「人間の屑相手には何をやってもいい、みたいなところある。いや、もちろんそういうの僕はどうかと思いますけど。僕はね」
足を踏み入れた途端、むわっとした臭気が鼻についた。
8人の男たちがテーブルを囲んでいる。
僕を見て、何人かは驚いた顔をした。やっぱりこの子を使い捨てる気だったのかな?
「あ。この前、ギルドで朝っぱらからお酒を飲んでいたクズの人だ。お久しぶりでーーす」
そいつは今日も酒を飲んでいた。
……うーん、レベッカさんに指摘したんだけどな。冒険者ギルドにクズがいますよって。
血の臭い、弱者を食い物にしてきた臭いは簡単には消せないし鼻につくんだ。
「ぎゃははは! 流石は女の陰に隠れてばかりの《女使い》だな! まさか貧民窟のガキに負けるた──あ?」
『貧民窟のガキ』じゃなくてカナンくんですよ。
僕はロープをぱらりと落とし、十尺棒で目の前の男のわき腹を貫いた。肋骨を砕いた感触と共に、すぐさま棒を振り戻す。
先制攻撃はいつだって有利だ。僕はいつでも不意打ちをしたい。
ついでにカナン君の意識もここで奪っておく。「ぐえっ」て結構大きな悲鳴だけど、立ち回るのに邪魔だし、共犯扱いされたら可哀想だからね。
「なっ──テメエら! 囲むぞ!!」
指示を出す恰幅のいい男、あれがリーダーだろうか。僕はそいつに見えるように、ゆっくりと差し出した親指で、金貨を真上に弾き上げる。
隙だらけだ。一瞬だけ金貨に視線を投げた男の前に、僕はガラス瓶を投げ込んだ。
詰めていた黒色の気体が吹き出す。
──辺りは一面、一切の光のない世界になった。
「どこだ!?」
「火だ! 火をつけろ!」
さっきの瓶には、《月のない闇夜》を詰め込んでいる。
瓶の中には夜が詰まってて、開けると周囲を真っ暗にする。なんかメリーから貰った。
原理とかはよくわかんないし、夜を詰め込むって意味が全然わかんないんだけど、使い方と効果はわかるのでそれでいいかなって思う。
人間の目は、突然の暗闇に弱いからね。
「クソッ! 何も見えねえ……!!」
でも僕には対応できる。なにせ僕は、健康のためにビタミンAとビタミンDをよく摂ってるから。鳥目とは無縁だ。
更に言えば、僕がカナン君に手足を引っ張ってもらってたのは、暗闇に慣らした状態で目をつぶり、自分が撒く暗闇に即座に対応するためでもあった。
松明を掲げた隙だらけの男の顎めがけて、僕は棒を掠らせるように突き、脳震盪で昏倒させる。
「がっ!」
棒を引き戻すと同時に、僕は胸元にしまいこんでた複数の録音石をループ再生させて、辺りにばらまく。
「どこだ!?」
「火だ! 火をつけろ!」
「クソッ! 何も見えねえ!」
「がっ!」
そこかしこから「どこだ」「火だ!火をつけろ!」「クソッ! 何も見えねえ!」「がっ!」という声が反響する。
視界が閉ざされた中で、音はかなり重要な情報になる。なのでこんなことをした。
……こんなことをしたけど、なんかすごいシュールだぞ?
僕は近くにいた男の胸を突いた。男は「げぶっ」と野太く鳴いた。
「クソッ!! ふざけやがってヒモ野郎!」
「どこだ!?」「火だ!火をつけろ!」「クソッ何も見えねえ!」「がっ!」
男の一人が、《着火の杖》を地面にぶつけた。
これは冒険者であればだいたい持ってる火おこしの道具だ。内部に《火の魔石》が詰まっていて、普通に使ってもいいんだけど、地面にぶちまけると大きな火花を起こす。
「どこ「火だ!火をつけろ!「クソッ何も見え「がっ!」
その火花は、一番最初に昏倒した男がさっきまで飲んでいた酒に引火。地面に大きな光源ができた。
本当に火をつけるんじゃないよ。僕が困るだろ。
「どこ「火だ!火をつけ「が「ど「火だ!火をつけ「がっ「どこ「火だ!火をつけ「がっ!「どこ──」
……いい加減うるさいなこれ。僕は録音石を次々に踏みつぶした。
うーん、でもやっぱ便利だな録音石。それにちょっと楽しい。後でまたメリーに買ってもらおっと。
僕が録音石を潰して回っていると、いつの間にか悪漢どもに囲まれてしまった。
「ペテン野郎が。どんな手を使ったか知らねえが、見えてりゃこっちのもんだ!」
「《スキル》も使えねえ灰髪の分際でよ!」
「いやぁその通りですね。みなさんのご意見、参考になります!」
僕はウインクをしてみた。周囲の殺意が増した。
どうやら、僕の顔の動きも見えるようになったらしい。
「僕は弱いですからね。みなさんの顔もこうなるとよーく見える。よく見えますね?」
僕は黄緑色の煙が詰まった瓶を掲げた。
「じゃあー、見えますかー? この瓶」
「何のつもりだ!」
「《毒雲タランテラ》って知ってますーー? 有名な神経毒ですよね」
「てめえ、何を──」
「待てッ!!」
斧を持って飛びかかろうとした男を、親分っぽい人が大声で制止した。
「何で止めるんだ!? こんな隙だらけなのにっ。全員で囲んで《パワースラッシュ》を叩き込みゃあ……」
「あ、ご存じないですか? ご存じないですかー。そっかぁ。《毒雲タランテラ》はですね? 吸うと、心臓まで麻痺させる気化毒なんですよ。だからくれぐれも吸わないようにーー。また、目に入ると眼球を溶かします。つぶった方がいいですねーー」
僕はゆっくりと、はっきりと、しっかりと聞こえるような声で言った。
男たちが動揺する。
「というわけで。僕はもう絶体絶命なので。今から瓶投げますね」
ぽーーーーい。
僕は瓶を真上に投げた。
「拾え! 何があってもだッ!!」
「お、おう!!」
いやあ、いい判断力だなー。動きもそこそこ早い。
「その反応の早さ。いいですねー」
瓶を取ろうと飛びかかってくる男に、僕は一撃を叩き込んだ。
相手の勢いをそのまま利用する形になり、相手は壁まで吹き飛ぶ。
瓶はまだ空中にある。僕は再度、棒でぽーんと高く撥ね上げた。
「あ!今ヒビ入ったかな? マズいですよどうしましょうどうします?」
「ちくしょうッ! いかれ野郎と心中なんざ──」
瓶に一番近いのは親分さんだ。懸命に掴もうと必死になっている。
「がっ……!」
「げぼっ」
親分の動きから目を離せない手下連中。そりゃ命がかかってるもんね。
仕方ない仕方ない。
右手の木の棒がしなりを上げてクズどもの体を次々横たえていく。
「取っ──」
はい。取れてよかったですね。
これは景品です。
飛び込んできた親分さんの顎に、僕は会心の一撃を叩き込んだ。
この感触は顎をしっかり叩き割った。当分は流動食だろう。
「て、てめへ……」
ふらふらになりながらも、男にはまだ意識がある。どうやら他の雑魚とは多少違うらしい。
僕はそんな彼の手から瓶を強引に奪って、それから瓶を地面に投げつけた。
見せつけるようにだ。
はじけたガラス瓶を指さしながら、僕はけらけら笑った。
「なっ、なひをひやがう!? くうってんのかッ!?」
もくもくと黄緑の気体が立ち上る。
男は口を塞いで目をつぶって、顔を赤くしたり青くしたりしている。
僕は深呼吸しながらげらげら笑った。
「『その瓶の中身が《毒雲タランテラ》だ』。なーんて僕言いましたっけ?」
僕はタランテラという知っている毒物の効果を説明してみただけで、さっきまで必死に掴もうとしてたそれは、ただの煙が出るおもちゃだ。
はは、そんな危ないもの普段から持ち歩くわけないでしょ普通。あるなら外から瓶投げた直後に金で雇った魔術師に土魔法で入り口封鎖してもらって皆殺しにしますよ。
まあ、善良な僕は善良なのでそんな非善良なことはしない。ちょっと思いついただけだ。
「──でも、そこそこ程度にムカついてるんですよね、僕」
地面に引き倒して顔面を強打。そのまま関節を砕いて、利き腕をへし折る。いくら《適応》してても、関節はなかなか鍛えられないし、人間の腕が曲げられる方向というのは変わらない。
それを8人分やって、全員無力化して終わりだ。
……はあ。ほんっと、暴力って嫌いだ。だって痛くて怖い。
でも、僕は弱いので、こうして頼らざるを得ないこともある。メリーがいてくれたら、ここまでやらなくてもいいんだけどなぁ……。
相手に反撃させる気を失わせるための──僕にとって必要程度の暴力がこれであるという事実が、なんとも心に来る。
「よし、と……」
まあ、そうも言っていられない。とりあえず気絶した人たちの全身を今朝のメリーみたいに面白く縛り上げてみた。
うーん、我ながらちょっとした芸術では? インちゃんがほどくのをためらった理由がわかった気がする。
「さて、いち、にい、さんしっ……あとは用心棒の──」
──僕は咄嗟に後ろに飛ぶ。
瞬間、白刃が僕がいたところを寸分違わず撫でる。
「これを躱すか。くくっ。やはりぬしは面白いな、《女遣い》」
「あなたは……」
そこに立っていたのは、メリーがいない今、僕がいちばん会いたくない知り合いだった。




