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「やっぱり家って心休まる場所であるべきだと思うし。いざって時は僕は本気でやりますよ」



 帰路の途中、僕は手のひらの中で100円玉を表裏表裏と何度もひっくり返していた。


 ……何度見ても、日本国で使われた100円玉だ。あの頃よく見ていたやつだ。メリーとおはじき遊びをしたりしたやつ。大きさと重さから当然500円玉が最強だったし、ともすればメリーの指弾が一番強かった。なにせテーブルごと破壊するからな。ゲームのルールが変わるんだ。

 あの世界だと壊してもすぐ直ったけど、こっちはそうもいかないだろう。

 だから、100円玉をじっと見られてもメリーさんには渡せない。


「はあ……」


 ……これに値段を付けろと? 試してるつもりだろうか。100円玉とか銭貨3-4枚程度だろ……とは言えない。この世界には定価なんてものはなく、物価はいつだって不安定だ。商人は高く売れそうな相手には値を吹っかけるものだし、逆に相場を理解してない商人だっている。向いてないから店を仕舞ったほうがいい。

 そもそも、こういった貨幣も迷宮資源としてカウントされてる。希少性の高さは値段に繋がる。

 あの世界じゃその辺の家を漁ったらどこでも出てくる程度の価値の鉄片だけど、この世界じゃ王侯貴族の上から順に家探ししたって見つからないだろう。

 適正な値段ってなに。


 だいたい、両替商はあんただろっての……。

 はあ……、これから僕は、会社やる時にこんな細かいコトとか考えなきゃいけないのかなぁ……。うわ、ぜったい嫌だな。複式簿記とかいちいち付けるのめんどくさい。そういや領地ウチの財務諸表、複式で書いてたけどまた変わるのかな。

 この問題早く解決しないと、また無駄で無意味な仕事に時間を取られることになりそうだぞ。


「やっぱテキトーに騙す目的で雑に作って雑に畳んででいいんじゃないかなぁ……」


 僕は小声で呟いた。





 というわけで、僕ら四人は揃って宿屋に帰っている。

 ダンジョン探索を目的とする、この国初の株式会社を作るにあたって利害関係者となる商人さんたち。彼らとの顔合わせは早いほうがいい。

 当然ながら、迷宮都市デロルを舞台に繰り広げられるステラ様と偽オームとの権力ゲームの趨勢は、いかに速く、そして深く他勢力と結びつけるかに掛かっている。……んだけど、今日はそろそろ休みたかったのだ。帰ってごはん食べたい。お風呂入ってぐっすり寝たい。


「あなたたちのお家って、もうすぐそこなのよね?」


「そうですよ」


 何より、宿屋《翠竜の憩い亭》を拠点にするために、早めにインちゃんたちと顔合わせをしてもらいたいという都合がある。


 ……厄介者であること間違いなしの僕らを受け入れてくれた宿屋だ。こっちの都合を押し付けたくはないから、相手の都合が悪ければその日のうちに部屋を引き払う準備もしたいしね。領主様と毎日顔を突き合わせて過ごすなんて、はっきり言って針のムシロみたいなとこあるからな。

 僕はインちゃんやスメラダさんと一緒にいたいけど、それ以上に迷惑を掛けたくないって気持ちがある。


「……ここは町の外れですが、襲撃の問題はないのですか」


「ええと、一応そのためにも僕は定期的にこの街のクズカスどもを──」


「きふぃいないと。ここ、これない。にんしきそがい」


「……なるほど。当然、考えがありましたか。愚問でしたね」


 えっ何それ知らない……!? してるっていつから?


「さいきん。した」


 というかそれ色々大丈夫なやつかな……?え、インちゃんもスメラダさんも帰れなくなるよね?

 考えじゃないんですけど。それ事実上の軟禁だよね? それは倫理的にちょっと──。



「じゃまもの。殺す?」


「……なんでそうなる。なんでもっとずっと倫理的にまずいこと言うんだい。いや、確かに今の状況は、領主屋敷側の刺客がいつ襲ってくるかわからないし、インちゃんとスメラダさんが狙われることだって当然考えられるけどさ……」


「めりは。きふぃのだいじ。まもる」


「それは素直に嬉しいし、ありがたいと思うよ。だけど、」


「せんて。ひっしょう。あんぜんになる」


「……だけど。そういうわけにはいかないだろ。対立する考えを持っている相手を、それが理由に排除するって行為は、狂った独裁者の理屈だよ。

 たとえ、相手が僕らを害そうと考えていたとしても。その考えは実行に移されない限り、あくまで、その時点ではただの考えだ」



「されたら。おそい」



 ──悪意に対して受け身だから、憲兵隊はどうしたって対応が遅れる。

 いつか昔、僕自身がそんなことを言った覚えがある。

 そしてその遅れは、組織の体質が健全であるが故のモノで、一方僕は身軽だから能動的に動ける。いや、『動けていた』だろうか。

 ……なるほど、立場が人を作るって言葉には頷けるものがあるな。いつの間にか、僕はすっかり受け身になっていたのかもしれない。


 その点、メリーの思考はシャープでブレがない。

 冒険者連中を雇おうとすれば雇うこともできるこの状況で、どうやってインちゃんたちの安全を確保するか。──目的地にたどり着くことができない状態は、それだけで絶対の護りになる。

 そしてその秘密は、誰一人知らない方が望ましい。この世界の個人は、他者の記憶を覗き見ることだってけして不可能ではないのだから。

 そう、一見不合理で意味不明な行動にも、一定以上の合理性があるのだ。……聞かれたら普通に答える辺り、なんか伝えるのがめんどくさいって考えたフシが見えなくもないけど。


 でもそれはそれとして、インちゃんたちには軟禁周りも含めて正直にしっかり話そう……。僕が謝れる限り、とにかく言葉を尽くせるだけ尽くして誠心誠意謝ろう……。

 僕はそう思いながら、玄関扉に手をかけた。



・・・

・・



「……と、いうわけなんだ。一切の申し開きはない。僕らが迷惑ならすぐに──」



「おにい」


 インちゃんは僕の隣にとてとてと駆け寄って、ぺちん、と頬を一発はたいた。

 ……いたい。


「長々話されても、わたしの答えは全然変わんないんですから! おかーさんに至っては、しゃべってる途中でごはん作りに行っちゃったからね!? 迷惑なんて、そんなの思うワケ……はっ!? ああああの、りょりょりょ領主さまっ、わたしは家臣の方へ危害を加えたわけではなく──」


「もっとぶってあげて頂戴」


「えっ!? あの、すみません、僕ステータスとかないんで女児の攻撃だろうとマジで本当に痛いんですけど!?」


「きょきょきょ許可を出されたなら叩かないと……! 違うからね命令だからっごめんねおにいケガしないでね!? いくよ──」


 慌てたインちゃんは腕を大きく振りかぶり──、



「……お戯れは、その辺りで」



 突然の凶行をシア様が止めてくれた。


「さん、です」


 ……シアさん、が、止めてくれた。……やっぱ落ち着かないんだけどこの呼び方……。


「……姉さま。人が悪いですよ」


「ごめんなさいね、インディーカ。あなたたちの話を聞いていて、彼はもっといたがるべきだと思ったのよ。……だって、ここは自分の大事な居場所なのだもの。そういう割り切り方は、逆に不誠実よね」


「ひゃ、ひゃい!」


 インちゃんの脚は子鹿のようにガタガタ震えている……。

 あの、ほんとに大丈夫? 一緒に暮らせるかなぁ……? なんか夜な夜なヘンな実験とかしてるらしいんだけど……。


「錬金術よ! ヘンな実験じゃないのだわっ!」


「……インディーカ・ギーべ。姉さまが器物を損壊した場合、こちらで適宜補償します。委細漏れなく申告するように」


「わ、わわわかりましたっ!」


 インちゃんガチガチじゃん……。

 あのーステラ様シアさ……さん。もう少し配慮できませんか。

 なんて言うのかな……、お二人は誰かに命令することを当然だと考えてるフシありますよね? そこ、何とかなりません?



「わたし領主なのだけれど」


「……逆に問いますが。我々が命じなくてどうするのですか」



 はーーーー。

 僕は、それはもう大きなため息をついた。


「共同生活ムリそうだったら言ってね。追い出すから」



「ちょっと!?」



・・・

・・



 今日もごはんがめっちゃおいしい。



「うふふふっ。せっかくご領主様が料理を召しあがりに来てくれたのですものねぇ。いつも以上に頑張ったわぁ」


「やっぱお二人には居てもらった方がいいな」




「……ねえ、シア。あの、あれ。……スゴいわね……?」


「…………その話は、お部屋でしましょう」


 ステラ様たちがスメラダさんの胸の方見てこそこそ言ってる。


「わたしはお母さんの娘ですから、いつかあーなりますからね。お兄。優良物件ですからっ」


 将来の話となると……ああ、味の話なのか。インちゃんがスメラダさんにこっそり料理を習っているのは知っている。なんでか、僕には食べさせてくれないけど。

 合点がいった。上流階級の連中は、毒味がどうとか、形が崩れていてもなお味が優れているのが──逆にスキルを使って如何物イカモノを高級食材にするようなこともあるらしい。それが優秀な料理人であることを示すんだとか。完っ全に理解不能──美食のあり方だとか、とにかく下々の庶民とは異なる感覚をお持ちであることが多い。

 メリーのりょうりで一時的狂気に陥った経験があるお二人は比較的特殊でない価値観をしているみたいだけど、やっぱり時に社会階級から来る文化の違いみたいなのは感じるし、もしかすると口に合わなかったのかもしれない。僕が自信満々に紹介するから言い出しづらかったのかも。当人目の前だしな。

 ……うーん。お世辞抜きに、僕は世界で一番美味しいと思うんだけど。人の価値観、感性というのは人それぞれあるよなぁ。僕の好きなものが、まさしく誰かにとっても好きなものとは限らないから、人というのは何とも難しい。


「めり。めりのほうが。うまい」


 そんなこと考えてるとなぜか突然名乗りを上げるふわふわ髪のメリーさんを見て、僕は単語の選び方を間違えたなって思ったけど、それでも自分の感性には嘘をつけない。

 メリーのりょうりは味覚をぶん殴って強制的においしいとしか感じなくしてくる類のそれ。一方スメラダさんのお料理はなんていうか、優しい感じがするのだ。

 おいしいのベクトルが違う。いやまあ……食べるけどさ。


「…………。つくる。いっぱいつくる」


「あらぁ? メリスちゃんお料理するの? うふふ、それじゃあ、こっちで一緒にやりましょ」



「ん。きふぃ。まってろ」



 メリーはテーブルとか床とか破壊しながら、スメラダさんと一緒にふらふらキッチンの方へ消えていった。

 僕は殺害予告を受けた被害者の気持ちになりながらインちゃんに補修費を渡す。まだまだ壊しそうだから先に金貨の方渡しとくね……。



「……わたしも食べますよ、お兄。……おかーさん、メリスさんの料理大好きだから。絶対たくさん作るようにしむけるし」


「切磋琢磨のいい機会とか考えてるよね、ごめんねインちゃん……」


「あ、あの、わたしはこれでお先に失礼するのだわ?また明日ね?」


「……あ、明日は株式会社について詳細を詰めていきましょう。我々は隣の部屋を使わせていただきます。それでは」


 お二人は逃げるように出ていった。

 というか逃げたろ。絶対逃げた。あのひとたち卑怯極まりないな……。僕も第三者の立場ならそうするけど。あれ、そうなると卑怯じゃないのか?



 そうして、一階のリビングは僕とインちゃんの二人っきりになった。メリーのりょうり待ちだ。あまり遅くなるようだと、眠れなくなっちゃうからインちゃんには先に部屋に戻っててもらおう。

 インちゃんが冷たい水をコップに注いでくれる。インちゃん自前の魔力由来で、ほんのり甘い味がする。


「……おにい、領主様たちの前でも全然緊張とかしないんだね」


 一息ついていると、インちゃんがぽそっと話しかけてくる。

 ん? うん。まあね。なんで?



「……部下になるって聞いた時、ホントは、すごく心配だったんです。お兄の態度、領主様たちから不敬に当たらないかなって」


「ああ、そうだね。今も三日に一度くらいは言われてるかなぁ」


「よくその態度続けられるね!?」


 おかしな話だ。僕はいつだって敬語を心がけてるのに。

 逆に、敬語を取り外した時は不敬って言われないんだけどさ。ふつう逆だよねぇ。


「……会ったばかりの頃、おにいは、わたし相手にも敬語使ってましたよね」


 そういえばそう。そろそろ、3年くらい経つだろうか。


「あの頃はインちゃんの方が敬語じゃなかったね」


「お兄のがうつったんですよ」


 へえ、そうだったんだ。

 ……ううん、でも、ちょっと恥ずかしいな。当時は僕、王国語そこまで上手じゃなかった気がするし。


「それより、わたしみたいな子ども相手にもへんな言葉づかいするんだなって、フシギでした。今も不思議です」


「ああ、うん。ほんと言うとね、怖かったんだよ。僕はほら、人より力がないからね。腕相撲じゃインちゃんにも勝てないし。勝てる相手を見つけて挑んでいきたいけど難しいんだなぁ、これが。

 ……それに、見た目が小さくても、背負いきれない荷物を背負わされた相手をたくさん見てきたからさ。誰かを敬うのに、見た目や歳は関係ないと思うよ。軽蔑するのもね」


一言ヒトコト余計ですよ、お兄」


「あはは。でも大事なことだよ。世の中には、尊敬に値するなって人も、軽蔑に値するような人もいる。その辺を見極める前にとりあえず敬語使っとけば安心でしょ?」


「その上セコいんですもん」


 リスクヘッジを怠らないだけですー。セコくないですー。

 僕らは顔を見合わせて笑った。



「そっか。……見極められたちゃったんだ、わたし」


「うん。尊敬だとか軽蔑だとかの前に、この子と一緒にいたいなって、素直に思えたからね。……もしかして、変えないほうがよかった?」



「ううん! ──変わったほうがいいことって、きっと沢山あるなって、思っただけ! おやすみなさい、お兄! 明日も一緒に、みんなでごはん食べましょうねっ!」


 インちゃんはそう言うと、リンゴみたいにほっぺたを赤くしてぱたぱたと出ていった。

 メリーを待たなきゃだから、話し相手になってくれてありがたかったんだけど……夜ふかしはよくないか。

 いつの間にか、僕の銀時計は9時前を指していた。



 しっかし、株式会社、か。

 ……僕も、もう少しくらいは変わった方がいいのかな。


 100円玉を手のひらで転がしながら、僕はそんなことを思った。

 メリーを待ちながら。




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