冒険者ギルドの手余者
僕らを一目見るなり、レベッカさんは『帰ってくんないかな』という顔をして、直後にその顔を笑顔で覆った。
「冒険者ギルドへようこそ、ロールレア様。本日は、どのようなご用件ですか?」
「ダンジョンを探索するときは、安否確認のためにパーティ登録と探索予定のダンジョンを申し出る、って聞いたのだけど」
「えっ? そ、それは、都市に戸籍登録のない職業冒険者の場合であり、貴族の方には適用されませんが……」
「ええ。ちょっと、冒険者やりたいのよね」
「……………………少々お待ちください」
レベッカさんにちょい、ちょいと手招きさせられる。
(何しやがったんですか! アンタまたなんかやったんでしょ!)
僕はこしょこしょ声で怒鳴られるという貴重な経験をした。
誤解です。無実です。僕わるくないです。
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冒険者ギルド職員レベッカ・ギルツマンは混乱していた。
迷宮都市デロルは、他の都市に比べて冒険者の社会的な地位が高くある。冒険者向けの店が建ち並び、非冒険者と冒険者は、お互い持ちつ持たれつの関係を築いている。高等級市民も冒険者を表だって批判しておらず、低等級市民が冒険者になる道も開かれている。
概して、冒険者ギルドという施設が受け入れられている都市と言ってよい。
しかしながら──、
(貴族さまが冒険者やるとか聞いたことないんですけどぉ……!?)
貴族と冒険者との間には、他の都市同様に断絶があった。
そもそも、冒険者ギルドは王侯貴族が統治する社会における異物である。
働き手として期待される領民が、冒険者ギルドにて身分登録して出生地を離れる……中小領地の領主はそれに頭を悩ませてきた。
都市の自由な移動権を手にされると、税収の面で問題が出てくる。税役逃れのために冒険者としての身分を利用する者なども──そういう輩は大抵長続きしない──少なからずいる。
そして何より、理念が違う。
領主は、ダンジョンから得た資源を、その土地が発展するために使う。
一方冒険者ギルドは、社会全体の発展のために迷宮資源を用いるのだ。
領主から仕事を受注し、無事達成したというだけでも、王国内の冒険者ギルドではかなり珍しい事例である。
その上、領主自ら冒険者に登録しようなど!
(査察官のリリさんがいれば判断丸投げできるのにぃ……! 人斬りセツナの傷で静養中とかさぁ……!!)
「……どうしたのですか、レベッカ・ギルツマン。登録用紙の記載は既に終えております」
「は、はいっ! 今しばらく、もう少々だけお待ちくださいね!!」
「結構時間が掛かるものなのね」
「…………優秀だと聞いていたのですが……」
宝石のような青い目が、レベッカを訝しむように見る。
……しょうがないだろ! 事務室は前代未聞の出来事に紛糾してるぞ。まずランク付けどうすりゃいいんだよ……通例通り《鑑定》ステータスの高水準要件を満たしたCランクから始めるべきか、それとも《魔眼》持ちなの考えてBランクを渡すべきか……領主であることも加味するべきか。そもそも登録認めていいのか? 難問だ。そりゃ時間も取る。ギルマスなんか即思考停止して酒呑みだしたんだぞ!
レベッカは言いたいことを飲み込み、申し訳なさそうな笑顔を作りながら対応を考える。
(うっわぁ他の人まで集まってきた……メリスさん……メリスさん視界に入れておちつこ……メリスさんは今日もかわいいんだ……わたしの心はメリスさんさえいれば平穏──)
「おやー? お困りのようですね? 手伝って差し上げてもいいですよ? もちろん差し上げなくてもいいですけどーー」
軽薄な笑いを浮かべる男が、けらけら笑いながら自称助け船を申し出る。
どう考えたって泥船だ。きっとこの船は適当なところで沈む。だってそういう奴だ。いちいち負の信頼感を積み重ねてくれている。
でも……乗らざるを得ない。
(ちょっと間を持たせてください。ギルドの説明とか。ウチとしても初めてなんですよこんなの)
「なるほどなるほど。でも、ガイダンスとかってギルドの職員さんのお仕事なのではー? いいんでしょうか、僕なんかがやっても。できないことはないと思いますけどね?ほら、なんかいろんな人が見てますし……いぇーい。こんにちはこんにちは。こんにちゃー?あれ反応ないな。つまんないの」
「おい刺激すんのやめろ。アンタの存在には極力触れないってことで通ってるんですよ。言動がヤバいしよくわからん闇の繋がりがあるし……」
「わあ、いじめですね。いじめの現場です。ひどいな。僕はいじめを受けている。いやー心が痛むなぁ。都合がよくて助かりますね」
「……おまえは、ここでもそんな調子なのですか」
「ええまあ。僕は、いつ、どこにいても僕です」
「ほんと困ったひとなのね、あなた」
「あはは。よく言われますね。恐縮です」
褒めてないだろ。本当に大丈夫だろうな……?
レベッカは大きな懸念を抱えながら事務室へと向かった。
・・・
・・
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というわけで、僕はレベッカさんから時間稼ぎを承った。レベッカさんは事務室に戻り、新人の受付のひとが僕の隣の行列に対応している。
僕の方の列には誰も並んでなかった。
それから15分ほど過ぎた。
好奇心旺盛なステラ様はあれは何?これは何?と見るものすべてに関心を持っていたし、遠巻きから僕らを見てる冒険者に話しかけたりしていた。その冒険者はさっと姿を消した。賢いと思う。
シア様はシア様で、冒険者ギルドという施設がどういうものなのかを改めて測っているようだった。『聞いていたよりも対応が遅いですね』というのはお二人の立場が特殊だからです。
「このカウンター、結構趣があるわよね。例えば……この大きな傷跡とか。無骨だわ。きっと、いかにも巨漢で悪そうなひとが、ずっと昔に付けたのでしょうね。だって年期があるもの。これでも錬金術の徒、見立ては確かなはずよ」
「そうですか。流石はステラ様ですね」
「ふふん。そうでしょう? 褒めてもいいわよ?」
「ええ。はい。ちなみに、それ付けたのアイリーンさんです。タックルして壊しました」
「……そ、そう。私だって、たまに外すことくらいはあります。たまにね?」
「……姉さま。執務室にこれ以上錬金術の素材を増やすのはお控えいただきたいです」
「もう。シアったら最近いじが悪くなったのだわ! ……でも、そんな顔をするようになったことは、とても嬉しいと思うわ」
錬金術の素材と称したがらくたが、当家には沢山詰まっている。きらきらした玉とかが多い。ステラ様の審美眼はだいたいカラスと同程度だ。結局メリーがねじ曲げたダルア領の看板も受け取ってくれたしね。
「そうそう、アイリといえば。聞いたわよ。一緒にダンジョン潜ったとき、すごく親切だったそうじゃない?」
「……はいぃ? 親切?」
僕はすっとんきょうな声を上げた。
おおよそ親切とは無縁の行動をしていたんですが……?
「だいたい、戦うことに慣れてない街のひとをダンジョンに同行させる時点でおかしいですよ。おかしなことをやったんですよ僕は。アイリーンさんが僕よりおかしかっただけで」
「……自覚はあるのですね」
「ええまあ。放っておいたら嫌な事情を聞いちゃったので手を貸しましたけど、正直めんどくさいなーって気持ちしかなかったですよ。というか、僕は基本的に誰かからの依頼とか受けたくないなって思ってます。
だって、見ず知らずの相手に助けだけ求めてそのままボーッと突っ立ってる相手って嫌じゃないですか? 僕は嫌です」
「あなた結構苛烈なとこあるわよね」
誰かに適正な金額で交渉するのが本来のルートだし、財布が小さいなら小さいで手足に不自由してないあんたが最初に動けよってなる。なんで僕がわざわざ痛い思いや怖い思いを代わってあげなきゃならないのかな?ってなるよね、普通に。
だから、僕はお金の代わりに『一緒にダンジョン入れんの?』って覚悟を要求したわけで。……まあ、覚悟も何も、なんかアイリーンさんは二つ返事で了解しちゃったわけだけど……。
一般的に。冒険者以外のダンジョン立ち入りはあまり推奨されていない。普通に命が危ないからだ。
「……貴族とて、推奨されているわけではありません。『力を持つこと』は上に立つ者の義務ではありますが……通常、信頼できる同行者を用意するものです」
「探索慣れしてない二人の貴族さまがダンジョン中層以上に足を踏み入れるのは通常ではないってことですねー」
「う。……でも、だからキフィナスさんと出会えたのだし。私の判断は結果的に大正解なのだわ?」
「……その見解には同意しますが、反省はすべきかと存じます」
「してるわよ。いっぱい謝ったでしょ? 顔に出さないだけ。領主とは、苦難にあっても涼しい顔をするものなのだわ」
「……姉さまがそうおっしゃるのであれば……」
ステラ様もシア様も、すごく危なっかしい。
……だから、支えてあげないとな、と思う。
「冒険者登録をいたしましたっ!」
レベッカさんが駆け込んでくる。
その手には2枚の、金色をした冒険者証があった。
「お二人はAランクに認定されましたよ! 本ギルドをよろしくお願いします!」
レベッカさんの言葉に周囲がどよめいた。
Aランクとは、事実上の最高位に当たる。Sランク冒険者は王国内で4人しかおらず、一時代に片手の指の数を超えることはない……らしいよ。
「ランク? キフィナスさんってどれくらいだったかしら」
「ああ、僕はDランクですね。SからFまであって、ランクが高ければ高いほどルールを破っても何も言われなくなります」
「ふうん……」
ステラ様は少し考えるように唇に手をやった。
それから、にやっと笑って、
「降格を希望するわ。ね、シア?」
「……はい。そうしましょう。我々は、Dランクへの降格を希望します」
「……なんでこのお方たちアンタみたいなこと言うのぉ!?」
レベッカさんは叫んだ。
僕は悪くないと思います。
・・・
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「ずいぶん時間を取られましたね。冒険者ってもっと簡単になれると思ってたのだわ」
「普通はもっと簡単ですけどね。時間が余計にかかったのは変なこと言い出したステラ様のせいですよ。冒険者ギルドと貴族の繋がりは薄いわけで、最初にAランクに認定したのも相手方の配慮でしょうし。というか、シア様が諫めてくださいよああいうの」
「……そうですね。本件では、おまえの言が妥当であることを認めます」
シア様は赤いカード──Dランク冒険者の色だ──を手の中で滑らせている。
「Aランクに価値があり、ギルド側がウチに配慮した結果、というのはわかります。でも、あなたがDランクなんでしょう? なら、私がそれより上に行くのは変なのだわ」
「……あとは冒険者ギルドの内情の観察ですね。高位冒険者という立場を押しつけられては見えないものもあるでしょう。……姉さまの発言以外にもまっとうな理由はあります」
「と言われましても。相手方は貴族って立場の時点で綺麗なものしか見せようとしませんよ。低ランク冒険者向けの丁稚奉公まがいの案件とか、流してくることは絶対ないでしょうし」
……そして、僕はそれでいいと思う。この人たちに、あえて不快な思いをしてもらう必要はない。
というか冒険者ギルドとかいう機関がそんなことやったら手のひとつでも出していいと思う。出す。
「あとは、あなたが十分目立ってたってことよね。これは、ロールレア家の新体制を示すパフォーマンスでもあるのよ」
「……はい?」
「前々から、ずーっと思ってたけど。あなたはちょっと卑屈すぎるもの。だから、私たちとの関係をしっかりアピールするの」
「ええと……?」
「キフィナスさんは、もっと自分を尊重してもいいのだわ」
「……はい。わたくしも、そう思います」
……僕は何も言い返せなくて、ただ頬を掻いた。
そんな僕を、メリーは変わらず眺めていた。
「今回も最深部まで行って、コアを壊すのよね?」
「ええ、はい。メリーのご機嫌を取るためなので」
ひっついてるメリーのほっぺをつつきながら、僕らはダンジョンに向かう。
目的地は、新しく生成が確認されたダンジョン《忘却と喪失の墓標バランモーア》だ。名前だけでステラ様が決めた。『なんかカッコ良さそう』とのこと。ダンジョンの名前がアテにならないのはよく知ってるでしょうに。
「……ここですね」
迷宮都市デロル内部、ダンジョン生成区画の一角に、もやもやした次元のゆがみが浮かんでいる。
中に手を伸ばすと──最悪僕の片手は切って捨てていい──問題はなさそうだ。
「よーし! それじゃあ、行きましょうっ!」
「ダメです」
僕は一歩踏み出そうとするステラ様の足を木棒でひっかけた。転びはしなかった。
「何するのよ!?」
「こっちの台詞です。ちゃんと警戒してください。入ってすぐに危険な罠がある……いわゆる初見殺しとか呼ばれてるとことか。先行探索者がいないダンジョンだと時々ありますからね」
というわけで……。
僕は胴に蜘蛛糸をくくりつけ、糸玉を十尺棒で地面に固定した。
「まず、僕が確認します。間違っても軽率な真似はさせません。あなたたちは、ぼ、……この都市にとって、大事な人なんですから」
僕は次元の歪みに全身を沈め──、
↓
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「うわぁっ!?」
落ちている。垂直に落下している。蜘蛛糸の張力は大丈夫か。落ちる。落ちる。どんどん落ちる。
僕は下を見た。
オレンジ色をした地面がある。
カラフルだなぁって溶岩だこれ。やばい溶岩。やばいやばい。落ちる。やばっ。落ちる。やばばば、長さ的にそろそろ止まるはず。止まる落ちる止まれ。落ち止ま落ちる落ちる落ちる落ちる止まれ止まれ止まれ落ちる止まれ落ち止まれ落ち止まれ止まれ落ち落落落落止おちおち止まれとまれとまれとまれっ!!!
「うえええ……」
……僕はえずいた。
生きている。どうやらまだ死んでいない。僕はぐいんと糸の張力で持ち上げられて、そのままぷらーんと宙に浮いている。
冷や汗と熱気で、僕はぶわっと汗をかいていた。
……ダンジョンに入って一分もしないうちにこれだよ! 危うく即死だった……!!
ああもう、ほんっとダンジョンとか最悪だな! 今すぐ帰りたい!!
《冒険者証》
冒険者であることを示す身分証である。
氏名、年齢、登録した都市、都市移動の履歴、ステータス、所持スキルが記載されている。これ一枚で、王国内部の自由な移動が可能になるチケットを兼ねている。
冒険者には字を読めない者も少なくないため、上下関係は色でわかるようになっている。
Sランク冒険者=流体水晶製、Aランク=金、Bランク=銀、Cランク=赤銅、Dランク=赤、Eランク=青、Fランク=緑。
Fランクは緑色をしているので若葉若葉と馬鹿にされる。また、Cランク以上とDランク以下には能力的な隔たりがある。
ステラとシアがDランクへの降格を希望したことにも同様に大きなざわめきがあったが、酩酊状態のギルドマスターの『うい~っぷ。領主様との関係はぁ、やっぱり良好な方がいいんじゃない? 下手に高いランク渡すより、低いランク渡した方が本部から文句言われなさそうだし。ひっく』という鶴の一声によってDランクということになった。




