邂逅
>適応度が上昇しました!
>称号《キャンサー・イクシージョナー》を獲得しました!
ダンジョンを脱出した頃には、既に辺りは暗くなっていた。
憲兵隊の人たちも一通り捜査を終えたのだろう。何人かの見張りを残し、引き上げたようだ。
僕らは《闇蝙蝠の羽暗幕》で自分たちを覆い、こそこそとその場を離れた。
「強くなった実感があるわ。地平線の向こうまで、見渡す限りを燃やし尽くしてしまえそう」
「……私も、もう遅れは取りません」
500年分の力を蓄えたコアを破壊したことで、お二人の《適応》はかなり進んだらしい。
魔力の張りが違うとのこと。まあ、僕にはよくわからない感覚だ。よかったですねとしか言えない。
「それよりも。どうやって王都まで行くか、よね」
「……我が家の足は使えません。ゴーレム馬車も爆発で吹き飛んでしまったことでしょう」
「関所を回避することを考えたら、徒歩以外ないですよ。馬車で山道通れます?」
「5日は掛かりそうね……」
「めりなら。すぐ」
「そうだねメリー。メリーなら5秒でつくだろうけど、その場合連れられる僕らは多分生きてない。そこまで急がなきゃいけないわけじゃないんだし、歩こうね」
僕はグラスア裏路地を進んでいる。
この路地裏に入ってから、お二人にはまず着替えてもらった。明らかに服の作りが違う。冒険者を名乗れるような格好をしなければ話にならない。
いつまでも暗幕を被ったまま進むこともできないので急務だった。
……その際に僕が懐の《魔法の巾着袋》から女物の服を取り出したことに対しちょっとした誤解があったけど、まあ最終的には解決した。
僕は心配性なので、あらゆることに備える。たとえば、突然空が降ってくるかもしれないからバリアを張れるように《結晶獣の髄液》を瓶詰めにしていたりね。
そして毎朝メリーの着せかえを担当しているのは僕であり、色んな服を購入しているのはごく当然なことである。
色んなサイズを用意してるのも、この子が突然背が高くなったり低くなったりするかもしれないからだ。何せメリーは突拍子がない。袋のスペースがいくらでもあるのだから、そこに備えを入れておくのは当然のことだろう。
僕自身が変装に使うことがないとは言わないが、別に趣味ということはない。いや、でもどうなんだろう。メリーに色んな服着せたいのは趣味に当たるのか? やっぱり趣味かもしれない。
そのような旨の弁明をしていると、ステラ様の目はなぜかどんどん楽しげになり、シア様の目はなぜかどんどん冷たくなった。
ただ、少なくとも、最終的な合意は得て解決はしたものと思っている。
「この辺りは荒れているわね……」
「夜中にグラスア裏なんて歩くのはよっぽどの物好きか命知らずか、あるいはその両方かですよ」
「……ボロ切れを背に、寝ている者もいるようですが」
「あ、珍しいですねー。盗られるものがなければ盗まれることはない、という防御策を実行しているタイプの人みたいです。こんなところで寝てるなんて、多分日頃縄張りにしてる場所を誰かに追われたのでしょう」
「……そんなことも、あるのですか」
「はい。彼ら路上生活者は、血の気の多い冒険者が試し斬りをされたりすることもありますから」
「そうなのね……。通り魔の処罰はされているのかしら」
「さほどでも。彼等のうちには、外から来た局外者も多いですから。彼らは法的には人ではないので、問題になることはそこまで多くありません」
なお、僕の知り合いの通り魔であるセツナさんはそういうの嫌う。
以前『辻斬りはつまらんが、辻斬り斬りは楽しい』とか言ってた。
あの人ほんとヤバいわ。何がヤバいって辻斬り斬りをするために辻斬りの発生を望んでいるところね。
「持ち合わせがあれば、金貨のひとつでも恵むのだけれど……」
「……いえ。それは止した方がよいでしょう。キフ──この男の言が確かならば、多少の金銭を与えても奪われてしまうだけではないでしょうか」
「そうね……」
僕らは再び、歩くペースを早めた。
グラスアからバニューム、ナノドランを通り、領地の外へと向かう。その最中に、天井がないところで寝ている人はいて、その度にお二人は足を止めていた。
「……ままならないものですね、姉さま」
「ええ……。より多くの領民に、より善い暮らしを与えたいのに、取りこぼしがこんなにも大きいなんてね。わたしは屋敷の外の、こんな近くの景色にすら目を向けていなかったんだわ」
「色々な場所を見てきましたけど、ここは良いところだと思いますよ。少なくとも、僕らが宿屋を拠点にするくらいには」
「でも、弱っている人はいるのよ」
「どこにでもいますよ。領主さま自ら、目についた人だけすくい上げる、とかするなら被害者アピールを上手くする努力が領民に求められる一番の能力になりますね。そもそも、この国の法律では局外者は民ではないのでは?」
「それはただの言葉遊びだわ。私は為政者として、この地に住まう人々を幸せにしなければいけないの。それが、貴族の責務なのですから」
「ある程度の取りこぼしを許容して、その分それ以外の人が幸せなのが今現在じゃないんですかね」
「耳の痛い指摘ね。シアはどう思う?」
「………私は、姉さまの判断を尊重し、それを実現できる手だてを考えたいと思いますが……そうですね、おまえの指摘は、一面的には正しいと思います」
「更に言えば、こういう下層の人って最初から意図して作ってるものじゃないですか? だいたいどこの領地にもいますし」
「……それは……」
見下せる相手を作ることで溜飲を下げさせ、また戒めにもなる。ヒトはこうなりたい、というプラスのモチベーションより、こうはなりたくないというマイナスのモチベーションの方が働きやすい。
僕は領地経営についてなんかはよくわからないけど、こういう層がいた方が色々と楽なんじゃないかな。
もっとも、低ランク冒険者である僕は、その見下されるポジションにいるのでなんとも嫌な世の中だなぁって思うけど。
「……彼らにできる仕事を公共事業として斡旋する、という手段が考えられるでしょうか。たとえば、常に需要がある、ダンジョンの外にある素材を回収させるなど」
「おっと。それ考えつかれると僕の薬草拾いに強力なライバルが出現することになりますね」
「……おまえ、そんな情けないことをしているのですか?」
「してますけど?」
「姉さま。この提案練ります」
「えっ困ります。困るんですけど。困るーー、僕の生業が脅かされてる」
「……おまえの生業は冒険者でしょう」
「違うって言いたいところですねーー。あと、それをやると、僕だけでなく、似たような仕事をしてる人の立ち位置が脅かされることになるかもしれませんね」
「……そうですね。そこは配慮が必要になるでしょうが……」
「草案を練ってからお父様に提案したいわ。この課題を考えるだけで、退屈しなさそうよね?」
「……そうですね、姉さま。……おまえにも、意見を出してもらいますよ」
ええ……?
僕は政治とかわからないですし、そもそも僕の役目は王都に行って犯人を何とかすることでは……?
・・・
・・
・
時刻は真夜中、丸い月が天頂にある。
ロールレア領の端、ナノドランの更に端に、多領へと繋がる山道を越える。予定では、もう少し早く到着するつもりだった。
領内で野宿というのはどうしても目立つ。僕は健康のために早めに寝たい。
「関抜けね……。この道、有名だったりするのかしら?」
「ノーコメントです」
この山道は、人によって踏み固められていて旅慣れていなくても歩きやすい。つまり、それだけここを使う人間がいる、というわけだ。
僕は善良だけれど、時と場合によって規則は破らざるを得ないことがあることを知っており、同時に上手な破り方を知っている。
とりあえず、この先を少し抜けた山道で野宿をしよう。
僕が先行しますので、ちょっと待ってて──、
「……ここにいれば会えると思ってたぞ、キフィナスくん」
──おっと?
あー、すみません。お二人とも。そのまま、少し距離を取りつつ、後ろに隠れててもらっていいですか。
「……ええとー、人違いではーー?」
「変装しててもわかるに決まってるだろ」
「おや。髪の毛に《緑青墨》塗って灰髪じゃあなくしてみたんですが、ダメでしたか」
「あのな。本官が普段、どれだけオマエの顔を見てると思ってんだよ」
「てっきり、髪の色ばかり見てるものかと」
「……そんなことっ……、いや、おしゃべりはそこまでにしよう。──君には、ロールレア家爆破および領主代行様殺害の容疑がかかってる。できれば抵抗は、しないでくれ」
月光の下、アネットさんは僕に静かに語りかける。
掲げた三つ叉槍の穂先が、月の光でぬらりと濡れた。




