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領主様がゆく



 貴族によって統治される封建制社会において、一生をその領地の中で終える民は少なくない。

 領主は領民を土地に縛り付け、税を糧とする。一方、貴族階級の者は公務や社交を理由に一所には留まらない。

 しかしながら貴族の生活圏とは、領民のそれに比べてごく狭い範囲だ。


 華やかなりし貴種の社交界。他領との繋がりは力となり、自身の領地を富ませる。社交活動の結びつきが、経済活動にも繋がるのだ。

 しかし、貴族として顔が広くなればなるだけ、自領で過ごす時間は当然減ることになる。

 どれだけの能力があっても、時間は万人にとって有限で平等なものであり、人間は己が身を二つに割ることはできない。

 ……ステラには双子の妹がいるが、彼女は領主ステラではなく、領主代行シアなのだ。


 タイレル王国の領地は、概ね以下の形状をしている。

 何代も前に建てられた邸宅。その付近には、由緒正しき一等市民こと富裕層が集まる。領主の近くに家を持つことは社会的な地位(ステイタス)を示すことに繋がるためだ。地価の設定などにより、自然それを囲うように二等、三等と続いていく。

 貧富は領主の居所を中心に同心円状に分布しており、外円のヘリに──ただし他領と接する窓口は例外となる。富裕層は少ないが開発は進む──貧しさは押しつけられる。

 そして、領主の行動圏は内円部の狭い範囲となる。領内の問題を解決する日々の執務と、他領との繋がりを維持するための社交界への出席へ時間は費やされるためだ。とりわけ大領地の貴族にとって、生活とは邸宅内とその周辺、そして公務で足を運ぶ場所となる。


 ここ迷宮都市デロルにおいては、前触れなく発生するダンジョンの存在によって、都市開発はさながら小雨降る池の水面に広がる波紋のような複雑性を見せる。

 しかしながら、その波紋の外側──ダンジョンが周囲になく、領主の目からも遠い縁へ、貧者が追いやられている構造は変わらない。

 迷宮都市デロルは広い。領主邸宅が面している中央通りから、道なりに幾度も曲がらなければ領外までたどり着くことはできない。


 ──しかし、通りをたった三回曲がった先にある建物について、ステラも、シアも、よく知らない。

 カティアが空白の街の隅から隅までを案内していた時、姉妹の胸にあった感情は驚きであった。……だから、彼女が心から自分が生きた街を愛していたのだろうと、実感として理解できた。だから、友達になりたいという申し出を光栄に思えたのだ。


 姉妹は、広大な屋敷という狭い温室で養育された世間知らずの小娘である。

 挫折も葛藤もなく、小利口に、己の目にしたものを世界のすべてだと捉えていた。


(……そして。あのひとに会って。色んなことを知った)


 年始に開催する《王都千年祭》の後、春の式典が行われ、その際にステラは正式にデロル迷宮伯という立場を継ぐことになる。

 これからは領主代行の娘ではなく、正統な領主として、領民を導かなければならない。

 ──領主を拝命するまでのわずかな猶予、残されたモラトリアム。カティアのように、自分の民を知ることは、時間を費やす価値が大いにあるとステラは考えた。



「だけど、これはあんまりじゃないかしら」



 へらへら笑う皮肉屋の執事から『街の姿を知りたい? はあ。だったらこれでも着ればいいんじゃないでしょうか』などと渡されたみすぼらしい服に、文句をつける権利はあると思うのだ。

 ……理屈はわかる。普段の格好で姿を見せたところで、街の人間は領主ステラを意識した振る舞いをするだろう。だから王都でも街娘のような格好をした。変装した。それくらいわかる。

 しかし、あのひとはその服を見るなり鼻で笑った。いつもの軽薄そうな笑顔で『服屋さんを使うのは冒険者くらいです。普通の町人はだいたい手縫いで済ませる。その服は時間と技能のない一般人の手縫いにしては綺麗すぎますし、冒険者向けの商品ならもっと布の質が悪い。そして、冒険者なら鎧を着込みやすいように身体の線が隠れる服は選ばない。もっと動きやすい格好をします。ヒラヒラいらない。まあ、何というかー、そうですね? 率直に言いますとー、見るからに勘違いしたお貴族さまが庶民のカッコを真似てみたーって感じですね』とか言われた。言い過ぎだと思った。だめ出しは一言で済ませろと思った。つねってやろうかと思った。

 その点、代わりにと用意された服は容赦なく質素だ。色合いは地味だし、肌触りも悪い。なんかちょっと変な臭いする。『別に着なくてもいいですよ』とか言い出すし。なんなの。


 理屈はわかる。わかるけれど──。



「もうすこし。敬意を払われてもいいんじゃないかしら。わたし」



 矢文で『あの服着てこの地図参考にここまで来てください』とか。

 率直に言ってナメられていないだろうか。

 ステラは訝しんだ。



* * *

* *

*



 そういうわけで。

 僕はレベッカさんを連れて通りから少し外れたところにある廃屋に来ていた。

 大きく歪んだドアを開けると、荒れ放題の間取りが顔を見せた。


「どういうワケですか。というかさっきの弓なんですか」


「魔道具ですねー」


「街中で何撃ってンですかねキフィナスさん? というか、こんなトコ連れてこられても困るんですが」


「安全ですよ」


「危険の有無は聞いてないんですよ。あんたそのあたりすごい辺境ですよね!?」


 突然斧でフルスイングし出す人が何を言ってるんだろうか。僕は訝しんだ。


「街中で武器出したりするから冒険者のイメージが悪くなるんですよ!」


「もう挽回できないでしょ」


「それ言ったら後は争いしかねーぞ!? ウチの家は代々ですねぇー! 冒険者さんが社会から孤立しないようにですねぇーっ!!」


「うまくいってないのでは」


「あっテメっ! それ本当に禁句だぞ!! ……ああもうっ!冒険者がみんなメリスさんだったらいいのにッ!!!!」


「何言ってんだこの人」


「めり。ふえる?」


「本気で勘弁してねメリー。右肩だけでもへし折れそうなのに両肩になったら両方砕けちゃっ──やめてその反復横飛び街中でやんのやめてほんと街路の再舗装とか計算したくないから本当にやめて」


「ひとりください!!」


 ダメに決まってんだろ。

 ダンダンダンダンと床に穴を開けながら大きな音を立てて反復横飛びするメリーに、レベッカさんがわ~メリスさんいっぱい~とかアホなこと言いながらふらふら近づいている。僕は進路を塞いだ。


「どいて。邪魔。限りあるメリスさんの独占は許されない犯罪です」


 やめてください。目が据わってる。手を触れないでください。ぐいぐい押さないで怖いから。というか触ると発生してる真空とか運動エネルギーとかで手足ズタズタになりますから控え──。



「ここでいいのかしら?」



 廃屋のドアが勢いよく開けられる。同時に、僕は残像を作るメリーに触れた。

 腕からグキゴガという不吉な音が鳴りつつメリーは止まった。


「ぐぎっ……! あ、あってますよステラ様……」


 僕は軋む腕を抑えながら言った。レベッカさんはともかく、間違ってもこの人を吹き飛ばすわけにはいかない。レベッカさんはともかく。


「きふぃ。あぶない」


「そうだよー?危ないよー? メリーは賢いねー。じゃあなんでこんなことするのかな」


「したかった」


 したかったかぁ……。んー……、じゃあ腕の一本くらいはしょうがないなぁ……。

 あ、何突っ立ったままでいるんですかステラ様。ほらこっち来てください。ご足労おかけしましたね。そこ座ってください。埃は払ってます。


「あなたね……、はあ。もういいのだわ。外でもこの調子なのね」


「……あの。キフィナスさん? そちらのお方、すごい一般庶民ってカンジの服着てらっしゃいますけど、もしかしなくてもロールレア家の方ですよね?」


「あ、よくわかりましたね? 僕なんか、興味がない人の顔と名前を一致させるのすごく大変なんですけど、流石はレベッカさん。職業病ってやつですね」


「病認定してんじゃねえぞ? ──はっ!次期領主様の前だった、ええとっ、お、お久しぶりです! 覚えておいでてないかもしれませんが、私レベッカ・ギルツマンと申します!」


「ステラよ。この間は対応ありがとう。お陰で、冒険者にしてもらえたわ」


「ちょっと対応遅いとか文句言ってましたね」


「ひっ……! いえあの貴族の方が冒険者ギルドに登録するという事例は基本的にかなり少なくてですねその上でお二人が優秀だったものですからランクの査定に時間をいただくこととなりまして──」


「こら。やめなさいキフィナスさ──キフィナス。当家の気品に関わります。私は問題としないから、楽にして頂戴な」


 そして、ステラ様はちょいちょい、と耳打ちをした。


(ねえキフィナスさん。この人、どこまで話が通じる方?)


「いくつかの都市で冒険者やってた僕の知る限りですが。出会った職員さんの中で、上から数えてすぐ当たる程度には優秀ですよ」


 僕は普通の声量で答えた。

 少なくとも、迷宮都市デロルの事実上のギルドマスターは彼女だと言っても過言ではない。

 複数の領地に跨がって拠点を置く関係から、ギルドの長には貴族と渡り合える家柄なり《ステータス》なりが第一に求められる。実務能力の面で言えば、間違いなく、彼女が冒険者ギルド・迷宮都市デロル支部のエースだ。


「……あの。キフィナスさんにおだてられても気味が悪いんですが」


「やだなぁ。僕は嘘はつきませんよ。常に誠実でありたい。そう思っています」


「その発言が既に嘘だろ。あんた時と場合で平気で嘘吐くし」


「いいえ? ただ、ちょっと適当テキトーなことを言うだけです。いや、正確には滑りやすい口がつるっと回っただけ……ですかね?」


「領主関係の方の前でもそのナメた口きき続けてることに驚きしかないんだよな」


「え? ええまあ。別に? 僕は貴族とか嫌いですし。レベッカさんもそうでしょう?」


「絶好調かよ……。あの、ステラ様。この男に騙されてはおりませんか?」



「いいえ。キフィナスさんは、頼れる当家の家令なのだわ」


「ええぇ……?」



 ステラ様は誇らしげな顔で言った。

 レベッカさんは本気で引いていた。



「改めて、あの時は迷惑をかけてごめんなさいね。当家の家臣の長として、箔をつけるつもりだったのよ。一種のパフォーマンスよね。

 どう? 冒険者ギルドで、彼の見方は変わったかしら」


「あ、その、その件は……、えーと、ですね……」


「正直に答えてもらって構わないわ」


「──変わりません。元々言動が胡散臭くて全身で冒険者嫌いをアピールしてて大したことやってないと思われてるので。しかもメリスさんをひとりじめしてますし。むしろなんだコイツって目は悪化したと思います」


「私怨が混ざってませんかレベッカさん」


「これは客観的事実ですキフィナスさん」


「メリーは関係なくないですか」


「そこが一番重要なんですけど」


「仲良しで何よりなのだけれど、そろそろ説明してもらえないかしら。なんで私、こんなところに来たの?」


「あれ? 書いてなかったでしたっけ? 理由もなしにこんなとこ来たのかこの人……。まあいいや。

 あれですあれ。王都への食料支援の話。冒険者ギルドが今ちょっと忙しそうだったんで、改めてここでしようかなーって」


「帝国移民の受け入れの話ね。先手先手を打たないと、餓死する人が出てからじゃ遅いもの」


「その件なら、既にウチで進めてますよ。王都から査察に来た方がいまして、そちらで話をツケてます。キフィナスさんからも聞いてますし。

 その進捗確認なら別に──」



「他領の貴族の部下っぽい人が紛れてるんですよ。冒険者ギルドにも、多分屋敷の方にも。レベッカさんも、最近冒険者らしからぬ格好の冒険者増えてると思いません?」



「──なるほど。だから私をここまで呼んだってワケですね」


「……あなたも説明されてなかったの?」


「しましたよー?」


「してねーだろ!?」


 したじゃないですか。筆談で。


「あんなん伝わるわけねーでしょうが! ……いやホント、ステラ様大丈夫ですか? この男に弱みとか握られてませんか?」


「ふふ、ありがとう。時々ひっぱたきたくなるけど、いつも助けてもらっているのだわ」


「……洗脳……? ……薬物は使われているのか……?」


 本件に限らず、改めて、領主と冒険者の代表とで顔合わせをしてもらう必要を僕は感じていた。

 じっくり話をしてもらおう。



・・・

・・



「──ありがとう。レベッカ。進捗状況は把握したわ。いい具合のようね。

 私があなたと対面したこと。そのことで、どれだけ本気なのかがわかってもらえたと思うわ。

 これから、お仕事が終わった後、定期的にウチに来てもらっていいかしら」


「は、はいっ! 構いません!」


 言葉とは裏腹に、レベッカさんめちゃくちゃ構うって顔をしている。

 え、超過勤務とか聞いてない……みたいな顔。僕にもよくわかる。

 ただし、やって貰わないと困る。レベッカさんもそれは理解しているだろう。



「それでは、私は一足先に失礼します。報告事項の共有は終えましたし、ギルドの仕事もありますので。あとキフィナスさんは覚えといてくださいね」


「ええー? 僕悪いことしてませんよー? レベッカさんの貴重なお時間をいただくには十分だったと思いますしー、事前に喋れない事情があったのはご理解いただけたかとーー」


「理屈はわかっけどその間延びした口調ホンっトむかつく……! 足の指全部ぶつけろっ!」


 捨て台詞を吐いてレベッカさんは去っていった。




「楽しい人だったわね」


「そうですね」


「あなた、いつも苦いもの飲んでるような顔で冒険者のこと語るから。もっとひどいのかと思ってたわ」


「レベッカさんはいい人です。逆に、お二人に会わせたくない連中が多すぎますけどね。……その服、着て歩いた感想どうですか」


「肌がチクチクするのだわ。……うふふ!冗談よ。

 そうね……、やっぱり、視線は変わってくるわよね。それに相手の態度も。あなたはいつも、こういう世界が見えているのね」


「ちがう。きふぃは、もっと」


「メリー」


 僕はメリーを咎めた。その続きは言う必要がない。

 ……世界が綺麗であってほしいと願う子に、差別や偏見の存在を直視してほしくはない。人間はどこかに敵を作って安心する生き物なわけで、自分たちとは違う(ステータスのない)劣った存在(灰色の髪)なんてのは絶好のマトだ。

 ただでさえ危なっかしい道をゆく子に、僕の荷物を背負わせるつもりはない。





「……この辺りには、廃屋が結構多いのね」


「そうですね。それだけ活気がある、と言い換えてもいいかもしれません。この辺りは商店が立ち並ぶ区画です。住居を建てるとうるさくて眠れやしないから買い手もつかない。この辺りの廃屋は、都市の新陳代謝の結果ですよ」


「私たちが使ってたところ、前は何だったのかしら」


「さあ? 次のお店がどうなるか考えた方が有意義なのでは」


 タチの悪い冒険者崩れのごろつきがたむろしてた場所だ。半年くらい前に毒瓶投げて憲兵隊に引き渡した。


 三人で街を歩く。

 ステラ様は、きょろきょろと辺りを見回しては『この通りの先は?』といちいち僕に尋ねてくる。廃屋にもこの調子で来たなら、そりゃ奇異の目で見られるというものだ。


「シアにも着て貰った方がいいかもしれないわね」


「シア様が着てもあまり意味ないと思いますよ。所作から気品が隠せませんし」


「それ、暗にわたしが気品に乏しいって聞こえるのだけど?」


「あ、そういう意味ではないです。本当にないですよ。ただ……なんていうか、ほら。貴族様らしくないんですよね、ステラ様は」


「……あなたの中では褒め言葉なのだろうけれど。すごく複雑なのだわ……」





「おっとごめんよー!」


 一人の子どもがステラ様にぶつかってきた。

 その少年は、そのまま裏通りへと駆けていく。命の危険がなさそうだったので僕はメリーと一所にぼーっと眺めていた。


「前を見ていないと危ないわよー! 気をつけてねー!

 ふふっ。あんな元気な子もいるのね」


「ああ、スリですね」


「え?」


「カモだと思われたんでしょうね。まあ、刃物じゃないだけマシだと思って──」



「……ウチの家紋が入った小物、あの子が持ってるってこと?」



 ……まずくない?


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[一言] 増えるメリーさん。 ――もしもし、わたし、メリ。キフィのうしろ、いる  ――もしもし、わたし、メリ。キフィのまえも、いる    ――もしもし、わたし、メリ。キフィのよこも     ――もし…
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