宣戦布告
「……と、いうわけで。極めて平和的な手段で質問に答えていただいた結果、彼が王都の暗殺者ギルドに所属していることがわかりましたね。そしてそれ以上有益な情報を持ってないことも」
「平和……、そうね。彼の内的世界に大きな影響があったと思うけれど。暴力を振るわないことだけが平和的な手段かどうか議論が必要だと感じますが、情報は得られたわね」
「……精神攻撃が悪辣すぎました。おまえに良識はないのですか」
「ありますよ? ありますけど、僕はいちいち手段選んでられるほど強くないんです」
刺客の人は地面に膝をついて顔を伏せてぶるぶると震えている。
僕が慰めようと近づくと「ひっ」て小さな悲鳴を上げて大きく仰け反り、もんどりうって倒れた。
うわぁ痛そう。薬草使います? あ、いらない? そうですか。
「ところで。その男はどうするの?」
「どうするってなんです?」
「……デロル領地法第37条。領主への暗殺未遂は、極刑です」
えっ怖い。
「はあ。つまりこの人を牢獄へと送り? 適正な手続きで裁判を受けさせ? 法に基づいて死刑にすると?」
「……手続き上、その流れになります」
「誰が送るんです?」
「そこなのよね……」
僕はこれから指名手配になるし、かといって領主様と一緒に憲兵隊のところまで行ったらステラ様たちの狙いは達成できない。
「私は。ここで始末すべきだと思うの」
そう宣言したステラ様の声は、少し震えていた。
「え、非人道的だなぁ。……ええと、一応尋ねますけど。お二人は、人を殺した経験はありますか?」
「……いえ、ありません」
「ないわよ?」
「へえ。貴族のひとって週末とか空き時間に人間狩りとかするものだと思ってました」
「……何ですか、その偏見は」
「じゃあ、なおさら僕は反対です」
わ。二人の赤と青の視線が痛いぞ。
「……ですが、ここで逃がせばまた襲ってくる可能性もあります」
「相手方に情報を与えることにも繋がるわね」
「まあ、お二人の懸念ももっともなんですけどね。僕は痛いのも怖いのも嫌なんですよね。死ぬとかすごく怖い。ですよねー?」
男は首をがくがくと上下に揺らした。
「また僕たちを襲ったりしますかーー?」
男は首をがくがくと左右に揺らした。
「ほら」
「……ですが」
「僕は思うんですよ。人の命ってとっても尊いし、誰かの選択の権利を奪うのは悪いことです。とってもね」
「どうしましょうシア。相手にあんな非道いことしておいて急に聖人みたいなこと言い出したわ」
「……姉さま。やつとの問答はわたくしにお任せください。キフ──おまえ。そこの男は、わたくしと姉さまの命を奪おうとしたのですよ」
「知ってますけど。あれ、もしかしてお二人とも席を外してました? 氷で見えなかったのかな? ずるいなぁ」
「……知ってます、ではありません。おまえは皮肉な物言いをしますね」
「悲しい過去とかなんかそういう感じのやつのせいだと思われるのでご勘弁いただければと。あと、ある程度自分の立場を主張したいのでこんな物言いをしますよ。僕はあなたたちの召使いではないです」
「……そうですね。忠誠を誓え、とは言いません」
「あらー? 言わないの? シア」
「…………言いません。やめてください姉さま。今、わたくしはキっ……やつの主張を受け、自分の主張を通さねばならないのです」
「僕の主張はシンプルですよ。痛いのと怖いのは嫌だ」
「……そうですね。わたくしもそれは嫌ですし、多くの人間が同意できる主張でしょう」
「だから痛みを与えるのは最小限にしたいし、できれば怖い思いをさせたくはない」
「十分させてると思うけれど」
「可能な限りですよ。不可抗力です。ご了承ください」
「……ですが、わたくしたちは危うくその思いをするところでした。報復は必要です」
「十分な報復は与えたと思いますけど?」
「……死を以て購われるべきです、なぜなら──」
「『なぜなら自分たちは貴族だから』って答えなら、まあ、はい。埋まらない価値観の相違ですね。僕は乗りませんし軽蔑します。
たかだか生まれひとつで、特権的に誰かの権利を奪うことが許されるという考え。僕はぜんぜん好きじゃないです」
「……それは、許されません」
「なぜなら貴族だから? それとも法に定まってるからかな? なるほどー。ところで一般論の話なんですが、あらゆるルールって事前に破られることを想定して作られてると思うんですが、その辺りどう思います?」
「……聞かなかったことにします」
「それはありがたい。貴族の方は寛大であらせられる。まあ、僕の方は言わなかったことにしませんけど。冒険者ってこういう考えのろくでもない連中ですので、是非覚えてくださいね」
刺客の人にかこつけて、僕は自分の胸のうちをちょっとだけ表に出してみる。
相手方の反応は冷静だ。
よーし、じゃあ、もう少し難癖を付けてみよう!
・・・
・・
・
「……はあ。この議論はどこまでも平行線ですね」
それからも、議論の名を借りた僕の難癖付けゲームは続いた。
「そうですね。命の尊さを伝えるのってこんなに難しいものなんだなぁ、って驚きがあります」
「……本当に、人道主義のみが理由で反対しているのですか? 私たちからすれば、それこそ理解から遠いのですが」
あ。ばれたか。
「…………ばれたか?」
「じゃあ、今から本命の考え言いますね。僕はこの人に、自分の意志を伝えるためのメッセンジャーになってほしいって思ってるんですよ」
「……先ほどまでの問答は本音ではなかったのですか」
「いいえ? 僕は命は価値があるものだと思いますし、自由な選択の意志を尊重していますよ。加えて、現状僕はあなたたちと対等な立場にあるってことを態度で伝えたかっただけです。どれも全部本音ですよ。本命はこれってだけで」
「メッセンジャー? それ、意味あるのかしら」
「焦燥している相手をあえて帰すことは、相手への牽制になります。人は生きているだけで尊いですよ。だって色んな使い道がある。僕とメリーは久々に王都に行く用事ができたので、お手紙のひとつでも出した方がいいかなと」
「ふうん。ですって、シア」
「……戦略的な目的があるというのなら、殺さないという主張を受け入れてもよいです」
「わあ。やったあ」
「……おまえ。先ほどまでの言動は、わざとですね?」
「ご想像にお任せしまーす」
「……おまえという人間がわからなくなってきました」
「時々言われますねー、それ」
「きふぃは。やさしくて、かっこいくて、えらい」
「ありがとねーメリー。ただ、的外れな形容は時として相手を傷つけることだけはしっかり覚えておいた方がいいかもしれないねー」
ま、いいや。僕は床に伏す刺客の人に向き直り、目線を合わせ、諭すように語り始めた。
「話はまとまりました。あなたは生きてここから出られます。よかったですねー。やった」
「あ、あ……?」
「やった。はい繰り返して。やった」
「やった」
「メリー君じゃない。はい、やった。やったって言え」
「や……やっ、た」
「はい。やりました。ですが思い出して? ディナーまでに誰も戻ってこないんじゃあ、あなたたちのところの親分さんが心配してしまうかもしれません。五体満足でお帰りください。仲間たちの近況報告と、それから、おせっかいかもしれませんが休暇の申請をした方がいいと思います。いや、言うかどうかはあなた次第ですけどね。でも休んだ方がいいんじゃないかなぁ……。まあ、その辺りはあなた自身が決めることです。それから……、ええと、そうだなぁ、夜風は凍えますし暖かい格好をした方がいいかな?」
んー、まあ、彼が風邪を引こうがどうでもいいや。
「とりあえず、たった一言でいいから、これだけ頭領のひと……ええと、トライコムさん?でしたっけ? に伝えてくださいね」
僕は二人に聞こえないよう、男の人に耳打ちする。
「──メリーを貶めようとした報いは、しっかり受けてもらうからな」
それは、僕の勝利条件に関わる、絶対に許せない一線だ。
お前たちはその一線を越えた。
さっきは二人の手前ああ言ったけど、こいつが運ぶメッセージは牽制なんかじゃない。
僕からの宣戦布告だ。
……死んだらそこでおしまいだ。そう簡単に殺したりするかよ。
お前たちは僕を本気で怒らせた。
どこにも逃げられると思うなよ。




