閑話・メリスちゃんとお風呂に入ろう
「ふう……」
暖かい湯は、疲れた心と体を洗い流してくれる。
辺境の頃から、お風呂の風習が僕たちにはあった。
ダンジョンなんかから産出した文化とやらの重要性とかいうのを、僕ははっきり言って鼻で笑うけど。
このお風呂というやつだけは例外と言っていい。よい。すばらしい。
はあ…………。落ち着くなぁ……。
「きふぃ。きもち?」
うん。なんていうか、生き返るー……って、感じだね。
「いきかえる?」
比喩だよ比喩。やめてねメリー。
実際に経験とか怖すぎるから。
──湯船に入っている僕のすぐ横に、しゃがみこんだメリーの体がある。
メリーは湯船には入れない。ちょっと気を抜いただけで簡単に湯船を破壊し、床下浸水からの宿屋粉砕までコンボが繋がった前科がある。
なので、僕は必然、この子が体を冷やさないように適宜お湯をかける役目に従事することになる。
湯船の水量は、既に胸元が浸かるか浸からないかというくらいにまで減っていた。
「体、洗おうか」
「ん」
僕は湯船を出て、石鹸をメリーのおなかの、あばらの凹凸に沿って泡立てた。
メリーの体はつるつるなので、スポンジを使わなくても石鹸の泡がよく伸びる。
この子を泡まみれにするのは楽しい。手触りがすべらかだ。おなかとか二の腕とか腰とかわしゃわしゃしていると、すぐに全身が泡でいっぱいになる。
「めりも。めりもする」
もこもこになったメリーは、泡だらけの体を僕の背中にぺっとりとくっつけ──痛い痛い痛い!!
僕は!僕は自分で洗います!!
「ずるい」
ずるくないですー。君はどうも自分の体をスポンジか何かだと思ってるみたいだけど、控えめに表現して銀食器洗う用の金たわしだからね。
君に任せると、僕の全身に消えない傷がつく。間違いなくつくからやめてね。やめ、やめなさい。やめて。
にじりよるんじゃない。ダメです。
「ずる。せこ。ひきょう」
「それでいいですー。僕はズルでセコで卑怯でいいですーー。というか、君が自分で洗わないから洗ってるんだってば」
「いらない。ふよう。ひつようない」
……確かに、メリーの言ってることは正しい。
メリーが自分で石鹸を持ったら粉々に砕く、という物理的な問題ももちろんあるといえばある。
だが、そもそも《適応》が進み、代謝のなくなった体からは、汗をかくことも垢が出ることもない。
そういう意味では正しいかもしれないんだけど──僕は、必要だと思う。
「毎日体洗わないと。汚いよ」
「きたなくない。きふぃがさわるから、いいだけ」
君の肌にシミひとつなく、いつも蜂蜜の匂いがするのはよく知ってるけどさ。
やっぱりこういう習慣って大事だと思う。
さてと……。
僕は、事前に体を洗うためのお湯を入れていたタライを持ち上げた。
「じゃあ、髪からぜんぶ洗い流すから。目つぶってて」
「つぶらなくていい。いたくない」
「わがまま言わない。ゆったりしてる時に、メリーが痛そうなのは見てて嫌だよ」
「きふぃ。みてたい」
「よくわかんないこと言わないで。いつでも見られるでしょ」
「ん。あとで、いっぱいみる。にばいみる」
「はいはい。どうぞ。後でね」
「ん。やくそく。げんちとる。とった」
もこもこが嬉しそうに目をつぶっているのを見ながら、僕はひとり思う。
たとえ、誰より強い力を持っていても。
たとえ、誰にとっての英雄であっても。
たとえ、ヒトの範囲から外れていても。
──やっぱり僕にとって。メリーは、メリーなんだよなぁ。




