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オークション



 情報収集の方針は継続するが、それ以上の方針はあえて決定せず、適宜、臨機応変に対応する。

 そういうことになった。


「あっ、おかーさん。おかーさんも耳ふさいで……」


「もう終わりだよ。そもそも別に塞がなくてもよかったんだよインちゃん」


「よくわかんないケド絶対とんでもないコトでしょ!? 知らないのが一番いいのっ!」


「そっか。インちゃんは賢いねー。僕は賢い子が好きだよ。うん。ステラ様にもその賢さを少し分けてあげてほしいくらいだ」


「いいえ? よりよい選択のためには、より多くを知る必要があるわよ」


「必ずしも賛同はできませんねー。世の中には、確実に、知らなくていいことってありますよ」


「……ですが、我々の立場で、世情に対し無理解のままでいることは怠惰かと。それこそが真の知性というものではないでしょうか。……加えて、客観的に判断して……、わ、わたくしと姉さまは賢いと形容されるに足る能力を有していますが」


「……? 突然の賢さアピール来たな……?」


「あわわわわわ……」


 僕の雇い主様は賢い。が──この『いったん先送り』という結論に持ち込んだ時点で僕の勝ちだ。

 もちろん、議論というのは単純な勝ち負けのマウント合戦じゃない。お互いに妥協点を探すための作業である。

 しかしその上で、この妥協点を通せれば事実上の勝利あるいは敗北という分岐点はあるわけで、そこを注意深く通らないようにすればいい。



 怪しげな招待状は貰えても、ここデロル領には安定した窓口になれる人物がいない。

 そして、かつて連中の本拠を貴族街ごと焼き払った僕は、間違いなく同席できない。

 慎重派のシアさんは勿論、いくら拙速を尊びがちなステラ様といえど、流石にこの二つの悪条件を無視するほど向こう見ずではなかった。


 そういうのはさ、やりたいやつが、やりたいだけやればいいんだよ。

 この期に及んでって言われそうだけど、僕はやりたくないし、メリーはどうでもいいと思ってる。ステラ様とシアさんだって、連中のように使命感で脳が煮立ってるって程じゃあない。

 ただ、ご友人の遺言に後ろ髪を引かれてるってだけでね。



 ──ダンジョンの最奥での邂逅と別離。古の亡国での、わずかななれ合い。

 人生観セカイは時に、ほんの一瞬で劇的に変えられるものだということは、僕もよく知っている。

 大切なものの重さは人それぞれであり、誰かにとってつまらないことが、他の誰かにとっては宝物なんてことは珍しいことじゃない。


 ただ、世界の崩壊だとかのくだりが、薄情な僕には全然まるで響かないってだけでね。

 あの魔人が何か聴かせてきたってやつも、どうせ前回と同じで、タイミングがちょうど良いから騙しにきたってだけだろうさ。






 そんなことよりやることは多い。その手のボランティアなんてのは、自分の生活が豊かな、健康的な立場の人間がやるべきことだ。

 ここデロル領ロールレア家は、それとは言い難い現状がある。

 前領主の突然の死とか、未だ社交界には顔出してない立場での外交とか、弱者救済への方向転換に伴う福祉とか税制改革とか、ほんっと内外色々あるんだから。


 もちろん、それは当事者の僕だってそうだ。家令という役職に求められることは多いのだが、部下の監督という部分は──管理職ってこの役割のために配置されているものだと思うんだけど?──かなりの機能不全を起こしている。


「……あの灰色が……」

「……お気に入り……」

「……気まぐれに……」


 屋敷のあちこちで僕の陰口が聞こえる。まあ、これには乗っ取られた時に比べて、雇用者の数を減らして工程管理をしていて単純に一人当たりの仕事量が増えているという事情もある。

 恐怖という手段で規律を遵守させつつ、一人一人の仕事量は少なくするバランス感覚は、領民でもある彼らを効率的に管理するための技術なんだろうね。僕がやってるのはその逆だ。彼らには、領主様の手足ではなく、力になれることを期待している。

 そりゃあ上司への愚痴のひとつも出るだろう。割り振られる仕事の量で上長の有能無能を判断するというのは、彼らの立場からしたらある意味正しいし。

 それはいい。別にいい。どうでもいい。


 実際の問題は、僕が命令を出したら、それを実行してくれるのはビリーさんとアイリーンさんの1.5人だけだと言っていいことだ……!

 アイリーンさんは僕の言葉を愛だとかいう謎フィルター通して解釈するせいで半分くらい通らないことがある。0.5人としてカウントするのが妥当だ。……有効としてカウントしなきゃいけないんだよ。ヤバいだろ?

 使用人長みたいな役職を作ってビリーさんを着任させるべきだと思うね。深刻に。


「……いいえ。それでは、家令という役職の優位性が損なわれます。それに、我々はその役割を期待してはいません。おまえに権威がないことは事実ですが、そこは、私の領主代行という立場を利用すればよいのです」


「というワケだから。あなたの提案は却下ね」



 ……だから、残ってるのは参謀まがいのことくらいしかない。

 横から口だけ出すようなクソ野郎のポジションだ。

 悪評にも納得しかないな?


「……領内の情報収集・各種文書の作成・仕事の工程管理・歳入増加の献策……、既におまえは、これらを業務として遂行しています」


「前二つは僕には部下に仕事を振るという能力がないからやってるだけですね。信頼できる相手というものがいないー」


「めり。めり。いるよ。いる」


「あー、メリーはそういうのしなくてもいいよ。家で雇われてるってわけじゃないんだから」


 僕は唐突に自己主張を激しくした(メリー基準で)金髪の子を撫でた。それだけでスン……って静かになった。うん。知ってる。メリーは別に仕事がしたいわけじゃないからね。

 仕事をしているメリーじゃない方、つまり雇った人たちについては、言ってしまえば突如爆破した屋敷にチャンスとばかりに飛びついた連中だからな。

 全くままならないものだが、そんな前職経験不問みたいな選考方式を僕が選んだ以上、そこに伴うあれこれも僕の責任だ。そう認めるにやぶさかではない。






 さて。できないことが大きく横たわっているが、最低限のできることをやっていこうということで。

 シアさんが並べた僕の業務のうち、この領地の歳入増加の案について。

 もっと具体的に言うと、迷宮資源として回収した赤紫の竜鱗について、どう資金に換えるかを考えている。



「高値で売りさばくってことを考えると、普通にやったら商人相手には勝てないかと。何せ相場がわからないので。

 というわけで、競売形式なんてどうでしょうかね」


「なにそれ?」



・・・

・・




「──落札! お客様は何番でいらっしゃいますか?ありがとうございます」


 大勢の観衆の熱狂の中で、槌の音が高く響く。

 緑髪の競売人のよく通る声は、貴賓席の僕らのところまでしっかり届いていた。

 百聞は一見に如かずということで、冒険者ギルドのオークション会場に僕らは来ている。


 今回来たのは、朝からやってる月例定期開催のやつだね。高額品だけを取り扱うやつとか、退冒険者の中古品を払い下げるやつなんかもある。

 月に一度以上の頻度で、迷宮都市デロルの冒険者ギルドは、納品された資源のうち、値が付くことが期待されるモノを分類して競売形式で売りさばいている。ウチはダンジョンも冒険者も多いからね。加工なんかを伴わない一次産業で利益を出すモデルを考えた結果だろう。

 冒険者の等級にインセンティブを持たせるために、Bランクから落札金額の2割が後日支払われるようになる。相場価格を支払われた後、オークションの分のお金が貰えるということだ。これは王国ギルド規則にも明記されている。


 よって、参加者の顔ぶれは多様だ。商人だけが参加しているわけではなく、中には珍品を見に来ただけって人もいるし、冒険者だって混ざってる。この中には、デロル領以外から来たって人もいるだろう。

 これの買い付けが理由で、支店をここデロル領に置きたいという申し出も受けるほどである。前領主様は他の領地に本籍がある商人がウチに支店を置くことを許さなかった。つくづく、領地を管理することを徹底してる。

 今後のデロル領ではそういう方針を残さないつもりだが、もちろん、商人相手に簡単に首は振らない。縦にも横にも。ただ無言で、それじゃあ貴方はそちらの株券をいったい何枚買ってくれるかなあ? って期待する具合だ。


「……おまえは、よく訪ねるのですか? おまえ好みの雰囲気ではないように感じますが」


 熱狂する人たちを見て、シアさんが僕に尋ねた。

 いえ全然。王都の頃はよく通ったけど、今はほとんどない。

 好きか嫌いかって話をすると、まあ、やかましいから好きではない。


「ただ、来る意味はありますよ。誰が何を欲しがってるかがわかるってことで、頭の出来が多少マシな冒険者は結構来ますね。相場を把握して荷物の量を減らせば収入が増えますし、他にも、自分が普段拾ってるものを買った相手に営業をかけたりできるので」


 ギルドを介さない個別契約というのは、トラブルが頻発するのでギルド側はあまり推奨してない一方、高位冒険者だとちょいちょいやってたりする。


「……なんだコイツまたよくないことを教えやがって……」


 控えていた──そりゃあ領主様にオークション行きたいなんて言われたら個別対応が必要になる──レベッカさんが地獄の底みたいにボヤいた。どうやら疲れているらしい。

 でも事実だし? どうやら無知は怠惰らしいので、僕は知っていることをぺらぺらと喋っているのです。


「あ゛ーー厄か──あっメリスさんだ今日もかわいいっ……よそいきのかっこしてる……おせいそ……」


 メリーに手を伸ばして亡者みたいにうめくレベッカさんを横にどけながら商品目録(一般非公開のやつだ)を見てみると、ギルドへの納品日も同時に記載されていた。だいたい一ヶ月ほど前以前のもので、長いものは半年ほど前だった。

 当然、竜鱗はまだ商品として出品はされていない。……多分、直接取引か、大商人の参加が見込めるところに回されると思う。僕らが大量に在庫を持ってることを全身でアピールしたのもあって、他領向けの商品として取り扱われるだろうね。


「金貨8! 他に! いませんか!」

「金8と銀7!」

「金9!」

「金貨9! 金貨9はありませんか──それでは、こちらのお客様に! 次いで664番、こちら小低木迷宮にて回収された木製の──」


 こういう時、共通規格となる通貨は現在いちばん流通している金貨になる。誰かがタイレル3世金貨を出す一方、別の誰かは目潰し王1/5金貨を出す、なんてことをされたら困るからね。だから、先代国王陛下の……シド……えっと何世だっけ?とにかく横顔が彫られた金貨が使われる。領地によっては地域貨幣も使ったりするらしいよ。

 ……株券での購入を認めてみてもいいのかな? 持参は参加条件にするつもりだったけど。いや時期尚早か? 投機の対象にされるのは避けたいしな。



「売り手としては、より高値で売りたいわけです。しかし、買い手に納得してもらわなければ商売はそもそも成立しない。そして、周囲の評判だとか今後の付き合いだとかを考えたら、相手に負けたと──損をしたと思わせるのは得策じゃないですよね。

 だったらどうするか? 購入者同士に戦わせればいい。恨むのは売り手じゃなくて買い手、欲しいモノをかっさらってった隣の落札者だ。それがオークションって形式の最大のポイントですかね」


「……こいッつアポなしで要人連れてやがったくせにウチの競売をなんかすげー悪いやつみたいに言ってる……!」


「別に悪いと思っちゃいませんよー。『銀貨8枚!』あ、今のはギルド側のサクラですね? 平均相場までは吊り上げる。こうやって、公平感を出しながら値を吊り上げられるのも競売形式の利点ですねー」



「なるほどね。私も、らくさつ? してみたいわ!」


「ステラ様は損益分岐点見極めんの普通に下手そうだからダメでーす」


「シアならいいの? それはズルいわ」


「シアさんならいいですよ。一応言っておくと差別じゃなくて区別ですよ」


「……いえ。そちらの目録を見るに、購買の必要を感じませんので」


「おや。シアさんは賢いですね。そう。ここは聴衆の熱狂を煽るのがメインの空間なんですよ。モノを買うところではないかな」



 そして、そんな商売の形式を真似ることを禁止する法律はない。

 僕らはノウハウだけ持って帰りましょうね。



「……メリスさんに免じて、これは善意から忠告させていただきますけど。ウチの競売人オークショニアを形だけでも真似れるなら、それだけで仕事やれますよ?」



・・・

・・



「──というわけで、実現は可能じゃないですかね。結局、なんで真似ないかっていうと、能力的な障壁というよりも、多人数で競わせられる商品を用意してないって部分が大きいと思いますし。バカみたいにプライスハンマーがんがん叩いていいですよステラ様」


「それは普通に楽しそうなのよね」


「……姉さま。お疲れになった時には、私にお声かけください。途中で交代します」


「甘やかさなくていいと思いますよシアさん」


「……いえ。そういった意図はありません」



 広報活動として、領主たち自らが竜の死体を担いで回った奇行以上のものはない。

 むしろ他の噂話に埋もれない内に開催するのが適切だろう。人の出入りが激しく、酒場の話題はすぐに更新されるのが常だ。何ならもう忘れてるかもって具合だ。


「……出席予定者のスケジュールを確認する必要はありますが、速やかに開催しましょう」


「でも、冒険者ギルドにただ倣うだけでは面白くないのだわ」


 あ?

 なんかステラ様がワケわかんないこと言い出した。

 面白さ? なにそれ?そんなん必要ですかねえー?不要ですねぇー。面白いのはステラ様の頭ん中だけで十分ですねーー。



「それは褒め言葉として受け取っておくとして……、実際、必要でしょう。だって、私たちは株券とかの仕組みを通じて──新しい価値観を示そうとしているのよね?」


「……はい。姉さまに同意します。新規性は我々の最大の武器です。可能な限り、新しいものであるという印象を与えなければならないかと」


「そゆこと。私の幼さを利用するためにもね」


 ステラ様は、大領地を差配する貴族の顔をしながら、



「ということで──何かない? ほんのちょっとの工夫でみんなから尊敬を沢山集められそうなのがいいわっ!」



 めちゃくちゃ舐めた要求を口にした。

 どうしようもねえカスみたいなこと言いますねステラ様。

 僕は大きなため息を吐いた。



「はーーーーーー。ほんっと、要求が舐めてんですよねー……。まあ、ないことはないですけど……」


「流石ねっ!」


「あの、一応言っておきますけど。僕以外にそれやったらパワハラですからね?」


「だって、あなたは、期待したら期待しただけ応えてくれるって知っているもの。他の人にはしないのだわ」


 ステラ様はあっけらかんと言った。

 ……ほんと、ズルいんだよな。



「えーっと。……『第二価格オークション』ですかね」



 僕は、東京で拾った記憶を口にした。






 世界の崩壊という事象を、キフィナスは認めようとしない。

 それはきっと、根本に自分の周囲さえ安全ならそれでいいという思考があるためだろう。……そして、円の内側には自分と姉も含まれている。

 キフィナスの価値観は、傍らのメリスと近似している。

 それは同じ時を過ごしてきたためだろうかとシアは思う。


 故に、朝の卓上議論の結論が、問題の先送りという方向に流れていくのも理解していた。


(であれば、昨晩魔人ビワチャが訪ねたように、相手の側を動かせばいい)


 ステラとシアは姉妹である。

 必ずしも価値観を共有するものではないが、姉が面白いと思うことは──キフィナスとじゃれ合い、時に出し抜き、出し抜かれることは──妹シアにとっても魅力的な娯楽と映る。



「……はい。方針通りに、情報を集めながら、臨機応変に対応していきましょう。おまえの言葉の通りに」



 己の価値観もまた、キフィナスに影響されているだろうか。

 胸の中にある小さな愉悦をシアは想った。

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