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ごきげんステラ



 そっと裾先を掴まれながら、僕はまた歩き出した。

 僕とシアさんの間には、再び沈黙が広がっている。

 魔力でできた氷の橋は消音効果もあるようで、爪先からは足音がろくに鳴らない。


 この空間でいちばんよく聞こえるのは、互いの呼吸の音だった。

 その沈黙を、少なくとも今の僕は、そう居心地が悪いものだとは捉えていなかった。


「…………」


 ……その場の流れに押されて、なんだかずいぶん、本来なら口にすべきじゃないことを口走ってしまった気がする。

 勿論ぜんぶ嘘だ。当然でたらめの適当だ。僕は誰に何を言われようがどこ吹く風の唐変木なのであるからして、さっきのだってあえて言うなら、ええと……、そうだ、傲慢な権力者様の気を引いて同情を買おうとした卑劣な戦略的態度だ。

 そういうことにしておく。



 ランタンが幽かに照らす薄明かりの中、横目でシアさんを見る。

 ……背すじの伸びた、楚々とした立ち姿をしている。

 いつもよりも頬の血色がいいように見えるのは、光の悪戯だろうか。



 彼女に想いを向けられても、返せるものは何もない。

 好きだからと言われても、何をどうすることもない。

 僕とシアさんの関係は、今までと何事も変わらない。


 ──ただ、彼女の言葉を、胸に抱えると言うだけだ。


 だいたい今の僕らは、まずニセ領主からロールレア家を綺麗な形で奪い返すことを考えなきゃいけない身だ。シアさんも当然、そこは弁えている。

 ダンジョンを出れば、僕とシアさんの関係は従者とその主だ。シアさんはそういった体裁をしっかり意識してる人である。

 だからこそ、こうして二人きりの、誰もいないところで想いを告げてくれた……んだと思う。


 こちらとしては、それはそれでやりづらいったらないんだけど……、……ただ、まあ。

 いつか未来に、シアさんが今日を振り返ったとき。

 ──後悔させないような僕でありたいとは思う。


 それくらいなら、たとえこんな僕でも、まだ烏滸がましくはないんじゃないかと思った。





 それから程なくして、僕らはメリーたちと合流した。

 突然バギギッ!って壁をぶち割ってメリーが出てきたのだ。普通にびっくりして氷上でスッ転んだ。シアさんが咄嗟に雪のクッションを作ってくれて事なきを得た。

 そういうの事前に合図くれないかな……!? 切実に……!


「ふふふふ……、ふふふふふ……! シアもあなたも、怪我がないようで何よりなのだわ?」


 ステラ様がなにやらニマニマしている。今し方おいしい空気吸いました吸ってました、みたいな顔だ。


「……姉さま」


「なっ……、なにかしら?」


「見ましたか」


 シアさんの端的な問いに、ステラ様は目に見えて動揺した。

 あっちこっち見てる。シアさんと目を合わせないようにして……、あ、シアさんの視線から温度が下がった。

 揺れる熱視線。どんどん下がっていく温度。



「も、ももっ……、黙秘! 黙秘しますっ!! 私にはその権利があるのだわ!」



「…………そうですか。見ましたか。……メリスの仕業ですね。……十分に距離が離れていたはずだったのですが……」


「メリーなにしてんの?」


「みてたよ」


 見てたよ、じゃないんですよ。メリーさんはなんでそういうコト平然とした顔でしてくるのか……!?

 ダメだろそういうの! なんていうか……、その、なんかダメだろ人として……!


「……いえ。メリスを非難するつもりはありません。メリスは、遠方の光景を映し出す自分の能力を既に開示しています。

 安全確認のために相手の動向を確認する行動は、合理的な判断に依るものでしょう」


「シアさんが好意的に解釈してくれて何よりですけど、メリーは普通に性格悪いとこありますよ。無口だからそれが目立たないだけで。人の行動を娯楽だと思っているフシがある……」



「構いません。……私は、胸の底で蟠りを作っていた感情を、好意であるとようやく定義づけたのです。そして、おまえに愛を伝えました。

 それだけのことです。ですから、たとえ見られていようが、恥じるところはありません」


「……そこまでは見てないわ!? えっ!? え! えーっ!? シアってばそんなダイタンなコトしたの!? それ見たい……っ!」



「……は、恥じるところはありません」


 シアさんは自分に言い聞かせるように繰り返した。


「なに?なぁに?なんて言ったのシアっ? キフィナスさんは応えてくれたの?もちろん応えてくれたのよねっ! だってこんなに可愛いんですものねっ!」


「あの、ステラ様。そういうのじゃないんで」


「そーゆーのってどゆのかしらっ。ふふふっ。ふふふふふふ!」


 ステラ様は僕とシアさんの間をぐるぐる回っている。

 普通にウザいなって思った。あ、そこクソ雑魚(ゴブリン)来てますよ。



「邪魔っ! ──ねえねえっ! 教えてちょうだいシアっ」


「……黙秘します」


「ええーっ? じゃあキフィナスさんっ!」


「一睨みで煙に変えるのほんとやりたい放題なんだよな。あのー肩揺らすのやめてくださいウザいです。超ウザいですステラ様」



 かくして。

 僕らのダンジョン探索はステラ様がちょろちょろと鬱陶しいピクニックへと変化した。



「おーしーえーてーちょーうーだーいーよー」


「シアさんの方行ってくださいマジで邪魔くさいんで」


「いやよ。そろそろシアの目の温度が怖いのだもの」


「僕ならいいみたいな態度がここまで透け透けだと逆に腹立たなくなるから不思議だよな。肩揺すらないでください」


「めりも。やる」


「え? やめて? バカ? あのねぇバカ力のメリーがバカみたいに僕揺すったら全身が攪拌されて人間ミンチになばばばばばばばばばばッ」








 ……とりあえず人間ミンチにはなってなかった。


 魔獣由来の素材は、血と臓腑の臭いがキツい上にかさばるから運ぶのが大変という難点がある。そういうわけで、ステラ様のその辺の雑魚は即焼却という対応は効率的だ。


「もうっ。ヒミツにするなんて。ズルいのだわ二人とも」


 まあ当人はそういうの全く意識してなさそうだけど。

 あと別にズルくないですけど。


「んなことより一旦休憩です。拾ったモノの整理しましょう」


「まだ全然探索できるわよ?」


「休憩ってのは少し過剰なくらいでいいんですよ。人間の集中力ってそんな長く続かないです。ステラ様もシアさんも視線ひとつで相手を殺せますが、それでも目は疲れるでしょう」


「……あなた、いつもよりちょっと過保護になってない?」


「別に。このダンジョン残すか、それともコアを破壊するか。そろそろ判断しときましょうってだけです」


「潰す。壊す。破壊する」


「多数決にしようねメリー。ここダメならどっか今日潜ってあげるから」


「ここ壊す。べつのとこも壊す」


「ダメですー。ここ壊すなら今日のノルマはおしまいでーーす」



 僕はメリーを適当に撫であやしながら、ちょうどいい狭さの横穴に集まった。

 その付近には、鳴子の付けた糸を何本も張って通行止めと魔獣の接近感知を兼ねている。

 そこに闇蝙蝠の翼膜(レジャーシート)を広げ、回収した迷宮資源(見込み)を並べていく。


「私たちも拾ってきたわよ。ここに置けばいいのよね?」


「はい。いいですが……なんですかそのゴミ。いかにも雑に見かけた葉っぱを雑に毟ってきた、みたいな……そんな採り方じゃ納品できないで──っ鬼目刺し草なんて拾ってる……!? ステラ様トゲ刺さってないですよね!?」


「大丈夫だと思うわよ?」


「ちょっと手出してください。早くっ。毒草に素手で触るとか……! ……採取するのに素手とかダメだって言ってなかったっけ僕……? 傷は見えませんけど念のため後で施薬院行きますからね? ああもう、これはゴミ、これもゴミ……」


 メリーとステラ様が拾ってきたゴミのようなゴミを僕はポイ捨てしていく。メリーが拾ったものはもれなく強い力で形が歪んでるし、ステラ様の拾ったものは回収の仕方が雑だ。


「ちょっと! 売れるかもしれないじゃない!」


「二人ともよくこれに値が付くと思ったなってのが正直な感想なんですが。ステラ様のこの辺のやつ(毒草)売るのはやめた方がいいと思いますし。これらのゴミは穴掘って埋めてから焼きますよ」


「めりのは。うれる。うれるよ?」


「そうだねー。この草と土とを強引に固めて丸くしたやつとか前衛美術みたいになってるもんねー。

 はい。ゴミです。誰が買うんだよ」


「なげると。ばくはつする」


「は?これ《概念》入り? そんなのなおさら売れるわけないだろ……! その爆発の威力、もちろん加減……してないな。これは僕が管理する……!!」


 僕は注意深くメリーの《うれるもの》をすべて回収した。メリーが売れるって認識したってことは絶対なんかヤクい何かが混入しているに違いない。


「あっズルいっ。わたしのも保存して頂戴」


「ズルくないです。意味不明なこと言い出すの意味不明なのでやめてください」


「だって、そこでメリスさんだけひいきされると、なんかわたしだけゴミ持ってきたみたいじゃない」


「事実ゴミ持ってきたんですよ。まあ産業廃棄物的な取り扱いに困るゴミ持ってきたどっかの金髪の子よりマシですけど。これは、間違っても贔屓ではないです……!」




 結局、集まったのはだいたい僕が採取したもの──あの後シアさんと一緒に拾ったものも含む。『おまえのことを、些細なことでも、ひとつひとつ教えてください』とか言われたので採り方を教えた──だった。

 あ、それから、かろうじて売れそうなステラ様のゴミも一部だけ残している。


「……どの程度の値段となりますか、キフィ」


「そうですね……。んー、相手選んで手段選ばなければ、その辺の棒きれ一本を金貨十枚で売りつけるくらいはできなくないですが」


「……労力の無駄です。おまえの信用を切り売りさせる気はありません。通常の相場で算定するように」


「通常の相場って考えがまず難しいんですけどね。相場って各商会ごとに、物品を取り扱ってるギルドごとにぜんっぜん違いますし。んーまあ、冒険者ギルドに卸してなら……金貨3枚ってところですかね? この本が何書いてるかで変わります。まあ卸しませんけど。装丁や紙の質が綺麗だから、ぜんぜん解読できなくてもアスタールク商会には買い取ってもらえそうですし」


 ここで言う金貨は、現在でも王都タイレリアにて毎年鋳造・発行されていて市場に流通している先代シド王金貨だ。《六枚金貨》とかいう一枚で6枚分の大型金貨とかも同時に作ってて(なんでそんなもの作ったの? 貨幣って経済活動のためのツールだろ。金貨とか1枚でも庶民じゃ手出ないぞ。それを6枚まとめる意味?)そこに過去に発行されてた貨幣とか各領地が独自で発行してる貨幣とかが混ざって、なんかもう本当にマジでこの国の経済無駄に無意味にややこしいぃ……。

 追放される前、僕が新生ロールレア家の経理帳簿を付けていたわけだが──なにせ複式簿記は東京由来の知識で僕しか使ってない──実のところ肌感覚としてかなり曖昧だ。取引記録で貨幣の名前と枚数記録してるから後でいくらでも参照はできるけども。

 だいたい2枚で大都市で最も優秀な大工さんに──地属性魔法を得意とする建築家だ──1日で宿屋を綺麗に修繕してもらえる。こう聞くと結構な額な気もするんだけど、白身魚で金貨1枚とか取ったりする。各ギルドが価格設定を行政指導を受けない範囲で自由に決めやがるせいで、実際の市場を見ないとわからないし、それも生き物のようにコロコロ変わるような代物である。

 もし僕が国の差配を自由に決められるタイプの絶対的最高権力者になったらまず貨幣の固定相場制と商品の定価販売制とを導入したいなと切実に思う……!


「金貨3枚ね。この服と同じと考えると……まあ……悪くないのかしら?」


「……日々の公務で。指先で手に入る金額を考えると、どうなのでしょう」


「これは冒険者の一回の仕事として高いの? 安いの? 基準がわからないと判断ができないわ」


「んー、稼ぎ方を知らないその辺のアホよりマシですけど、植物プラントとか特定分野の専門家ハンターなら、あるいは別のダンジョンならもっと稼げるって感じですかね」


「曖昧な答えね」


「ほんとにダンジョン次第なんですよ。平均値も中央値も役に立たないんです。なんか適当なダンジョンでも、拾った物品がキラついてればそれだけで高値出してもらえたりしますし。いつかの黄金都市とか」


「む。一応言っておきますけれど、あれは錬金術の研究対象なので拠出できないわ。思い出の品でもあるしね」


「勝利条件を達成するにあたり、軍資金は多ければ多いほどいいんですけどねー」



「勝ち方というものがあるのよ。──不当な簒奪者を追い落とすのに、わたしの私財を投げうる必要があって?」



「いやそういう貴族的なトコいらないんですが──」


「……いえ。姉さまの言うとおりです。我々には正当性がある。……自己の品位を貶める必要は、どこにもないのですよ。当然のように勝つことを志向してよいのです」


「……はあ。まあ、シアさんが言うなら可能な限りは努力しますけども」


「ありがとう。キフィ。信じています」


「……別に。これくらい当然のことですし。礼には及びませんし」



「ほんとに何があったのっ!?」



 なんすか。別に騒ぐほどのことないですよ。

 僕は広げた戦利品を巾着袋ポーチにしまいながらため息をついた。





「……あっ! あなたシアの呼び方変えたでしょ!」


「別に……」


「ふふふふっ。ねえねえシアーっ? あのひと、かなり気安くなったけれど、いつもみたいに不敬って言わないの?」


「……不問とします」


「ふーん。ふーーん。……これはたいへんに面白いのだわ!」

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