閑話・迷宮都市デロル街角
──時刻は少し遡る。
「はあああああああっ!?」
冒険者ギルドの受付、レベッカ・ギルツマンは領主邸爆破の報を聞き、室内に響きわたるほどの大声を上げた。
「どうした受付。大声を上げるな。早く我が弟子の報酬手続きを済ませろ。はじめての報酬なのだぞ」
「あ、失礼しました……、じゃあないんですよ! 声を上げずにいられますか!」
レベッカは机をバン!と叩く。注目が更に集まったがお構いなしだ。
ちょうど応対していた冒険者──セツナは、形のいい眉を歪めた。
「耳のひとつでも落とした方がよいか? さすれば、手前も心を入れ替えよう」
「っ──。その……、耳を貸してもらえます?」
「何を……」
「──領主様のお屋敷が爆破されたんですが、キフィナスさんがそこに関わってます、たぶん」
それを聞いたセツナの表情は仏頂面から一変し、
「ふっ……、くく、ははは! はははははは!! やはり! やはりあやつは面白いっ!!」
「なあ師匠。どうしたんだ?」
「こんなところにいても仕様がない! とく、往くぞ!」
「あの、まだ説明もお金も──」
「不要だっ!!」
「ちょっと待ってくれよ師匠! せめてお金だけでもさあああああっ!!」
セツナは弟子の少年を連れて、嵐のようにギルドを出ていった。
手続き自体は既に終わっている。あとは眠っていても唱えられる規則通りの説明を終え、銅貨を渡すだけだったのだが──。
「……はあ。ほんと、なんで優秀な能力を持った冒険者って、こうも扱いづらいのが揃っているんでしょうねぇ……」
彼らは人の話を聞かず、面倒ごとをとりあえずこっちに丸投げようとする。
そもそもセツナは現在犯罪者である。優秀であるが故に、冒険者ギルドではあくまで黙認しているに過ぎない。
(とはいえ、あれでも個人戦闘力としては最強クラスですからね。もう少しでも協力的ならAは確定です。あのヒトが知らん領地の貴族とトラブったとかどうとか、完全にウチの管轄外ですよ)
冒険者ギルドには、自分たちこそが文明の針を進めてきたという誇りと実績がある。国中に存在するダンジョンを攻略するために自由な移動権を認めさせるなど、パワーバランスの一角を担っていると言っていい。
ある程度の犯罪は握りつぶせるだけの力はあるのだ。
もちろん、だからといって、自領の領主を害したとあっては話が変わってくるが。
(冒険者ギルドから依頼を受け、キフィナスさんとメリスさんがお屋敷に向かったことは、憲兵隊には隠しようがない)
捜査の過程でそれは明らかになる。ある程度協力的な姿勢は見せないとならないだろう。
(お屋敷には当然、防御魔法陣が敷かれている。それを貫けるのは優秀な魔術師のみ。となると、やはり容疑はキフィナスさんたちに向くでしょう)
「失礼! 本官は憲兵隊の者だが、捜査に協力してもらいたいっ!」
「はい、かしこまりました。では、事務所の方でお伺いしますね。二階へどうぞ」
(メリスさんはもちろん私にとっての至宝ですが……、ギルドとしては、どう立ち回っていくべきなのでしょうね)
* * *
* *
*
「ふむ。あの先に屋敷の残骸があるぞ」
「ひぃ……、ひぃ……、ま、待ってくれよ師匠!」
「遅い。付いてくることも鍛錬だ。口を動かす元気があるなら、もっと足を動かせるであろうが」
「アンタの……、師匠の動きがおかしいんだって! 歩き方からしてさぁ!」
「足運びは見て盗め」
セツナはカナンを一瞥すると、屋敷の方角に目を向けた。
さらりと風に揺れる黒髪を、セツナは鬱陶しそうに後ろに払った。
「憲兵隊の連中がいるな。さて、我なら瞬きの内に全員黙らせられるが──」
「やめとけって師匠。あん中にはキフィナスの兄貴の知り合いもいるだろうし」
「ふむ。あやつとの遊技に不純なものが混ざるのは、本意ではないな」
「ふう……」
カナンが師匠にした女性は、はっきり言って頭がおかしい部類に入る。
暴力を振るうことに躊躇なく、邪魔するものは正面から斬り捨てる。どうも見たところ、誰を相手にしても同じ生き方をしているらしい。
とはいえ実力は本物だし、気にかけられているのはカナンとしても感じるところではある。そのため、カナンは自分の役割を、この頭のおかしい師匠になんとか刃傷沙汰を起こさせないことだと位置づけた。
現状は、あまり上手くいってはいない。
「む? そこな男ども。殺気を憲兵どもに向けていたな?」
セツナは言うが早いか抜刀し、道行く男たちの腕を肩からまとめて切り落とした。続けざまに一振り横一文字に両目を斬り潰し、返す一刀で頬ごと舌の根を落とす。
全ては、カナンの瞬きの内の出来事だった。目を開いた瞬間に相手は全員ばたばたとまとめて倒れ伏していた。
「何やってんだ師匠!?」
苦悶の声を上げることもなかったため、カナンも反応が遅れた。彼ら自身もまた、自分が斬られたことすら気づいていない。
剣に身を捧げてきたセツナの技量であれば、やろうと思えば相手の痛覚ごと斬って捨てることは容易い。
今回は憲兵が近いために、人目につくのを嫌ったが故の犯行だ。
セツナは弟子の非難を無視して、倒れ伏した男を爪先でひっくり返し、装飾物を指さした。
「それ、見ろ。こやつは術士だ。厄介な手合いだが、目がなくは狙いが定まらず、舌を落とさば呪詛は吐けなくなる。こうなればどんな手練れだろうと関係はない」
「そうじゃなくて、まだコイツが悪いヤツなのかどうなのかも……」
「斬ってから判断しても遅くはない。『憲兵を厭う輩はろくなものではない』とあやつも言っておったしな」
「それアンタのことじゃねえの……?」
セツナは鞘に刀を戻す。き、と甲高い金属音が鳴った。
「ふむ。屋敷の家人連中が施薬院に送られていくようだな。あやつの姿は……、ないな。うむ。帰るか」
「いや、こいつどうするんだよ師匠? 悪い奴かどうかの判断とか……」
「ここに捨て置けばよかろう。こやつらは悪党だ」
「え、なんでそんなの……あ、ちょっと! 待ってくれよ師匠!」
こうして、ダンジョンに拉致されることのなかった屋敷の襲撃者たちは、誰にそれと気づかれることもなく息絶えた。
この後、憔悴しきった男は仲間たちの変わり果てた姿を目撃し、キフィナスに対しての恐怖を更に深めることとなる。
「それにしても師匠。普段は『ござる』って付けねえの?」
「……あやつがおらぬのに、なぜ珍妙な話法を使わねばならんだ」




