憲兵による連行(結構よくある)
ふわふわの髪をブラシで丹念に梳いてから、僕らは一階に降りた。
「ふう……疲れた。朝から腕つりそうなんだけどー」
「ん。よかった。とてもよい」
「そりゃ良かった。でも僕はくたくたなんだよなぁ」
そして朝食を待っていると──突然、がたんがたん!と入り口が大きな音を立てて開いた。
「ぐえ゛っ。……朝早くから失礼っ!」
その先には長い槍を背中に提げた小さなシルエットがある。どうやら槍が戸にひっかかったらしい。
僕も時々十尺棒でやらかすやつだ。
「──やっっぱりここにいたかキフィナスくんぅ! ほんと、昨日は大変だったんだからなっ!?」
「ああ本官さん。どうされました? 誠実で、聡明で、おかわいらしくて、……んー耳触りのいい言葉が浮かばないな。とにかく本官さんならあの証拠で問題なく捜査進むと思いましたけど」
「か、かわっ!? ……本官をからかうんじゃあな゛いっ!」
「めりも。めりも」
「ああうん。メリーもまあ、いつもと同じで普通にかわいいよ」
「キフィナスくん態度雑っ! メリスちゃんに失礼だろ! 普通にかわいいって何!?」
いや、普通に。
ほらメリーだって喜んでますよ。
「……メリスちゃんがいいなら、いいんだけどさぁ。いやそんなことよりっ! キフィナスくん! ちょっと同行してもらうぞ!」
「なんですか。もう既に証拠は置いといたでしょ。本官さん」
「本官ゆーなといっ゛とろ゛ーが! そっちの件じゃなくて、領主様の件だよ!!」
領主?
なんかあったっけ……。
「僕、ご飯前なんですけど。後にできません?」
「至急に決まってんだろ゛ーっ!? 下着ドロの統計がバレたんだよ! 今すぐ領主様の屋敷に来いって通達だよ!!」
「え? ああ。偶然じゃないですかね」
「偶然なワケねーだら゛ぉ!? 集団組織下着泥棒犯がここ迷宮都市ロールレアに何十グループいたと思ってんだよ!? 女性が住みたくなさすぎるわ゛!! ほら、いいから来るんだよっ!」
・・・
・・
・
小さい体の本官さんに背中をずいずいと押されながら通りを歩く。
おなかが空いた。意志を無視されながら連れられる気分は、さながら出荷される家畜だ。モーモー。
「昨日は人斬りセツナと接触したらしいじゃないか。なんで本官たちを呼ばなかったんだ」
「本官さん程度じゃセツナさんには勝てないですけど」
今の僕は家畜モードなのでどんなに言いづらいことでも正面から言葉にできる。
「辛辣な物言いはやめろ゛っ!ばか! ……そりゃあ確かに、一流冒険者相手に勝てるとは最初から思っていないけども!」
「命を大事にしましょうね」
「そうだな。命は大事だ。でも、キフィナスくんの命だって大事だろ?」
「僕の命? いや、そりゃ大事ですけど」
「人斬りセツナがキフィナスくんに切りかかる姿はたびたび目撃されている。色々と噂になってるのだ」
「あー。そりゃそうですよね」
「しかも、君の拠点にしている宿屋……翠竜の憩い亭だったか? そこから人斬りセツナが出てきたという証言もあるし……」
「ああ。成り行きで付いてきたんですよね」
「……犯罪者への協力は聞き捨てならんぞ?」
「は? いや、協力とかしたことないですよ。するわけないでしょ。会う度に斬り合いになるんですから」
「あいさつ感覚で命のやりとりを゛!? おまっ、本官パトロール日課だけどそんな物騒な日課なかなかないぞ!? え!? 怖っ!! 何が怖いって斬り合った相手を平然と受け入れるのが怖い!!!」
まあでも、毎日メリーも似たようなことしてくるといいますか。鍛えるとか言って。
「めりのけいこは。あんぜん。あんしん」
はははは。
あれが安全とかメリーは難易度調整が下手だなぁ。
君基準の『かんたん』は絶対信用しないことにしてるんだよ僕。
ん?不満げな顔してるね? 酷いかい?
でもね、酷いのは死にかけるような試練ばっかり与えてくる方だと僕は思うよ?
ああ、まあ、そういうことですので、本官さんのご心配にはおよびませんよ。
「心配しないわけないだろっ! 万が一はいつだってありえるんだからな!?」
「それでも、本官さんが立ち向かうよりは。遙かに生存の目がありますし」
「う゛。でも、本官だって五合……いや三合はいけるだろ……? で、その間に逃げる隙は十分作れるはずだ。本官はこれでも魔導さすまた遣いが巧いんだぞ! 体の一部と言っても過言ではないっ!」
過言でしょ。いつも持ってるそのトライデント、時々扉とかにひっかけてますよね?
現在進行形で石突きが地面でザリザリ削れてる槍はどう見たって貴方の身体の一部になってないですよ。
……本官さんには悪いけど、多分三合どころか、一閃されてると思う。
セツナさんの剣はそういう剣だ。粘ろうなんて甘い気持ちで受けられるものじゃない。
「お気持ちはありがたいですけど、どうせ僕が逃げてもすぐに追いかけてくるでしょうし……」
「ああ、やっぱり噂の通りなのか……。本官はキミの黒い人脈を真っ当なものにしたいと考えている。どうだ?」
「僕も真っ当だといいなと思いますけど、何せ冒険者ですので。全体的に気性が荒くて、その上普段から命のやりとりをするせいでモラルが麻痺するところがあるんですよね」
「ああ、確かにそういう部分は……、いや、やめ゛ろ゛っ!ばか!本官に特定の職業への誹謗中傷を誘導しようとするのはやめろっ!官吏は公正中立であらねばならんし、人類は古来より迷宮からさまざまな恩恵を得てきたっっ!!冒険者は誇りある仕事だぞっっっ!!!」
「じゃあ本官さんやります?」
「え? なんで?」
「ほらね」
「あ、いや、違っ……、本官は今の職務に誇りとやりがいを抱いていてっ!」
「わかってますよ。からかっただけです。冒険者がろくでもないのは事実ですけど」
「オマエのそゆとこ本官きらい!」
お屋敷までの道すがら、僕らはおしゃべりをしている。本官さんは結構気さくでこの街の人気者だ。今も手を振られてぶんぶんと振り返している。
通行人の一人が、僕の灰の髪を見て顔をしかめた。一目で《魔抜け》だとわかるからだろう。あるいは僕のあだ名を知ってるのかもしれない。
いえーい。ピースしたらバツの悪そうな顔で向こうの通りへ消えていった。
「……口さがない連中はキフィナスくんについて色々言っているが。本官は、キフィナスくんが心優しい少年であることを知っている」
「え。なんですか突然」
「心の奥底では正義に燃えていることもな!」
「……いやーー? え、いや、多分人違いしてますよ。僕は、まあ、善良ですけど。まあ善良ですけど、とりたてて優しいわけでも、正義に燃えているわけでもないです」
「そして恥ずかしがり屋さんだなっ! ……だから、ほってはおけんのだ」
「ん。あねとは。みるめある」
ないでしょ。両目見えてないよこれ。
義眼作って貰った方がいいんじゃないかな。
「ただ、キフィナスくんはちょっと、あんまり素直じゃないところがだな──」
思わず全身を掻きむしりそうな言葉に、僕の全身は鳥肌まみれになった。
さっきから、いったい誰のこと言ってるんだろうか。




