*おおっと テレポータ*
貴族相手にウケるように、ねえ……。
僕は使用人として雇われたのであって、道化として雇われたわけではないと認識していたんですけどねー?
「……道化に等しき言動をしている自覚はないのですか?」
「ね。いつも言葉でちくちく刺してくるじゃない」
「は。刺される側が悪いんですよ。隙を見せるからいけないんじゃないですかね。がら空きの背中見たら刺したくもなります」
「そうかしら? 確かに私は未熟者かもしれないわ。だけど、あなたが力を貸してくれるのは、多分私が未熟だからでしょう?」
「うわっ、めんどくさい思考に行き着きやがりましたね……」
「もちろん、いつまでも未熟でいるつもりはありません。貴族は、自分の足で立ち、領民を導く義務があるのですもの。
……だけど、弱いことは罪ではないのだわ。それで得することだって沢山あるし、見せていいひとには見せたっていいものだって。わたしは、そう思うの」
ドヤっとした顔で語られているところ大変恐縮ながら、僕にはぜんっぜん理解のできない理論だった。
勿論、相手の油断を誘えるって意味で弱さを有効に扱うことはできる。暗器としてとても有効だ。そういった狡猾さは、僕のよく知ってる貴族らしい振る舞いといえるだろう。
──だけど、この世界で、弱いことは罪だ。……そうでなければ、灰色の髪を持つ人々が、社会から排斥されたりはしない。
箱庭で生きてきたステラ様は、まだ、世間の何たるかを知らない。
そして何より、彼女は血でも力でも、上位者であることが揺るがない。
そんな彼女の、はっきり言えば薄っぺらな言葉を否定するのはすごく簡単で──だというのに、どこか、くすぐったく感じる僕がいる。
「……できるでしょう、キフィ」
そうして、こうやって信頼の籠もった眼差しを向けてくるんだ。
……この子たちは僕を乗せるのが上手いんだよな、ほんとさ。
「はーー。やりますよ。やればいいんでしょう。バカみたいなリクエストにお応えしますよ。バカみたいな」
貴族にウケる、ねぇ……。いや、灰髪の時点でそんなの無理だろって話なんだけど……。
ま、目を惹くような動きってことなら、できなくはない。
ちょっとどいててね、メリー。
「ん」
手元の棒を両手に持ち、正中線に構える。
まずは腕を軸に一回転。それを掴み、棒の回転に従うように身体を運ばせる。
ペン回しの要領だ。全身を使って棒きれを回転させた。
「……これは……?」
棒からは、ひゅんひゅんと風を切る音がする。
演舞──間違っても、戦闘に使えるような動きじゃない。
ただ、無駄な力は入れず、身体の可動範囲に沿うように棒を動かし、棒の動きに合わせて身体を合わせるだけだ。そして時折、だ、だん!と地を踏んでステップを刻む。
粗と緻を織り合わせれば、大抵のものは、即席でもそう見苦しくはならない。
無理のない動きにして、
無駄のない動きにして、
意味のない動きである。
さて、物音を立てていたので当然魔獣がやってきた。
僕はぶんぶんと無駄に棒を振り回しながら前にいたゴブリンをハイキックで蹴り倒し(棒を使わない)、これまた意味もなく棒を手の中で10回転ほどさせながら前方宙返りキメつつ(棒を使わず跳ぶ)倒れたゴブリンの首を手でへし折った(やっぱり棒を使わない)。
そのままステップを踏みつつゴブリンの死体を蹴り飛ばし、残心っぽいポーズを決め──あっ。
足下から、カチッて。
不吉な音がした。
「ちょっ、えっやばいやばいっ、やばばば、ばぁッ──とりあえずみんな僕からすぐ離れッ──!」
「キフィっ──」
「…………えーーっとですね。僕は。悪くないと思うんです」
あからさまに周囲の景色が違う。辺りは暗く、視界が悪い。
どこか屋内だった回廊と異なり、壁にはごつごつとした岩肌が露出している。滑らせる棒が教えてくれた。
「……どうなったのですか?」
後方からシア様の声がした。……どうやら、一緒に飛ばされたのはシア様だけみたいだ。
「罠を踏んじゃったみたいです。すごく悪質な《テレポーター》って罠で、最悪壁の中に飛ばされて圧死もあり得るやつですね。いやぁ、ほんと幸運でしたね……。いや罠踏んだ時点で幸運ではないな。あと、僕は悪くないです」
「……なるほど。復帰は可能でしょうか」
「僕は悪くないです。おそらくメリーが探してくれると思いますが──仮に虐待が始まっても食料は問題ないです。待つにしても進むにしても、とりあえず、安全そうな場所まで動いた方がいいかもですね。シア様は──」
「……様、ではなく」
「え? まだその無茶振り生きてるんですか……? 忘れてればよかったのに……。いやでも、ほら、やっぱ敬意は必要ですよね?」
「……敬意を持つという意識は評価します。しかし、私は、構わないと言っているのです。……そう、おまえが罠を踏んだ原因のひとつには、わたくしの指示があったことは疑いありません。……ええ、認めましょう。ですから、今回は、こちらにも非があります。ですからっ……、そうです、気安い呼称を許そうというのです」
「え、ええ……? 論理がぜんぜん繋がってないような……っ!?」
無防備な背中に触られて、思わずびくってなった。
僕が困惑していると、シア様は僕の裾を掴んできたのだ。若干、きもち遠慮がちに。
びっくりするだろそんなの。
「……あ、足下が不安定ですのでっ」
妙に早口なシア様。……魔眼という異能を持つが故、だろうか。
僕は多少視界が暗かろうが別に?という感じなんだけど(だってビタミンAとか摂ってるし)暗闇に対する忌避感が普通の人よりも強い……のかもしれない。
僕はランタンを取り出した。心許ないぼんやりとした光が灯る。
「これで大丈夫ですよ、シアさ……、ん。離してください」
「…………い、いえ。このままで、ゆきなさい……。……め、メリスと、同じです」
「いや、メリーとはだいぶ違いますが……まずメリーは性格悪いし。何よりシア様……あー、さん。に、なら。掴まれても痛くないですし」
「……な、ならば、なおのこと問題はないでしょう。……戦闘は、私が担当します。問題はありません。問題は、ないのです」
いや、んー……。問題ない、のかなぁ。
「……あ、ありませんっ」
裾に力が籠もる。
……どちらかというと、シア様の方が、僕なんかにくっついたりしていいのかな、って気持ちの方が強いんだけども……。
僕はなんだか罪悪感を感じながら、方位磁石を眺めつつ手元のトレント紙に書き込みを始めた。
「……キフィ。何をしているのですか?」
「地図です。資源回収を目的にする時は、帰りを考えなきゃいけないですから。構造が変わったりするので、その時は時間の無駄ですけどね」
細長く加工した黒鉛に糸を巻き付けた筆記具で──もし鉛筆を今も持ってたならそれ使ってるんだけどね──平面図を書き込んでいる。
それから、罠の種類だ。テレポートは要記入である。しかも入り口付近にあるとか! めちゃくちゃ危ないからな……!
「……わたくしは。おまえを信頼しています」
「んーまあダンジョン潜ってる回数は多いでしょうからね」
予想される構造は……、っと。冒険者ギルド指定のフォーマットは流石に便利だ。
「…………ええ。それでよいです。……信頼、してるんですから」
背中に、どこかしっとりとした気配を感じた。
それは触れがたくて、無力な僕には、やっぱり少し重たくて。
──だけど、大切にしなければいけないのだろうと思う。
* * *
* *
*
「よい」
その光景を、メリスは遠くから眺めている。
「シアもキフィナスさんもいないなんて……! どうしましょう!? ねえっ!?」
「いきてる。ぶじ」
「そうでしょうけれど……! 危険な罠を踏んだのでしょう!? 私に責任が──」
慌てるステラに対し、メリスは無表情のままだ。
そのうち、二、三、瞬きをした後、
「ん」
虚空に、二人の映像を映した。
遠慮がちだが、手を離そうとはしないシア。
いつもの多弁と皮肉が鳴りを潜めるキフィナス。
どう見ても無事だった。
ステラは安堵の後──その映像が、いつまでも消えない。
「……メリスさん? これは、いつ消えるのかしら?」
「けす?」
「消すかどうかわたしが判断するの……? え、じゃあ……、い、いいのかしら……? 見ていても……」
ステラは、頬を染めた妹の姿をちらちらと見ている。
今ここに立つのは姉同士である。メリスは姉として、二人の一挙手一投足を見逃す気はなかった。
メリスは思う。
二人の長い旅路の中でも、これだけ、誰かに想いを向けられることはなかった。
二人はいままで、ずっと客分であって、疎まれていた。
メリスの理外の力を畏れる他者を、キフィナスは嫌う。
キフィナスの灰の髪を蔑む他者を、メリスは許さない。
それはさながら、均衡点のないシーソーである。
冒険者ギルドに籍を置いた後も、それは変わらなかった。
そのうちキフィナスは卑屈さとそれを覆い隠すほどの悪辣さを身につけ、
メリスは他人への関心それ自体を失い、無関心事を考えることをやめた。
「ええ、ええ。そうです。わたしはお姉ちゃんだもの。い、妹の無事を映像で確認するのはおかしなことではないのだわ……?」
しばらくの逡巡のうち、ステラは座り込んで鑑賞をし始めた。
メリスは、その隣に立つ。
「よい」
くすぐったそうに笑うキフィナス。
──それは、二人きりで過ごしていたあの頃、よく見ていた表情だった。
ずっと喪われていた表情だった。
だから、力を貸してやってもよいと。
キフィのたいせつになるのなら。それもよいと。おもえた。
「わっ、わー……っ。んもう、もうっ、シアったらーー……!」
ステラもまた、メリス同様画面に釘付けである。
このまま眺めているのもよいかと、メリスは思った。
冒険者ギルドの訓練場にて。
「……次から次に問題が発生するな」
王都で諸般の事務手続きを済ませ、デロル領冒険者ギルドに戻ったリリ・グレプヴァインは、レベッカより聞かされた情報に改めて頭を悩ませた。
ギルド職員のレイラは、斧を握ったまま気絶している。量刑執行官が黒檀の弩の威力は、鏃のない矢であろうと容易に意識を奪えるだけの威力を持つ。
握手の距離からお互い向かい合い、僅か二撃目であった。尤も、斧を握れるだけ上等ではある。冒険者上がりとして遣えないことはない。評価者リリは、ギルド職員レイラの職務能力をやや少し上方修正した。
──領主の統治形態の混乱と、迷宮公社なる団体の新設。
リリ・グレプヴァインが不在の内に起こった二つの事象は、いずれも、冒険者ギルドの運営に大きな影響を与えるものだ。
混乱の直接的影響としては──王都への食料拠出は領主代行ステラによって為された契約である。これまでの領主一族は、他の領地同様、自分たちの首輪として付けられた冒険者ギルドに対して微妙な距離感を保とうとしていた。
現領主オームは、不在の間に行われた決定の多くを無効としており、本件もまたその案件のひとつであった。
──王家からの正式な要請を待つ心算だろう。それまでに王都の人間は飢えようが、貴族街までその影響は届かない。適切な場面で寛大さを見せることで、その名声を更に高めようといった狙いがある。
より少ない資源で、より高い名声を得ることを志向することは、ある種、領地と領民に対してより誠実であるとも言える。これを道義的に批判することもできない。
(……グラン・タイレルの災禍によって重臣の多くを失った王都の政治は、速度と柔軟性に大きく欠けるものであることを、王都に招致された御身はよく知っていように。
しかし、統治者に必要なのはこの種の冷徹さなのだろうな)
レベッカが領主代行ステラたちに力を貸す理由には、このような事情も関係している。
(一方で後者は、冒険者ギルドそれ自体を脅かす仕組みだ。
……キフィナスだろう。あれは、禁忌の間隙を突くのが巧い)
迷宮から回収された資源は、適切に管理されなければならない。容易に世界を荒廃させる──文明崩壊因子をも、発掘しかねない。
それ故に、王国草創期当時の王侯貴族たちは契約を結び、冒険者ギルドを各地に設立することを許した。
時が流れ、それを知るものたちの多くは死ぬか、あるいは《迷宮還り》をしたが、冒険者ギルドには当時を知るものが少数残っている。
(……生きる崩壊因子、メリスの存在が立ち回りを難しくしているところだが、さて──)
提げた黒檀の弩が、ぬらりと艶光った。




