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「レベッカさんは便利だなぁ」「ぶちのめすぞ」



 レベッカさんは株券を裏返しにして上から下からほんほんと眺めながら、透明な二枚のフィルムを貼り合わせた。公的証書を保存する時に使うやつだ。

 それから、何事かをぶつぶつと呪文のように呟いている。


「永久保存っ……繊細なタッチで、しかし大胆にメリスさんの笑顔を描いている……解釈完全一致だこれっ……、見たことないけど絶対こういう顔だって顔してる……まず顔がいい……そして何よりもこの絵には──」



「愛が! ありますッ!!」



 うわびっくりした!?

 急に叫ぶのやめてくださいよアイリーンさん……。

 僕の耳キーンってなった。


「……そのひと、フツーにアンタの関係者やってんですね?」


「ええまあ……。僕もその、色々と思うところがなくはないのですが……僕の関係者というか、領主屋敷でメイドさんやってますね」


「うっわ……」


 レベッカさんは首を傾げるアイリーンさんを見ながらうわあって言った。何なら僕もそう思った。

 そもそも彼女はシスター服でメイドとかいう、改めて考えると違和感の塊だったりするのだ。属性がちょっと迷子なんじゃない?と思う。……いやまあ、この国には宗教って概念がまずおぼろ寄り──ないとは言い切れない。世界が滅ぶからという理由で迷惑行為やってる連中の行動原理ははっきり言ってシューキョーのそれだろって思うし──なので、僕の違和感に共感してくれる相手はいないだろうけども。



「メリーは服とか気にしないんだもんな……」


「何着てても似合ってますし当然では?」


「似合うとか似合わないとかじゃなくて関心を持とうって話なんですよ」


「めり、きる。きるよ? きふぃのすきなふく」


「君の好きな服を着てほしいんだけど?」


 僕はため息をついた。


「なんですかそれは。最ッ悪な態度ですね? もっとメリスさんのお洋服選びに関われる幸運を噛みしめるべきですよ」


「いや毎日選んでるので」


「自慢か?」


 いや自慢とかではなく。

 毎日やってたらそれはただの日課なんですよ。同じ服着回すとか平気でするんです。魔獣の血とか平然と浴びてそのままだったりするし。


「あーもうっ! この際言わせてもらいますけどねえ! もっと、この絵を描かれたお方を見習うべきですよ! 崇高なるメリスさんの崇高さに対する敬意がある!アンタと違ってーっ!」


「いやないですよそんなん」


「あアッ!? 絵師様の何がわかるってンですかねえ!?」



「そう言われましても。描いたの僕ですし」



 レベッカさんは名状しがたい表情をした。

 顔の半分で毒虫を噛み、もう半分では甘味を食しているような、そんな顔だった。





「キレそう」



 制服を脱いだレベッカさんは、開口一番にそう言った。


 冒険者ギルドは2の鐘で始業し5の鐘に終業する。僕の銀時計で言えば、9時から18時、8時間勤務のお仕事だ。

 鐘の音が聞こえてからのレベッカさんの動きは速かった。一秒でも早く帰ろうという意志を感じた。


「そこ理解してて引き留めてンですね」


「ええまあ。こちらにも都合があるので。レベッカさんの余暇時間より大切な話がしたいんですね」


「私にとってプライベートほど大切なモノはねぇーんですが?」


「その考えに同意するところはありますよ」


 僕はステラ様とシアさんを見た。なんかアイリーンさんもまだ居た。

 もう帰っていいんですが。……ん?食事する約束をしたな。したっけ。したような……?したな。うん。したと思う。


「えーと。とりあえず一緒にごはん食べませんか」


「は? なんでアンタとディナーを一緒にしなきゃならんの。嫌ですよ」


「そうです? でも、僕もご飯の時間を遅らせるのは嫌なのでー。味は保証しますよ。あとメリーも一緒です」


「ん。めり、たべる。たべる?」


「食べますっ!」


 爆釣れじゃん。ウケる。


「ころすぞ」





 迷宮公社ステラリアドネを成立させる上で、この地の冒険者ギルドとは改めて話をツケる必要がある。


 クロイシャさんには冒険者ギルドと競合しないと言ったし、グレプヴァインにも規約上問題ではないと言われている。しかし個人ではなく商会として活動するなら──アガりが増えてきたらギルド側も問題にするだろう。僕はグレプヴァインの言葉を一切信用していない。

 だから、迷宮都市デロル冒険者ギルドの代表者として、レベッカさんにも株券を持ってもらう──より深い関係者になってもらわないことには困るのだ。



「……とても、非常に、ひっじょーにタイミング良く、本日当ギルドに食料支援を引き上げるという通達がロールレア家からありました。それから、冒険者キフィナスの身柄引き渡しも要請されました」


「へえ。やっぱり動きが早いですねー。それと僕の身柄かぁ。引き渡すわけにもいかないから大変ですね?」


 レベッカさんは舌打ちをした。制服を着ていないからか、いつもより態度が悪い。

 なんだろう……ただ、僕を引き渡せない理由があるから大変だなあって同情してあげてみただけなんだけどなぁ?


 ──冒険者ギルドには、所属している冒険者を護る義務がある。冒険者が個人でなく集団・組織化したのは、相互扶助のためであり、その名残のような文言は規約として明言されている。

 一貴族の癇癪で優秀な冒険者を失うのは採算が合わないということだ。まあ僕はひょっとするとあまり優秀な冒険者じゃないかもしれない。けど、悪くも悪くも注目を集めている自覚はある。

 冒険者ギルドが安易に僕の身柄を引き渡さないことは、冒険者ギルドの精神とやらが嘘偽りでないことを周囲に示すという意味合いもあるのだろう。

 まあ逮捕状などがあればまた話は変わってくるが──憲兵隊は今、その機能を停止しているからね。その地を治める領主は権力者であるが、適正な手続きを整えてなきゃ突っぱねることができなくはない。


「だけど、この要求を謝絶すれば関係は悪化する。ロールレア家の秘密を知るであろう僕は、彼らにとっては生かしておけない相手だ。それに協力しないことは、カドが立つというものです。

 しかし一方で、現領主には対抗勢力がいて、こちらが勝つことに賭ければ今回の態度が大きなプラスになる。僕はこれで、ナンバー2の立ち位置ですからねー」


 グレプヴァインは、冒険者ギルドは伯爵家のお家問題に対して静観すると言った。

 ──そうはさせない。積極的に介入してもらう。何せ、僕らは味方が少ないからね。

 ここで食料支援の停止と、僕の冒険者という立場がとても都合よく機能するというわけだ。


「……ええ。確かにウチは、あんたの描いた絵図に乗らざるを得ない状況です。それは理解してるんですよ。だからこそムカつくんですが」


「いいえ。私の絵図よ。私の部下の行いは、私の行いと同じなのだから」


「あっ、いえそのっ、ステラ様におかれましては──」


 次期領主様を前に、色々としどろもどろになるレベッカさんを僕はニヤニヤ笑いながら眺めた。


「……キフィ。誤解を招く態度は慎むように。だからおまえは悪く言われるのです」


「いえ、別に誤解でもないですよ。レベッカさんが慌ててるの見てると笑える、という気持ちには一切嘘偽りがない」


「……おまえの気性には困ったものですね……」


「くっ……ころすっ……!」


 僕はけらけら笑った。

 すると横から伸びる手が僕のほっぺたをつねる。ステラ様だ。

 パワハラである。


「楽にしていいわよ。このひとを抓りたくなる気持ちはわかるのだわ。ほんと、ぜんぜん手足になろうって気がないのだもの」


「僕が手足とか虚弱になるだけだと思いますよー」


「ほんと不敬極まりねえですね……」


「そうね。だけど、私は形だけの敬意より、このひとの態度の方が好ましく思うわ」


「そうですか? やった。これでいくら失言をしても大丈夫ですね。つきましてはつねるのやめてください」



「いえ。やっぱり好ましくはないわね」



 僕をつねる腕が一本増えた。






「とはいえ、僕らに乗る見返りは食料支援以外にも当然用意をしています。出世払いの口約束でレベッカさんが動いてくれるとは思っていませんよ」


 メリーがお願いをすれば多分動いてくれるけど、幼なじみの頭を下げさせるくらいならこの国の全員土下座させた方がまだマシだからな。全員の額が地面に付いてたら相対的にメリーの下げる頭は低くなる。

 それに、レベッカさん個人はともかく、冒険者ギルドという組織に借りは作りたくない。



「さて……冒険者ギルドの役割としては、冒険者ならずものたちを社会へ包摂することがある。しかし残念ながらそれは設立から何百年と経ってなお上手くいってませんし、これからも上手くいく見込みが薄い。

 その理由は、貴族の統治する領民とは別の権力系統で冒険者が動いているためです。ある程度の活躍をしている冒険者には国内の自由な移動権が認められる。つまり冒険者は、領主が統治できる相手じゃない。異邦人ストレンジャーなんですよ。そして領内に設けられている冒険者ギルドは、領民を異邦人に変えうる施設だ。

 領主は当然、冒険者を忌むべきモノたちだと領民たちに教育する。領民が流出することは避けたいですからね」


「それは……その通りだとは思います。ですが、ウチは迷宮資源の回収によって領内の経済を回しています。領民流出の損害に対する補填も、迷宮資源を供与するという形で行っていますし。……だいたいそれが、見返りと何の関係があるんです?」



「状況の確認ですよ。小さな領地ほど、冒険者ギルドという組織があることの損害を被っている。人口の過疎化を避けるために冒険者を唾棄すべき存在だと教え込むのは合理的です。

 ああ、この街は冒険者が集まってくるのだから、無関係ではないですよ。その内、冒険者の数より宿屋が足りなくて馬小屋に泊めたりするかもしれません。困りますね? 小さなトコに敵愾心を募らせられるのも、ただでさえ人が多いウチが更に混み混みになったら表を歩いてられません。

 じゃあどうしましょう? この迷宮公社をモデルケースにするよう、田舎の弱小領地に売り込むのはいかかでしょう。僕らは、そのためのデータを提供します」


「モデルケースって……ダンジョンがあるから成立する事業でしょう?」


「もちろんダンジョンって建前がなきゃ売り込めませんが、別にダンジョンがなくても問題ありませんよ。

 領主が運営する株式会社というシステムそのものが、ひとつの情報商材として成立するんです。貴族であるという権威を──信用を担保にすることで、財政を動かすことができる仕組みがね。ああ、もちろん商業規模が大きくなれば、その失敗のリスクも大きくなりますが」


 この国には、クロイシャという金融の魔人がいる。彼女は投資を受け付けるが──逆に言えば、あの魔人を通さなければ大きな経済活動ができないという状況なのだ。

 それが僕には、どうにも気持ちが悪い。


 非人間ならではの気の長いパトロンと違ってリスクは大きくなるだろうが──まあ、どれだけ勢いよく転んでも、ダンジョンと違って直ちに死にはしない。



「キフィナスさん。ひとつだけ尋ねますが。

 ──迷宮公社ステラリアドネには、どれだけ勝算がありますか?」


「一言で、負ける気がしないですね」



「そうですか。なら──私も付き合いますよ。株主には、迷宮公社の経営状況を適宜確認し、改善を促すことができる……でしょう?」


 おや?

 それは確か、僕が商人に話した内容だ。

 知ってたんですか?


「冒険者ギルドの受付は、都市で一番情報が入ってくる場所です」


 レベッカさんはそう言うと、財務諸表や企画書をぱらぱらと捲り、朱書きを付け始め──。


「ん……? ああこれ貸し借りで現金持ってるかどうかを示してるのね。ふーん。んー……。ここ改善、これ多分ミス、これメリスさん……」





「はい。これどうぞ」


 沢山の朱書きが返ってきた後の書類は、まったく宝の山だった。


「お屋敷に来ないっ!?」


「大変ありがたい申し出で恐縮ですが、そのー……」


「息詰まりそうで死んでも嫌ですって」


「一番はアンタがいるからだかんな?」


 いやーしかし、これ本当にすごいな。

 迷宮都市ギルド(さいぜんせん)の事務職の力、恐るべし……。







 王城、近衛騎士が円卓にて。


「団長殿」


「娘の報告書を読んでいた」


 デロル領の憲兵隊機能が停止した期間、アネットは業務から遠ざけられていた。

 現在、憲兵隊は伯爵家の動向を静観している。

 これまで不可解な捜査停止命令を受けていたことに、アネットから影響を受けた憲兵隊の面々には思うところがあった。


 休暇を取得したものの心休まらぬアネットは馬を駆り、王都の父にデロル領の近況を伝えた。

 父エーリッヒの言葉は「ご苦労」の一言であった。

 アネットはそれだけで報われた気持ちになり、デロル領へと早々に引き返した。



「デロル領のオームが、まだ生きていたという」



「いや……確かに、俺が仕留めたはずだ。亡骸は、他ならぬ団長殿も確認しただろう」


 騎士団長エーリッヒ・ベネディクト・マオーリアは、ロールレア家邸宅が燃えている際、直ちに追討の指示を出した。

 秘密結社《哲学者たち》の幹部にして、魔人と化したあの男に始末を付ける絶好の機会であったためだ。


 ──この国は既に滅んでいる。

 オーム迷宮伯はこの金剛石の円卓にて、いつかそう言った。


 ロールレアとマオーリアは、いずれも騎士の身分から成り上がった家系である。貴族同士の内戦、羽持つ魔獣による王国への侵攻を食い止めた功を以て、ロールレア家は王家の外戚となり、迷宮伯という座に就いた。一方でマオーリア家は騎士の位に留まり、その歴史は常に王都と共にあった。

 かつて王国の双翼と謳われた両家も、時代が下ればその本質を違える。ロールレアは領地経営に執心し、国家の臣であることよりも領地の統治者であることを意識するようになった。


 そして、10年前の王都大災禍によって王家が大きく力を落とした結果、デロル領を含む多くの領地は王家への忠を失った。

 近衛騎士団長が、デロル領へと娘を送り込んだのはその動静を監視し、適宜報告させるためだ。


(この身は、王国の供である)



 陽沈まぬ千年黄金郷は今や失われ。

 形だけ整えた新都の人心は乱れる。

 近衛騎士団長に私心は不要である。



「オームは、千年祭に合わせて大叛乱の企てをしていた。調査の必要を認めるが、どうか」


「はっ! 意義はありませぬ!」

「右に同じく!」

「調査をすべきと存じます!」


 オームの意見に追従する騎士たち。

 円卓は上下を作らぬが故に円卓であるのだが、大災禍を生き延びたエーリッヒを崇敬する者は少なくない。


「レスター」


「げっ……また俺ですか、団長殿」


「レスター! 貴様不敬だぞッ!」


「ミハエル。着座せよ。

 レスター。貴様の能力は機動力が高い。そして灰燼がいる。故に適任と判断した」


「俺は一秒でも長く姫様のお側に居たいんだが……」


「姫の安全のためだ」



「やれやれ、それを言われると弱いな。

 真偽を確認し、再度殺してくるとしよう」




-------

《服飾について》


 服飾のデザインは迷宮資源としてよく拾われてくる。文化様式が異なっていても、被服文化であれば、人が着用することを前提にしていることに変わりはないので、文字が読めなくても再現が可能なためである。

 修道服もまた、迷宮から拾われてきたデザインパターンのひとつ。服飾に限らず、迷宮資源から生み出された文化は物珍しいものとしてまず受容され、一般化して通常の文化へと溶け込んでいく。

 本作の舞台において、被服文化はスキル《裁縫》の存在があるために発達している。地球の歴史において、既製品を販売する服飾店の歴史は比較的浅い。しかしスキルの存在で省力量産化が可能であり、スキルという枠組みが存在することで専門家としてのアイデンティティの確立が図られ産業化が進みやすくなった。


 無論、服ではないものを服だと思いこんでるケースも存在している。

 キフィナスが王都にいた頃、箱から頭と足を生やしたシュールな姿が貴族界隈で流行の兆しを見せようとしていた。キフィナスの貴族への偏見はそれにより強まることとなった。


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