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閑話・閉館後の冒険者ギルド



 ──さりとて、狐の手爪てづまの小手先に踊らされる商人ではない。

 利益を得ることこそが彼らの目的であり、目的達成こそが組合の意義である。



「5割増は強気だよなぁ……」


 たむろする冒険者たちを追い出した後の、閉館後の冒険者ギルドにて。

 レベッカ・ギルツマンは買いつけた食料品の値段高騰に愚痴をこぼした。

 『多量の取引だから1個当たりの商品の値を安くする』という平常時の論理がほとんど通じていない。消費者物価自体はそこまで値動きがないことも──市民からの不満ヘイトを避けるためだろう──冒険者ギルドに対する強気な態度を感じさせる。


 キフィナスの目論見のうちのひとつ、《別の案件を投げてるうちに食料品の高騰を抑える》というねらいを通されるほど、この迷宮都市の商人たちは甘くはない。商人たちは既に値を吊り上げていた。

 ……というより、根本的なところでキフィナスは金勘定を得意とはしていない。ロールレア家の予算管理のために節約しようと考えてはいるが、実感が伴ってはいないためだ。

 彼の無意識の奥底には、幼なじみのポケットを優しく叩けば金貨の10枚や20枚程度出てくるだろというナメた認識がある。



 冒険者ギルドは、時としてダンジョンへの大規模人数での探索のために食料を調達する。

 今回の王都への食料支援も、名目上は《遠征費》である。冒険者ギルドは王都中央を本部、他の領地を支局としており、本部の支援は時として支局に求められる役割でもあった。

 領主の側から本案件を持ち出してくれたことは、ちょうど都合がよかったと言える。これまでの体制であれば、ロールレア家と冒険者ギルドで個別に食料を徴発していただろう。それは効率が悪い、だって無駄ですよね──とは無駄口ばかり叩く青年の言である。

 王都冒険者ギルドへの輸送という面では、査察官のリリ・グレプヴァインがデロル領に滞在していることが幸いした。


「身分を持たない者であっても、能力さえあれば一代で身を立てることができる。それが冒険者という職業だ。帝国難民の流入は、冒険者の増加へと至るだろう。本部への食料支援は、多くの帝国難民に供給されることになる。対価は十分に支払わせてもらおう」


 馬車に詰められた食料品について、納品書と実物を改めてそれぞれ確認しながらリリは語る。

 納品の直後に文句を付けられるほど杜撰な品質の商品は渡してこないが、巧妙に隠された杜撰さを許せば許すほど、相手はそれを良しとしてくる手合いだ。


「ふむ。小麦粉の混ぜ物は……まあ、この程度なら許容範囲か。むしろ腹を膨らませるのにはいい」


「大部分はウチが原料を取ってきてるんですけどね……」


「こちらで産出品を把握できていない隠し畑(ダンジョン)が多くあるのだと見ていいだろう。当ギルドから多少の懲罰的取り扱いをされても何とかなると見なしているのだろうな。本気で潰し合うわけにもいかん」


「商人ギルドはその辺り値踏みしてきますよね。ウチがナメられてるんでしょうか」


「王都もそう変わらんさ。業腹ではあるが、それぞれの力が均衡を保っている証左であるとも言えるだろう。一概に悪いことではない。我々の役割には、その地域への融和も求められるのだからな」


 王都から来たいけ好かない査察官というレベッカの第一印象は、既に払拭されて久しい。

 もっとも、彼女が量刑執行官──本部特務課の人間と聞かされた時点で、そんな印象は霧散していたのだが。



「査察は既に終えたが、輸送人員としてしばらくは王都と迷宮都市を往復することになるだろう」


 荷を積めた馬車が王都にたどり着くまでにはおよそ三日を要する。

 食料には鮮度の問題がある。魔道具などを使って管理するにしても、容量の問題は避けられない。定期的に往復する必要がある。


「リリさんが輸送されるんですか?」


「ああ。夜盗はもちろん、何よりここにはセツナがいるからな。今は木棒などというふざけた武器を使っているが、あれを撃退できるギルド職員は少ない。優秀な冒険者を食料輸送の往復などという生産性の低い仕事に就けるわけにもいかないからな。私が担当するより他あるまい。

 ああ。君の査定については──職員素行、業績、共に問題なしと記載しておこう。ギルド全体の実績も(A)としておく。人事に変更はないだろう」


「お願いしますね」


 人事に変更はないと聞いて、レベッカは安堵した。

 勤務時間中に酒を飲み出す今の支部長ギルドマスターも、まあ多少の問題があるが、外されてソリが合わない新任の部長が来るよりはずっといい。ちょっと飲まないと手が震えてくるだけで、別に叔父さん悪い人じゃないし。

 ……前査察官は人事査定を相手を貶める行為だと勘違いしてた節があったが、なまじ優秀だとか評価されてもそれはそれで困るのだ。

 レベッカは出世よりも今の生活を楽しみたい。趣味の小物づくりにいそしみたい。飼い猫愛でたい。かわいいもの眺めたい。転勤とかやってられないのである……!

 この査察官は厳めしい見た目の割に──顔半分を覆う火傷痕に鋭い眼差しの、黒地に金色の刺繍が目立つ本部職員の制服──話がわかる。


「勿体ないですよ! 先輩すごいんですから! 転勤しまくってるからわかります! それに、そういうのあまりよくないと思います!」


 横から、後輩のレイラが文句をつけてきた。この愉快で少し慌ただしい後輩が年度の途中という微妙な時期に転属してきたのは、どうも配属先でやらかしてきたかららしい。


「私は転勤しまくりたくないかな。それに、出世すると婚期遅れるっていうしね」


「先輩なら相手なんてよりどりみどりですよー! カレシとかいないんです?」


「今はいないかなー」


 彼氏。彼氏ねえ。

 シュミが合わない相手は嫌かなぁ。使い慣れた言葉を口にしながら、レベッカはひとり考えた。

 まだ焦ってはいない。まだいないが……この思考は、いつかドツボにハマりそうだとも思う。その時はその時だ。



「レイラと言ったか。私の判断に不満があるのか?」



 レベッカがレイラの言葉を受け流そうとすると、鋭い視線がレイラへと刺さった。

 ぴえっ、と情けない鳴き声がした。


「あっ──いえ滅相もありません! 本部の査察官であるリリさんに──」


「畏まった態度はいらん。下の者が自由に疑問を口にできない組織は、早晩に腐敗するものだ」


 リリは火傷の痕をひと撫ですると、簡潔に説明しようと語った。


「すなわちは──適応だ。それぞれの役職ポストには、それぞれ適する能力というものがある。そして、それは鑑定では測れない。もちろん《完全暗記》《言語理解》などのスキルは有用ではあるが、それは直ちにスキルの持ち主が有能であることを意味するわけではない。

 どうしても我々は、ステータスが高い者が実務においても有能であると考えたり、実績を上げた者には別の職務を与えても成功すると考えがちであるが……そうとは限らない。高いステータスを持ち現場で優秀な成績を修めた者が、指揮をする側に立った時にも優秀であるとは限らない。蒐集家ハンターのように知識が伴った優秀な冒険者がギルド職員へと転向する事例にも、成功もあれば失敗もある」


「私も冒険者上がりですし、それはわかりますけどー……」


「そうか。君は戦えるのか。君の評価はいったん保留としよう。戦闘が可能な職員の需要は高い。近く模擬戦を行う旨サービス課に伝えておく」


「げっ……」


「すまないな。冒険者からこちらに来たのだからある程度想像はつくが、公正な評価を希望したのは君だ」


「いやあの先輩のことであって私じゃ──あ、いえ、さんかします……」


「……さて。過去の経験とは強みになることもあれば、今のように弱みになることもある。どこかで培った経験が偏見になることもあれば、偏見が知見に変わることもあるのだろう。あるいは、経験がなくとも差配の妙を弁えている者などもいるのだろう。

 提出されたステータス表などを見て、我々は上のポストに就くべき人間を判断するわけだが……私の前任のように、明らかに失敗した人事も存在する。そうだろう、レベッカ?」


「……ノーコメントでいいですか?」


「あれが文句をつける機会はもう二度と訪れることはないが……まあいい、語る価値もないか。ステータス表で個人を測りきれないことの標本にはちょうど良いがね。

 ──能率を上げるのは、結局のところ個人の心がけということだ。

 私は、優秀な者があえて低い地位に留まることを希望するのならば、それを叶えてやることも組織を効率的に運営することに繋がると考えているのだよ。もっとも、能力に見合った地位への上昇志向を持つことの方がずっと望ましいことではあるがね。

 他に質問は?

 ないならば結構。私が戻ってくるまでに武具を磨いておくように」


 黒い外套を風に揺らしながら、リリが繰る馬車は宵闇の中に消えていった。





「はー……。迷宮都市って大変なトコですよね、先輩」


「前はもうちょっと色々違ったんだけどな……。ま、お互い明日も頑張ろうね」




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― 新着の感想 ―
[一言] > 彼の無意識の奥底には、幼なじみのポケットを優しく叩けば金貨の10枚や20枚程度出てくるだろというナメた認識がある。 まさしくクソヒモ!w
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