商人さんたちとのお話。僕はどっちでもいいけど
冒険者に冒険者の理があるように、商人には商人の理がある。
取り扱う品物や構成員の気風によってその表現は異なるが、それは概ね『ひとつの金貨を二つにしろ』という一文で表現できる。
デロル領の主要な商工ギルドの代表が──精肉、パン、魚、製革、理容師、刺繍、靴、鉄鎧、革鎧、その他分業化によって成立した、細々としたされど歴史のある業種それぞれの代表が──皆一同に介するここは、デロル中央商会議場。
商人が二人集まれば商談があり、三人集まれば商業が立ち上がり、五人もいれば市が立つ。それが異業種ともなれば尚更だ。
過日の商談をする者もいれば後日の商談を始める者もいる。
主催が不在の中も、商会議場は活気に溢れていた。
「いやあ、お待たせしましたね。僕もこれで、そこそこ忙しい身なんですよ」
けらけらと軽薄に笑うその灰髪は、精巧な人形のような──背筋が寒くなるほどに整った容姿の娘を伴って、金貨をジャラつかせながら現れた。
「たとえば、髪を櫛で梳いたりごはんあーんしたりテーブルゲームしたりとかですね。ん?あれ滑ったかなー?まいいや」
息継ぎもなしに喋り散らすこの男は、ロールレア家家令──肩書きの上では、この領地で二番目に偉いことになる。
しかしながら、相手は灰の髪。
商工系ギルドの会合の空気には、確かな侮りがあった。
「お忙しいところご足労いただき──」
集まったギルドのうち、影響力の大きなギルド──パンギルドの長が代表で声をかけようとする。
「あ、お世辞とかは要りませんよー。自己紹介も結構です。何せこの人数だ。覚えられる気がしません。僕思うんですよ。『まともに対人関係とか管理できるのってせいぜい30人くらいまでだ』って。しかし商人やってる皆さんは職業柄、色んな人の顔と名前を一致させないといけませんね。それはひとつのスキルに近いところがあるなーって思います。
でー。僕は灰髪なのでー、そういうものはないんですねー?」
それを遮り、灰髪の青年は何が楽しいのか、けらけらと笑いながら言葉を次々に並べ立てた。
……薄気味が悪い。彼らが知っている灰髪は、社会から排斥され、単語を覚束なく喋ることすらままならないような連中だ。
その異様な雰囲気に、商会議場のざわめきは少しずつ静かになる一方、灰髪の青年の側は笑みを浮かべながらその長口上を止めようとしない。
「はーあ、それにしても非効率的ですよねぇ、こんな業種ごとにギルド作ってそれぞれで利益をどうこうとか。ギルドの存在は新規参入者の障壁となり、業種の中で相談して価格を定めるという仕組みは内側で不当に価格を上げたい放題だ。何せ独占禁止法がない。カルテルトラストコンツェルン、作り放題なんだからね。自由競争とか平等とかって考えがない。
というか何より、僕が覚えきれないんですよね。スキルがないからー。だから、なんて言うのかな……。半分くらいでいいんじゃないかなーって思うんですけど、どうです?」
「は、半分……?」
そして、軽薄な笑みをぴたりと止めて。
「ええ。つまり──別にいらないなってギルドは潰して統合しませんか、ってことですね?」
その一言で、商会議場は蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。
* * *
* *
*
僕の髪を見て緩んだ空気を感じたメリーさんが、何人か手頃な相手をぶん殴ろうとしていた。
いやまあ、僕の立場であれば不可能ではない。一人二人黙らせて『暴力って選択肢を躊躇なく選べる相手なんだぞ』って思わせることは、この会合において大きな意味を持つだろう。
灰髪とはいえ権力と暴力があるとなれば、この侮ってくれてる空気は一瞬で霧散することは疑いない。
だけどさ、それはダメじゃないですか。なんていうか色々ヤバいじゃないですか。なんかもう生き方がセツナ的──刹那的という単語をより色々と悪化させたの意──じゃないですか。
かといって、僕が侮られたままだとメリーの機嫌が悪くなるのは疑いないし、ステラ様とのご命令──当人が覚えてるかどうか、そもそもどこまで本気の言葉なのかは知らないけれど、僕は僕自身を尊重しなきゃいけないらしい。
僕は自分がどう見られようが構わないし、何ならちょっと侮ってくれた方が色々とやりやすいんだけど、それを許してくれないひとがいる。
……ほんと、やりづらいよね。
だから、まあ──速攻で空気をぐちゃぐちゃにすることにした。
「ギルドとか沢山あるのわかりづらいから減らしましょうよ。だってわかりづらいですし。それから、わかりづらいです。あと──わかりづらいですよね」
僕が適当に言葉を重ねると、ぎゃあぎゃあ騒ぐ声は更に大きくなった。
何を乱暴な!とか野次みたいな何かが聞こえる。発言の時には挙手をしましょう。いやまあ、乱暴だというなら論理を話してもいい。
論理的に、暴論を語ろう。
「思うにですね。ギルドって機能は、都市を発展させていく上で邪魔なんじゃないかなーって」
「突然何を!?」
「いや、だってそうでしょ? 密室の話し合いで色々決めさせるんじゃなくて、自由に競争させれば隣の人よりも良いモノをより安く売ろうって意識が働きますよね。機会を平等にした方が、熱意がある人はより頑張ろうってなるでしょう。
で、頑張ってもらった方が買う側にとってはありがたいです。たくさんの人が参加してくれて市場が広がればウチの税収が増えます。ありがたいですね。
でもあれ、そうなるとギルドって誰のためにあるんだろう?
はい。あなたたちのために、あなたたちの既得権益を守るために存在していますねー」
ダンジョン東京で読んだ歴史の本で、楽市楽座とかいう概念があった。株仲間とかいうのを解散するとかいうやつもあった。
国問わず東西問わず世界問わず、商人が商人同士で固まったとき、商人同士が利益を得るため客から余分にカネをむしり取ることになるのだ。
僕はけらけら笑いながら指摘した。
「ろ、ロールレアの家令様。我々は専門的に、この技能を習熟すべきと切磋琢磨を重ね、こうあるべきとして価格を定め、山師が入り込まないようにしているのです……」
「ええ。山師が入り込まない方がいい職業もあるかもしれませんね。しっかりと品質が安定した安全なモノを用意し、その価格は厳格に統制し、しっかり市民に行き渡るようにする。なるほど、確かに同業者でまとまった方がいいですね。
ん? でも、それならウチで管理すればいいんじゃないですか? どうもー、塩の専売とかやってる領地もあるみたいですしー?」
「ッ……、そのための知識は我々商人にあります!」
「はい。人材をイチから育てる、とか滅茶苦茶大変ですからね。その大変さをいま僕は味わっている……! 本当にしんどいんですよねーー引き継ぎとかナシなの。いやー上司も部下もこの手続き本当にやり方正しいのかわかってないっていうワケわかんない状況に……おっといけない。話が脱線しそうですので本線に戻しましょう。
成功させるための知識はあなたたちの中にある。それは間違いありません。
だからまあ、仮にウチで管理することになるなら、商人さんの中から優秀な何人かを雇い入れることになりますかねー」
ギルドとしては解体して、優秀な人材を直接貴族の家で雇用する。その方が、管理しなければならないモノについてはストレートに管理できる。
領主が行政権、司法権を握っているのと同じ理屈だ。たとえば憲兵隊も、かなり独立した組織であるが、区分としてはロールレア家に属している。
これらの機能は民間に譲れない。権力の源泉ということもあるけど、めちゃくちゃになっちゃうからね。
「ここにお集まりのみなさんは代表になるくらいなんですから、さぞや優秀でいらっしゃるのでしょう? ええ、ええ。中にはギルドマスターの代理で来られた方もいるでしょう。『灰髪なんぞに会いたくない』。『しかも前回ドタキャンしやがった』。それは勿論、当然の反応かと思います。
──で。仮にギルドを解体してウチで管理したときー?代理で来た、優秀なあなたたちは出し抜くことができますねぇー?」
……もちろん、こちらで厳格に管理するという方式は必然、その商業的規模は小さくなる。
ギルドとしてやっていった方が実入りが良いか、それとも貴族の家の傘下に入った方がいいか……色々とそろばんを弾いている商人もいるようだ。なんか隣の人とぐだぐだ喋っている。僕は言葉を止めて、その人をじーっと見た。
「し、質問がある……、あります!」
おっと。その人から質問が来た。
はいはい。いいですよー質疑応答。できるだけ誠実に?答えます。
ガンガン質問してみてくださいねー?
・・・
・・
・
まあ実際のところ?
商人たちそれぞれのギルドについてとか、どーーーーーーでもいい話なんですね。
僕は笑顔を顔に貼り付けてそんな態度を表に出さないようにした。
「はいはい静粛にー。さてー。話戻しましょっか。
僕は減らすって言いましたけど、何もギルドすべてを潰そうとは思ってませんよ。たとえば冒険者ギルドなんかはもう冒険者ギルドとして独立してもらった方が良さそうですし。当家にとって有用なギルドは、やっぱりそのままの形で残しておくべきですからね」
「わ、我々はこれまでもロールレア家に多大な貢献を──」
──欲しいキーワードがようやく飛んできた。
「いやいや。貢献してほしいのは『ステラ様に対して』なんです。家なんかじゃなくてね。
……この意味、優秀な皆々さまならわかりますよね?」
先代ことオームは既に旧領主であり、旧領主派なんてのはこの都市には必要ない。
辞めさせた家臣連中とは早く縁を切れ。
切らなきゃそのギルドは領主権限でぶっ潰す。
僕はこれ以上ないほど雄弁に語った。
──重要なのはここだ。
僕のこれまでの言動は、すべてこの暴論を通すための布石に過ぎない。
交渉はタイミングだ。
この本題を出す前に、ギルドの解体がどうとか質疑応答がどうとか、ずいぶん迂遠な回り道をした。
それは、僕がなりふり構わない改革者だと思わせるためだ。
この脅しの実行力があると思わせるためだ。
──僕に商工業系ギルドを統廃合しようなんて考えは最初っから存在しない。
ギルドが都市社会の発展にとって不利益がある? それはそうだろう。
でも、自由にした時だって問題は絶対出る。例えば、これまで同業者のギルドによって参入できなかった、巨大な資本を持っている相手が参入した場合──具体的にはクロイシャさんを想定してみよう。より安く品質のいい若い職人をカネの力で囲い込んで独占する。これを色んな業種でやる。
そうするとどうなるか。資本金の差で、恐らく多数の商人がすり潰されて失業者が出る。その業種をズタズタにした後、結局独占状態にしてからゆっくり値上げをする。すると現在よりも明らかに酷い状況を作ることができる。
あ、クロイシャさんで例えてみたけど、これメリーから財布借りれば僕にも似たようなことできるな。うん。多分やらないけど。
まあ政治にせよ経済にせよ、唯一絶対の解なんてものは存在しない……と、僕は思う。少なくとも僕が持ってる知識の範囲ではそうだし、仮に正解があるのなら僕より賢い歴史上の人たちが、僕が生まれるずっと前にその答えを出して運営をしてくれてるだろう。
それなら、現状上手く回ってるシステムに手を着ける必要がどこにあるのか、って話だよね。
ここまでの僕は結局のところ、その場のアドリブで思いつきを話しているだけなのだ。だから決定的な言葉は口にしない。曖昧なことばっか言う。
そして商人という手合いは、契約によって商売を成立させるという手続き上、こういった話法の方が想像力を働かせてくれる。
──そこに衝撃的な言葉を叩き込む。
「先代オームへの忠誠なんて犬の餌にでもしてくださいよ」
僕は言葉を重ねた。
「あれは死にました。どっかで骸を晒してます。あんなのに敬意を払う価値なんてない。……あ、これオフレコにしてくださいねー」
「なっ──」
僕の心からの本音に、息を呑む音が聞こえた。
商人は独自の力を持った存在ではあるが、貴族と平民だかいう身分社会から完全に独立した存在ではない。一平民、それも灰髪が貴族を平然と批判するのは、それだけで異様な姿に映るだろう。
「というわけで。自己紹介以上に、僕のことについて皆さんご理解いただけたと思います」
……さてさて、相手からは僕がどう見えているんだろう?
たとえば……『現領主の死を利用して立場を手にした簒奪者が、ここから自分の立場を盤石にするために商人の力を強引に得ようとしている』とでも見えるんじゃなかろうか。
うっわあ最低だぞ。とにかく性格が悪そう。僕なら絶対手を貸さないな。
──しかし、商人なら勝ち馬に乗りたいはずだ。
一枚でも多くの金貨を稼ごうとするのなら、変化の波に乗ることは厭わない。
「僕はですねー、知りたいんですよ。追放したはずの家臣やってた人たちが、皆さんに声をかけたはずです。具体的に何を聞いたのかなー?って。
教えてくれたら、そうですね。僕も人ですからね。
ひいき、するかもしれませんよ?」
する相手が全然いないだけで、僕はひいきをする。
それはたとえば、能力が同じAさんとBさんがいるとして、Aさんが仲良しだったらAさんの給料を上げますよね、ということ。……まあ残念ながら、能力が同じくらいで仲良しさに差をつけられるほど知り合いがいないんだけども。僕の交友関係は狭いし、まず広くしようとか考えないからきっと狭いままだ。
「さて、と……おっと、おやおや?」
僕はわざとらしく懐中時計を取り出した。
顔が写りこむほど磨いた銀製の蓋には、ロールレア家の家紋が刻まれている。
「それでは時間ですね。今日のところはこのくらいで。個別にお話がしたいのであれば、館までお越しください。
──あなたたちの関心は、言ってしまえば『どっちに付けばより儲けられるか』にある。
僕は忠臣ですので、こちらに付けば無条件で儲けさせてあげる、なーんてことは言いませんが。少なくとも、僕はそれを理解していますよ」
そんなことを言いながら僕は立ち去った。
引き留める気配は背中で切った。
うん──だいたい全部口から出任せで、とくに質疑応答のところとか何言ったかぜんぜん覚えてないな!
「ん? メリー? 何見てるの?」
僕の腕に抱きついているメリーが、僕の顔じゃなくてその後方を見ていた。
「いし」
石? メリーも唐突によくわからないこと言うな……。なに、急に鉱物とか集めたくなったの? ふーん。どういう風の吹き回しだか知らないけど、それなら、ちょっと戻って宝石商に話ツケに行こうか。
なんかカッコつけて立ち去ったところ締まらないことになるけど、いいよ。趣味を持つのは、それが悪癖にはならない範囲ならいいことだと思うし──、
「いらない」
あ、そう? まあいいや。
それじゃ、午後の仕事を片づけに執務室に戻ろうか。
・・・
・・
・
「……聞いていましたよ。キフィ」
「え゛っ」
「あなたは、どうしていつもそんな態度しか取れないのかしら……。知らない人が苦手なの? ……まあ、忠臣のくだりはよかったけれど。忠臣のくだりは」
え゛ぇぇ?
なんでぇ……?
「……《録音石》というのは、実に便利ですね」
あ、石ってそういう……!? え、何その、なにその邪悪な能力!? シア様そんなこともできんの!? うわ僕の言動筒抜けだったの!?
ちょっとちょっとそれは想定してない──え、やば、やばばば、やばぁー……!
「ずいぶん沢山喋ってもらった後ですけれど。お話をしましょうか。キフィナスさん」
「あーすみませんちょっと喉が渇いて喋る気力が──」
「……それでは、紅茶を淹れましょうか。キフィ」
ねえねえねえあのあのあのメリーメリーメリーさーーん!
なんで伝えてくれなかったのかなーぁ!?
静かな商工会議所には、まだ異様な熱気があった。
(あの灰髪は……異質だ。異端でさえある)
キフィナスの言葉は、既存の常識・社会体制が想定しない知識や思考形態を持っている。
たとえば、自由や平等という思想は、封建社会で不自由なく生活を営める一市民からは出てこない発想なのだ。
それは彼が幼少期を過ごした特殊な環境の中で培われたものであり──彼の言動は、商人たちに大きな刺激を与えた。
商人は利に聡い。
新規性は、すなわち商売のタネだ。
あくび混じりで酷くどうでもよさそうに答えていた質疑応答も、不自然なまでに熱意が欠けていたギルドの統廃合についても、態度に思うところはあったが刺激的であった。
しかし、その本心はどこにあるのか掴めない。場数を重ねた歴戦の商人たちも、抱えた文化が違う相手を理解することは容易ではなかった。
しかし、ただ一点。
彼が旧領主派閥を追い落とそうとしている、という点だけは確かであり、そこに強い熱意があることだけは理解した。
商人たちは、各々が頭の中で算盤を弾き始める。
所属している商業ギルドに情報を持ち帰る者、情報を独占する者、積極的にキフィナスに協力しようという者もいれば、もう少し状況が苦しくなれば自分を高く売り込めるだろうと旧領主派閥へ協力すべきと所属ギルド内で通告をしようと考えた者もいる。
商売が開かれ、経済が動き、社会は回る。
世界という水鏡は揺れつ戻りつ、しかし水面に石を投げれば波打ち紋が立つ。
キフィナスの会合は、確かに商人たちに大きな波紋を与えることとなった。
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《各業種ごとにギルドを作っているタイレル王国の経済について》
職人の仕事は『特定の物品を製造すること』のみならず『それを販売すること』まで含まれる。そのためにギルドを組織して価格を管理している。
主人公キフィナスがそこまで気を回していないため本文中では割愛されたが、ギルド制には技術の伝達や基礎教育などの機能が存在しており、経済活動を超えた社会に対する役割がある。
(統治を安定させるために知識を制限するという考えの元、タイレル王国には大きな教育機関が存在しない。道徳や社会規範等を伝える宗教もまた、個人が非常に大きな力を持つことができることと、統治にあたって不都合であると判断され伝播していない。《スキル》《ステータス》の存在する世界で、統治の正当性を説くために王権神授説を持ち出す必要はない。常人よりも遙かに優れたその力と、その力を湛える血を示せばよい)
自由経済と、同職ギルドによる管理経済には、それぞれメリット・デメリットが存在する。
それぞれを比較考量した上で、数百年の時を重ねて運用され続けているシステムを切り替えることをキフィナスは断念したが、キフィナスの言葉を聞いた商人たちが同様の結論に至るか──ひいてはデロル領の経済活動の形態がどうなるのかは定かでない。




