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運命分岐点β



 ……オークションはつつがなく、僕がひっそり望んでいたトラブルも発生せずに終了した。一切の脈絡のない唐突すぎる殺戮者セツナさんの登場みたいな展開で全部うやむやになれ、みたいな絶望的観測は見事に裏切られたってワケだね。

 いやまあ、実際発生したらしたで大変困ることになるけどさ。この屋敷で刃傷沙汰とか絶対止めなきゃいけないけどさ。だけど、めんどうな現実よりももっと面倒で破滅的な空想に耽る気持ちを誰か、誰でもいいから理解してほしい。


「わかる」


「何がだいメリー。相手のことを見ていない適当な同意はよくないっていつも言ってるだろ」


 君にわかるわけないだろ。むしろ怖いわ。無言で破滅的空想に耽ってる幼なじみイヤすぎるだろ。

 適当な相槌を雑によこしたメリーの髪の毛を雑にわしゃわしゃやりつつ、僕は雑な現実逃避から復帰した。むしろ現在の方がまだ遙かにマシで、そのお陰で逃避を適当なところで妄想を切り上げられる。



 ──冷静に。勝利条件を整理しよう。

 僕の勝利条件は、危なっかしい上司様を危険から遠ざけることにある。

 メリーを狙ったあの連中なら、ステラ様たちを狙わないとも限らない。

 身内枠に入ることが逆に危険を招くんじゃないかと僕は危惧している。


 そして上司様の勝利条件はと言えば、世界の崩壊だかいうのを止めることだ。

 僕にはわからない感覚なんだけど、それが起きるのを半ば確信してるらしい。

 魔人とかいうよくわからない地底生物の言葉ってそもそも信じるに値するか? ……って話とか、あると思うんだけどね。遺言を尊重しようって姿勢には正面から否とは言いづらいよ。


 僕としちゃ哲学者たちとかいう集団に近づけるわけにはいかない。ってのにステラ様は連中を動かす布石を打ってきた。布石と言うには何とも雑で、大岩を静かな小池に投げ込むみたいな具合になってる有様だけどさ。ほんと何? なんでこんな頭悪いこと考えついちゃったの?

 金貨6枚で落札、当人の提示価格11枚とかいう落札者様カモに嬉々としてお話に行ったステラ様は凄まじく楽しそうなお顔をしていた。



「あーもう危なっかしい……」



 ステラ様ってば悪意とかそういうものを考慮してないんですかね……? 落札者をウチの陣営に抱え込むつもりなんだろうけど、そいつが信用できる保証とか全くないってのにさ。とりあえずカネ積んで覚えめでたくしたいって手合いじゃねえの?


 とはいえ、この状況でも僕にできることはある。

 商品番号42番。あの忌々しい紹介状とやらに入札しなかった(・・・・・・・)面々を、手空きの僕は相手することにした。






 冒険者の多くは商人という人々のことをあまり好いていないのだが、冒険者ではない僕はそこまで嫌ってはいなかったりする。

 だって向き合って一秒後に即殴りかかってくるわけじゃないからね。彼らの尺度は利益の二文字だ。だから、多くの場面で、できるだけ合理的な判断をしてくれる。

 もっとも、それは貴族が権力で、冒険者が暴力で相手より優位な立場にいようとするように、彼ら商人も財力という力を蓄えているに過ぎない……、というのは誰の言葉だったかな? んー、まあいいや。

 大事なのは、もし殴るなら僕が先だろうってことだ。



「どうも皆さま。ロールレア家の家令を勤めております、キフィナスと申しますー。お呼び止めしたのは他でもない、商人の皆さまから、買いたいものがあったためですねー」


 彼らは僕を見て怪訝な顔をする。そりゃそうだ。ここにいる面々には、一見何の繋がりもない。パンとか毛織物とか旅商人とか、それぞれ取り扱うものが違いすぎるわな。

 そこに買いたいモノとか言っても、そりゃあピンと来ないだろうさ。


「情報ですよ。皆さんのうち、誰か一人くらいは知ってるんじゃないかなーってことをー、わざわざお金を払って訊ねようと思っているんですねー」


 僕の一言で目の色を変えたのは、パンギルドの親方だ。その牧歌的でどこかコミカルな名前に反して、どこの領地に行ってもかなりの力を持った存在である。領地を頻繁に移動するタイプの冒険者は、パンの値段を基準にその地の経済状況を把握したりするくらいだ。

 だってパンって主食だぜ? 食料供給を担ってるんだぜ? 領地によっては公営で管理してるとこもある。それが組合とか作って自分たちで価格を定めてるんだ。そんなの権力を持たない方がおかしい立ち位置だよ。

 ……なるほどねえ。


「さて、まずは改めての感謝を。ステラ様の余興にお付き合いいただきありがとうございます。

 次いで、このシステムの特徴の話をしましょう。それは、参加することに一切のリスクがないことだ。価値がわからないものであっても、とりあえず参加するだけしてみてもいい。自分が見積もった価値よりも絶対に高額にはならないからだ。最初は様子見が多かったですが、それを理解して以降、皆さん積極的に入札をされるようになりましたね。


 ──逆に言えば。そこで入札しないヤツは、それが何なのかをはっきり理解してるってコトだ」


 あの、仄めかしに仄めかしを重ねたステラ様の胡散うッさん臭え売り文句を聞いて、いらないって即座に判断できる人々がこの一室には集まっている。



「それじゃあ、商談をしましょうか。お互いに利益のある、実りある時間にしたいですね?」



 商売人の勘所? 相場観? 僕には全然わからない。だって商人ではないからね。その辺は専門家には勝てないさ。元々、僕の能力は人よりも低い。その現実はしっかり受け止める必要がある。

 じゃあどうするか? テーブルに着く前から優位な状況を作ればいい。足が遅いなら、相手がスタートする前から走り始めればいいのさ。

 僕はけらけら笑った。



・・・

・・



 ステラ様のブン投げた大岩を──秘密結社からのアプローチをおもくそ開示したことを──どう解釈するのか。客観的に見ても家中の使用人から見ても奸臣もいいところなポジションの僕からの申し出にはどんな意味がある? その辺り勝手に考えてドツボにハマってくれよ。

 僕はニヤニヤ笑いの訳知り顔で、別にあんたから買わなくてもいいですよ?って態度を崩さないことを意識するだけでいい。 あとは流れだ。適当なタイミングで、それぞれを呼び出して個室で面談したりするだけで、簡単に疑心暗鬼を作れる。

 情報という商材は形がないもので、一人から受け取ったと思わせたらそのまま無価値になるものだからね。


 喋った。

 べらべら喋った。

 喋りちらかした。


 本命のパンギルドのトップは勿論、旅商人とか自称好事家とか怪しい立ち位置の人たちにもね。さぞ、件の秘密結社に関して、色んなことを知りたがっているように思っただろう。勘所がどこなのかを考えつつ、出し惜しもうとしてくれていた。


 ただ結局のところ、僕が知りたいのはひとつしかない。

 今のデロル領内に哲学者たちが何処に潜んでいるかだ。

 商人連中の見積りより、ずっと初歩的で単純な目的だ。


 そして私費(メリー保管)を使いつつ、複数人から同一の答えを貰っている。情報の確度はかなり高いというか、もう正確だと言って差し支えないだろう。

 あの盲の詩人気取りが仕掛けてきたゲーム自体はクリアってわけだ。うん。そうだね。だから何?

 僕の勝利条件は、そんなとこには存在してない。


 秘密結社の構成員になる? 誰かを懐柔して、そいつから情報を仕入れる? それ以外の手段で世界の崩壊とやらを知る?

 派閥があって? 良識的な考えの奴もいるかも?

 知らねえよ。関係ないね。どれもこれも何もかも、最初っから眼中にない。


 ──全部纏めて、燃やし尽くしてやるだけだ。


 手始めに巣穴を燻してやるよ。何度でもやってやる。

 そうすりゃ、害虫共も僕らの近く(デロル領)にはしばらく寄りつかないだろ。

 ……二人には、狂った研究だの人身売買だの、そういう穢れを許容できる人間になってほしくないしな。


 そんなことを考えつつ、ご満悦なステラ様に合わせて、僕もいつものように笑顔を作った。


「ふふっ……! 流石でしょ! びっくりしたでしょう? あのひと、一等魔道工匠だったんですって! そっちの件はもちろん、魔石を卸してもらえる約束もしちゃったわ!」


 カモられてるし……。魔道工匠つくるひとが材料卸すって肩書きだけか粗悪品かのどっちかだろ。契約書は? あ、まだない。よかった。じゃあ次同席しますから。

 あーもう。こちとら今夜も寝不足が見えてるってのに、バカみたいに稚拙なことやってバカみたいにはしゃぐバカのステラ様が鬱陶しいことこの上ない。すっかり作り笑顔が崩れてしまった。僕の表情筋を歪ませてくるなこの人は。


「そうですねー。こんなクソバカなこと考えるとか驚愕しかないですねーー」


「そうね、とっても大胆よね。なんと──シアの発案なのよ!」


「え゛っ……?」


 僕は耳を疑い、次いでシアさんの不調を疑った。


「……キフィ。おまえの使用する語彙に、私は強く思うところがっ──!?」


 大丈夫?本当に大丈夫ですか? うーん熱は……ないかな。いやでも、風邪はこじらせると大変だからな。何せ王国の医療は迷信と魔術が不可分に結びついちゃってる段階だ。栄養バランスはスメラダさんのご飯食べてるから大丈夫として──ん?あれ熱ある?


「き、キフィっ……!かおっ、顔を、顔が近っ……」


「んー……、だめだ。冷静に考えて人の平熱とか全然わからないな。ステラ様。シアさん風邪とか引いてないです?」


 ふと横を見ると、メリーが前髪を上げておでこを出していた。小さく背伸びもしている。

 ん。メリーは今日も平常だな。……シアさんやっぱ熱ある?

 人によっておでこの感触って違うんだな、とか思いつつ僕は二人と額を合わせる。


「あっ……、あっ……、……ぴっ!」


「妹の情緒を破壊しないでほしいのだけれど」


「えっ何の話ですか? うーん……やっぱ熱ある、かな。デコ出しといてもらったけどメリーの体温はいつもちょっとぬるめだし……うわあッつい! 何なの!? 唐突に体温上げることに何の意味があるの!?」


「しあ。ふつう」


「メリーに比べりゃね!? ほんと突拍子ないな君は!」



・・・

・・



「とりあえず、今晩は温かくしてゆっくりお休みしてくださいね。僕は明日休みですが、シアさんは財務管理とか忙しいでしょうからね。僕は明日は休みですけど」


「なんで二回言ったの」


「休暇というものは尊いからですよステラ様。おやすみなさい」


 パジャマ姿のステラ様たちを見送って、バタンと自室の鍵を閉めて、深呼吸をひとつ。

 宵闇の中でランタンを灯すと、ぼんやりした明かりが机を照らした。



「きふぃ」


「……おやすみ、メリー。また明日ね」


「……。そか」


「まあ、今日はそんなに忙しくしないよ。メリーは宿屋でゆっくりしててね。何なら、仕事もないし少し寝過ごしてもいい」


「ん」


 小さな影が僅かに縦に揺れるのを見て、僕は安堵の息を小さく吐いた。……連中の目前にメリーを連れていくつもりはない。グレプヴァインはああ言ったが、頭のおかしい連中が思い思いの妄想に溺れてる中で、メリーの身柄を目的にしてる気違い野郎だって居るかもしれないんだからさ。

 メリーには、穏やかな毎日を、優しい春の木漏れ日のような日々を、ふわふわとぼんやりしながら、当たり前のように生きてほしい。

 僕の望みは、人生の勝利条件は。きっと、こんな一文に集約されるんだ。


 背中に刺さる視線を無視して、僕は机で工作を始めた。



 爆竹ガエルの腸液は、火ネズミの脂と3:1の割合で混ぜると、火花ひとつで一昼夜は燃え続ける燃料になる。しかも気化しやすいとかいう危険物だ。建物に魔術で耐熱加工を施しても、その周りから燃え広がるから効果はない。

 これをバケツ10杯ほど下水道に流し込めば、3年前の王都と同じような光景は何処でも見られる。


「建物一棟なら……、このくらいでいいかな」


 瓶に詰めたそれを、ひと匙掬ってスライム製の水風船に入れる。ランタンの明かりを消して太陽蛾の鱗粉も混ぜて、お手製の爆弾の出来上がりだ。

 使い方は簡単。夜のうちに適当な位置に置いておくだけだ。日光にさらすだけで大爆発して、しかも誰にだって使える。何なら、適当に誰か雇ってそいつにやらせたっていい。


「……まったく、になるね」


 世界の崩壊なんてのは知らない。そんなの気にしても仕方ないだろうよ。

 だって、社会ひとつぶち壊すくらいなら、結構簡単にできるんだからさ。


 裾が影に融ける《隠匿アノニム()外套クローク》に袖を通し、僕は窓から闇夜に這い出た。

 静かな夜空で輝く物言わぬ月と星が、薄汚い格好の僕を監視していた。



・・・

・・



「そろそろワンパターンなのよね、あなた」


 敷地内に水風船を置こうとすると、不意に背後から聞き慣れた声がした。

 ……外套着てるよな? 僕相手じゃないな。うん。

 声を気にせずに作業を続ける。


「……視えていますよ。キフィ」


 その言葉の直後に、手に持った水風船から霜柱が生えた。

 あー……、困るね、それは。


「……おまえの手札は、まだありますか? 全てこの眼で止めますが」


 概念瓶を取り出して開封するよりも、蒼い燐光を放つ魔眼の方が速い。


「ふふん。こっちはあるわよ?」


 ステラ様はそう言うと、一枚の紙片を取り出す。


 それは、まさしく本日売り払ったはずの紹介状だった。



「うふふ、案内してくれてとっても助かったわ。それにしても、あの短時間で、商人たちから居所をしっかり聞き出すんだから流石よね」



 つまり、僕が独断で動くことはしっかり読まれていたと。

 これは一本取られたな。……まさか、この二人に邪魔されるとは。



「あなたなりの、譲れない理由があるのは理解っています。……だけどあなた、そうやって、いつも独りで危ないことをするのだもの。せめてメリスさんを同行させなさいな」


「メリーは関係ない。僕は僕の判断で、僕の選択で誰かを傷つける。その責任は、僕ひとりに帰すべきものだ」


 僕がそう答えると、シアさんは悲しそうな顔をした。


「……いいえ。そうではありません、キフィ。

 なぜなら、おまえは人と共に生きている。供している。おまえの命は、おまえ一人のものではありません。

 おまえの傍らには。おまえの判断を、おまえの選択を、一緒に背負いたいという者もいるのです」


「今からでも『共犯になって』ってお願いしてくれたら考えてあげるわよ? ね、シア」


「……はい。その通りです。おまえの責任を分けることを許可しますよ。キフィ」


「君たちに背負わせるわけないだろ……!」


「……そのような顔をするのならば、尚更、おまえを独りにする訳にはいきません。……件の、ムーンストーンでしたか。

 おまえがあの男を殺めたことを、私は把握しています。……あの男が、狂気の人体実験によって、数百名を犠牲にしていることも。そこに我々の領地に住まう人々が含まれていたことも、全て」


 シアさんの言葉が、鉛のように僕を縛った。


「いいこと? 私たちが何も知らないと思ったら大間違いなんだから! 自分じゃ気づいてないかもしれないけど、あなたって結構わかりやすいのよ?

 私たちのことを案じてることも、大事に想ってくれていることも。軽口なんかじゃ誤魔化せないくらい伝わってくるのだわ」


「……はい。理解した上で、私たちはここに立っています。そして──」



 ……メリー?


「ん」


「君が教えたのか」


「ちがう」


「……私が、付いてくるよう誘いました。ここにいるのは、メリス自身の意志に拠るものです」


 ……余計なことをしてくれるね。まったく。



「さ。──選んで頂戴、キフィナスさん。

 ここで一緒に、堂々とあの人たちに挨拶するか。

 それとも私たちを共犯にして結社をぶっ潰すか。ね?」


 ……やるじゃん。

 ほんと、厄介になったね。




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