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100≠100




 この街の有力商人たちとの顔合わせにはシア様を伴った。

 朝、朝食としてメリーの謎物質りょうりを口に入れてから──入れた瞬間に一切の比喩なしに口の中でぐずぐずに溶けて身体の全細胞の機能を美味しいと感じるだけに変えた激ヤバい代物だった──すぐに動いて、これでもう7件目になる。

 今のところは全戦全勝だ。魔道具ギルド所属とか武器商人とか皮革加工とか、迷宮資源の納入がそのまま利益に繋がるところは話が纏まるまでが早い。

 逆に言えば、そろそろ商談成立が難しくなってくる相手になる……。


「というワケで、ですね。今日はあなたにとって利益となる話を持ってまいりました。お時間をいただけますと幸いですねー」


 ま、誰が相手だろうと喋れるだけ喋るだけだ。失敗してもまあ、ダンジョン内と違って即座に死ぬわけじゃない。

 心拍数が高くなっている胸を抑えながら、僕はいつもの調子で語り始めた。


 大きな商人は、必ず拠点に会議室を持っている。

 テーブルのこちらに座るのは僕とメリーとシア様。向かいには、代表の偉そうなおじさんとその側近の人たちだ。


「……アスタールク商会。当地において、製紙製本、出版流通に務めていますね。複数のギルドの長を担当する活躍は、私も聞き及んでおります」


「はっ! 恐れ多いお言葉で……!」


 いかめしい顔つきのおじさんもシア様の一言でこの通りだ。領主直系血族の権威ってすごい。

 偉そうな人が頭を下げている姿を見るとなんかそれだけで運勢が上がりそうな気がするので、もうこれだけでも付いてきてもらってよかったって感じるよね。


「……おもてを上げなさい。そして、当家の者の言葉を傾聴しなさい」


 シア様が命じた。頭を下げている相手に持論を延々と説き語るのも気分がよさそうであるんだけど、俯かれると僕の言葉にどんな反応を示しているかがわからない。


「傾聴しろってまた重めのパス来たなぁ……。えー、僕が今回提案しますのはー、新しい商売の形式です。まあ、お時間をいただくだけの価値があることは約束しますよ。

 あなただけに耳寄りな情報が──と言いたいんですが、ええ。これでも僕は公務に従事する人間ですので、そういった詐術はしません。これは、ロールレア家が目をかけている優秀な商人さんたちに声を掛けるべきことですから」


 訳:この情報はひとりで独占できるカードではない。

 いつもの遠回しな口調で、より直接的にそれを表現した。

 『耳寄り情報みたいな幼稚な子供騙しはしない』と言ったが、それ以外はいくらでもする。


「さて、僕は商人ではありませんが、それでもわかることはあります。ひとつ。商行為というのは、規模が大きくなればなるほどその利益も大きくなる。ふたつ。たくさんの人を巻き込むことで、知名度だって増える。しかし、そのためには元手が必要だ。そして、適切に投下しなければ損をしてしまいます。

 商業規模をどうやって拡大するかという課題を、本日お会いした商人の皆さま方は抱えておいででした」


 訳:あんたは最初に会った商人じゃない。即ち、最優先に考えてる相手じゃないよ。

 これを口にして、相手は表情を変えた。体を縮めていかにも畏れ多いことだといった態度だが、正面の僕に向ける視線は関心を示している。とりあえず、勝利条件の第一段階『話を聞かせる』はクリアしたと言えるだろう。


 ちなみに、これは今日最初に会った魔道具商にも『これまでお会いした商人』と表現だけ変えて同じようなことを言ってみている。僕がこれまで会ったことある商人の事情を話しただけなので別に嘘ではない。

 ただ──ちょっと誤解を招きかねない表現をしてしまっただけだ。


「僕はもちろん商人ではありません。ロールレア迷宮伯家に仕える一個人です。しかし、都市で経済活動が盛んになることは、為政者の側からしてもメリットがあるんですねー。だから、僕らとしましては、皆さんが今以上の成功を収めることを期待していますし、そのための助力は惜しまないつもりです。

 そのために、解決するためのアイディアを考えたのです」


 『つもり』なので別に反故にしてもよい。


「商業規模の拡大は全商人の命題」

──キーワードを刷り込む。  「では、どうすればよいでしょう?」

──考えさせるためでなく気を引くための問い。

「僕はこのたび、極めて画期的でオリジナリティ溢れる方策を考えました」

──自賛。前置き。自信を籠めて。そして沈黙3秒。


「題して……、《株式会社》です」

──2秒沈黙。手振り。   「この制度の特徴は──」


 ありとあらゆる表現、身振り手振り、視線の動きにまで意図を混ぜながら、べらべらべらーっと僕は舌を回していく。


「──お金を稼ぐためにはまず、自分がお金持ちでなくちゃいけないという本末転倒な構造があるわけですが、この制度を用いることで支援を──」


 説明をしている最中であっても。傲慢で陰険で鼻持ちならない『あくまでも、こっちは知識を下賜してやっているのであって、協力を乞うわけじゃない』という態度だけは絶対に崩さない。

 これがステラ様を連れてこなかった一番の理由である。

 商人は相手の弱みを見抜いて交渉事を優位に進める能力を持っていて、一方でステラ様は表情が豊かであそばされる。

 一言で相性が悪い。駄々をこねてもダメでーーす。



「──ですので極めて独創性が高く──」



 僕は臆面もなくオリジナル性を強調しながら説明を続けた。

 我ながら泉のように湧き出る自信が氾濫しそうなくらいべろんべろんに酔った語り口には、一点の揺らぎもない。



 だって、制度としての成功は、あの高層建築に囲まれた世界が証明してくれてるからね。






「──というわけで、いかに効果的かご理解いただけたと思います。繰り返しになりますが、この都市の生産性を高めるため、商業振興をする必要が不可欠だと感じています。先代(せ・ん・だ・い・)領主(りょ・う・しゅ)はどうも、あなた方商人に対して、商品を買い叩くことと税を課すこと以上の付き合い方はそう得意としていなかったようですが、ご当主のステラ様は違いますよー?」


 『先代領主』という言葉を強調し反応を見る。僕が事務的な、最低限度の、形だけの敬意しか払っていないことを示す。しかもまだその座を正式に退いてるわけじゃない。それどころか帰ってきている。にも関わらず、シア様はそれを咎めない。

 このパフォーマンスは、先代領主派と僕らとで対立軸があることを仄めかすためだ。

 決定的な不和を読み取った相手方は不穏な空気に顔をしかめた。



 今だ。



「──ですのでね? 是非、これを試してほしいんですねー」



「それは……」


 微妙な空気を見計らってぶちこんだ言葉に、商会の代表者たちが皆一様に口ごもる。


 変化には、必ず混乱が伴う。以前の様式に比べて、どれだけ効率的で経済的で人道的であっても、『これまでとは違うから』という理由で反対する人間は絶対に出る。断言していい。

 だから、試してほしいなんて提案をこの場ですぐに即答できるワケがない。

 僕はシア様に合図を出した。掌の中に隠したシア様の魔力で作られた氷を──ひんやりするけど冷たくはない──2回握り込む。


「……キフィ。……謹みなさい」


「おっと。これは失礼しました」


 シア様が僕をたしなめた。普通フツーに仕込みだ。

 これはロールレア家としての命令ではなく、あくまで個人の暴走である。そういった印象をつけて、相手を一旦安堵させる。


「いやぁ、最善最良のアイディアなので? ぜひ活用してほしいなあーってー。確かに、試すことはリスクがありますよねー、そんな気軽に提案していいことではありませんでした。まあでも大変チャンスなんですけどね? 株券という形で他の業種や個人へ繋がりを売り込むこともできますしー」


 好奇心を惹起する情報をほのめかしながら、氷を握った。


「……キフィ」


「ええ。はい。御当主妹様の言う通りです。大変、失礼いたしました。すぐに試せ、という方向はナシにしましょう。新しい技術を導入することには、当然ながら、高いリスクを伴うのですからね。今の僕たちだと、残念ながらリスクを補填することができませんし」


 まあ、仮に余裕があっても運用に失敗した時に補填する気は更っ々ない。こちらの派閥に全面的に加わり、対立構造の矢面にしっかり立ってくれるというならまた話は別だけどね。


「いやあ残念です。チャンスではあるんですがねー?」


 大変チャンスだ。それは間違いなく嘘偽りなく本心からチャンスだと思う。チャンスだが──相手方に、いま、商業規模を急速に拡大しなければならないという理由がない。

 確かに、スケールをどう広げるかが多くの商人に共通した課題であるということ自体は間違いない。より多くモノが買えれば、更に多くのモノが売れるわけで、それは2+2が4であることくらい自明だ。

 しかし、彼らには同業者組合ギルドがある。寡占状態の商品を売りつけることが出来る立場にあるんだから、あえてリスクを冒す必要がない。


 加えて、先代領主勢力との対立。商人たちは恐らく、今日の昼間には自称オームの帰還について知ることになるはずだ。

 事業失敗のリスクに加え、現地の貴族権力から圧力を受けるリスクがあるとすれば──手を出す気はすっかり失せるだろう。



「ですので次善案として。僕たちが株式会社を運用すればいい。題して──迷宮公社ステラリアドネ。

 つきましては。あなたがたに対して、先ほど説明いたしました株券を購入する権利を提案します」



 ──ここで売り込む商品をすり替える。

 もちろん、本命は最初からこっちだ。次善案なんかじゃ当然ない。むしろ、万が一にも彼らに株式制度を取り入れてもらっちゃ困る。

 だから、あえて空気を崩した。



「この制度を使うにしても使わないにしても、成功例でも失敗例でもモデルケースがあるといいですよね? 株券を1株でも購入した方には、記録している限りの経営状況をいつでも、嘘偽りなく開示することを約束します」


 商会の代表者の人たちは、僕の言葉に小さくどよめいた。

 経営状況というものは、基本的に各商家ごとの秘伝だ。

 少なくとも日本国東京では──まあ詳しいことは僕もぜんっぜん知らないんだけど──開示することが義務付けられている。

 『領主資本の元、どのように目新しい謎の事業が失敗するか』……それを観察できる権利を手にするだけでも、商人にとって株券の価値は高い。


「ひと株だけでいいんです。ちなみに今のところ、前に声を掛けた方は全員購入されていますよ」


 僕は繰り返した。みんなやってます乗り遅れちゃダメだ論法だ。

 どれだけ少額でも、契約が成立すること自体が重要だからだ。それだけで繋がりができ、関係強化に図れる。

 もちろん購入金額が多額なら多額であるほど、使える予算が増えてなお良いので、僕は言葉を畳み掛けた。


「そして配当として。会社のうち、購入した株券に応じた利益を分配します。加えて、株券の保有数に応じて、こちらが発見した迷宮資源の処遇について、優先的に交渉する権利を差し上げます。

 たとえば……、そうですね? 文化資源のうち、図書を回収する、とか。内容の解読はできなくても、その装丁や絵図はあなた方の事業に好影響を与えられるかと存じますがいかがでしょう? 多くの芸術家は、迷宮資源から着想を得ていると聞きます、」


 そこで言葉を切って、商人たちの顔を見回す。



「たいへんに魅力的かと思われますが、いかがでしょうか?」



 この詐術まじゅつのような手口が別の世界で大成功を収めていることを、僕はよく知っている。

 だから、確信を持って問い──、



「──この制度には、穴がある」



 おやおや?

 僕が気持ちよくキメ顔をしていると、何やら向かいの商人さんから物言いが来た。

 穴ってなんですかー?



「代行様方が株を自由に発行でき、販売する権利を独占していることです」


 ……おや。

 そこに気づくとは鋭いですねー。……いや、他の商人さんたちも気づいていたかな?

 単に、声をかけた順番からそれを不満に思わなかっただけで。


 ──そう。会社法なんて概念がないので、株券の枚数はこちらで自由に増やすことができる。付ける値段だって自由だ。


 気に食わない相手には金貨3000枚と値を吊り上げることも、逆にインちゃんとかカナンくん辺りなら銅貨3枚くらいで売ったっていい。

 勿論それは、間違っても公正な取引ではない。



「贔屓できますね? そりゃあ、しますよ?」


 ええ。それで?

 不公正が許されるのが封建制度だ。

 その上で、不公正だと思うのなら手を出さなければいい。選択は自由だ。



「たーだーしー? 株券を売り買いすることを規制したりも同時にしませーーん。かき集めたければ集めてもいい。それを咎めはしませんよ。

 独自に集めた株券についても、株主としての権利行使を妨げることはありません。ここは保証します。ああ、何なら法律にしてもいいかもしれませんね?」



「……それは、まるで……、通貨を新たに発行することと同じでは!?」



 ええ。まさしくその通り。

 いやあ、理解が早くて助かりますね。



 僕らはお屋敷にいる偽オーム陣営に対抗したい。最終目標に向けて、対抗できるだけの権威を直ちに確保する必要がある。

 冒険者ギルドとは十分に話を付けて、商人への影響力を高める。で、商人が一番欲しいものってなーんだ?って、僕は100円玉を眺めながら考えていたわけです。

 で、じゃあもう、お金自分で刷りゃいいじゃんって思いました。


「そんな無茶苦茶なこと……」


「いやですね? 僕らはただ、株券を販売するだけですよ?」


 通貨発行権は現領主にのみ──制度上はオームだ──許された特権であり、王都とのやり取りなんかも当然に必要とする。

 更に言えば、あの厄介な金貸しにも話をつけないとならないだろう。

 そういった面倒事を一足飛びで解決する。


 その上、貨幣と違って元になる鉱物すら要らない。適当な紙切れに、魔力だかいう痕跡を残すだけでいい。

 これには、本位通貨から信用通貨へのシフトって意味もある。通貨の価値を、通貨そのものではなくそれを発行する機関の信用性に求めるのが、僕とメリーが暮らしていた場所であり、そこで使われる100円玉にある。

 100円玉の材料には、なんと100円の価値はない。その価値を支えるのはひとえに信用だ。


 さて翻って、僕らが立てる、迷宮公社ステラリアドネの信用とはどこにあるのか。

 それは、最強の冒険者メリスと、国内最大規模の都市の長ロールレア家と、産出する迷宮資源だ。

 武力メリー政治力(ステラ様シア様)財力(迷宮資源)の三角形をすべて埋める形で、この会社は存在する。




「そして──そんな僕らの狙いに気づくことができたあなたには、十分に儲ける機会が存在するということですね」


 そう言って、僕はけらけら笑った。

 商談はそれ以降、極めて実にこれ以上なく、和やかかつスムーズに進んだ。




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