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「取引に大事なのって誠実さだ。その点僕は強い。誠実さなら20個ぐらい持ってる」


「……アンタ、悪魔か?」


 ええ……?

 心外だなぁ。僕のどこが悪魔だっていうのか。

 僕はただ、素人な子供相手にも一切容赦なくハッタリかましつつ、どちらも傷つかない提案をしているだけなのに。


「ほら。痛いのも怖いのも嫌でしょう? お互い。僕だって、人に刃を向けるなんて心が痛むんです。罪悪感で胃がキリキリしました」


「オレのナイフを盗っておいてよくそんなこと言えンな?」


「数打ちの粗悪品ですよねこれ? 指もほら、ちょっと切っただけですし。この金貨でもっといいもの買ってくればいいと思います」


「……いくらカネがあったって、オレにゃあ売ってくれねえよ」


 ふむ。


「《局外者》。ですか?」


「なっ──」


「慌てないで。あなたを憲兵に突き出しても貰えるお金は二束三文。それに、僕は辺境出身。あなたと同じ立場になりかねない立ち位置です」


 この国の法律では、滞在許可証を持っていない、あるいは登記のない人間の存在は許されていない。見つけたら官憲に突き出せと明文化されている。

 一方で、この法律は現場の人間の良心的な怠惰さによって遵守されない傾向が強い。

 血の通わない法律を作っても、捕まえるのは血の通ってる人間だ。だからだいたい見逃す。見ないふりをする。


 ──壁の外の世界は、それだけ過酷だからだ。


「なるほど。これはあなたにとって最大の弱みだ。そして恐らく、今あなたが命令に従っている理由もその辺りにある。違いますか?」


「アンタ、なんでそれをっ……」


「簡単なことです。僕だったらどうするか、を考えただけですよ。リスクなく危害を加えるにはどうすればいいか。使い捨てにできる相手を送ればいい。

 成功すればそれは最良ですが、阻止されても別に構わない。刺客を送った、ということだけでメッセージになりますからね。いやむしろ、阻止されることを最初から織り込んでいたのかな……? あるいは、ずさんな計画を立てる頭の悪い連中か……ま、いいや」


 僕は、か細い腕を優しく掴んだ。


「これで僕も、あなたの弱みを握っていることになる。あなたのボスと立場は同じですね?

 そうなると、貴方が取れる選択肢はどちらか一方を選ぶ、だ。僕のちょっとしたお願いを、たった一度だけ、試しに聞いてみるか。それともこれまで通り命令に従って使い潰されるか。

 どちらを選んでも僕は構いませんけどー……」


 僕は頭巾を取り、瞳を見つめる。

 ……僕よりも若い。幼いと言っていいだろう。痣をたくさん作った、怯えきった褐色肌の男の子の顔があった。


「──あなたの『勝利条件』は、隷属し続けることですか?」


「……ちがう」


 ──諦めを宿した瞳に、小さな火が熾るのが見えた。

 目を見ればわかる。澱んだ眼差しで見つめたものの多くをこの子は諦めてきていて、それでも、たった一つ、諦めきれないことがある。


「オレは。青空の下で、誰かに指を指されるコトなく大声で笑いたい」


 薄汚れた髪。垢で黄みがかった肌。青い痣の目立つ顔。

 でも、夢を語る表情だけは澄んでいる。


「……いいですね。すごくいい。名前を聞かせて貰ってもいいですか?」


「……カナン」


「いい名前ですね」


「どうせオレなんて──」


「カナンくん。青空の下で思いっきり笑うって夢。叶えるお手伝いをしますよ」


 カナンくんは目を丸くして驚いている。

 僕の態度がそんなにも不思議だったんだろうか。別に不思議なことじゃないんだけどな。


「だから、まずは裏切りませんか。なに、悪いようにはしませんよ」


 ──だって。自分で言うのもなんだけど、僕は結構いい人だからね。



・・・

・・



「……こんなコトでいいのか?」


「ええ。あなたは当初の予定通り、僕を連れていくだけでいいですよ」


「アイツらの隙をついたりとか──」


「いりません。反撃されたらそのまま死んじゃいますよ? 冒険者と一般人の力の差は大きいです。というか、はっきり言って邪魔です」


「でも、オレはアンタのガワに付いたわけで……」


「情報をもらっただけで十分ですよ。多分大丈夫ですけど、僕がやられる可能性も考えておいてください。その時は、何食わぬ顔で元の生活に戻れるように動いていいんですよ」


 この子から聞いた情報は三点だ。

 ひとつは人数構成。8人のごろつき冒険者で、色々と後ろ暗いこともしている。カナンくんは路地裏で生活してたところをこいつらに捕まって、便利だからとパシリにされていたらしい。


 次に、最近用心棒を雇い入れたこと。町外れのアジトに人が寄らないようにするためだとか。

 これはよくわからないので一旦保留。

 僕の中で、こういうゴロツキにも簡単に手を貸す知り合い──間違っても友人ではない!──の顔が一瞬頭に浮かんだけど。まさかここにはいないだろうし。

 いないでほしい。


 最後に、元々狙いは僕じゃなくてメリーだったこと。

 ──つまり容赦する理由がない。


 メリーの到着を待ちたいけど、いったんカナンくんを帰したりしたら役目を果たせなかった彼が暴力を受けることになるだろう。

 連中が彼を捨て駒にする気だったことを考えると、カナンくんが帰ってこないと、その間に拠点を変えてしまっている可能性がある。

 急ぐべきだろう。時間が経つと追うのが困難になる。


 あと、話を聞いている限りだと、なんというか色々と杜撰だし。多分この連中なら僕ひとりでもなんとかできそうに思う。

 逃げられるくらいなら、多少危なくてもここでしっかり潰しておくべきだ。

 ──僕の幼なじみを狙う相手には、しっかり報いを受けさせなきゃいけないからね。


 ……ああ、でも、やっぱ怖いなぁ。多分痛いし……うう、色々考えると、ちょっと手足が震えてきた。


「あー。じゃあ、ひとつやってもらってもいいですか?」


 僕は緊張を隠すために、カナンくんにひとつ提案をする。


「ひと芝居打ちましょう。はい、ロープ。僕の手に繋がってます。これ持って引っ張ってください」


「あ、ああ……。いいけど。アンタ、ここから引っ張られていいのか? ここまだ街中だけど……」


「油断を誘うのと、目撃証言を残しておくんですよ。そうすれば助けも期待できますし。僕は今から目をつぶって瞑想しますので、カナンくんには目の代わりもお願いしますね」


「あ、ああ……」


 僕は手をロープで縛り、パシリの子に引っ張ってもらう。

 こうすれば、彼からは僕の震えは見えないだろう。


 ──ああ、ほんと震えてきた。怖い。痛いかもしれない。帰りたい。

 でも……この程度なら、メリーとダンジョンに付き合うことの比じゃないな。




「……それにしても、アンタ。オレが話に乗らなかったらどうするつもりだったんだ?」


「え? 別にこの話に乗ってくれなくても、いくらだって手はありましたよ。例えば──そうですね。貴方の額を、この、あんまりよく切れないナイフで裂くとします。そうすると血がそこそこ出る。でも額なら致命傷にはなりづらく、それでいて当人には怪我の度合いがわからない位置です。だから、想像するだけでちょっと心苦しいですけど、額を裂きます。

 で、血が吹き出たら暴れるかそのまま逃げるかするはずなので、僕はいったん貴方から離れ、それから貴方をゆっくり追いかける。はい、簡単ですね。これで、貴方がどこに行くつもりだったのかわかります。まあ、ただ、その場合は相手の情報がわからないので。ゆっくり準備を整えて、夜にでも奇襲をしてましたよね」


「……やっぱ、アンタ悪魔だよ」


「えっ?」

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