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 身体がふわふわと宙に浮いている。



 背景では、なにやら薄ぼんやりと赤と青と緑がちかちか光っては消え、光っては消えを繰り返している。


 僕の周りに人影が浮いては消え、消えては浮かぶ。世界のディティールが曖昧だ。



 手のひらを見た。


 ぼやけた輪郭に、肌の色だけが浮き上がっている。



 ──ああ、ここは夢の世界か。


 すっと理解が先にきた。夢の中で、はっと夢であることに気づいた感覚。



「気づいたか」



 僕に声をかける存在がいる。



 振り向くと──感覚的な意味だ。僕の身体はそこに残したまま、僕の意識だけが振り向いている──そこには、精悍な顔つきの老人と、小さな女の子が重ね合わさった人影が立っていた。


 まるで心当たりがない。どちらさまですかね。



「[私/私]は、既に[お前/貴方]と邂逅を果たしている」



 ああ、つまり既に名乗ってたと? それは失礼しました。いや、申し訳ないですね。


 こんなインパクトがある人忘れないと思うんですけど、まあ、そういうこともあるんでしょうね。



「ここは夢。現に戻れば、記憶の糸は解れ薄らぐもの。このやりとりも、幾度となく繰り返してきた」


 これ謝り損でしたね? ああ、名乗らないのはどうせ忘れるからと。賢明ですね。


 まあ、夢の登場人物なんてそんなものか。僕の夢らしく発言も適当なんだな。


 誠実さが足りないよね。三個くらい分けてもいいですよ?



「【私/私】は、世界に遺った【力/記憶】の残滓。【ブーバ/キキ】の影」



 はあ。夢の登場人物ではなく、なんかの絞りカスさんなんですね。そりゃよかった。


 そういう設定の夢の人なんですね。込み入ってるなぁ僕の夢。


 で? 何の用ですか。用がないなら今すぐ出てってくれません?



「[お前/貴方]は、世界が公正であることを望んでいる」


 はい? 突然何を言うんですかね、カスさん。

 メリーの幼なじみである僕は多分、世界で誰よりも恵まれてますけどー? 公正って平らにならすってことですよね。その立場を自分から苦しくしようなんて考えたこともないですね。

 それに、そもそも公正って何ですか。

 善人は笑われて騙される。最初から報われない努力の方が多い。《ステータス》って何ですかね。《スキル》って何だろう。そんなものに規定される人の一生って何だ。

 世界が公正だなんて、僕は一度として考えたこともないですよ。

 想像力がたくましいなあ。


「世界が、脅かされている」


 はあ。話を聞いてくれないんですね。

 というか、僕にそれを警告して何の意味があるんです? 重要事項ならメリーにどうぞ?

 僕は誰かの都合でメリーに動いてもらいたくないんですよ。

 特に、僕を通すことでメリーが動くだろ、って魂胆の相手が何より一番嫌いなんだ。


「あれに、何かを選ぶことはできない」


 ──ふざけるなよ?お前にメリーの何がわかるんだ。

 僕は殴りかかろうとして──意識だけがぐっと動いて、やはり身体は動かないまま──無駄であることを悟って、やめた。

 不快な夢だ。とっとと覚めろ。こんな馬鹿野郎と問答を続ける必要はない。


「必要はある。記憶の糸は解け薄らいでも、形が消えるわけではない」


 ああ、そうですかそうですか。だから僕は最初っから貴方のことどうにも好きになれなかったんですかね。

 今まで似たような問答をしてきたんだろ? その度に僕はあんたのことが嫌いになって、その嫌悪度が積み重なってるんだろうな。


 ずかずかと土足で僕の心に踏み込んでくるなよ。ここは僕のスペースだ。

 あんた相手には、言葉を取り繕おうって気にすらなれない。


「[お前/貴方]は──」




 それからも、何度も、中身のない問答は続いた。


 ほんとにすっごい中身がない会話で、覚えててもしょうがない。


 何が世界が脅かされている、だ。

 そんなの僕が知るかよ。僕に任せるんじゃなくて自分でどうぞ?

 こんなくだらない夢、起きたら二秒で忘れてやる。


「ん……。おはよう、メリー」


「ん。ゆめ。みてた? めだま、ぐるぐる」


「いや、どうだったかなぁ……。見てた気もするけどね。忘れたってことは、多分たいした内容じゃないよ」


「そか」


「うん。全然大した内容じゃない」


「ん」


「ところで……、近いね。起きたら顔が目の前にあるなんてびっくりしたよ。まつげなんてほら、長いから僕のまぶたにちくちく刺さってる」


「ずっと。みてた」


「ずっとその体勢だったの?」


「めりは。ねない。つかれない」


 《適応》の進んだ肉体には、休息は必要ではない。

 必要ではないけれど、僕には、彼女が世界から取り残されてしまったように見えてならない。


 確かに疲れないかもしれないし、寝なくていいのはある意味便利かもしれないよ。

 だけど、僕は君に、しっかり寝て、しっかり食べて。

 毎日を気持ちよく、優しく、人間らしく過ごしてほしいと思っているんだ。

 それが僕の──。


「きふぃ。ぶらし」


「ううん、着替えが先だよ。今日はどれ着たい?」


「まだ。じかんある」


「まだ陽は登ってないけどさ」


「ぶらし」


「僕も君の髪をいじるのは嫌いじゃないよ。嫌いじゃないけど、着替えを先にだね」


「ぶらし」


「はあ……。メリーには勝てないなぁ。何せ力が強い。しょうがない、ちょっと取ってくるよ」


「ん」


「じゃあ、ベッドに座っててね。もちろん慎重に──ああ、また弁償しないといけないな、これは」

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