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指名依頼


 刺客の人は、子鹿のように足を震えさせながら、牡鹿のような身のこなしでダンジョンから去っていった。

 さて、果たして彼は無事、アジトに戻ることができるだろうか! きっと爆発した屋敷の前には沢山憲兵隊がいることだろう。くぐり抜けることはできるかな?


「きふぃ。おこってる?」


「まあ、程々にね。……ごめん、ちょっと冷静じゃなかったかな」


「めりは。いい。そんなきふぃも、すき」


「そっか。なら、いいかな」


 まあ、憲兵隊の人たちの中に、屋敷が爆発したという大混乱の中で、プロの暗殺者がひとり全力で逃げていくことを咎められる人がいるかは知らないけど。

 多分いないんじゃないかな。

 いたら彼を人間型の手紙にした意味がないのでいないといいな。


「さて……。方針を話し合いましょうか。とりあえず、お二人は身を隠すんでしたっけ」


「ええ。我が家の家人たちも信用できない以上、どうにか隠れるしかないわね」


「なるほど。まあ、僕らは夜になったら出ていって、ちょっと王都で野暮用を済ませてきますよ」


「そう。ここは外よりも時間の流れが早いから、少し休息を取れば大丈夫だと思うわ」


「ああ、そういうタイプのダンジョンなんですね。やだな、時差ぼけ苦手なんだよなぁ……」


「きふぃ。もっともぐる。なおる」


「それは一般的に治るんじゃなくて狂ったまま慣れるって言うんだよメリー。それに君に付き合ってるから他の人と比べられないくらいハイペースだからね。

 あ、もう少し特徴知りたいんですが、他に何かありますか」


「そうねぇ。ここのダンジョンでは、《炎熱の魔石》が数多く採れること、とか?」


「……姉さま、それは当家の……」


「友誼を結ぶ相手を前に、外套くらいは脱いでおくべきでしょう」


「脱がれても困るんですよねー僕はあなたがたの家の秘密知ったりとかしたくないんですーー面倒に巻き込まれたくないんですーーーー」


「ぬぐ?」


「脱がれても困るって言っただろ。君に至っては脱ぐ意味わからないからやめてね。脱ぐじゃなくて引きちぎるになる」


 それはそうと。

 休息を取るというなら、準備をしないとな。


「あとはそうね、最大の特徴としては──って、何をしているの?」


「ああ、通路に《音喰い蜘蛛の横糸》を張ってるんです。この細い糸に魔物が引っかかったら音が鳴る。ダンジョン内で休息を取るんですから、不意打ちに備えないといけないでしょう」


「このダンジョンには魔物が出ないわよ?」


「あー。そういうタイプですか。道理で家のそばで囲い込むわけで──」


 ……ん?


「ええと。差し支えなければ、確認しても? このダンジョンには、魔物が?」


 僕は通路の向こう側を指さした。

 そこには、うじゃうじゃと魔物がひしめいている。


「あら?」


「……出ないはずなのですよ。本当に。……姉さま、これは……」


「異常事態ね……。まさか私たちの膝元で大きな変化があったなんて。……いやでも、むしろ異常を調査するのにはかなり好都合じゃないかしら? 冒険者も──」


「破壊。する」


「……メリー?」


「きけん。このダンジョンは、はば、こえた」


「あー……」


「コアを壊す。破壊する。しないと、はんてんする」


 ……どうしよう。メリーがデストロイモードに入ってしまった。


「壊されるのはちょっと困るのだけれど」


「……資源の流通量を管理することで、当家は優位を保ってきました。ここは、その資源が産出される拠点でもあるのです。当主代行として、それは認められません」


「それに何より、私たちはここに隠れるつもりだったのよ?」


「ぐらんたいれる」


「……旧王都が、どうしたというのですか」


「ああなる」


 タイレル王国旧王都 《グラン・タイレル》は、10年前に魔物が跋扈する《異境》と化した。

 今は厳重に封鎖されていて、立ち入ることができない場所だ。


「……にわかに信じがたい話です」


「そうね。証拠もないのだし。当家としては、絶対に壊されたくない場所だわ。ねえ、冒険者のキフィナスさん?」


「なんです?」


「あなたのパートナーは、このダンジョンを破壊したいのよね?」


「……あー、そうですね。破壊したくてしょうがないみたいですね。今すぐに」


「壊す」


 ……話の流れがわかってしまった。


「このダンジョンは当家の財産です。そして、隠れ家の予定地でもありました。それを破壊するというのだから、とうぜん。それだけの対価は必要よね?」


「……そうです。同等の対価なくして、我々がダンジョンの破壊を肯定することはありません」


「金貨を──」


「このダンジョンはロールレア家代々伝わるものよ? 私の次の代、その次の代、次の次の代にも受け継がれていくことでしょう。しかし、不変の価値を持つ貨幣はないわよね」


「そうですね。希少性で上がることもありますね」


「下がることもあるわ。世の中は好事家ばかりではないもの。その点、《魔石》は実用品よね?」


「魔石だってもっと効率のいい後発のものが──」


「……過去500年、《炎熱の魔石》を超える燃焼効率の資源は産出を確認できません。そして、今もなお研究が進んでおります。だから金品での補填は肯きかねます」


「それを言うなら、タイレル4世金貨の価値って変わることありました? 金貸しの人に訊ねてもいい。きっと変わらないって言いますよ」


「そうね。金額で補填することはできるでしょう。でも隠れ家はどうしようもない。そうよね?」


「そうですが、あなたがたの家の人が裏切ってるって話だと、隠れ家としてそもそも成立しないのでは?」


「そうね。あなたの言うことも、間違っていない」


 ステラ様は、にやりと笑った。

 ……お互いにわかっている。今のやりとりは、ただの前置きに過ぎない。


「……姉さま、まさか」


「そうよ。そのまさかよ、シア。お父様には怒られてしまうかもしれないけれど……、屋敷も吹き飛んでしまったのだし今更よね?

 ステラ・ディ・ラ・ロールレアの名の下に。──あなたたちに、このダンジョンの破壊を許します。金銭的な対価は必要ありません」


 ステラ様は、毅然とした表情で僕らに語りかけた。


「その代わりに、ひとつ頼みごとを引き受けてほしいの」


 頼みごとときた。ああ、うん。わかってた。

 わかってたけど、メリーが絡んでくるなら突っぱねないと──、


「──だからね? 私たちを襲った犯人を断定し、この問題を解決するまで。貴方に。キフィナスさんに、ご厄介になろうと思うの」


「……はい?」


「ね、姉さまっ!?」


 え?

 いや、あの。……えっ?

 メリーは?


「姉さま、あの、その、それはっ……」


「シア? これは合理を取った判断よ。よく考えてみて? 目下一番安全なのは、キフィナスさんに同行すること。そうでしょ?」


「…………はわっ。はっ。……はい。きわめて合理的で正しくろんりてきにむじゅんもないかとっ」


「安全かどうかを聞いていたのだけれど? ふふ。妹がかわいいわ」


 反対派っぽいシア様が折れた?

 え、嫌だぞ僕……。


「そうなると、その……。ええと、話を整理しましょう。お二人は屋敷に戻らず、行方不明者となりたい」


「そうね」


「その上で。最後にあなたたちに謁見したのは僕であることは、使用人のひとたちも把握してますよね」


「そういえば、そうね?」


「ははあ。すると、目を覚ました彼らはきっと僕を疑うことでしょうねぇ」


「……その流れになるでしょうね。仕方のないことです」


 仕方ない!?

 疑われるのは僕なんだけど!?

 こういうところだぞ貴族って!


「いや……。あの……。つまり僕。指名手配されますよね?」


 しかもこの場合、冤罪じゃないんですけど!?


「当家の威信に賭けて。収束後にあなたの名誉を回復させると、約束するわ」


「いや、その! 僕はただの下賤な七流冒険者ですよ? あとこれはしっかり今のうちに言っておきますけど。僕が協力することは、メリーが協力することにはそのまま繋がりませんからね。メリーはこんなダンジョンひとつで買えるほど安くはないです」


「そう。それがどうかしました? 重要なことではないわ」


「それが、って……」


「……わたくしたちは、冒険者メリスが直接活躍している姿を見ておりませんので」


 あーそういえば。

 いやいや、メリーは僕なんかよりずっとすごいですよ。ダンジョンの壁破壊したのは見ましたよね? それに結局あの黒亜竜をたったの一撃で倒したのはメリーです。あとさっきの爆発も雑に僕ら全員守ってくれましたし──。


「……わたくしたちの命を助けてくれたのは。あなたですよ、キフィナス。胸を張ってください」


 ……いや、それは。


「あなたに対して。改めて依頼をします。──どうか、私たちを助けて」




 …………まいったな。口が上手く回らない。


「えっと……、僕なんかより。お金積んでもっと優秀な人を雇った方がいいんじゃないですか」


「……家財の多くは瓦礫の下です。そして、おまえよりも優秀だという相手を私たちは知りません」


「いくらでもいるでしょう……、僕は魔力のかけらもない、ただの魔抜けの灰髪です」


「私たちは魔力を人より過分に持ってるけれど。あなたには、私たちにはない力があるわ」


「そんなものないです。僕は、痛いのと怖いのが嫌いな臆病者ですよ」


「……警戒心が強いことは、極めて有効な資質だと言えるでしょう」


 ええと、それじゃあ、その──。


「──いいですか。わたくしたちは。おまえを。他の誰でもなく、おまえを、信じているのですよ」


 ステラ様とシア様の澄んだ二対の瞳が、僕をじっと見つめていた。

 ……ああ、もう。ガラじゃないんだけどな、ほんと。

 僕は真正面から、堂々と、誰かを助けたりなんかできないっていうのにさ。




 ……ええまあ。貴族様相手に、実質拒否権とかありませんよ?

 ありませんけどもね。言いたくなることはありました。ダンジョン攻略中、それからもたくさん不満を僕は喋った。

 ステラ様は生返事。シア様は僕の発言を欠陥をちくちく付いてくる。

 心が折れちゃう前に撤退しましたよね。僕は引き際を弁えてるので。


「きふぃは。あきらめたがってる。ぽーず」


「そんなことないよ」


「きふぃ。たすけたがり。あまちょろ」


「甘ちょろとかどこでそんな言葉覚えたんだかなぁ……。教育によくない。あ、そういえば。今更だけどメリーは大丈夫? このお二人と一緒って」


「ん。きにいた。とくにあお」


 おお、以前とはうってかわって高評価だ。

 でも色で区別するのは失礼だからやめようね。


「きふぃをみとめてくれるのは。みんな、きにいる」


「……買い被りだよ。痛い目見たり、後悔させたりはしたくないんだけどな」




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