「Dランク冒険者あてに指名依頼とか普通にビビるし手続きも色々違って大変なんですよ、ほんとに。それをコイツ……」
カナンくんがせめて、痛い思いも怖い思いもせず、安らかに頭おかしい人斬りの手にかかるよう祈りつつ、僕は残った子どもたちを全員同じ救貧院に入れた。
彼らの件とは何ら一切の関係もない『お気持ちの寄付』として金貨を何枚も積み上げると、積み上げた高さに応じて僕への応対が丁寧になっていってちょっと面白かった。
……これなら大丈夫だろう。この人たちはお金に対する興味がどうも強いみたいだけれど、それならば僕という金蔓を逃すまいと子どもたちの待遇をよりよいものにするはずだし、僕が定期的に覗く口実もできた。
「まあ! こんなところでお会いするなんて、奇遇ですね愛の──」
僕は庭で子どもたちに囲まれていたシスターを見かけて、思わず全力で逃げた。
定期的に覗く必要は感じないな。うん。
「ふう……。ようやく肩の荷が降りた、って感じかな」
「めり。おりてないよ」
「メリーは自分が僕の荷物してるって自覚があるんだね」
「ん」
「なんでちょっと嬉しそうなんだいメリー。荷物してる自覚があるのかないのかどっちなんだい」
しかもこの荷物、持ってるだけでダメージを負わせてくるんだよなぁ。
・・・
・・
・
さて、今日のノルマは子どもたちのお陰で済ませられたし、とっとと報告に行こう。
今はお昼過ぎ。昼休みが空けてちょっと経った、人の少ない時間帯だ。
こういうタイミングでパッと行ってパッと帰るに限る。
「すいません今日の分の薬草取れたんで──」
「薬草とかクッッソどうでもいいんですよ!」
──レベッカさんが、開口一番にひっどいこと言った。
あのですねーレベッカさん。職に貴賤はないですし、薬草で生計を立てている人が聞いたら今の発言をどう思うでしょうねーー?
少し想像力を働かせれば、そんなひどいこと、決して言えないはずですよーーーー?
「コイッツ一見正論っぽいこと言うのほんと上手いなぁ……! はいはい言葉のアヤですよ! そんなことより! 領主様から! あんた名義で!! 依頼が来てんですよ!!!」
「はい?」
……えー?
全然わからない。びっくりするくらい心当たりがない。
ダンジョンで助けた礼とやらなら既に清算が済んでるはずだし。
「えーと、メリーではなく?」
「メリスさんではないです。七回くらい確認取りました。代行のお二方から。連名で、あ・な・たに。届いてます」
「何だろう。心当たりがない」
「みるめ。ある」
「いや、ないでしょ。こうなると二人揃って義眼だったのかもしれない。配慮が必要だったかな」
「あの、あんた何かやらかしましたよね?」
「身に覚えはないですー」
「……あやしい。あんた、嘘ついてません?」
嘘をついているつもりはないです。あくまで僕の認識に基づいて発言をしている。
結果的にそれが事実から離れていたとしてもそれは嘘ではない。
「これなら『僕は死んでる』って伝えるようにって、先にしっかり根回ししとくんだったなぁ」
「は? 回せるわけねーでしょ! なんだそのいびつな根! 今日も図々しく薬草依頼持っていったクセにっ!!」
「いや、でもメリーからお願いすれば通りますよね」
「ぐっ……、そ、それは……」
「やだ」
えっ!?
「きふぃは。死なない。めり、まもる」
「そこにいるなんか僕にだけ妙に当たりの強い人に、ちょっと口裏を合わせるようにお願いするだけでいいんだよ?簡単だよ?」
「強くねーんですけど?」
「や。だめ。むり。ぜったいだめ」
え……。め、メリーが裏切った……。
「やーい。ざまみろです。メリスさんにちょーっと愛されてるからってチョーシ乗りすぎですよ? 自覚してください?」
「受付の人が利用者を煽ってくるって改めて酷い労働環境だなぁ」
……本当に、本当に酷い話だ。
できることなら今すぐ辞めたい。
「……一応言っておきますけど。僕を動かすことでメリーまで動かせる、みたいな依頼だったら絶対引き受けませんよ」
「冒険者ギルドの方からそういう依頼は断ってますよ。というか、領主様ともあろう人がそんなセコいことするはずないでしょう」
「それなら僕とかただの役立たずでしかないと思うんですけど」
「それを決めるのはあんたじゃなくて依頼した人なんですよ」
「いや、レベッカさんだって納得してませんよね?」
「…………してますん」
「してないんですね」
「だからっ、してます………………ん」
「自由に疑問を口に出せない組織っていつか大きな事故が起こると思うんですよね僕。風通しって大事だ」
「あーもうっ!あんたに指名依頼届いてるのが既に大事故なんですよっ!! しかも領主様ですよ!?」
言えたじゃないですか。
で、詳細を教えてください。日付の指定とかってあります?
「いいえ。ただ、来てほしいとだけ」
「はあ。そうなると300年後くらいに訪ねてもいいのかなぁ。きっとすごいダイエットに大成功してて骨でしょうけど。お互い」
「ふざけんな。とっとと行ってきてください。指定がない以上なるはやで」
「なるはやって。はは。そんなのよく仕事として扱おうとか思いましたね?」
「ぐっ……、だからもうっ、ほんっっっとに事故なんですってば!!」
ですよねー。
ああもう、なんだこれ。行きたくないなあ。すごく行きたくない。なんでお貴族様のお邸宅に週に何回もお通わなきゃいけないんだ。
「……最後に聞いておきますけど。キフィナスさん。ほんとに、心当たりとかないんですよね?」
「ないですけど。なんでそこまで尋ねてくるんです?」
「一応ですね? ウチには所属してる冒険者を守る役割もあるんですよ。アンタが不興を買ったって話だとそこが色々と拗れて──」
「あ、そこは大丈夫ですよ? 最初から期待してないでーーす」
「テメッ……! ごほん。あのですねキフィナスさん? いつも言ってますけど、あんたどうしてそう──じゃなかった。領主様と、どんなご関係があるのか。今すぐ話してください」
「いや、大したことしてないですし、別に言ってもいいですけど……。いや、やっぱこれ名誉に関わるやつかな。やっぱ言えません」
「め・い・よ……?」
レベッカさんが突然フリーズした。えっ何。どうしたんですか。
新手の持病とかだろうか。えっ日常生活大変そう。
あのー。もしもし。聞いてますかー?
「アンタ最低だ!! メリスさんかわいそう!!!本当にかわいそうこんなにかわいいのに!!!」
「えっ何でメリーが?」
「そりゃあ守備範囲外かもしれませんしむしろ手ぇ出してたらドン引きですけど! こんなに慕ってくれてるメリスさんを幸せにしてあげようとか思わないんですか!?」
「いや、だから何でメリーが可哀想とかいう話に……?」
「それを乙女のクチから言わせる気ですか!? なんなんですか!? なんなんですかこいつ!!」
えー……?
「もういいですっ! とっととロールレアのお屋敷に行ってください!!」
「僕に拒否権とかはないんでしょうか? ないとしたら……そうだな、拒否権とか。あと──拒否権ありますか?」
「あるわけないでしょっ!! 何回言われても変わんねーよ!? 既にこっちは事故ってるんですよ!! 止められるわけないでしょうが!!」
あるわけないかー。
まあ、そりゃそうだろうなぁ。だって相手貴族だし。冒険者風情に拒否権なんてあるわけがない。
いや、ほんともう、これ誰にとっても事故以外の何物でもないだろ……。
──二人の姉妹を除いて。
「楽しみねぇ、シア」
「……楽しみではありません。一冒険者相手に威厳を崩してはなりませんよ、姉さま。……ですが、わたくしも改めてきちんと礼をせねばと思っておりました」
「太陽蛾について知ってるってことは。錬金の話とかもできないかしら? 彼、結構知識が深いわよね」
「……いつ来るのでしょう。今日でしょうか。それとも明日でしょうか」
「あっ。……そうね、日付は指定するべきでしたね。立て込んでた案件は一通り片づいたとはいえ、また寝過ごすのは嫌ね」
「……見落としていたのですか」
「シアにも目を通してもらったじゃないの。私がおっちょこちょいなのは認めるけど、その補佐はシアの担当でしょう?」
「……それは、その。……その通りです。わたくしが……」
「あー……、と、とにかく。楽しみねっ!」




