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「たとえ子供相手だろうと僕は全力だぞ……!腕相撲とかやったら勝てない可能性あるしな……!」


 僕を拉致した相手は、頭巾を目深に被った小柄のやせ細った体型だ。

 声を聞くに年齢は若そう。

 というか、幼いとすら表現できるんじゃないだろうか。裸足で歩いていて、足裏には血豆を踏み潰した痕が残っている。

 そして右手はポケットの中。腕の筋肉が張ってるから、まだ刃物をがっしりと握っているようだ。危ない。


「いやー。いい天気ですね、今日は」


「黙って歩け」


「曇りのち雨ってところですかね。今日もいい一日になりそうだ」


「騒ぐな」


「傘の用意は万全ですか? 雨に濡れると風邪引いてしまいますから、気をつけないと」


「喋るな」


 うーん冷たい。頭巾の先の表情は見えない。僕の方が目線高いしそりゃあ見えないか。

 よし、ここは正面から尋ねてみよう。


「僕をさらう目的を聞かせて貰ってもいいですか?」


「黙れ」


 じゃあ搦め手だ。


「じゃあ趣味の話しましょう。僕の趣味はメリーとお話することと、髪を撫でることと、それから服選びに着せかえに……ええと、そんな感じです。あなたのご趣味と今回の目的は?」


「……ふざけてんのか?」


「いいえ? 僕はいつも真面目ですよ。どうも勘違いされやすいみたいなんですけどね」


 僕は笑顔を顔面に貼り付けて、言葉を続けた。


「協力できることがあるかもしれません。和やかに会話をしましょうよ。ここは町中です。僕と貴方を見て、不審に思った人が憲兵に連絡するかもしれませんよ。自慢じゃないですが、僕はお世話になることが多いんです。あ、これ本当に自慢できることじゃないな」


「……いいから、黙れ」


 あ。手先が震えた。

 ──慣れてないな、こいつ。


「いいか。オレは、お前を殺すこともできっ……!」


「できませんよね」


 僕はけらけらと笑った。相手の空気が変わる。右手が更にこわばる。

 それを見て、僕は更にけらけらという笑い声を大きくした。

 けらけラ。げラゲラ。ゲタゲタ。

 ゲタゲタゲタゲタゲタゲタ!


 ……もちろん恐怖で狂ったわけじゃない。

 笑い声は大きな威圧になるから、冷静に、戦略的にやっている。


「はヒャははは。はッははハはは。はは。すぐわかる嘘ですねーー。『ふざけてる』とか言ってましたけどー?あなたこそ、ふざけてますーー?」


「ッ──」


 僕を殺すことが目的なら、出会った瞬間に短刀を突き刺しているはずだ。僕を拉致するというからには何らかの狙いがある。僕を殺せば、その狙いは達成できなくなる可能性が高い。

 それにここは街中で、人通りもある。街中での殺害行為はリスクが大きい。

 そもそも僕の周りには普段、最強の冒険者であるメリーがいるわけで。僕に関わること自体、リスクが高いと言えるだろう。


 そうなると、僕を襲うような相手というのは二通りだ。

 そんな条件を気にしなくていいほど腕が立つか。

 あるいは、使い捨てにしても構わない人材か。


「あなたは組織内では下っ端も下っ端なんでしょう。だからこんな使いっ走りをしなきゃいけなかった」


 ──だから、相手の自尊心を傷つける方向に決め打った。

 足裏から覗いている、まだ新しい血豆の痕。これも、プロであればもう残ってないだろうという憶測を込めている。


 頭巾の奥から、すっ、と小さくしゃくりあげるような息が洩れる。どうやらアタリらしい。……悪いけど、僕は恐怖には敏感なんだ。

 ここで言葉を畳み掛ける。


「あなたの『勝利条件』はなんですか?」


「そんなの、答えると──」


「繰り返します。あなたの、『勝利条件』は、なんですか?」


「っ……」


「更に聞きます。あなたの。『勝利条件』は。なんですか。あなたはか弱く、崖っぷちにいる」


 僕は出来る限りの冷たい声音を出し、相手の反応を窺いながら言葉を続ける。


「僕の名前を知っているってことは、Sランク冒険者、メリスのことも当然知っていますよね?

 躊躇も容赦もしない、世界最強の《ダンジョンイーター》、いつも僕の側にいて、日常的に虐待を繰り返してくる僕の幼なじみ。……なんで僕がさっきまであなたと会話しようとしていたのか、わかりますか?」


「な、何をっ」


「答えは簡単。メリーが到着するまでの時間稼ぎです。……今だ! メリーっ!!」


 ──当然、ブラフだ。

 相手の武器の位置は右のポケット。これまでの視線の動きから、他に危険な武器はない。

 控えめに表現してド素人だ。


 そんな相手から、武器をスイっと奪い取って、足払いをかけて転ばせて、更に頭や背中を打たないように受け身を取らせることくらい流石の僕にだってできる。


「はい、形勢逆転ですね」


 僕は倒れている相手に短刀を突きつけた。

 さっきまでのお返しだ。結構怖かったんだぞ?


「実は僕、刃物を使うのってぜんぜん慣れてないんですよ。だから、僕の手元が狂わないうちに、お話をしてもらえると助かります」


 今も現在進行形でナイフを持つ手がぷるぷる震えてるし。

 いやほんと、先が尖ってるってそれだけで怖いよね。いつ手元が狂うかわからないっていうのはまったく嘘偽りのない本音だ。


「どこに僕を連れていくんですか?」


「……い、言えないっ」


「はははは。今から行く予定だったじゃないですか。これ喋っても早いか遅いかだけですよ?」


「……」


「なるほど。大体わかりました」


「ひっ……!」


 ──僕はナイフを思いっきり振り下ろした。





「あーー失敗しちゃったなーー。あはは。はは」


 振り下ろした先は、当然襲撃者の顔……なわけがない。その隣の石畳だ。

 ナイフは路上の石畳を大きく削りながら、僕の腕の中で跳ねた。指先に伝わる衝撃が結構痛い。多分振り方が違うんだと思う。

 そもそも、普段ナイフなんて危なくて持たないから持ち方からしてわからないぞ僕。手の皮が剥けてしまいそうだ。


 ……痛いのも怖いのも嫌いだし、誰かを怖がらせるのだってもちろん本意じゃないけど、こういう手合いに対してはまず最大限怖がってもらわないことには会話が通じないからね。

 暴力と恐怖は、時としてより大きな暴力と恐怖を未然に防ぐための交渉材料になる。それが人間相手なら尚更だ。


「いやーーごめんなさい。手がねーー。手が滑りました。これは僕じゃなくて手が悪いですねーー。というわけでお詫びをしましょう」


 僕はナイフを突きつけたりくるくる手のひらで回したりしながら、鼻先にコインを積んだ。

 一枚、二枚、三枚……どんどん目の色が変わる。


「さ。お話をしませんか?」


 混乱。脅え。期待。欲望。相手の中でさまざまな感情が綯い交ぜになっている。ここで手を伸ばしたらどうなるか、僕からナイフを取り上げようとすればどうなるか、このカネを手に入れたらどう立ち回るか。


 わー、すっごい考えてるなぁ。

 僕はなんだかちょっと楽しくなってきたので積む速度を二倍にした。あっ崩れた。

 積み直し積み直し……。


「返答によっては、この山を差し上げてもいいですよ?」


 メリーから貰ったおこづかいで出来た金貨の塔は、今や相手の顔よりも高い。


「話を……しよう」


「はい。ありがとうございます。ナイフはこのままでもいいですか? それともしまった方が?」


 お金というアイテムを積んでおくと、こんな簡単な質問にも熟考が必要になる。

 相手を混乱させるためにやってるんだから当たり前だけど、なんかもう、僕の思惑にこれ以上なくハマってくれている。

 いやあ、お金って便利だなあ。


「……っ、しまってくれ」


「はい。わかりまし──あいったーっ!」


 刃物をしまうときに指先切った……。

 うわー……ちょっとテンション下がる…………。

 手遊び感覚でくるくる回したりしなきゃよかった……。


「お、おい、アンタ?」


「いたた……ああ、気にしないでください?それより本題行きましょう。──雇い主を裏切って、僕のガワに付きませんか?」




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