リザルト
荒涼とした大地に赤黒い血液が染み込んでいる。
竜の起こした嵐は大山を砕き大地を穿ち、痛んだ丘陵を作った。
刻まれた地割れがどこまで深いのかはよく見えない。
──さて、死肉漁りが冒険者の仕事だ。
逆に言えば戦闘は冒険者の仕事じゃない。
だって戦ってお金が貰えるわけじゃないからね。僕らは剣闘士じゃないので、死闘を繰り広げても残虐行為手当が貰えるわけじゃないのだ。資源を持ち帰って初めてお金が貰える。
結局のところ体ひとつが資本なのだから、あえて危険を冒すようなマネをすべきじゃない。一般的には銀の扉を開けるとか普通に危険行為なのだ。高ランク冒険者の多くは──特定の資源を回収する専門家認定を受けた者、言い換えれば少し頭の出来がマシな手合いなら絶対──異空間の扉を開けたりしない。
そういうリスクリターンを考えられない冒険者は、はっきり言って長続きしない。腕痛い。
そのくせ、ほんの少し強くなった程度のことを実感しちゃった初級者さんはちょっとした背伸びとばかりに死闘を繰り広げたがる。で腕の骨とか折ったりする。痛い。
数百年連続3年以内離職率ランキング1位は伊達じゃないのだ。だって骨とか折るからね。
わかります? この理屈が。ステラ様。
僕は変な方向に折れ曲がった腕をぷらぷらやった。
「あなたの言ってるコトはきっと正しいのでしょう」
「僕はいつでも正しいことしか言わないでーす」
「だけど、人を動かすモノは正しさだけじゃないのだわ」
あ? いや正しさで動けよ。含蓄ありそうなそれっぽい言葉やめてくださーい。そうだけど。確かに世の中ってそういうところあるけど、でも僕以外の全員が正しさってロジックを唯一絶対の行動理念にして動いた方がいい。そうすれば僕が生きやすくなる。
それに少なくともステラ様は正しさで動かなきゃダメな立場の人じゃん? 違いますか?
「ふふん。残念だけど、違うのだわ。──私の行動が正しくなるの!よっ!!」
「クソアホ貴族みたいなこと言うのやめてもらっていいですか」
ドヤ顔で自信満々に言うことですかそれが。よ!じゃねーんですよ。
はーー。上司の人格ヤッバいな。こんなんに付いてく人がかわいそう。僕は悲しくなった。
「……おまえの責任も十分にあります」
青い方の上司は上司で僕に冤罪を着せてくる。んー人格がヤバい。僕はそこそこ悲しくなった。
「ん」
でも、僕がさっきからずっと向けてた非難の目に、ようやく、義務とばかりに鳴き声ひとつ上げて流そうとする幼なじみの人格よりは遙かにマシなのだった。
メリーさんは僕を護ってくれるんじゃなかったんですかねえ……? いやまあ僕の能力が足りなかったのは認めるよ? それはそうだ。自分がロクに戦えないことは勿論、作戦立案の段階でもミスがあった。速攻戦術はタフネスで崩されたし、大風で吹っ飛ばされることは想定してなかったし、怪我の直接の原因であるロープ使った空中制御はやった僕の判断ミス。それは間違いないとも。非はある。それは認めざるを得ないところだともさ。
だけど。そこら辺認めるけど。君浮いてたろ。
いくらなんでも浮いてるのはないだろ。ほら見てよこの腕。また随分と可動域が広くなっちゃ──んん?
僕の[折れてない]腕が[折れてない]。……いやいやいや。メリー。メリー?メリーさん? いま何した?
「げんじょうふっき。まもる。まもった」
「嘘だろ……?」
幼なじみの人格が、なんかもう、人格すぎるんだよな……。僕は大変悲しくなった。
ああもう誰も彼も! 僕は言葉を尽くしてこの子たちを説得しなければならない……! いいですか皆さん? 僕は今から大切なことをお話しようと──、
「そんなことより回収っ! 早くしないとコアの間に転移してしまうでしょう! 牙を拾わないと! あと血もできるだけ、ね! キフィナスさんはその辺りの土ごと回収お願い! シアっ! 牙を探すわよっ!」
「そんなことじゃないが……!?」
「……はい。爆発四散した頭部から、牙の散弾が発射されていたことを、この氷壁は観測しています。お任せください、姉さま」
「《倒れる竜に押し潰されるな》ってやつね。シアは頼れるのだわ」
「頭吹き飛ばして回収が大変ってのはその諺の用法的には死体に押し潰されてることになると思いますけど──って、まーたグローブ着けてない! ああもう! ほらさっさと着けてくださいステラ様。竜の牙は黒曜石みたいに触っただけで指が切れるんですから! 毒持ちも珍しくないんですから!」
「凱旋ね!」
凱旋じゃない。
晒し者だこれ。
迷宮特区とされる区域と冒険者ギルドを繋ぐラインは、冒険者を相手に商売をしない一般の人らが立ち入らないよう注意深い都市計画がなされている。
税を納める領民の誰も彼もが冒険者になったりしたら困るのだ。当然、冒険者だけだと社会は回らないわけだからね。
だから、迷宮資源を持ち帰るにあたって、わざわざ周囲に目立つようにしたりしない。
しないんですよ。わざわざ屋敷に運んだりとかする必要はないんですよ。
僕は、なんか、竜の首のとこ持たされている。
胴体をステラ様とシア様が。尻尾をメリーが持ってる。
どう考えても僕以外の負担が10割。僕は持ち上げてるそれに手を添えてるだけだ。何ならメリーが9割9分9厘じゃないかな。尻尾は握力でバキバキと破壊されているよね。
首がぶち飛んでてグロいし。一番グロいとこを持たされている。
「……キフィ。不服そうですね」
「そりゃ不服ですが。わざわざ巾着袋から出してこんなことしなきゃいけないとか。何の意味があるんですかね」
「……次代の統治者である姉さまの能力を、領民たちに示す必要がありますので」
「それが武力ってのは短絡的すぎやしませんかね。トップに求められるのって腕っ節じゃないと思うんですけど」
「重要なことよ? だって、お父様は暗殺されたってコトになっているのだもの」
「なるほど暗殺の心配はないって示すわけですねー。衆愚か?とか思うところは正直ありますが。少なくともある程度お考えがあることはわかりました。
でも、そういう理由なら僕が一番前じゃなくていいですよね。ステラ様がこのグロいとこ持ってくださいよ」
「……いえ。おまえが持つこともまた、重要なことです」
「組織運営のために、あなたの実力もちゃんと示さなければいけないものね」
「いや僕の実力じゃないですよね!? さっきの僕ロープ使って逆上がりしかしてない!」
「トドメを刺したでしょう?」
「特殊詐欺の手口ですかねえ!? メリー! メリー!! 僕の上司やばい!!」
「よい」
「よくないけどぉ!? あっなんだこれ手が取れない! メリー! メリー!君なんかしただろ!」
「した。かえるまで。とれない」
バカか? 支障があるだろそれ? くそっ早く帰る! 僕はみんなの歩幅を意識しつつ早足になった。
うわっどんどん集まってきた! 散れっ! 散れっ散れ!
いい晒し者じゃないか!
・・・
・・
・
一度屋敷まで戻って、鎧を礼服に着替えてそのまま冒険者ギルドまで来た。メリーの言う帰るまでというのは、どうやら宿屋に帰るまでという意味らしい。一時的に離れた僕の手は再び竜の首へと接着された。
つまり晒し者継続だ。周囲はざわついている。
横に広がってる羽とかでテーブルを5脚ほどなぎ倒しながら、カウンターの前まで来た。
「……どうも。キフィナスさん」
「……はい。どうも。……説明いりますか?」
「はい。……一応。聞きたくねーですがお願いします」
僕とレベッカさんは多分同じ表情をしていた。
時刻は日暮れ。冒険者ギルドが一番賑わう時間帯に、馬鹿でかいドラゴンの死体をドアから堂々とギルドに持ち込んだらそりゃそういう反応にもなる。
大きすぎて当然入りきらなかったのでドアはメリーに破壊された。修繕費払えば何をしてもよいと勘違いしてるとこがある。
そりゃ目立つよ。目立つだろ。
「あと、そのグロい傷口の断面図こっちに向けんのやめてください。嫌がらせか?」
手が取れないので聞けない相談だ。僕一人ではこの重たい首を動かしたりできない。そんなグロい傷口付近を強制的に持たされているのでおあいこだと思った。
「おい。何笑ってんですか」
「いやぁ。ちょっと愉快なので」
レベッカさんは台をバンってした。
僕はけらけら笑いながら状況説明を始めた。
* * *
* *
*
レベッカの職業人間としての仮面を、このキフィナスとかいう男は簡単に破壊してくる。
やたらと迂遠でどこか物語調な説明を半分聞き流しながらレベッカは考える。
(目的は……周囲に規律を遵守させること、ですかねぇ? 竜殺しなんてド派手なコトやらかしてみせれば、冒険者はそれを広めてくれるでしょうから。お酒の肴にちょうど良いでしょう。
コイツは人格歪みに歪んでるけど、派手なことやらかす時はだいたい何かの効果を狙ってる。冒険者の生態ってのをよく知ってンのがまた厄介ですよねぇ……)
「──そこで竜の喉元が光る! 業を煮やした竜は切り札、竜の吐息を吐こうとしたんですね。しかし瞬間、紅蓮青蓮二対の瞳が燐光を発し──」
「トドメを刺したのは彼よ」
「あっ今虚偽がありました!」
「いいえ。虚偽ではないわ。ね、シア」
「……はい。絶命に至る最後の一撃は、当家の家令によるものです」
「何なら、私の言葉の真贋を判定してもらってもいいわよ?」
「待っ……! ああもう、嘘の通し方教えるんじゃなかったなあ……! そんな必要はないです。僕が、この灰髪が、そんなことできるわけがないですね?」
「できるわ。私の執事はね、何でもできるの」
「でーきーまーせーんー」
「……可能です」
「あーもうシアさんっ……シア様まで悪ノリに荷担しないでください。そういうのほんと良くない」
(……?)
レベッカは困惑する。話の流れがシンプルじゃなくなってきた。
キフィナスに竜を殺せるかどうかと言えば──。
(まあ、殺せるでしょうね。未登録の《迷宮兵装》のひとつやふたつ、切り札として隠していてもおかしくはない。
じゃなきゃ、たった二人でダンジョンキラーなんて続けられるはずがない)
レベッカは冷静に判断した。
だが疑問は残る。
(……ここで謙遜する意味は? ……周囲に、このじゃれ合いを見せることか?)
国内最大手の冒険者ギルドの新規所属者は多い。
この厄介な男は、定期的に奇行と凶行を足して割らないことをやらかし、それを虫除け代わりにしている節がある。
(なるほどー? ほんッとそういう迂遠なコトするなコイツ……。効果的なのがまたムカつく)
「レベッカさん? レベッカさん? ……なんかすごい勘違いがある気がするんですけど? 僕は善良な冒険者で今最悪な担がれ方をされそうになってるんですけど? あの?」
「はいはい。アンタのことはわかってンですよ。マジでどうかと思うわ」
「身に覚えがないことで幻滅されてる……!?」
「いつもいつも白々しいんだわ。ほんとアンタときたら……その点メリスさんは……」
レベッカは最後尾で竜の尻尾をむんずと掴んでいる天使様を眺めた。
「きふぃは。すごい」
殉教者に秘密を囁くように、そんなことを言った。
レベッカの本能と理性は争いを始めた。
かわいいは正義であるが、アイツは全然かわいくないのだ。
レベッカさんがぶつぶつ呟いて唸り始めた。
……疲れてるのかな。可哀想に。今度甘いものを持っていこう。
「めりすさんは絶対……まちがえることない……」
その時はメリーの手で渡した方が良さそうだな。
レベッカさんは出会った当時からずっとメリーに対する評価が高いままだ。……こういう人は、ほんと、得難いなと思う。
「そういえば、すっかり忘れていたわね。これ、竜の牙よ。頭が破裂したから、全部は拾いきれなかったけれど。依頼人さんに伝えて頂戴。──是非、報酬がほしいってね?」
竜の骸を抱えつつ、ステラ様はそんなことを言う。
いい空気吸ってるって顔してるなぁ……。
ざわめく冒険者ギルドだが、誰も名乗り出ようとはしない。そりゃそうだ。
「あー、依頼人は自分ってことで。いいすかね」
声の主は周囲に軽く確認を取ると、すくっと立ち上がった。
その背は高い。七色に発光するしなやかな黒い装備に全身を包んでいる。
黒いヘルメットからの声はどこか無機質だ。
「ども、先輩。お元気そうっすね」
「……知り合いですか?」
「はい。王都の頃から付き合いがある、ニーナくんですね」
「貴族のお二人っすよね? お初にお目にかかるっす。自分は7659291927──長いんで、ニーナとでも呼んで貰えりゃいいすよ。ランクはA、機械専門の蒐集者やってるっす」
冒険者は偽名を名乗ることも割と普通にやっている。
鑑定なりをすれば本名も知れるんだろうけど、まあ、その辺触れるのはトラブルの元だ。自分で付けた名前には、そうありたいという願い、在り方が籠もっているものだろうし。
「ちょうど此処にいい感じのダンジョンがあるって聞いたんで。来たんすよ」
ハンターという立場はなかなか仕事が絶えない。冒険者ギルドから調査するダンジョンを指示されて国内の北から南へ駆けていき、効率よく資源を回収し、用途のわからない資源を解明する。
とはいえ、特定の拠点を持つタイプじゃないから、デロル領の冒険者とはそこまで接点はないはずなんだけど……この様子だとそうでもないのかな?
「センパイは人付き合いダメなとこあるっすよね」
逆にニーナくんはその辺りが強い。旅慣れているのもあるんだろうと思うけど、僕らとすら初対面から良好な関係を築いていた。
僕は当時既にDランクで、ニーナくんは冒険者になろうとしてたところだったかな。ま、すぐに追い抜かれた。
「んー……報酬、報酬……。銅貨1枚で収めるってワケにもいかないっすよねぇ……。
あ、じゃあこういうのどうでしょう? ここは値千金の情報提供で。
──王家は今、千年祭に合わせて旧王都……《黄昏郷ホロウ・タイレル》を、今を生きる人の手に奪還しようとしているっす」




