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愛にできることってそこまで多くないと思う


「愛ですねっ♪」


 そのセリフは二回目だった。


 愛。愛ってなんだ。ためらいなくカウンターに突進をしてきて、いきなり何を言うんだこの人は……?


 僕はじろじろとその人を観察する。上から下まで、視線を無遠慮に投げつける。

 視線運びひとつでも相手の機嫌を上げたり下げたりできるものだけど、とりあえず今はお構いなしだ。

 未鑑定:人物名不審者って感じだもん。


「視線に愛を感じますわっ♪」


「そんなものはないです」


 修道服に身を包んだ女性。顔立ちは整ってる。ベールみたいな頭巾から覗く髪は薄い桃色。

 表情は明るい。にこにことした笑顔には一切の屈託を感じない。同じ笑顔なのに僕には絶対できない表情だと思わせる。

 抱えているメリーと比較すると、体型はなんていうか、女性的な感じ。出るとこがそこそこ出て、お腹は引っ込んでる。改めてメリーってうっすい貧相な体してあぎっ。

 ……僕は、メリーにも同じだけ視線を向けた。理由は、僕の首を掴んでそっちに向かされたからだ。折れるかと思った。


「めりを。みる」


「首が痛いよメリー」


「愛を感じますっ!」


「やっぱキフィナスさんDラン万年薬草野郎のくせに反応凄いな……」


 この反応。物理的には近くにいるはずなのに、僕はなぜか、孤独を感じた。

 全員が全員見事にバラバラだ。三歳児の落書きだってもう少し統一感ある。


「そこの愛の人!」


 どこの愛の人だろう。あ、ひょっとして呼ばれてるんじゃないですかレベッカさん?


「見るからにアンタに向けて話してるでしょ、そこのイノシシみたいなシスターさん」


「いやー? 僕じゃない可能性は否定できませんよ。つまりレベッカさんかもしれないわけです。となると、レベッカさんなのでは?」


「適当ぬかすのやめろ」


「そこの愛の人!!」


「めり。あい?」


「ははは。ゴリゴリ痛めつけてくる子が愛の人って笑えるね」


「あい」


「そこの愛の人っ!!!」


 これ僕が名乗り出ないといけないのかな?


「……あー。まさかとは思いますけど。……僕のこと言ってます?」


「はいっ♪」


 花咲くような笑みだった。

 こういう笑顔の直後ってろくでもないことがよく起こるんだよな。僕は警戒を強め──。


「愛の人を見込んで、お頼みしたいことがあるのですっ♪」


 いや。

 ……裏引(うらひ)きだろそれ。


「……あのー。レベッカさん?」


「あたまいたい……」


「あのー。あのーー。頭おさえてないで見てくださいよこれ。このひと。裏引きですよ裏引き。こんな目の前でギルド通さない依頼ですよ」


「おい冒険者(ごろつき)語やめろ……やめなさい。やめてください」


「あのひと喧嘩売ってるんじゃないですかね? カウンターもひしゃげてますし」


「誰かとぶつかり合うなんてっ! そんな愛のないこと、わたくし。したりしませんわ?」


「ああああたま、あたまいたい……」


「薬草いります?」


「ああこれはどうもありがとうございます。薬草ってばーこうして食べると頭痛にもスッと──効きませんよ!! 痛みの元はアンタらなんですから!!」


「まあ! なんてことでしょう……。ですが安心してくださいっ。愛は千の薬よりも強いのです♪」


「愛の力で壊れた机も直してもらえませんかねえ!?」


「れべか。うるさい」


「はっ──!め、メリスさんに醜態を見せるつもりは!? ああ怒ってますか怒ってますよねごめんなさい何とぞ怒りを静めて──」


「別にメリーは怒ってないですよ?」


 あれぇ? レベッカさんってばそんなこともわからないんですぅ? 僕の方が遙かにメリーと仲良しなのはこれで確定したなぁーー。

 僕はドヤ顔で指摘した。

 レベッカさんは怒った。





「……はあー。あたまいたい。そこのシスターさん? 基本的に、依頼はウチら、冒険者ギルドを通してもらわないといけません。なぜかわかりますか?」


「はいっ♪ わかりません!」


 すごい返事がいいな。


「……それはですね──」


「ギルドは仲介料で食べているのでー。直接交渉されるとそれが減るんですよー」


「適当なことを吹き込むのやめろ!」


 適当なことじゃなくて事実でしょう。採算を考えない慈善事業をしてるかって言ったらそんなことはないんだから。

 別に僕はそれが悪いとは思ってない。事業を継続させるのに、このお金とかいう金属片は重要なものだからだ。


「ちょっと黙ってろくださいねキフィナスさん。メリスさんとイチャイチャしてやがれです。いややっぱすんな」


 イチャイチャはしてないよね、メリー。


「してない?」


 してないと思うけど。

 普通にいつも通りじゃない? だいたいイチャイチャって何。


「しらない」


 僕も知らない。

 それにしてもメリーの髪はふわふわだね。触るね。


「ん」


 ふわふわ。ふわふわ。はぁー落ち着く……。


「まつたり」


「かわいいかわいいメリスさんとイチャつきやがって……。あの男の発言は忘れてくださいね。いいですか?

冒険者ギルドを通さないと、依頼者も受託者も、お互いに責任が取れないからです。報酬で揉めることが一番多いんですよ」


「まあ! それは大変なのですね」


「そう。大変なんですよ。それと、今から依頼するって人に説明するのはちょっと気を悪くするかもしれませんけど、ウチは依頼者がどんな人なのか調査をします。支払い能力があるのか、とか。反社会的勢力との繋がりがないか、とか。中には冒険者を狙って罠にかけようとする悪人なんかもいるんですから」


「はあー。とっても働きものさんなのですね。愛を感じますっ♪」


「聞いてますか? キフィナスさん」


「聞いてますよー。携帯食なら、僕は蜂蜜漬けのナッツが好きですねーー」


「聞いてないなコイツ!? アンタがウチを通さないで依頼受けてるのなんてここの職員みんな知ってるんですよ!!」


「へえ。あ、薬草やります」


「この流れで!? ホントなんで頑なに薬草しか受けないかなあ!?」


 ここで成果を上げることが僕の勝利条件にいっさい関わらないからですね。


「……はあー。ほんっとあたまいたい。とにかくですね。冒険者ギルドと依頼について、わかってもらえました?」


「はいっ。冒険者ギルドの役割は理解しました。みなさまが愛を持ち、愛ある社会のために働いていることも。とてもとても素敵なことですわ♪」


 それはどうかなぁ。


「それを踏まえて──愛の人にお頼みしたいことがあるんです♪」


 あ。人の話聞かないタイプの人だこれ。



・・・

・・



「でてけっ! ……塩持ってきて塩!」


 僕たちはレベッカさんに追い出された。

 まあ、薬草依頼は既に受託済なので僕としてはあまり問題がない。レベッカさんとの仲は既に修復不可能なほどにこじれているしね。


「そでもない。きふぃは、いいこ」


 メリーはいつも僕を不当に高く評価してくれるけど、まあ無理じゃないかな。

 冒険者ギルドで評価を上げても苦労がかさむだけだしね。

 真面目で勤勉な、素晴らしい冒険者ギルド受付嬢さんの職務は、僕の勝利条件とは一切被らない。メリーと仲良くしてくれるし、レベッカさんの人柄は決して嫌いじゃないけど、仲良くできる相手じゃないと思うよ。


「まあいいや。それよりそこの人、早く厄介ごとの話してください。精一杯聞いたふりをさせてもらいますから」


 僕はメリーのおなかをわしゃわしゃと撫でくり回しつつ、宗教のひとの話を聞き流すことにした。


「はあい。あ、名乗るの忘れていました。わたくし、アイリーンと申します」


「はあ」


「お名前はなんですか?」


 僕は聞き流す。


「お名前はなんですか?」


「は──」


 ──うわ近い。

 まつげが触れるくらいの距離で、僕をじっと見つめてきた。

 ……流石にこの距離で無視はできないか。


「……僕はキフィナスで、こっちの子がメリーです」


「て。とまてる」


「はいはい。よーしよしよーーし」


「愛の営みですねっ。愛があふれてたまらないのですねっ♪」


 違いますけど。往来で大声で何を言うんだ。ザワついてるぞ周囲。


「そんな愛の行き場に困っているあなたに、わたくしを愛する権利を差し上げたいのです」


「困ってないしそんな権利はいらないです」


「しかーしっ。権利を得るためには、義務を果たさねばなりませんね?」


「いらないって言ってるんですけどー」


「というわけで、わたくしととある迷宮に潜ってください。回復魔法が使えますっ。いつでもどこでも癒してさしあげますよ♪」


「僕は迷宮は──」


「ぴぴぴぴーっ! そこの一団、止まりなさーいっ!」


「あっすみません僕は悪くなくて今この女の人に絡まれてるんですけど──」


 あっ。

 本官さんだ。


「うわ。騒ぎになってると思ったら、またキフィナスくんかよ……」


「お仕事お疲れさまです。さっきぶりですね、本官さん」


「愛の人は、こちらの公僕の方とお知り合いですかぁ?」


 公僕の方って。

 僕と違って悪気ゼロで言ってるぞこの人。


「……あ゛ー。本官キフィナスくんに聞きたいこといっぱいあるんだがー……、とりあえず、その、なんだ。そこの……スリットの切れ込みがえぐい聖職者の女性は、その、君のいつもの、交友関係の……、アレか」


「見ず知らずの他人です」


「今から親しくなるところですっ♪」


 本官さんは僕とアイリーンさんを交互に見て、アイリーンさんに向き直った。

 どちらを諭すべきなのか察してくれたらしい。


「困りますよ、シスター。町の往来で、《回復魔法》が使えるなどと……」


 ん?

 回復魔法の何が問題なんだろ?


「えっ。その……、き、キフィナスくんは知ってるだろ……? この辺りの町中で、『回復魔法』『癒す』って言ったら、そういう……」


 どういう?


「きみ゛な! わたしを羞恥ッ……えっマジで知らない目。なんで妙なところでピュアなんだこの子……」


「公僕の方が敏感すぎるのではないですか?」


 アイリーンさんが指摘すると、本官さんは顔を真っ赤にして、短い手足をばたばたとさせ慌てだした。


「なっ、な゛、なあっ!? わ、わ、わ゛たっ、ほぁ、本官がえっちだと言うのかぁ!?」 


「言ってないですけど」


「か、カウンター破廉恥は反則技なんだぞっ!! 風紀紊乱(ふーきびんらん)を正すのも本官たちの役目だ! けっして本官サイドに責任があるものではないっ!!」


風紀糜爛(ふうきびらん)ですねっ♪」


「ただれてな゛いっ!! ただすの゛っ!」


「人集まってきてますけどー。これ大丈夫ですか?」


「こ、ここは本官っ、アネット・マオーリアが預かる! ち、散れッ!散れーッ!」


 本官さんは民衆に向けて解散命令を出した。野次馬の波が引いていく。


「と、とと、といっ、というかっ! キフィナスくん!? きみ、メリスちゃんに何してるんだ!?」


「え? ああ。おなか撫でてますけど。それが何か?」


「なにか!? メリスちゃん、君それでいいのか!?」


「きふぃ。よい。もっとする」


「そうだ……このペア、メリスちゃんは別にストッパーにはならないんだ……。ええい、と、とにかく! 場所を移して事情を聞くからなっ!」


 僕たちは憲兵さんに連れられることになった。

 専門用語で言うところの、『ちょっとこっち来てもらえる?』である。

 ついさっき連行されたばかりなんだけど。またなんとも忙しいな……。

 憲兵のお仕事って大変ですね。


「ホントだよ!!!!!!」



・・・

・・



 僕はここに来るのすごく慣れてる。

 今日も交番に詰めてる憲兵さんに『またか?』って尋ねられた。

 はい。またです。また尋問室です。


「わたくしに尋問をなさるのですか?」


「だからここは尋問室じゃね゛ーって言ってるだろっ! 風聞が悪いっ!!」


「え、でもほら、これどう見ても尋問室でしょ」


 この血の痕を拭ったやつとか絶対拷問の痕跡でしょ。怖……。


「ついこないだ両手なくした冒険者に話を聞くことになったからだよ!!」


 やっぱり犯人に口を割らせるための場所じゃないですか。


「犯罪者であっても人道的な取り扱いは保障されてるの! ほんとに話聞いただけだし、別に音が漏れないとかそんなコトないんだよ! わたっ、本官の声も同僚に丸ぎこえだっての!!」


「僕は非人道的な尋問には屈しませんよ」


「めり。まけない」


「まあ! 愛とは時に罪深いものなのですね?」


「ほんと話ややこしくするなオ゛マエ! メリスちゃんも座って! ほんとに大丈夫だから!!」


 いや、これくらい予防線張っておいた方がいいかなって。

 ここで何かしたら隣にいる憲兵さんたちに即気づかれる、って情報はそこの宗教の人も知っておくべきですしね。


「君の予防線の張り方はちょっと病的なんだよなぁ……。あー、おほん。本官は、オマエたちを害することはない。ここでゆっくり、話をしてくれ。ただし、オマエたちが自傷他害行為に走った場合は話は別だぞ。その時は全力で止めさせてもらう」


「メリーが暴れてもですか?」


「とっ……止めるよ!」


「あばれる?」


「ひっ!」


「暴れないでねメリー。ただの例えだから」


 本官さんをからかって遊ぶのもこれくらいにしておこう。

 彼女は完全な善意からこの場を用意してくれた。

 正直なところ完全に究極的にありがた迷惑なので軽い嫌がらせをする権利くらいはあると思ったからそれを行使したけど、これ以上はその範囲を超えてしまうだろう。


「はぁー……。不本意ですけど。不本意ですけど、話を聞くだけ聞きますよ、宗教のひと」


「アイリーンです。アイリ、と呼んでください♪」


「宗教のひと」


「アイリですっ♪」


「宗教のひと」


「アイリですっ♪」


「宗教の──」


「君たち譲りなさいよ」


 そこから、僕らの会話の噛み合わなさを見るに見かねた本官さんが、僕と宗教のひととの仲介をしてくれた。

 本官さんはコミュ力が高い。



 なんでも、彼女は救貧院に勤めており、そこの子どものうち一人が病気で倒れたため、特別な薬草を回収する必要があるのだという。

 冒険者ギルドを通さなかった理由は施設の資金難だ。とあるダンジョンに自生しているが、依頼を出すとなると銀貨8枚はかかるだろう。

 その上急ぎ必要なものなので、ギルドを通すと手続きに時間がかかる。特急指定なら尚更金がかかることになるだろう。

 僕がアイリーンさんの立場なら、裏引きを選ぶのは当然と言えた。


 更に付け加えるなら、採ってくる場所も問題だ。

 その草はダンジョンに生えており、まさしくその名前は──。


「《サキュバスの巣》ぅっ!?」


 この辺りで有名な、厄介なダンジョンだった。



「……はっ!! カウンターの修理費もらうの忘れてた!?」





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《回復魔法》

回復魔法という語について、この世界の一部では偏見がある。

というのも、《癒す》という単語が風俗営業の隠語に用いられるためである。


私娼は、迷宮都市では主に治安の問題と疫病防止のために取り締まりの対象となっている。

そのため、呼び込む側にも工夫があり「《回復魔法》のテスト」などという触れ込みで活動している。


個人の能力が《スキル》《ステータス》に規定された世界において、持たざるものが金銭を得る手段は、そう多くはない。

そのため、風俗営業の取り締まりもまた局外者と同じく、善意ある怠惰さによって見て見ぬふりをされることも多い……のだが、街中で騒ぎになれば、当然こうして捕まえざるを得ないのである。


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