 だが、その選択によって生じた責任は、きっといつか、どこかで取り立てられると思っている。


 ──それでも、個人が悪を為すことを選択した責任の、適切な取り立て人はきっと僕じゃない。

 僕はいい人じゃないからね。それはきっと、僕よりももっと善良な人に許された権利だ。


 もちろん、メリーを貶めようとしたことへの責任を取り立てる権利は僕にもあり、それはしっかり行使させてもらう。

 選択がぶつかった時、勝つのはより強い方だ。

 そして僕は、勝利条件(メリー)だけは、絶対に譲らない。




 ──熱を帯びた水晶の壁が、床を舐める残火によって大きく照らされた。

 気づけば、床板の多く灰になってしまっている。

 あんまり意識してなかったけど、結構長い時間、ここにいたらしい。



「メリー」


「ん」


 僕が名前を呼ぶと、水晶の壁を粉々にしてメリーが入ってくる。

 聞き出したいことは聞き出した。トライコムは、ここに放置しておけばいいだろう。

 僕は、いつものようにまっすぐ見てくるメリーの目線に、どこか気まずさを感じて目をそらした。




 はあ……、ほんと、自己嫌悪だ。

 痛いのと怖いのは嫌いだし、それを振るうやつも嫌いだ。

 暴力に対して、過剰な暴力を振るうのもどうかと思う。


 僕がつい今、ぜんぶやったことだ。

 …………僕は、僕が嫌いだ。



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