休憩地点にて
──大丈夫ですか? 大丈夫ですか?
地面にぐったりと横たわるアネットさんに、僕は声をかける。
薄く、健康的な色の唇に耳を近づけると──よかった、呼吸はしているみたいだ。
僕は優しく肩を揺らしながら、声をかけ続ける。
「うっ……ううっぷ……、死ぬかと思ったぁ……」
ああ、よかった。意識を取り戻した。
「でも、ちゃんと生きてますよアネットさん。あなたは生きてる。生きているんです……!」
「君ほんとに誰だ?」
やだなぁ。僕は僕ですよ。キフィナスです。
あれ、ひょっとしてダメージありますか。大丈夫かな……。ええと、メリー。回復魔法を──、
「治療の杖が使えますっ♪」
「ぐえっ」
そう言うや否や、強引に割り込むように入ってきた宗教の人が、杖の石突の部分でアネットさんの胸を小突いた。
その後、まるでアリバイを整えるようにぽわわ、という暖かな光が出る。躊躇いのない暴力とのミスマッチが酷い。
「小さな痛みを与えて、大きな痛みごと消してあげるんですよ♪」
一見もっともらしく聞こえるが、その手口にどこか悪質さを感じるのは僕だけなのだろうか。
「はーい。痛いところありませんかー?」
「あ、ああ……。別に、だいじょぶだが」
「愛の奇跡ですねっ♪」
僕は訝しんだ。
・・・
・・
・
色とりどりの花畑と、陽の差す木陰。
牧歌的な森の風景が辺りに広がっている。
周囲に敵の気配もない。ここは《休憩地点》だろう。
「さて、アイリ女史の用事は終わったことだし、後は引き返すだけ──」
……ああ、やっぱり今日のアネットさんおかしいな……。
入り口に繋がっていた断崖、既に破壊されているのにどうやって帰るつもりなんだろう……。
「アネットさん……」
「ちがっ、ちょ、ちょっと間違えただけだよ!? おい! なんだその悲しげな゛目っ!!」
「いいんです。いいんですよアネットさん……。大きな決断を前にして、気が気じゃないんですよね? 僕は、あなたを笑ったりしない。絶対に」
「いっそ笑ってくれよ!? ただちょっと間違えただけなんだってう゛ぁ!!」
……今のアネットさんに一桁の足し算以上の何かを求めるべきじゃないな、これは。
あー、アネットさーん? あそこ、きれーなお花が咲いてますよー? ほらー、ちょっと摘んでみたらどうですかー?
「今日のきみ本当になんなの!? 純粋な善意がムカつくって生まれて初めての経験なん゛ッだけどっ!?」
僕は、今のアネットさんに比べれば、まだギリギリ、かろうじて論理的思考ができる側だと……思われる?宗教のひとに現状を伝える。
「入り口に戻ることが出来ない以上、コアを破壊するしか脱出はできません」
「こあ? それは、愛に関係しますか?」
あっダメっぽい。
僕はアネットさんと宗教の人とメリーをそれぞれ見比べた。
そこの木にひっついてるカブトムシの方がまだ賢そうだった。
……とはいえ、今の状況を説明をしないのは問題だろう。
そこの頭カブトムシ以下のせいで、僕らはだいぶまずい状況になってる。
そしてダンジョン慣れしてない二人は、そのまずさを認識していない節がある。
それを隠すこともできるけれど……それはいざという時があったら困るし、何より誠実ではないだろう。
僕にだって罪悪感のひとつやふたつはあるのだ。
説明をしよう。
「ええと。もうあの出口には戻れませんよね。だから別の出口を探す必要がありますが──よほど大きいダンジョンならばともかく、多くのダンジョンには入り口が一箇所しかありません」
「そうなのですね」
「そうなると、このダンジョンを破壊することで脱出するしかなくなります。……ごめんなさいね」
「なぜ謝るのです? こんなに早く、それも沢山、薬草は回収できましたよ?」
……僕は、宗教のひとにそこそこ痛い目を見てもらって、二度と僕を通じてメリーに頼みごとなんてさせないってつもりでダンジョンに来てもらうつもりだった。
《サキュバスの巣》のランクはBだけど、行って戻ってするくらいならそこまで大きな問題にはならない。
一般人でも知れる程度に採取資源の情報が広まってるダンジョンの難易度なんて、鑑定で表示されるランクよりもずっと安全なものだ。
しかし、このダンジョンは今の今まで攻略されてこなかった。
有用な資源が回収できるが故に保護されていたわけじゃない。攻略のリターンがワリに合わないと断念されていたものだ。
そういうダンジョンは、得てして凶悪なトラップがあったり、やたら敵が強かったりする。
僕は、二度と僕らに頼るようなマネをしないように、彼女をそこそこビビらせたかった。
だけどあくまで、それは『そこそこ』に収まる範囲であって。
いくらなんでも素人に最後まで冒険に同行させる気は最初からなかったわけで……。
「今から僕たちは、かなり危ない思いをすることになります」
「? はい。その覚悟は、最初からしてますよ?」
きょとん、とした態度をする宗教のひと。
彼女の真意は読めない。まるで当たり前のことだ、と思っているようだ。
いや、まあ……。それなら、いいんですけども……。
「アネットさんも、わざわざ付き合わせてごめんなさい。ちゃんも断るべきでした」
「いや、気にするな。困っている市民がいたら、助けるのがわたしの──デロル憲兵隊の役割だからな。正直、君たちの噛み合ってなさって端から見ててヤバいぞ」
あ、やっぱり?
僕もそう思って──、
「わたくしは、愛のひとと仲良しさんですよ?」
その距離の詰め方がもはや怖い。怖い。怖いです。
指先で背をくすぐらないでください。
僕はあなたと仲良しさんになったつもりはないです。なんかもう同じ種族だとちょっと思えない。
「落ちつけキフィナスくん。アイリ女史は悪い人では……た、多分。ない」
「はい。愛が大好きです♪」
「絶対悪い人ですよ! 愛を自薦するとかやばいでしょ!」
「うむ……、やっぱり、わたしが手を貸さねばなるまいという決意は正しかったと見えるな」
「はあ……」
……あれ? うーん、なんか話をしたら余計に罪悪感が膨らんだような。
僕は一応、形だけでも、たとえ相手が生返事であっても、了解を得ることで罪悪感を減らすつもりだったんだけど。
なんかちょっと、逆に重くなった気がするぞ?
いや、しかし考えろ。
とっととダンジョン踏破して、その間にお二人が痛くも怖くもなかったなら、僕が罪悪感を感じることもない。
いやむしろその方が精神的にマウントが取れるな。更に言うと相手が気づかないというのが最高だ。
「ここは安全なようですが、そろそろ行きましょう。このままだと日が暮れる。少しでも早く、帰ってあげた方がいいですよね」
頭の中で良識に基づいた計算を終え、僕は先を急ぐことにした。
ダンジョン攻略に積極的な僕を見て、メリーのテンションが目に見えて上がっている。
ウキウキしてるとこ悪いけど、間違っても君のためじゃないからね。




