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うまく にげきれた!


「ええー……?」


「ぎっ……な、なんで俺をっ!?」


 その疑問はもっともだと思います。僕にも困惑しかない。

 用心棒が依頼人に手をあげたら完全に詐欺じゃん。


 ……というか後ろから来てたのか。セツナさんに集中しててまったく気づかなかった。

 まあ全力で集中してても、僕はまるで反応できなかったわけだけど……。


「逢瀬の邪魔だ。三下風情が」


「オマエは俺たちの用心ぼっ──あぎっ、あっ」


 左腕が舞った。



「あああああああ!!!」


「額ずけ。嵐を前にした童のように。できぬなら、次は足を落としてやろう。我が刃にいま《切断》の概念を纏わせた。次の一刀、離れた足は二度と付かんぞ?」


「ひ、ひいいいいいぃいい!!」


「うっわーー……」


 氷のような言葉と炎のような殺意を受けて、男は失禁しながら頭を地面に擦り付けている。


 どうやら仲間という概念は万年ぼっちの人にはないらしい。


「ふん。こやつらは仲間などではござらん。我が背中を預けるには、そうさな……、その、なんだ。ぬしくらいの力は、備えねばならぬでござるよ?」


「はい?」


 セツナさんに背中とか預けられるわけないでしょ? 斬られるの怖いし。

 というか、そうやって無駄にえり好みするから友達いないんじゃないですか?


 だいたい僕、ただのDランク冒険者ですよ。その辺にいるでしょ。


「ふん。でぇらんく風情が我が必殺剣を見切れるものか」


「メリーで目が慣れてるんですよ」


「あの化け物を基準にするな。……はあ。興が削がれたでござるな」


 セツナさんは鞘に剣を戻した。戦う意志はもうないらしい。張りつめていた周囲の空気が弛むのを感じる。


 ……僕ならここで不意打ちをするんだけど、このひとはそういうことをしない。なんていうか、殺し合いをスポーツか何かと勘違いしてる節がある。


「……今回もぬしの勝ちだったでござるな。あの一瞬で我が刃の切っ先がどこを向いたかを判断するとは」


 え? そんなのしてないですけど。

 というか爽やかな笑顔を浮かべないでくださいね? 僕はあなたに不意打ち気味に斬りかかられてるんですけど?


「謙遜をするでない。構えを一切変えなかったというのは、すなわち。我が剣の軌跡を視たということでござろう?」


「違いますけど?」


「ぬしはいつもそうやって油断を誘う言動をするが、我には通じぬよ」


 いや本当に。単に反応できなかっただけですからね?


 というか拘束してたはずの冒険者が動けたことにも気づきませんでしたし、セツナさんが動いてくれなかったら頭をかち割られてたんじゃないでしょうか。


「……あやつが居らぬのは絶好の好機ではあるが、ぬしとの逢瀬はもっと神聖で、孤独でなくてはならぬと思い至ったぞ。ござるなるほどでござった」


 セツナさんは強烈な自分ルールの中で生きている人なので僕の話を聞いてくれないんだなぁ。

 うんうんとひとり頷いてるけど、いったい何に頷いてるんですかね? というか『ござるなるほど』って何。


「うむ。また仕合おうぞ!」


「絶対嫌です……!!」


 去り際、セツナさんは笑顔でそんなことを言った。

 何さわやかさを出してるんだ、この女ほんと。



 ……はーーーーーー。

 本当に疲れた。セツナさんと会うとすぐこうなる。めちゃくちゃ厄介だ。

 何がいちばん厄介ってメリーはセツナさんをどうも僕の稽古相手と見なしてる節があることだ。あの人にメリーをけしかけようとしたことは一度や二度ではない。だめって言われた。

 あの危険人物を野放しにする意味が僕にはわからないんだけど、メリーは口下手な上に案外秘密主義者なところがあるせいでよくわからない。


「それはそうと、この人たちを冤罪で捕縛してもらわないとな……」


 どうせ後ろ暗いことのひとつやふたつ抱えてるのだろう。こういう手合いはとりあえず官憲に拘束してもらって調べてもらうのが一番だ。

 単に僕に脅しをかけただけの善良な冒険者であれば余罪が出てくることはないし、人の噂は炎と同じく、静まれば自ずと忘れられるものだからね。焦げ跡は残るけど。

 僕はポケットから女性用の下着を取り出し──。


「──けて」


 小さな声が聞こえた。

 怯える声。痛みの声。

 泣くことを諦めた幼子が、ぽつりと声を漏らしたような、そんなか細い声だが、僕には確かに聞こえた。


「今。助けるよ」


 ねぐらの突き当たりに、鉄格子の牢屋を見つけた。

 そこには、薄汚れた子どもたちが何人も囚われていた。


「……棄民狩りか」


 …………つくづく、最低の連中だな。こいつら。



・・・

・・



 憲兵の詰め所にて。

 僕は馴染みの憲兵さんにさっきの件を報告した。


「──はい。そういうわけで、僕は偶然、偶然ですよ? 町中で偶然邪悪な下着泥棒たちを見つけてですね。偶然ですー。はいー。邪悪極まりない彼らは、なんと、街中にある干してある下着に一も二もなく飛びついて、しがみついて、こりゃもうお手上げって感じでした。興奮状態だったんですかね?よくわかんないんですけど。でも目の前で行われている蛮行には僕の持ち前の正義感から放っておけないと思って僕は彼ら8人を人気のない場所に移動させつつ愛と正義を語りかけたのですが抵抗されたので仕方なく全員暴力で拘束しました。念入りに関節を破壊しましたけど冒険者だからまだ動ける可能性はあります。あっわかってるかもしれないですけど犯行の目撃者は僕以外いませんので探しても無駄ですよ。あと、うち一人は両手が切られてます。血がドバドバ出ててこのままだと出血多量で死にかねません。死ぬ前にとりあえず事情聴取を──」


「やめんかっ! 本官を言葉で押しつぶす気かっ!」


「いえ。状況説明ですけど」


「けど、っじゃ、ね゛ーよっ!! 本官オっマエの手口既に知ってんだよ! 不明瞭不簡潔な説明わざとだろ! そうやって言葉をわ゛ーっと浴びせて正常な判断力を奪うんだ!」


「さっきそれセツナさんにも似たようなこと言われたんですよね」


「セツナって……、まさかっ! 《人斬りセツナ》か!? お゛い! そっちの方が下着ドロなんかよりヤバいんだけどっ!?」


「ああ、はい。下着泥棒のうち、ひとり両手斬られた人がいます。僕じゃないです。セツナさんです。僕じゃないです」


 僕は法律の効果範囲内で誰かの命を奪うこととかしないので。


「いや君が単純な暴力よりもっと陰湿な手口を好むのは本官聞かなくてもわかってるけどね……。だいたい、ほんとに下着ドロなのかぁ? いつもみたいに、下着ドロじゃないんだろ?」


「下着泥棒ってことで拘束してくださいよいつもみたいに。現行犯なんですよ下着泥棒の。いいから早く来てください下着泥棒」


「本官が下着ドロやってるみたいじゃな゛いか! ちゅか冤罪を量産させるのやめ゛ろよ! 人権を制限できる権力があるんだぞこっちは! 気軽に使えないの!」


 本官さんは真面目だなあ。

 だから動ける理由を作ってるんじゃないですか。


「本官さんってゆーなぁ! 本官にはアネット・マオーリアという名前があるんだぞ!」


 今更自己紹介なんてしなくてもいいですよ。

 よくお世話になってますし。


 声の大きさからは信じられないくらい背が低いこの憲兵さんは、都市を巡回したりいつも最前線で仕事をしている人だ。

 いつも自分の背丈よりも長い三つ叉槍を持っていて、彼女の背に括り付けられたそれは、動くたびに地面にざりざりと一本線を引く。

 標準装備が体躯に見合ってない。


「ええ存じてますよー。本官さん」


「だから本官ってえっ! ……あのな本官な! 同僚からキフィナスくん係って呼ばれてんだぞ! ホントはただの駐在なのに!」


「そうなんですか? ありがとうございます。でも早くきてください。来ないと悪党が出血多量で死んじゃいますよ」


「見ず知らずの悪党の命について責任の一端を背負わせるのやめてくれ゛るぅ!?」



・・・

・・



 街角にて。

 僕は本官さんと現場に赴きつつ、和やかに会話している。


「そういえば、君がメリスちゃんと一緒にいないって珍しいよな。ひょっとして喧嘩かな? ダメだぞー喧嘩は。仲良くな、なかよく。取締の対象だからなー」


「別に喧嘩はしてないですけど」


 拗ねたりすることはあっても、喧嘩らしい喧嘩はここ数年してない。

 というか多分喧嘩にならない。


「まあ、監禁されたので脱出した、って感じですかね」


 ああ、メリーのこと考えてたら髪撫でたくなってきた。

 いつ帰ってくるんだろう。というか、何時間監禁するつもりだったんだろう。


「監禁んぅ!? そ、それは、なんだ。ほほ、本官にメリスちゃんの犯行を報告するということか。ほ、本官武闘派じゃないんだけど、しかし被害を受けたと言うからには……。……う、ううっ。わ、わたし、メリスちゃんにさすまたを向けてしぬのか……。いしょ、いしょを用意しないと……とうさま、かあさま、ねえさま、先立つ不孝をおゆるしください……」


「あーいえ、メリーが逮捕されたら困りますし、そういうつもりではないです」


「な、なんだいつものでたらめか。まったく驚かせるんじゃないよ! こっちは死を覚悟したぞ!! したんだよ!?」


「いや、手足をベッドに縛られて放置されたのは本当ですけど」


「…………ただれてるの? ……いや、このあたりは深く追求しちゃまずいやつだな。うん。合意なら……うーん………………」


「そろそろ事件現場ですよ、本官さん」


「──はっ! そ、そうか! よし突入っ!!」





 現場に到着すると、本官さんはさっそく栗毛色の頭を抱えた。


「あ゛ーー。あ゛ーーーー。もう、なんだこれ、報告書どう書いたらいいんだ……。街のハズレにこんなねぐらを作る時点で怪しいってのは間違いないけども……ただの勇み足だけどこの子が絡むと勇み足じゃないんだよなあ……」


 本官さんは小さい体をうんうんと唸らせて悩んでいる。ただでさえ小さいのに体を丸めるとよけい小さく見える。

 大変そうですね。


「見るからに怪しーんだよ!は゛か! なんであいつら全員ぱんつ被ってるんだよ!」


「そういう趣味なのでは?」


「血まみれで床に突っ伏してる男の被ってるぱんつがなんで白いんだよ」


「盗んだ下着が白かったからでは」


「血がついてねーのおかしいだろって言ってンだよ゛! 言っとくけどおかしーのそこだけじゃないから゛なーっ!?」


「はあ」


「地面に転がってるあの柵なんだよ! 鋭利な刃物ですぱっと切れた跡ぉ! 本来柵じゃないだろ゛たぶん! あれ鉄格子とかだったろ! 中に誰かいたろ゛!」


「さあーー。僕は良くしらないですねーー。たぶん来たときからそうだったんじゃないですかーー」


「見え透いた嘘はやめろっ! 本官オマエのそれめ゛っっちゃムカつくんだよぉ!」


「いやーー若干申し訳ない」


「若干ってなに!? 本官以外の前でぜったいそんな口きくなよ!?」


「しませんよ。僕は相手をよく見ていますから」


「だろうね゛っ! ホントに厄介だなコイツはも゛う! あーもう、《治癒の魔石》で応急処置をして、っと……。まあ……治らんかもしれんが。少なくとも止血はできるだろ、止血は」


「僕、そろそろ帰っていいですか。冒険者って職業は色々忙しいみたいなんです。一般論で」


「オマエは参考人……いや、いいや。今日はもう帰っていいよ。何かあったら後で聞くから。くっちゃべってと日が暮れそうだからな」


「一応全身縛って意識奪ってるとはいえ、相手も冒険者です。気をつけてくださいね」


「や、本官は大丈夫だ。これでもけっこう強いからな?」


「ええまあ。存じてますが。それでも気を付けてくださいね」


「キミこそ気をつけてな。最近は何かと物騒で……ってオイぃ! なんッだこの顧客リストってぇっ! なんでこれこのテーブルの上にこれみよがしに置かれてる゛の! おいキフィナスくん! お゛い! ちょっと説明を──」


 僕は忙しいので洞穴を後にした。帰っていいよって言われたし。

 追ってくる気配はあったけど僕の方が一枚上手だ。

 上手く逃げ切ったぞ。



「はぁー……ああもう、なんだよこの宛先奴隷商って。商品王都行きって……」


 アネットは小さい手のひらで頭を抱えた。

 タイレル王国では、建国以来奴隷制度を禁止してきた歴史がある。

 逃げたキフィナスくんがわざとらしくテーブルの上に置いていた書類──魔術契約書は、その存在を示すものだ。


「こんな案件わたしだけじゃ手に余るんだけどぉ……。キフィナスくんはこれだからさぁ……」


 上司には報告して、定例業務に戻っていいという報告は受けた。どう考えても、アネットひとりの執行力で対応できるものではない。

 キフィナスくん絡みの事件──通称キ印は、クッソどうでもいい案件とやたら厄介な案件で構成されている。


 クッソどうでもいい案件は、だいたい読んでもしょうがないキフィナスくんの奇行だけど、中には重要な情報もあるから目を離せない。

 厄介な案件は厄介な案件で、だいたい下着泥棒の現行犯逮捕とか奇妙な一文から始まってて、重要な情報が詰まってるのに読んでると気が狂いそうになるのだ。


「あん……?」


 アネットは自分の机に、一枚の報告書が乱雑に置いてあるのに気がついた。


「何々、新規キ印案件……、道の往来で黒いフードで顔を隠した子どもに紐で手を縛られ連行される灰髪の青年の目撃情報ぉ!? しらねーーーーよそんな゛の! あの子の趣味かなんかだろ!!」


 わたしはキフィナスくん係では断じてないっ! と、アネットは叫びながら往来に飛び出したくなる気持ちを何とか抑え、日課のパトロールに行くのだった。


 ──机にはもう一枚報告書があったが、アネットはまだ存在に気づいていない。

 紙面には「ロールレア家当主代行、灰髪の少年と接触」と記載されていた。

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