「迷宮は換気がよくない」──キフィナス談《挿絵あり》
「ふー……。まさかあそこまで怒るなんてなあ。冗談のつもりだったんだけど」
レベッカさんならいっかなーって気持ちがなかったと言ったら嘘になる。通るんじゃないかなと思った。ただ、通るか通らないかで聞かれたら割合的にはギリギリ4割通るくらいの気持ちの発言なので、つまり場を和ます冗談に分類されるべきだ。
まあもっとも、僕の薬草依頼受託を断る権限はレベッカさんにはない。上の人間の証文があったりするなら別だけどね。
「今日も行くのかい、メリー」
「ん。ペースはやい。めり。いく。つぶす」
「そっか。ついてくよ」
「ん」
僕らが拠点としている《迷宮都市デロル》のダンジョンの生成速度が、ここ数ヶ月のところかなり速い。それもあって冒険者が活発だ。
冒険者という生き物はだいたい血気盛んで、短慮で、つまるところ命知らずなのでぽんぽん死ぬ。死んでは新しい人員が補充されていく。
僕はできればそういうのとは無縁でありたいんだけど──幼なじみのメリーがダンジョンに執着しているからなぁ。
ダンジョン最深部にある《ダンジョン・コア》を破壊することで、異界と化した土地は正常化する。
そして、多量の《経験値》が手に入り、それによって冒険者は《適応》を増していく。
メリーの目的は、ダンジョン・コアの破壊だ。今のメリーは、その目的を達成すること以外にほとんど興味を示さない。
「きふぃ。てきお、した?」
「いや。ぜんぜんまったく。多分向いてないんだろうね」
ダンジョンへの適応には個人差がある。
ダンジョンに適応した人間は薬草をかじるだけで体力が回復するし、自分が手にしている武器の重さを感じなくなり、武器の刃は自分を傷つけなくなる。指や腕が飛ぶような怪我をしても後遺症を残さず綺麗に回復する。
一般に、ダンジョンで過ごす時間が長ければ長いほど、そのランクが高ければ高いほど適応も進む。
……けど、どうやら僕は、自分でも呆れるくらいダンジョンへの適性がなかったみたいだった。
薬草をかじったら吐くし、重いものは持てない。手指が飛ぶようなことはしたくないけど、仮に飛んでも治らない。適応した人にとってダンジョンの空気は清涼なものだと言うけど、一度も清涼さなんて感じない。
僕が《灰髪》なのも関わっているのかなぁ。いや、知らないけど。
「ところでメリー。君はいつまでその体勢を続けるんだろう」
「しばらく」
「それは困るなあ」
一方で、メリーはダンジョンに対する適性が高すぎた。
薬草での体力回復は当たり前。メリーはいつも素手だけど、やろうと思えば城を土台から引っこ抜いて振り回せる。手指が飛ぶどころか、そもそも刃なんてまったく通らない。
メリーは昔から強かった。強かったんだけど、ここ数年はちょっと常軌を逸した強さになった。
「メリー。ドア、開けるね」
「ん」
……強すぎて、日常生活がおぼつかないくらいに。
力の加減が利かないんだろう。ドアは破壊するし、食器は手にした瞬間破裂する。ベッドは既に何台も壊してる。寝ている時とかは意識がないからいつも以上にやばい。
適応が進んだメリーには睡眠をとる必要はなくなっているらしいんだけど、隣の子が寝てないとか僕の方が落ち着かない。どうも寝ている僕の顔をじーーーー……っと眺めて過ごしてるみたいだし。
それに気づいたとき怖っ!ってなった。薄目あけたらおでこに体温感じるくらいの距離で僕のこと凝視してるの。怖っ!!ってなった。
「メリー?」
僕はふわふわの金髪を撫でた。メリーはきゅっと目を細める。
……昔は、もっと活発な子だったと思う。僕らが生まれ育った場所ではいつも、メリーが僕を引っ張って外に連れ回していたはずだ。
旅に出るきっかけも……。《辺境》での記憶は思い出したくないことも多いけど、メリーがいつも僕を引っ張ってくれたことは覚えている。
ほんと、いつから変わったんだろうな。
……さて、それはそれとして。
今日行くことになったダンジョンは《怪虫の巣穴》というらしい。ここからほど近い場所に位置する、メリーが《感知》したダンジョンだ。
恐らく、まだ一般に知られていない。レベッカさんに仕事を見せて貰ったときに一通り確認したが、ここの調査依頼はなかった。
そのため、規模も生息モンスターも不明。名前から虫系のモンスターが出てくる可能性はあるけど……名前は割とアテにならない。出ないといいなぁ、虫苦手だし。
「よわい。あんぜん。あんしん」
「そっか。それはいいね。すごくいい」
「めりがうごかなくても。かてる。よゆ」
「やる気ないなら帰ってもいいんだよ」
「がんばるのはきふぃ。あんぜん。がんばる」
「僕が無理そうなのは全部メリーなんとかしてね」
「ん」
よし保険かけたぞ。
……とはいえ、いくらいつもより安全って言われたって、ダンジョンである以上僕は油断しないけど。
油断は簡単に死を招く。その根本原理は、僕らが冒険者になる前、王国まで旅をしてきた頃から何一つ変わらない。
そもそも今日のメリーはおやすみモード入っていていつもより目がとろんとしてるわけで。
今も僕の上半身をがっちり掴んだままのわけで……。
「日が悪い……」
とはいえ、メリーが乗り気だしなぁ。
はーーーー。仕方ないなあもう。
僕は靴の調子をしっかり整え、愛用の《十尺棒》を持ってダンジョンに向かった。
・・・
・・
・
──空気というのは、その土地ごとに大きく異なる。
例えば、今現在僕らが拠点にしてる《迷宮都市デロル》は、活気があって汗の臭いを含んで少しむわっとするし。辺境から旅してた頃に立ち寄った《巨大機甲カルスオプト》の付近は空気に煤が混ざっていてあまり深呼吸をしたくなかったりする。この国の首都である《王都タイレリア》は──まあ、いいや。
ただひとつ言えるのは、《ダンジョン》の空気はどれも一様に重く冷たい。
熟練冒険者はこの空気がたまらなく快適なんだそうだけど、好き好んでこんなところに来るやつはあまねく全員まとめて一切の例外なくどうかしてる。
申し訳程度の量の薬草を引っこ抜きながら僕はため息をついた。
「なんていうか、息するだけで帰りたくなるんだもんね……」
「とめる?」
「息の根を止めようとしないで」
僕はメリーとのディスコミュニケーションを感じながら十尺棒を地面に擦らせる。
この長い棒は感圧式の罠なんかを防いでくれるし、自分が次に足を着ける場所が問題ないかどうかを確かめられる優れものだ。
そして何より、刃がついていないので怪我をする心配がないのがありがたい!
実に便利でこれはもはや僕の分身とも言え……おっと罠発見。
「メリー。ストップ」
棒を滑らせた時の地面の感覚が違う。罠の配置は高位のダンジョンでも低位のダンジョンでも変わらない。内容が悪化する。
今日はメリーが安全って言ってるし、一番悪くて落とし穴かな?
とりあえず、これは踏まないようにしなくちゃ。ああメリー、そこ気をつけてね。罠が起動するから。
そんな感じで、僕は罠を確認しては手持ちの地図に記載していった。備えあれば憂いなし。これがあれば何かあった時に即帰れる。何か起こして帰りたい。帰りたい。
「推定E……いやD下位くらいかなあ……」
罠の質は低いけど、数がかなり多い。起動していないからどんな罠かはわからないけど、僕は認識をちょっと改めた。
このダンジョンは全然楽勝じゃないしこれを楽勝とか言い出すメリーの難易度認識はアテにならないぞ。いつものことだけど尚更そうだ。
特にCランクから混ざってくる《テレポーター》とか普通に致命的な罠だ。ダンジョン内でメリーとはぐれるとか本気で死ぬ。
だから罠についてはしっかり記載させてもらうとして──。
「きたよ」
だらりと僕に体を預けきってるメリーが、モンスターの接近を僕に告げた。
音も臭いも僕は感じないけど、メリーがそう言うなら絶対に間違いはない。
僕は曲がり角に備えた。
「ぎきいいいい……ぎきいいいい……」
ホブゴブリンの鳴き声が聞こえてくる。
多くのダンジョンでその姿を見ることになる、一般的な雑魚モンスターのゴブリン、その上位種に当たる。複数で襲いかかってくることが多い。
ゴブリンに比べて声が少し低いのが特徴だ。
この位置で逃げるのは、むしろ相手の奇襲を考えると悪手だ。ここで潰す必要がある。……あるんだけど、緊張で吐きそう。怖いなあ嫌だなあ。
でもその前に……。
「……ねえメリー。とりあえずそろそろ離れてくれない?」
「なんで?」
「いや、なんでっていうか……、まあ、その、危ないから? ほら、近くにモンスターいるよね」
「あぶなくないよ」
いや危ないんだけど……。って来た!
僕は金髪の子に抱きつかれながらホブゴブリンと応対することになる不運を呪いながら先制攻撃をした。
「ぎきゃ──げっ」
十尺棒は長い。なにせ十尺もある。
リーチが長いというのは、すなわち相手の攻撃が届かない距離から一方的に殴ることができる強みがあるということだ。
もちろん、危ないから刃はついてないし、重いのも大変なので木製だ。武器自体には大きな殺傷能力はない。
ただし、殺傷能力がないからといって戦えないわけではない。頭を強く揺すると昏倒するのは多くの生物に共通した特徴だ。
掠らせるようにホブゴブリンの顎を突き、相手の意識を奪ってまず一体。
「ふっ」
軽く息を吐き、突きの反動を殺さずに棒を滑らせる。がら空きの首筋。
──もらった。
「げきっ……」
生き物は強く叩くと死ぬ。速さの乗ったしなる棒は、柔らかい部位であれば容易に破壊できる。
二体目の首の骨を折った。これは即死だろう。
棒を引き戻して、すぐに体勢を整える。残りはあと一匹だ。
僕は正面からホブゴブリンを見据える。醜悪な顔。殺意を隠そうともしない。怖い。
ドタドタと足音を立てて近づいてくる。遅い。動きも直線的すぎる。でも勢いはある。この勢いを利用しよう。
僕は飛びかかってくるホブゴブリンをかわし、すり抜けざまに目を突き──、
「うっわぁ……」
勢い余って頭までぶち抜いてしまった。
べっとりと濁った液体がこびりついている。臭い。悪性の膿のような臭いがする。
えぐいなあ……。水で洗わないと……。
臭い残ったらどうしよう……。いっそ帰ったら買い換えるかなぁ。
まあ、その。若干の失敗はあったけど、とにかく戦闘終了だ。
「ふう……」
いやー……危なかった。
「あぶなくなかった」
僕が昏倒させたホブゴブリンを手足を縛ってからゆっくり撲殺していると、ずっと背中にへばりついていたメリーはそんなことを言う。
──いやいや、いやいや結果論でしょ。
今回は危なくなかったけど、常に注意は払い続けないといけない。さしあたってはまず足下から注意して動かないとダメだ。
転んで頭を打っただけでも人は死ぬんだよメリー。いくら注意してもしすぎじゃないし、たとえ弱いモンスターだからってこっちの命を奪おうとしてくるんだよ? もうその時点で街より危ないんだもんね。
だからその、とにかく離れてくれませんか? 僕の背中は君に抱き締められてめちゃくちゃ痛いんですよ。だんだん痛みを感じなくなってきてこれちょっとやばいんじゃないかなーって思い始めてきてるんです。
僕の死因になりたくないだろメリー? というかメリーも戦ってよ。
「だいじょぶ。あんぜん。きふぃは適応がたりない」
くそっ、なんで僕は金色の慢性ダメージ源を背中に積んだままダンジョンに潜ってるんだ。
だいたいダンジョンって臭いんだよ。生物もそうだし汗の臭いもそうだし土の臭いも風の臭いもああもうとにかく──!
「あああ帰りたいなぁ……まっすぐ街に帰りたい……」
《迷宮都市デロル》
良質な資源が採取できるダンジョンを保有している都市の構造は、地球で言うところの鉱山都市に近く、ダンジョンを中心に開発が進む。迷宮都市と名の付く都市は数多く見られるが、デロルもまた例外ではない。
首都である《王都タイレリア》から馬車で三日ほどの距離にある伯爵領。ロールレア家が治めている。
《タイレル王国》では領主の裁量権がとても大きく、一部の大都市には独自の徴税法を施行することすらも許されている。迷宮都市デロルは、その大都市に当たる。
迷宮都市の名の通り、大型ダンジョンが数多く生成される地であり、資源産出量も多い。
ダンジョン資源を元にした研究開発も盛んに行われており、王国内でもかなり活気のある都市である。
《適応》
《経験値》を得ることをきっかけとして起こる新陳代謝。レベルアップ。
肉体的な変化はなく、《ステータス》それ自体を向上させる。
個人差が大きいが、一般に幼ければ幼いほど適応するまでの経験値効率がよい。冒険者という職業が児童労働に繋がっている一因である。
この世界に労働基準法はなく、児童労働もまた許容されているのだ。
《灰髪》
この世界において、人間の毛髪は個人の魔力を反映した色合いになる。
火に適性があれば赤、水に適正があれば青など……人間にはさまざまな適性があるため、それだけ多様な髪色がある。
髪色の鮮やかさと保有魔力量は比例する。ツヤツヤの髪で人の目を惹きたければ、手入れするより魔力を鍛えた方がいい……というのは、誰もが知ってる冗談だ。
……しかし、灰の髪は魔力を映さない。彼らには魔力が存在しない。《ステータス》をチェックする恩恵も受けられない。
そんな彼らは、社会生活から排斥されることも多い。就業条件に特定のステータスの基準値を設けている職業も少なくないためである。
低DEXな針子は縫い物を上手く作れないし、低INT教師に子どもを預ける親はいない。ステータスによる選別は合理的で、何より判断するまでに時間がかからない。
冒険者という職業は、そんな彼らの受け皿になっているという側面もある。ステータスが見えない──同業者に手の内を明かさないことが、メリットにもなるためだ。
しかし、五体満足でその仕事を全うできる灰髪は遙かに少ない。
彼らには、物言わぬ石や雑草すら持っている魔力がないのだから。