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ろくでなし的人生哲学


「ああセツナさん。おまたせしました」


 グラスアの裏通りは、とにかく治安がめちゃくちゃ悪いことで有名なので人通りがほとんどない。

 いるだけで地域の治安レベルを3段階くらい下げるセツナさんは、牢の中にいた子どもたちと一緒に、そんな裏通りで身を潜めていた。

 その中にはもちろん、僕がさっき気絶させたカナンくんもいる。セツナさんの背でぐっすりと眠っている。元々かなり疲れてたんだろう。

 ……打ち所は確認したし呼吸も脈も確認してる。ただ寝てるだけだ。本当に。


「我に童どもの相手をさせようとするな」


「向いてないのは知ってましたけど。セツナさんじゃ詰め所行けないでしょ」


「ぬしの頼みでなければ見捨てていたでござるよ」


「なんか知らないですけど、セツナさんの中ではさっき僕が勝ってたみたいなので。鉄格子の牢を斬るのと合わせて、これくらいの頼みは聞いてもらえるかなと」


「相変わらずの惚けた物言いでござるな。だが、これで敗者の義務は果たした」


 セツナさんはそう言って、未だ昏睡している少年を地面に投げ捨てようとした。

 流石に止めた。


「飢餓状態寸前の子ども相手に冷淡になれるあたり。セツナさん、大概人の心ないですよね」


「ひと振りの刃に人の心はいらぬであろう?」


「いりますよ。刃を振るうのはセツナさん自身でしょ。誰かが振ってくれるわけじゃないんだから」


 相手を見ないで振り回される剣とか、そんなものは道具じゃなくてただの凶器だ。


 それに、一度付けた力は簡単には捨てられないし、強すぎる力は人の中で生きることを困難にさせる。

 ……強い力に人の心が伴っていなければ、世界でたったひとりになってしまうだろう。

 それはきっと、ひどく寂しいことだろう。


「まあそんなことより、先ほどは助かりました。僕では鉄格子は開けられませんでしたから。なんかあの人たち、鍵持ってなかったんですよね」


「捨て置けばよかったでござろうに」


「セツナさんは人格面に大きな問題があるなあ。怖がってる子どもを放置とかあります?」


「ふん。忌々しい警邏どもに引渡せばよかろうよ」


「憲兵を修飾することばで『忌々しい』って単語が出てくる貴方の反社会性に震えが止まらないんですけどー……」


「ん? 何かおかしいでござるか? わざわざこやつらを保護する必要がどこにあるのか、拙者にはわからぬのでござるが」


「やっぱこのひと真正だな。あのですね、この子たち局外者ですよ。壁外に追い出されますよ」


「それが?」


「本当にそういうところですよセツナさん」


 この人ほんと他人に興味がないんだな……。だから友達いないんだよ。

 改めてこんな人の背中に誰かを預けていられない。間接的に僕が人殺しになりそうだ。


「そろそろ起こしましょう。もしもーし」


「ん……んぅ……、あ、さっきの……。……ここは……?」


「おはようございます。カナンくん、でしたよね。ここはグラスアの路地裏です」


「気づいたか。なら、我の背から早く退け。斬るぞ」


「斬らないでください」


「斬らないでござる」


 怖がらせるのやめてください。

 真っ青な顔して跳ね降りましたよ背中から。


「アイツらはどうなって……? って、アンタ無事だったんだな! それにチビたちも! よかった……」


「悪い大人は全員捕まりましたよ。主に下着泥棒の罪を償って貰うことになるかと」


「下着? いや、アイツらはオレたちみたいなガキを捕まえてはどっかに売ってて、オレはその世話役を──」


「下着を盗んでた上にたくさんの余罪がある、ということになりますね。あの8人が。あの8人()()()


 ……その辺りを白黒はっきりさせようとすると、悲しむ人が出るからね。

 君たちの対応を憲兵隊に任せたら、最終的に法に従って壁の外に放り出されることになるだろう。そんな職務に心を痛めてしまうだろう人を僕は知っている。

 タイレル文化圏の外、壁の先に過酷な世界が広がっていることはこの国の──どころか世界の常識だ。


「とりあえず、帰ってご飯にしましょうか。よければ全員泊めますよ。部屋は……まあ、空けてくれると思います」


「……アンタ、どうしてそこまでしてくれるんだ?」


「僕がいいひとだからです」


「くく。冗句(じょうく)が上手いな女遣い」


「さもなければ、ただの気まぐれですかねー」


「いい人、気まぐれ……、そんな理由でアンタはオレたちみたいなのを助けたのか?」


「はい。足の血豆を踏み潰した痕が、昔の誰かに似てましたしね」


 ……おや。まるで納得してない顔だ。

 別に嘘でも何でもないんだけど、これで納得してもらえない?


「ほんの少しの。自分のできる範囲で。隣にいた誰かに手助けすることなんて、ありふれた、ごく当たり前のことなんですよ」


「……」


 猜疑心を感じさせる眼差しが、不安げに、遠慮がちに僕を見つめてくる。

 ……そうか。君は、その当たり前を知らずに生きてきたのか。

 じゃあ、もう少しだけお話をしましょうか。

 あ、セツナさんは黙っててくださいね。あなたは当たり前から相当遠いんで。




「さて……」


 僕は男の子と向き直る。

 ……どうしよう、お話をしようって言っても、上手い言葉とか出てこないな?


「ええと、そうだなぁ……。まず、僕はですね。人には、幸福になる権利も、不幸になる権利もあると思っています」


「は? 不幸になってもいいっての?」


「はい。不幸になっても、いいと思いますよ」


 世の中には本当に色んな人がいて、どんな手段を使ってでも幸せになりたがる人や、自分から不幸せになろうとする人なんかもいたりする。……自分から命を捨てようとするひとだっている。

 僕はそれを、基本的に肯定もしないし否定もしない。

 だって、生き方は人それぞれだから。


「でも。それはすべて、自分で選択をした結果であるべきです」


 何かを選択した結果が、選択し続けた結果が今の僕に繋がってる。メリーと一緒にいるかどうか、安住できる地を求めて旅をするかどうか、冒険者になるかどうかの大きな選択肢から、今日の朝食の付け合わせの果物を白ブドウにするか赤ブドウにするかまで。人生は選択の連続だ。

 だから、僕なんかは痛い思いと怖い思いをする選択肢を極力避けて、今日もこうして楽しく生きてる。


 ……だけど、世界には選択できるだけの余裕がない人も少なくない。

 選びたくない選択肢を、選ばざるを得ない人だっている。


「たとえどんな形であっても、人生はその人のものだ。その人だけのものだ。いびつなものであっても、整ったものであっても。僕だけのものであり、カナンくんだけのものだ」


 逆に言えば。たとえそれが幸福なものだったとしても、選択肢のない人生なんて理不尽だ。

 選択肢を選べない人が、人生を奪われそうな人が、痛みと恐怖に震える人が──理不尽に直面してる人が目の前にいたらさ。


 ──それなら、僕のそこまで長くない手でも届く距離にいるなら、手を差し伸べるくらいはするよ。

 もちろん、僕が痛くも怖くもない範囲でね。

 僕は弱いし、引っ張り上げる力も全然ないけどね。


 僕にはそうしてくれた人がいたし、そうしてもらった分、誰かに何かをあげないのはフェアじゃない。


「くく。悪いものでも食ったのか? 女遣いよ」


「うるさいですね……」


「でも、オレは何もしてなくて──」


「カナンくんは何もしなかったわけじゃないですよ。僕を『選んで』、貴重な情報をくれました。事前に人数を知っていなければ、僕は今頃ここにはいなかったでしょう」


「ほう。我の初撃が避けられたのは手前のせいだったか、童」


「ええ。彼のおかげです。カナンくんが選択した結果です。あとセツナさんほんと黙っててくださいね」


「ござる」


「その相槌『はい』か『いいえ』かわからないのでやめてくださいねー。話の腰折るなーー。はあ……。

この厄介なひとから、僕を一回守ってくれたんですよ、カナンくんは」


「でも……」


「何もしていない、なんてことはありません。『僕に協力する』という選択肢には、リスクだってあったんですから」


 ──あらゆる選択肢には代償がある。

 白ブドウを選んだら、赤ブドウの味はわからないように。メリーの拘束を解いたから帰ってきたら隠蔽工作をしたり機嫌を取ったりしなきゃいけないように。大なり小なり、代償は避けられない。

 満腹度の問題で白いブドウと赤いブドウの両方は選べないし、もちろん縛られたまま自由に動くことはできない。


 今回は相手が弱いと踏んで実際にめちゃくちゃ弱かったから上手くいったけど。最悪の場合、僕は殺され、カナンくんは裏切り者としてその報いを受けていただろう。


「──そして、あなたは僕に協力することで、あなたと、その周りの子どもたちの『自由』を取り戻した」


 おめでとうございます。

 あなたは、あなた自身の人生を取り戻した。

 きっとこれから、選択の連続が待っていますよ。

 自分の、自分だけの勝利条件を見据えて、前を向いて歩いてくださいね。



 ……あはは。なーんて。

 幼なじみのメリーの目の前じゃ、ちょっと気恥ずかしくって言えないようなことを、僕は目の前の少年にだらだらと語ってみたりした。


 セツナさんはそんな僕をニヤニヤしながら眺めてた。ムカつく。


「うぁっ……あっ……」


 ……えっ?

 なんか、急に泣き出したぞこの子?

 えっ……あれー? ……泣かせちゃった? えっ、あー。どうしましょうセツナさん?


「黙らせればよかろう」


「あなたに聞いたのが間違いでした。……ええと、ごめんなさい、僕はそんなつもりじゃ──」


「ぅああ……っ、な、泣いでないっ! 泣いたら食いもんにされるって、あっ……! うぁっ……ぐすっ……」


「あー……ごめんなさいね。そうですね。わかります。そういう世界ですもんね。よしよし……」


「ろくに洗ってないので不潔でござるよ。我も服を洗いたい」


「衛生観念が無駄に高いですねセツナさんは。ああもう、締まらないなあほんと……」



 僕はカナンくんが泣きやむのを待って、それから拠点である宿屋、翠竜の憩い亭に向かった。

 泣きやむまでの間、セツナさんはものっすごく退屈そうにしてて、マジかよこの人改めてマトモな人間らしい感性期待しちゃいけないんだなー、って思った。

 というか、そんな退屈ならついてこなきゃいいのでは?って僕は強く思った。

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