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多事多難/ワンダリング・ブギーマン


 人手が欲しい。

 切実に欲しい。

 なお、ここでいう人手とは、訓練なしに配置しても問題なく使える程度の能力があるとする。


「あいつら全員送り返したい……!」


 宿屋の一室。

 日課であるトレーニングを終えながら、黒騎士様たちの使えなさを僕は嘆いた。

 酷かった。ほんと酷かった。開けた通路でへたり込んで休憩始めたときには死にたいのか!?って大声が出たくらいだ。 

 なんで主人となるステラ様たちが君らを護衛しなきゃいけないんだよ。おまえらちょっと怪我とかしてく?って僕の中の理性が囁いてたよね。理性の側が暴力による統制を訴えてくるの。流石にそれやったら人として終わりだと思うからやらないけど。やらないけどさあ……!


 それに、こいつらが全員ただの落伍者ってんならそれでいいんだけど……家の跡取りだったりすると、下手な対応は厄介さが跳ね上がることになる。

 それに、ウチの内情を探ろうと送り込まれた手合いである可能性だってあるからな。まあ、少なくともダンジョン探索という面では演技とかでなくゴミのゴミだったし、そもそも探られて痛い腹は別にないけどさ。何なら財務情報を公開することくらいは検討してるし。もちろん、これは公開した方がこの迷宮都市にどれだけの力があるか示しやすいって算段によるものだ。だから、間諜スパイはそこまで困らない。

 ロールレア家の特殊事情として、旧王都の一件で姻戚親族の多くが断絶したり親交を絶ったり前領主様が領地の外で誰とどういう関係を築いていたかも謎なので(どういうこと?)外交の窓って観点から、隣領みたいに余計なことをしないなら居てもらって全然構わないです。適当に寛いでいいよ。


 それはそれとして。問題はそっちじゃないとして。

 ほんと、黒騎士ってびっくりするほど動けねえのな……!


「きふぃ。まじめ。よい。よいこ」


「なんだいメリー。あの、手を頭に置くのやめてね。まだ考え事をしなきゃいけないから。シェイクされると意識飛んじゃうから。手を。下ろして。うん。いい子だ。そして付け加えると、今の君の言葉は僕を幸福にはしない。まったく幸福にしてくれない。褒め言葉ではないね。むしろ煽りだ。煽りに違いない。そうだろ? 僕はね、君も知ってるだろうけど、不真面目でいたいんだよ。難しいことを考えるのは誰かに任せたい。責任は負いたくないし、余計な汗をかきたくない。残業だって勿論イヤだ。

 だからってヒマすぎるのも退屈だから、ほどほどの範囲で仕事をしたい。理想は『周囲からは大した仕事をしているように見える、大したことない仕事を程々にこなす』だね。40%くらいの力で生きていきたい。春の日向のようなヌルい生き方をしたい。適当なことばっかり口にして、それから綺麗な景色を見て、誰かと一緒にのんびりしたい。

 これぜーんぶ素直な気持ちだけど、そんな人間は間違っても真面目じゃないでしょ。僕が仮に真面目に見えるとしたらね、そうならざるを得ない状況が悪いんだよ……!!」


 あいつらを客将にするとか論外なんだけど、面倒なことに身分制度ってのがあるってのが何ともなあ……!

 表立って貴族としての振る舞いはできない──それをやれば家同士のトラブルにまで発展させることができる。ロールレア家の方が一方的に優位な状況で。黒騎士を名乗るようなアホは大抵目的意識とかなくただモラトリアムを謳歌したいだけなので、これまで領主館に来るようなマネはしてなかった──としても、貴種の血を引いているという虚栄プライドは全身にこびり付いたままだ。使用人寮に入居させたらトラブルになるのが目に見えてる。

 で、人間関係の問題が発生すると僕では解決不可能だ。一時的な措置として来賓用の館にぶち込んでいるけど、そこで喧嘩してたらどうしようね……。ビリーさんには接遇パーラー担当の中から忍耐強い人を選んでもらっているけどさ……。


「あいつらから騎士団長を選ぶのはまず能力的に無理。その一方で、あいつらを抱える以上、騎士団長にはそれなりの家格や力が必要……」


 冒険者ギルドと話をしてしまった以上は、安易に不採用通知を出せないというのも厄介だ。

 結局のところ、どれだけ人数が集まるのかはこちらからは読めないし、門前払いをするのは悪評に繋がる。人員を送り出す方のノルマが達成できるかも怪しいのだ。……その上で、旧王都なんて死地に送るんだから、できる限り戦えるようにはしないといけない。


「まず、教官をやれる人がいない。いや、教官じゃなくて最悪先導だけでもいいんだけど……。なまじ人数が多いと、一人一人の気が弛む。そして恐怖が伝播する速度は数が多いほど早い……」


 ステラ様やシアさんが騎士団とかいうお遊びにかまけていられるほど、領主の仕事は暇じゃない。

 定常業務だけならともかくとして、空っぽの棺を埋葬するとかいうクソめんどくさい儀式のために、日中はそっちにもリソースを振らないといけない。なんか知らんけど祖霊を軽んじるのはマナー違反らしく、貴族の相手は同じ貴族がやらないと不興を買う。

 冒険者や商人のように、貴族もまた、貴族の中で世界を作っている。

 そして、黒騎士様もその感覚が抜けていない。何なら『平民相手であっても寛大にも対応してやる自分カッコいい』みたいな意識が透けて見えていたりする。……ま、僕はこの髪だから、基本的にいないものとして扱われていたけどね。


 僕はため息を三回連続で吐いた。

 12人の黒騎士様連中の実家を割り出し連絡し、葬儀を口実に呼び寄せて、その時に旧王都侵攻への意思確認して……ああもう!並べただけで面倒だな!

 そこに定常業務と自殺志願者じみたド素人の指導までやらないといけないの!? 特に後者! 後者後者後者!!



「あああああ……!! 僕は大したことなさそうに見える大変やっかいな仕事をさせられている……っ!」



 理想の働き方と真逆だ……!



・・・

・・



 あれから三日経った。

 状況は改善しておらず、何なら更に悪化した。


 まず採用希望者ぎせいしゃが来ない。

 そして、黒騎士様たちがサボりを覚えやがった。


 口の滑りをよくするために、まだ試用期間だからと断った上で、前金として給与を出した。

 それぞれに尾行させて、遊び先で実家の情報を落とすのを期待してたのである。貴族の膝元の『遊び先』なんて息かかってるに決まってるじゃんね? おかげで8人の身元は割れた。王都の法衣貴族の子が7名と、北の方の、パイソランディアとかいう穀物と酒で商売やってる領地の側室の子が1名。その日の内に手紙を書いて、領内の駅家うまやで早馬速達便を送った。王都宛ての方はもう届いているかもしれない。

 残り4人は屋敷を出なかったので、使用人に相手をして貰ってる。情報盗んだら賞与を出すって言ったら──シアさんには『信頼や忠誠を金銭で買うべきではない』ってお小言を言われた。けどお金出さないのは逆に不健全だと思うよ?──喜んでやってくれた。いや、まあ、ビリーさんを経由してるんだけど。


 だから、まあ、その結果なのだろうとは思う。選択には結果が付きまとうのだ。

 だとは思うんだけどさぁ……。


「ダンジョンは毎日探索するものではない」じゃねーんですよ。余計な浅知恵を付けやがってさあ!

 ダンジョンの魔力酔いは場数踏まなきゃ慣れないの。いやまあ僕は慣れてないけど……、高ランクダンジョンは大気中の魔力中毒で痙攣したりするし、そこで動けないとすぐに死ぬ。知性があるタイプの魔獣は入り口付近に潜伏して出待ちするからな。次元の歪みに入って即動けないと無防備なまま攻撃を喰らうことになる。

 要は、少しでも適応を稼げってこと。死地に慣れろってこと。


 騎士団という軍事組織を備える以上、旧王都の攻略まで視野に入れている、って話は最初にしたはずなんだけどなぁ……。

 一向に他の人が来ないのもこいつらがサボる原因である。困る。自分たちに価値があると錯覚するだろ……!


「はあ……」


 僕は目の前の惨状にため息を吐いた。

 結局のところ、やる気がない相手を動かすことはできないわけで……。

 いま中庭には、僕とメリーと全身甲冑の人(まるで喋らない。貸し与えた部屋でさえ甲冑を脱がない。ダンジョンの気温で蒸し焼きになったり皮膚に癒着したりするから重装備可になる適応してねえなら止めろって言ってるのに。騎士というか不審者だ)しかいないのだ。


「……訓練。します?」


 甲冑は首を横に振った。

 クズがよ。

 ……あっ、こら! メリー真似しない! クズバカが感染るよ!





 ……はあ。僕は今日だけで何度目になるかわからないため息を吐いた。このままだと口癖が『やれやれ』になるぞ? ……嫌だな。普通に嫌だ。

 教官できる人が欲しい。切実に。

 はっきり言って、僕らには威厳とかそういうものが欠けている。


 実家が太くてあいつらと対等にやり取りでき、かつ意志疎通がしっかりしている人とか。

 あるいは、身分差とか気にせず、多少の暴力を振るってでも言うことを聞かせる人とか。

 ……僕の狭い狭い交友関係の内にも、何人かの顔が浮かんだのだが。


「アネットさんは長期休暇を使ったねえ。ちょっと思い詰めてた様子だけど……まあ、色々あるんだろうね」

「師匠なら、多分しばらく帰ってこないぞ。オレを半殺しにしたから。いつもそうなんだ」


 どうも、結構忙しいらしい。

 んー……本官さんはともかく、もう一人は騎士団長とかいう外れポジションに迎え入れても心とか痛まないんだけどな。


 講習会とかやってるギルドの力に頼る、かなぁ。まず誰も来てないことに文句を付けつつ方針を転換するのを検討しないとならない。

 まあ、どこかでリターン作らないとだけど……。



「……本部長グラマスが暗殺された!? 王都どうなってんですか!?」



 王都ギルド職員の黒制服相手に、レベッカさんが叫んでいるとこに遭遇してしまった。 

 ……ふーん。死んだんだ、あの人。ま、色々と後ろ暗いことしてたしね。


「ウチの長も代表選挙出さないといけないですか? 情勢的に選挙は後回しにしますよね? ……代行も殺された!? どうするんですか色々と……! あ! レイラ窓口お願い!」


了解リョーカイしましたぁ! あ、キフィナスさんが来てるみたいですよ?」


「今あんなのに構ってられない! レイラも絡まれたら適当なとこで切り上げて! 担当者がいないで全部流して!」


「聞こえてますけど」


 うん。誰も彼も忙しそうだ。僕は思わず笑顔になった。


「先輩。邪悪な笑み浮かべてますけど……」


「いいから……! バックヤードには近づけさせないでね……!!」


 こういうとき世界との繋がりを感じるよな。僕はひとりじゃなかった。

 なんていうか。僕が苦しむ分くらいでいいから、他の人らにも当然苦しんでほしい。痛みは分かち合うべきだ。

 平等に公平に分けたあと、みんなで同病を相哀れもう。そうなると多分、世界はちょっとだけ優しくなる。

 それがまあ、今の僕の素直な気持ちだよね。


「薄気味悪いニヤケ面が……」

「莫迦、あれと目を合わせるな……! 破滅させられるぞ……!」


 あ? なんだ? あんたらにも苦しみのお裾分けをしてやろうか?

 僕がカツンと音高く靴を鳴らすとガラの悪い冒険者どもは一斉に目を逸らした。




 ……ん? あれ?

 もしかして、騎士団の志望者いないのこういうことやってるからか?

 帰り道、むしろ問題が一切解決しないことに気が付いて、僕は大きくため息を吐いた。



* * *

* *

*



 自分が産まれた日のことをセツナはよく覚えていない。

 自分が過ごした郷の日々をセツナはよく覚えていない。

 それは、さして重要なことではない。


 霧霞きりがすもやかかる記憶は、すべてが霜露そうろのように不鮮明で曖昧だ。

 しかし、ある一瞬を境に、鮮明に刻まれる転換点がある。


 大蜥蜴の生贄として養育され、その役目を全うしようとしたその刹那に降った一筋の雷光と、泣きそうな顔をした少年と。

 ──そして、そんな彼を叱責した、どこまでも愚かな娘と。


 あの日より以前の記憶は、どれもこれも、自分の記憶ではないように薄ぼけている。

 きっとセツナはあの日に生まれたのだ。




 一閃は夜霧を裂いた。


「ま、待て、何が望みだ!? かッ金ッ!金ならいくらでも──」

「ここで死ね。それが望みだ」


 命乞いを口にした時点で、男の全身は斬り終えている。ブロック状に斬られた肉塊が、ぼろぼろと路上に崩れ落ちた。

 はて。只今斬って裂いた男は──誰だ? セツナは死体の顔を眺めながらふと疑問を覚え、特に心当たりがなく考えるのを止めた。

 手入れされた武具を備えた護衛を並べていたので、殺していい奴であることは間違いない。そいつらも、一合保たず斬り伏せたが。


 都の連中を上から順に殺す。

 命令を発する頭を先に殺す。

 げ替わればそいつを殺す。


 最初にあの糞狸を殺したのは我ながら冴えていた。

 あれを殺したお陰で、殺すべき相手が一目で分かるようになった。

 ──護衛を連れた者を纏めて殺せばよい。

 セツナは賢かった。



 王都タイレリアは帰ってきた暗殺者を噂している。

 今晩は、あとどれだけ殺そうか?


 眠らない王都、街灯が喧しく輝く大通り。

 血濡れの木棒で石畳に赤い線を引きながら、セツナはゆっくりと通りを歩く。

 他に人通りはない。立ち並ぶ家々は、蝋燭の火まで消して静まり返っている。

 都市は眠らず、人々は怯え竦んでいる。



 憲兵隊の連中は、一人か二人か殺したら動かなくなった。給金が安い為だろう。

 近衛騎士どもは、集団で掛かられると厄介だ。だが、護衛をしていた一人は殺した。一人二人であれば問題なく殺せる。それから、光のはいずれ殺す。

 冒険者はどいつもこいつも貧弱だ。同業狩りが何グループかセツナを狙いに来たが、いずれも首と胴体を離してやった。


 セツナには暴力がある。

 それを厭うことは知っている。

 それでも、セツナには暴力しかない。


 ──闇に融ける黒檀の杭が、無防備に歩くセツナの脳天めがけて四方より飛来した。

 音を置き去りにしたそれを、手にした木棒で難なく斬って捨てる。



「ようやく来たか。雨女」


 返答は杭の雨であった。


 人間大の大きさの杭が、何千何万と、路上一帯を隙間無く埋めるように降り注ぎ、石畳に大穴を開けていく。セツナは瞬間、間隙を縫った。

 杭の一本一本にワイヤーと夥しい数の小型爆弾が括り付けられており、それらは一斉に爆発する。セツナは地を蹴り爆風を避けた。

 それは焼夷弾であった。

 王都の大通りは、突如として火の海と化した。


 セツナの黒髪と紅白の装束が、炎の中で舞い踊る。


「くだらん」


 燃え盛る炎が、長袴の先をちりと焼いた。

 リリ・グレプヴァインの三手を、セツナは足運びひとつで容易くくぐり抜けた。



「遺言を訊いてやる、と言ったのだ。我と貴様の仲だからなァ?」


 虚空に向かってセツナは語り掛ける。



「個人の暴力行為によって、国体が変動することは。あってはならない」


 火の海の先。人影。声の方向にセツナは木棒を振るう。

 空間を斬って無間と為し、致命の刃が十尺の遙か先へ飛ぶ。


「取った!」


 一撃で首を刈った。

 しかし、それは見ず知らずの何者かであった。


「ちッ。くだらん手妻よ」


 幻術の類だろう。セツナの剣は、たとい実体のない相手をも斬ることができる必殺の魔剣だ。

 それを避けるために、他者を身代わりとして命に保険を掛けたというわけだ。


 だからどうした? 全部殺せば、打ち止めになる。



「──この国に、ブギーマンは必要ない。ここで退場してもらおう。人斬りセツナ」



「死ぬのは貴様だ雨女ッ!」




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