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獅子は我が子を千尋の谷に叩き落とす。ハードめなDVかな?


「おおー。なんか、急に()()なったな」


 森を抜けて平原の先、赤茶色の壊れた城壁を抜けると、石造りの建物が規則正しく並んだ空間にたどり着いた。

 ここは、恐らく市街地だった場所だろう。

 今は風化しきって、その跡を残すばかりだけど。


「ええ。ダンジョンの中には、こういう都市のような構造の地形もありますね」


「そうなのか。恥ずかしながら、ダンジョンについてはあまり詳しくないのでな。ふーむ」


「これは、過去に、こんな街があったということなのですか?」


「先史文明の痕跡とか、遙か未来と繋がっているとか、まあ。色んな説ありますね。街で一般的に使われてる技術は、こういう構造のダンジョンから知識を拾ってくることも結構多っ……」


「ん? どした? キフィナスくん」


「あー、いえ。僕の知識をタダで披露するのも勿体ないかなと」


「君やっぱ人格に問題あるよな?」


「いいえー? これもプロ意識と思っていただければーー?」


「キフィナスくんさぁ……」


 おーっと危ないところだった。

 このままいつもの調子でべらべら解説してたら、お二人が──特にアネットさんが気づいてしまうかもしれない。

 ……僕らが今、法律破りをしようとしていることを。


「きみほんとそういうとこ──」


 僕はアネットさんの話を聞き流す。

 ──『冒険者ギルド規則』の前文、倫理綱領の項目には「冒険者は、社会に有益な存在でなければならない。」なんて一文がある。

 冒険者の多くは規則というものをシミか何かだと思っているが、冒険者と関係が深いここ迷宮都市では、法律もそれに絡みついている。


 具体的には、「遺跡系のダンジョンを発見した場合、調査のために届け出が必要になる。」なーんて法律があったはずだ。

 その上、調査するためにはそれを専門にする研究者の立ち会いの元で行わなければならない。

 《文化資源》が眠っていることが多いためだ。それらは取り扱いに慎重さが求められて、得られるものも多い。


 だから、そんな場所のダンジョンコアを破壊するなんて、本来はご法度もいいところなんだけど。

 ──ここには、そんな知識を持ってる人は僕以外にいない。


「メリー。人命優先でいこう」


「ん。《コア》、こわす」


「手段を明言すると……ほら、なんかアレだから。人命を優先しよう。人命を」


「そか」


 多分メリーは知らない。この子は大ざっぱで説明を聞かない。

 じゃなきゃこんなにウキウキしてないだろう。

 ……だよね? 反社会的な性向を持っていないよね?


 一方で、もちろん僕は悪いことをしてる自覚はある。自覚はあるのだ。

 故にメリーよりも社会的であり僕は『おばか』などではないと言えるだろう。

 まあ、もちろんメリーを止めたりしないんだけど。





 赤茶色の街。風化した石製の建築物は、流れた年月の長さを僕に想起させる。

 しばらく散策してみても、やはり僕ら以外の気配はない。

 民家らしき建物は何軒もあるが、生活の痕跡はどこにもなかったし、広場らしき空間にも何も残ってはいない。


 石と土でできた、荒涼とした世界だ。

 この世界は既に滅んで久しい。

 僕は専門家じゃないけど、この調子じゃあ、別に調べても大したものは見つからないんじゃないかな?

 よって破壊しても大きな問題がないということになる。なるだろう。なって。

 まあ、もし問題になったときは強弁して強引に無罪を勝ち取ろう。僕は覚悟を固めた。


「この世界からは、愛を感じませんね……」


「いや知りませんが。まあ、ずっと昔に滅びたのでしょうね」


「世の中は二通りに分けられるのです♪ 愛と、それ以外と」


 こわ。

 それ以外に分類されたらどうなるのか気が気じゃない。


「大丈夫ですよっ。愛の人は、もちろん愛の側ですから♪」


 それ以外に分類された方がマシなやつかな?

 僕はきっちり二歩分距離を取り──なんだその武器。

 宗教の人がいつの間にか武器を持ってる。


「『武器』ではありませんっ。護身用の道具です」


 欺瞞では? 僕は四歩距離を取った。

 なんだその……、まがまがしい鈍器。


 大枠で言うなら、それは金属製のメイスに分類される武器だった。

 ただ、先の部分が人の頭のように丸くなっていて、そこに沢山の糸ノコギリが生えている。

 まるで、人の頭を金属に変えて、髪の毛が糸ノコになったような……。


「はい♪ これは《守護聖人の頭》ですよ♪」


「えっ……」


 僕は八歩距離を取った。

 鉄塊に沢山の糸ノコギリ付けて頭に見立てるセンスがやばすぎるでしょ。

 百歩譲って見立ててもいいけど、守護聖人の頭を振り回す発想に何をどうしたら至るんだよ。あなたの宗教はよく知らないし興味もないけど聖人って言うからには多分偉い人なんでしょそれ。

 歴代王の銅像を武器にして戦う近衛兵とか仮にいたらめっちゃ嫌だろ。


「すべては、愛のみわざによるものなのです」


「やっぱ邪教なんじゃないの?」


 僕は十六歩距離を取った。


 多分、これだけの距離離れているなら邪教認定も聞こえなかっただろう。

 いや、たとえ何を信仰しようとも、僕には関係ない話ですけれどもね?

 できれば、その武器は僕の前では絶対振らないでほし──なんか来たな。


「きふぃ」


「うん。来るね」


「けいこ」


「やだなぁ……。危なくなったら助けてね。もちろん僕ら全員」


「ん。あねとは、いいやつ」


 黒い靄のようなものが、前方にぼんやりと浮かんでいる。

 それは次第に、人の形を形成しようとする。


「なっ──」


「よいしょっと」


 僕は、まだ形成途中だった脳天に、木の棒をぶち込んだ。

 ヒトの形を模そうとしている相手は、その器官まで忠実に再現しようとする。


「ぺぎっ」


 だから、無防備な状態で脳幹まで竿を突き入れれば、相手が実体を得た瞬間そのまま即死する。

 ヒトガタは間抜けな断末魔を上げ、そのまま塵になった。


「気をつけてください。まだ、沢山いるっぽいです」


「気をつけろって言っても……こ、こいつが例の、その、さ、サキュバスなのか?」


「ええ、そうですけど」


「ふぁーっ!?」


「まあ♪」


 何その反応。


「か、形になる前に潰せばいいんだよな!?」


「そうですね、それが一番楽です。アネットさんも頼めますか?」


「まかせろっ! 魔導さすまたに集え雷電!《我に流れる血潮は雷火! 右手に握るは雷霆の舌先!》」


 アネットさんの三つ叉槍の穂先に、紫電が迸る。


「《雷鳴よ! その力を、示せ》ーっ!!」


 穂先から、巨大な雷撃が辺り一帯に広がる。

 雷は意志を持つように動き、次々に黒い靄をかき消していく。


 一見すごいド派手でびっくりするけど、アネットさんの魔術の威力は弱い。人に当てても痺れて動けなくなる程度で収まる良心的なものだ。

 これで相手が倒れていくのは、器官を形成する過程で、人体のどこか痺れちゃいけない箇所が麻痺するからだろう。

 こういう《シェイプシフター》系統の魔獣は、肉体が形作られる瞬間が脆いのだ。


 うん、やっぱ僕なんかより遙かに効率がいいな。

 これならサボれ──、


「まずい、打ち漏らしたッ──!?」


 えっ。何やってるんですか。あんな広範囲にぶちまけて、なんで打ち漏らしなんて出るの?

 僕の手の届く距離じゃない。というか、バリバリとまだ滞留してる電撃が邪魔で、相手の元までたどり着けない。

 メリーは……この程度じゃ、動いてくれないらしい。


「動いてくれませんかねーー。メリーさーーん」


「ししは。わがこを。たにぞこに、たたきおとす」


「教育の闇だね。だから個体数少ないんじゃないの?」


 獅子とかいう生物、ダンジョンの外でも中でもほとんど見ないもんね。いつか見た動物図鑑くらいだよ。

 いやそんなことより《サキュバス》が体を得るぞ……!



「と、父様……?」


 僕らの前に立っていたのは、白銀の鎧──近衛騎士の鎧を纏った、壮年の男性だった。

 アネットさんは受肉した男を、困惑の眼差しで見つめていた。

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